ある事件
『次のニュースです。ーー昨日、夕方に○○区のアパートで女性が首をつっているとの通報がありーーーー』
とある病室。
ベッドの上には虚ろな眼で天井を見つめる若い女性が横たわっていた。
「……一体何があったの?」
その彼女の横から、居住まいを正し簡易な椅子に腰掛けた中年の女性が問い掛ける。
「運良くわたしが訪ねてきたから良かったものの、もう少し発見が遅かったらどうなっていたか……考えるだけでもう……」
中年の女性は俯いて口許を押さえる。
「………………ほっといてよ」
長い沈黙の後で、ようやくベッドの上から反応が返ってきた。
「あたしなんかあのまま死んでいれば良かったのよ」
それを聞いた中年の女性は身を震わせた。
「そんな滅多なことを言うものではーー」
「それよりも、何か言いたいことがあるんじゃないの?」
ベッドの上の女性が睨み付ける。
「いえ、それよりもねーー」
「何よ?」
「もう、限界……」
そして次の瞬間。
『ぎゃはははははははは!!』
中年の女性の豪快な笑い声が病室内に響き渡った。
「…………」
対する若い女性は苦虫を百万匹も噛み潰したような顔でそっぽを向いた。
「あはははははははは!」
「ちょっと。何時まで笑ってるの?」
「いや、これが笑わずにいられますか!たまーに娘の元を訪ねてみれば凄い顔と格好で床で固まっているし!」
「……かーさんだって慌てて救急車呼んだくせに」
「そりゃ、あんな形相で『た……助けて』とか言われたら慌てるわよ」
「おかげでえらい騒ぎになったじゃない」
「そーねー、『あの部屋の住人が独り身の寂しさに耐えきれずに首を吊った』とか言われてるみたいね」
「何でそんな尾ひれが勝手に追加されてるの!だいたいジャージで首吊りとかあり得ないでしょ!それ以前にあれはーー」
「ゴロゴロしててリモコンに手を伸ばしたら、首の筋がつった。でしょ?」
「…………知ってたんじゃない」
「あんたの結婚式のスピーチでネタにしてあげるから、早よ相手見つけて結婚しなさい」
「わぁぁぁん!やっぱり死にたい!恥ずかし過ぎてアパートにもう帰れない!」
娘は顔を手で覆って号泣した……。