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第50話 邂逅

 城の北側へと続く通路をしばらく駆けていると、窓から城門が見えた。

 城壁の上部はところどころ崩落しており、いくらか瓦礫が崩れ落ちていた。

 辺りは人気(ひとけ)はなく、とても静まり返っている。

 あちらこちら無造作に、たくさんの剣や槍などが散らばっている様は、かなり多くの兵が、黒き者とやらの侵攻に抵抗しようと戦ったことを伺わせた。

 しかし誰一人として、生存した者はいないようだ。

 辺りからは物音はもちろん、傷ついた兵の呻き声のひとつすら聞こえてこない。

 あの少しクセの強い言葉を話す側近の猫が言っていたように、彼らは黒き者に食い散らかされてしまったのだろうか。

 死体が転がっている様子もなく、血を流したような痕跡もない。まるで忽然(こつぜん)と神隠しにあったようだった。

 すると突然、背後のシェルターの方角から、何か大きなものが落下するような音が轟いた。

 ついさっきもシェルター近くで、大きな音と共に砂煙が上がっていた。

 黒き者と呼ばれるその化け物が、シェルター周辺で暴れているのだろうか。何にせよ、今ここで遭遇するのは大変好ましくない。

 足早に北門の前を通り過ぎ、真向いに見える通路の入り口へと急ぐ。思った通りその通路は西側の門まで続いているようだ。遠回りになったが、いくらか安全に進めそうだ。

 崩れ落ちた瓦礫を飛び越え、万が一のことを考え、落ちていた一本の剣を手に取った。

 特に目立つ特徴もない一般兵用の汎用的な長剣(ロングソード)だったが、とても綺麗に手入れがされていた。


 そういえばわたしがまだ幼かった頃、今は大臣である彼と共に、よく父君に剣術の稽古をつけてもらった。

 父君はその昔、荒れ果てた大地を開拓し、広大な田園へと変えた。

 その大義を成すより前の父君は、名のある流派の剣士であり、騎士として先代の王に仕えていたそうだ。

 剣術は、争いごととはあまり縁のない死者の国で、成人として認められるための通過儀礼になっている徴兵制度と共に、廃れいくものの一つになっていたが、心技体(しんぎたい)を磨く紳士の(たしな)みとして、一般的に広く親しまれてきた。

 まだ幼かったわたしは、伯爵の爵位を賜った父君を見て、強く(たくま)しくありたいと、その背中に憧れを抱いた。

 今は大臣である彼と共に、父君に剣術の教えを請うたのだ。

 当時は大臣よりも、わたしの方が強かった。今はどうだろうか。


 握った剣の刀身を眺めながら考えていた。

 突如、後ろの方で城壁がガラガラと音を立て崩れ落ち、はっとしてわたしは振り返る。


「こ……これが、黒き者」


 禍々しく揺らめく巨大な黒い影。蜘蛛のように左右に伸びる八本の長い脚。端から端まで裂けたような大きな口からは、深緑色の分泌液が糸を垂れていた。

 その巨体の中心には複数の眼がギョロギョロと(うごめ)いており、そのうちの一つの眼がこちらを既に捉えていた。一気に複数の眼がこちらを向く。


 ――まずい!


 黒き者はその長く伸びた気味の悪い脚をカサカサとさせ、こちらにすごい速度で駆け寄ってくる。振り上げられた前脚がブォンッと風を切り、目の前を(かす)めた。

 咄嗟(とっさ)に身を(よじ)らせた勢いで、そのまま西側へと続く通路内へと転がり入る。巨大な黒い塊も、それに即座に反応し距離を一気に詰めてくる。

 手に持った剣を杖のようにして立ち上がり、そのまま通路内を駆ける。

 ドドドドドと大きな音を立て、通路の外壁を伝うように黒き者が追ってくる。


「まずい! まずい! まずいぞぉおお!」


 走る走るひたすら走る。

 通路の外壁の石材がバラバラと崩落している。しかし黒き者の勢いは止まらない。

 通路を全力疾走。足が擦り切れそうだ。だが走る。

 時折こちらの体を掴もうと、通路の窓から二本の黒い前脚が入り込んでくる。

 その脚をギリギリで飛び越え、転がり(かわ)す。


 どこかで撒かないと――。


 冷や汗のようなものが背中を伝う。破裂しそうなほど心臓が暴れる。動悸が酷い。だがその足を止めることは許されない。


 タバコ、辞めるべきだな……。


 そんなことを脳裏に抱きながら、ひたすら走るのであった。

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