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第23話 飲み込んだ想い

「マスター。アレ……どうにか手に入らないか?」 


 猫の紳士は吸い殻でいっぱいになった灰皿を店主に差し出して、さも早く交換しろ言わんばかりだった。


「実はな、一つあるんだ……。だが明らかに出どころ不明の不正品だ。だから問題になる前に届け出そうとしたところだ」

「おお!! そ、それをどうにか、譲ってはくれまいか? 彼を助けるために!」


 店主はカウンター内で、ジュージューと音を立ててフライパンを回していた。

 僕たちは足早に喫茶雨やどりを発つつもりだったのだが、どうやら店主は僕たちの会話を聞いていたらしく、『腹が減っては戦はできぬ』という店主の言葉に甘んじて、腹ごしらえを済ませてから出発しようということになった。


「ほら、待たせたな」


 僕の目の前に置かれた料理は、まぎれもなくオムライスだった。

 鮮やかな赤色のケチャップでカエルの絵が描かれ、すこし半熟気味でトロりと艶やかな黄色いたまごの布団に包まり、その横にはちょこんと可愛くパセリが添えられていた。

 僕はその表面に、そっとスプーンを差し込んだ。

 すると中からはもわっと白い湯気とともに、朱色に染まった米と刻んだ緑のピーマン、オレンジの人参と透き通った玉ねぎ、ぶりんと大きめの鶏肉と肉厚なマッシュルームたちが顔を出した。実に具だくさんに炒められた、色彩豊かなチキンライスは僕の目を輝かせた。

 僕はその空腹を刺激する香りに耐え切れず、おもむろに一口分を匙に乗せて口に運んだ。……もう一口……更にもう一口。(さじ)を運んではパクパク、また運んではもぐもぐと僕はその手を止める事が出来なくなってしまった。

 トマトの酸味が効いたチキンライスに、ほのかにミルクとバターの香りがする絶妙な温度で仕上げられたたまごが絡まり、とても美味!

 夢中でがっつく僕の横で、猫の紳士と店主は何やら怪しい話をしていた。


「これを、彼に埋め込むには……どうすれば?」

「単に飲ませりゃいい」


 ひそひそと話している二人の話し声が気になり、彼らの手元にちらりと目をやると、ガラス玉のような物をやりとりしていた。


「それって、もしかして例の認証コードってやつ?」


 僕はそれを見て、闇市で取引されていた商品を思い出していた。


「しっ! 少し声を落としたまえ!」


 猫の紳士の焦る顔で、僕も慌てて周りを見回した。

 幸い店内は、白い猫のピアノの演奏と、客の喧騒で静かな状態ではなかったので、僕らの会話を聞いていた者はいなかった。


「それ、どうやって手に入れたの?」


 闇市で見たあの異常な光景が脳裏に蘇り、明らかに嫌悪をあらわにした表情を僕は店長に向けた。


「いや、違うぞ。誤解するな。たまたま仕入れの帰りに、ヒト(さら)いの現場に遭遇してな。俺はそれをとっちめてやったのさ。そしたらそいつら、それを落としていったんだ」

「さすがマスター。風貌と肉体だけは、サービス業にしておくのは惜しい才能だ」

「一言多いんだよ、田舎伯爵め……」

「えっと、つまりそれがあれば、僕は死者の国に入ることが出来るの?」


 僕の問いに、店主が答えた。


「ああ。但し、このまま剥き出しで持ち歩くのはダメだ。正規な手続きを踏んで他人から移譲された場合だったとしても、このまま持ち歩くことはまずあり得ない。だがカラダに埋め込んでやれば、まずバレることはない。問題は既に元の持ち主が、もし届け出ていたりしていたら、調べられたら一発でアウトだ」

「しかし今はこの方法が、一番安全だとわたしは考えている。この認証コードで君は、元の持ち主に成りすますのだ」


 猫の紳士が少し悪そうな表情をして、ガラス玉を僕に渡してきた。

 僕はそのラムネ色のガラス玉をじっくり眺めた。


 そうだ、ガラス玉……。


 僕はふと三途の川で別れた弟の事を思い出した。

 猫の紳士に僕はまだ、確認しておくことがあった。


「なぁ、あの渡し守のことなんだが……君は、僕の弟だってことを知っていたのか?」

「渡し守……? ……何だと? 彼は君の弟だったのか! なんてすごい偶然なのだ。さすがにそれには驚いた」


 その驚いた表情を見るに、猫の紳士の言葉には嘘は無さそうだった。

 そして猫の紳士は、あの時あの舟に弟が乗り合わせた経緯を説明してくれた。


「あの時わたしは、協会からの急な仕事の依頼で、少々不機嫌だったのだが、契約社員であるわたしは従うほかなく、渋々船着き場に向かったのだ。すると君は既に舟に運ばれたあとで、眠りこけていた。サッサと仕事を済ませたいわたしは、そんなことお構いなしに出発しようとしたのだが、そういう時に限って肝心の渡し守がなかなかつかまらなかったのだ」


 猫の紳士はふぅっと、ため息をついて続けた。


「ほら、この前話しただろう。今は死者が増えてて人手が足りないのだ。それこそ猫の手を借りたいほどにな。そうして困り果ててたら、たまたまふらふらと通りがかった彼を見かけて、わたしがその場でスカウトしたのだ」


 猫の紳士は得意げな顔をして更に続けた。


「そうかそうか……、彼は君の弟だったんだな。それでその弟とは、感動の再会を果たしたのかな?」

「それが、弟は僕の顔見ても、……何も思い出せないと言ったんだ……」

「ふむ、……それは実に嘆かわしいことだな。それが真実だったとしても、仮に嘘だったとしてもだ……」


 僕はその猫の紳士の言葉に、えぐられたような気がした。

 もし嘘ならば、相当僕を憎んでいるに違いない。

 確かに……僕は弟を殺したようなものだから、憎まれても仕方がないのだろう。

 キリがないほどぐるぐると、頭がまとまらない。

 僕は一旦、思考を停止し、それに蓋をすることにした。

 結局今はどうすることも出来ないからだ。

 そのやるせなさと拭いきれない後悔と共に、僕は受け取った認証コードのガラス玉の、その大きさに少し躊躇(ためら)いながら、グラスに注がれた水で喉元に流し入れ、グッと飲み込んだのだった。

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