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第21話 紳士の嗜み

「すまない、待たせたな!」


 店内が一瞬だけざわついた。

 扉を見ると、僕の水先案内人である白いスーツの猫が立っていた。

 彼はとても呼吸を荒げ、例の猫くさいハンケチーフで額の汗をふきふきと拭っていた。


「遅いじゃないか……。僕は少し待ちくたびれたよ……」


 それもそのはず、もう7度目の鐘が鳴り終えていた。

 僕は店主のもてなすミルクで、お腹がちゃぷちゃぷしていた――いや、途中何度かお腹が緩くなり、トイレで繰り広げられたセレモニーによって、それはそうではなくなったのだが――とにかく僕は長い時間を待ったのだ。


「ああ、心から申し訳ないと思っている。水先案内協会と少し揉めたのだ。想定外だった」


 そう言いながら、つかつかと猫の紳士は、カウンターのそばまでやって来た。


「協会? どうして揉めたんだい」

「うむ。どうやら君は、やはりとてもイレギュラーな存在のようでな……」


 僕はまた猫の紳士が、よくわからないことを言い始めたと思った。

 僕の右隣の席では白い猫が、真向かいのカウンター内では店主が、いまやいまやと話に割って入ろうと、じりじりと睨みを利かせていた。


「とりあえず、ミルクを一杯貰えないか……。少し落ち着きたい」


 猫の紳士はそう言うと、カウンターの僕の左隣の空いている席に腰を下ろした。

 そして内ポケットから、少し太めの葉巻を取り出し、カウンターに置いてある店の名前の入ったマッチで、シュッと火をつけた。


「おぃ! お前! まだツケ払ってないだろ! そんな猫に出すミルクはうちにはないぞ!」


 はいはい、待ってました。と言わんばかりに、店主がすごい剣幕で斬り返した。


「おいおいマスター、落ち着きたまえよ。この店は伯爵であるこのわたしにミルクも出さないのか。喫茶雨やどりの名が泣くぞ」


 まるで動じることもなく店主を窘めるように、猫の紳士は口からモワッと葉巻の白い煙を吐き出した。

 少し甘ったるい香りの煙で、店主は苦虫を潰したような表情になった。


「言ってろ、ド田舎の貧乏な伯爵風情が」


 店主の罵声の直後、猫の紳士がリアクションする間もなく、次に斬り込んだのは、僕の反対側の隣に座る白い猫だった。


「ねぇねぇ……。前に紹介した女の子その気にさせといて、それ以来、なんの連絡も寄こさない伯爵はどちらかしらぁ……?」


 猫の紳士は少し顔色を曇らせ狼狽(うろた)えた。痴情の(もつ)れの方は苦手らしい。


「ま、待ちたまえ! それは言いがかりだ。あの娘は明らかにわたしではなく、伯爵という職位が目的だったではないか!」

「は? 何言ってんの? あの子はとても純粋な子なのよ! アンタあの子泣かせたら、そのぶら下がってるモノ(・・)切り落とすからね!」


 その白い猫の半端ない威圧感で、2人の間に挟まれて座っていた僕は少し身震いをしたが、ひげぶくろをヒクつかせ、たじろぐ猫の紳士の姿は、まぁなんとも滑稽だった。


「だいたいアンタねぇ! こないだも――」

「いやいや、それはわたしが――」


 とにかく僕はその様子が面白かったので、しばらくそっと2人のやり取りを見守ることにした。

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