馬鹿桜、〇〇と付き合ってる?
「絶対にそうだよねぇ……」
レジカウンターに頬杖をついた店長がじっと桜を見つめた。
「えええ!? 一体何のことですかぁ!?」
とうとう馬鹿を見破ったらしい、確信に至った店長にギクリと身体を固めた桜は最後の悪あがきとばかりに思いっきりすっとぼけた。
「……す、すんません…………店長のおっしゃる通り、実は私は本当に馬……」
「ちょっとあれ見てよ、桜ちゃん」
すぐに悪あがきを諦めとうとう真正馬鹿であることを告白しようとすると、店長は馬鹿桜ではなくもっと背後を見つめていた。
今日はひとまず馬鹿の罪を免れたらしい桜はホッと深く安堵すると、代わりに罪を被ってくれた馬鹿を探すため背後に振り返った。
案の定、馬鹿桜の罪を被ってくれたのは今日も賢いフリした馬鹿の子達だった。
「これはさすがに危ないよね……」
「店長誤解です! 決してそんなことありません!」
いくら馬鹿の子だからってむやみやたらと危害を加えることはないと、桜は親馬鹿心で馬鹿の子達を必死に庇った。
「確実に増えてる…………こないだの倍近くだ」
「え…………」
馬鹿が増殖してる?
慌てふためいた桜は必死で馬鹿の子達の数を指さし数え始めた。
店長の言う通り、コンビニ内の馬鹿の子は以前より倍近くに増殖していた。
「これはやばいよ…………とにかく要注意だ桜ちゃん。学生の集団は一番怖いからね」
「ブルッ…………は、はい」
自分も馬鹿のくせに馬鹿がこれ以上コンビニをはばかることに怖ろしさを感じ始めた桜はブルッと身震いし、一体誰がこんなに馬鹿の子をここまで増やしたんだと顔色悪く思案し始めた。
「あ、まだいるよ…………参ったねぇ」
「まだですか!? 店長お任せください、ここはわたくしめが!」
まだまだ馬鹿増殖中だったらしい。
これ以上コンビニ内に馬鹿を増やさない為この際入り口ドアを完全塞いでしまおうとモップ片手にガッと意気込むと、そこには馬鹿ではなくいつものように尚哉の姿があった。
「ああいう輩は本当しつこいからねぇ…………桜ちゃん、もしかして付けられてない?」
これから帰宅する桜がとても心配らしい、店長は不安そうに桜の姿を見つめた。
「なんならいっそこの際警察に!」
「ははは、店長全然問題ないでーす!」
すでに尚哉ストーカー疑惑まで持ち始めた店長がさっそく受話器を持ち上げたので明るく笑って止めると、お疲れ様でーす! と元気に挨拶しさっさと店内から引き上げた。
「桜、腹ごなしだ」
隣に並んだ尚哉が笑って手を差し伸べた。
尚哉の手を見つめた桜は仕方なく手を差し出した。
「ゆっくり歩こう」
隣を歩く尚哉の足がなかなか前に進んでくれない。
尚哉の隣を歩く桜は仕方なく歩調を合わせた。
「疲れたな…………あそこで休憩しようか」
隣で立ち止まった尚哉が指さし教えた。
疲れたと言われた桜は仕方なくベンチに腰を下ろした。
「1口ちょうだい」
隣に座る尚哉がイチゴ牛乳を取り上げた。
桜は仕方なくイチゴ牛乳を諦めた。
イチゴ牛乳を返した尚哉がそのまま桜の横顔を見つめた。
桜は飲めなくなったイチゴ牛乳を仕方なく見つめた。
「ただいま…………あれ」
毎日玄関前に仁王立ちで待ち構え監視している兄の姿が今日に限って見当たらず、桜はひどく訝しげに首を傾げた。
すぐさま兄の事を忘れ家の中へ入ると、母が玄関の上り口に仁王立ちで待ち構えていた。
「ビビった…………今日はお母さんか」
桜の監視はいつの間にか家族交代制だったらしい。
桜が驚くと、母はなぜか困惑したように娘の顔を見つめた。
「……ん? どしたの? 何か悩み?」
「桜あなた…………いつの間にそうだったの?」
「いつの間にって、前からだけど……」
娘が生まれながらの真正馬鹿であることなど母親のあんたが骨身に染みてわかっているじゃないかと訝しがると、母は呆れたようにふう……とため息を零した。
「前からって…………高校から?」
「いや、もっとずっと前」
「ずっと前…………ふう」
母は本当に娘の馬鹿に気付いてなかったらしい、たった今娘に教えられ複雑そうに再びため息を零した。
「そう、そうだったの…………やっぱりね」
「やっぱ知ってんじゃん!」
結局娘の馬鹿をやっぱり知っていた母に突っ込むと、突然母の顔に怒りが滲んだ。
「それならそうってちゃんと言いなさい。お父さんがびっくりしちゃうじゃないの」
「え! 知らなかったの?」
母は薄々気付いていたようだが、父は今だまったく馬鹿娘に気付いていないらしい。
これには桜もとにかく驚いた。
「近所の人に教えられてお母さんもようやく気付いたんだからね、びっくりしたわよ。そういうことはお母さんに最初に報告しなさい」
「そんなこと言ったって、てっきり知ってると思ってたし………………でもごめん」
この町内で桜馬鹿を知らない住民は誰1人として存在しないというのに、両親だけがまったく気付けず馬鹿娘と平気で暮らしていたらしい。
さすがに桜も不憫さを覚え、生まれてすぐ真っ先に教えるべきだったと後悔の念を顔に滲ませた。
「仕方ないわね、まあいいわ…………で、どうなの? うまくいってるの?」
「まあ……もうとっくに慣れたし…………うん」
馬鹿もなかなか捨てたもんじゃない、慣れれば意外に愛着が持てるものだと、桜は若干照れくさそうに鼻をすすった。
「ひとまず安心ね…………じゃあ今度一度家に連れてきなさい。お父さんも久しぶりに会いたいだろうし」
「…………ん? ここにいるけど」
馬鹿娘はあんたの目の前にちゃんといるじゃないかと母の視力を疑うと、母は再び呆れ返った。
「お馬鹿ねぇ……ほんっとにお馬鹿なんだから………………尚哉君よ、尚哉君。尚哉君に決まってるじゃないの」
「な、あいつは馬鹿じゃないっ!」
これまでの母の話はすべて馬鹿娘じゃなく尚哉のことだったらしい、桜はむきになって尚哉馬鹿疑惑を真っ向否定した。
「ほんっと、あんたはどうしようもなくお馬鹿なんだから………………付き合ってるんでしょ? 尚哉君と」
「…………ん?どゆこと?」
「今更とぼけないの、この町内で知らない人はいないんだから。毎日一緒に八百雅さんの前でデートしてるんですって? ここ最近近所の人がみんな目撃してるのよ」
「…………ん? みんな?」
「そう、みーんな。…………あ、でもみんなではないわね。八百雅さんだけはまだ知らないみたい。ほら、あそこは今家族揃って海外旅行中だから。なんでも息子さんが誘ってくれたんですって。八百雅さんのおばあちゃん、こないだ家に来て自慢してたわよ」
「…………ん? 知らない? 八百雅のばあちゃん?」
「おそらく知らないはずよ。だってここ1カ月ずっと店も休んでお留守にしてるみたいだし」
「…………ん? 1カ月?」
「そう、1カ月。八百雅さんお留守」
この1カ月、八百雅の家族が総出で海外旅行を満喫している間、この1カ月、八百雅近隣をウロウロ徘徊していた桜は、この時ようやく恋人偽り八百雅ラブラブ徘徊デートがまったく意味をなさなかったことに気付き、とうとう言葉を失くしてしまった。