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馬鹿桜、〇〇とイチゴ牛乳





「なあんかおかしいねぇ……」

 レジカウンターに頬杖をついた店長がじっと桜を見つめていた。


「はあ!? 一体なにがですかぁ?」

 今までひた隠しに誤魔化していた馬鹿がとうとうバレたのかと冷や冷やものの桜は、あからさまにすっとぼけた。


「やっぱりおかしいよ、絶対おかしい……」

「……は、はあ、すんません。実はわたし本当は馬……」

「ちょっとあれ見てよ、桜ちゃん」

 とうとう完全に馬鹿がバレたと覚悟した桜が馬鹿正直に馬鹿を告白しようとすると、店長は馬鹿な桜を通り越し、もっと背後を見つめていた。

 桜より上手の馬鹿発見の予感に嬉々として背後を振り返ると、そこには到底馬鹿には間違えられそうもない賢そうな子供がいた。


「店長! それは完全店長の誤解です!」

「いや、間違いないよ」

 馬鹿の特徴はキングオブ馬鹿な桜が誰よりもよく理解してますとむきになり賢そうな子供を庇うと、店長は確信したように桜の弁護を完全否定した。


「そんな……店長、例えそうだとしてもあの子に罪はありません!」

 馬鹿なものは馬鹿なんだ、こればかりはどうしようもないんだ。

 例えあの子が賢いふりして真正馬鹿でも許してやってほしいと、桜は馬鹿代表として店長相手に堂々立ち向かった。


「いいかい……桜ちゃんよく見てくれ。1人だけじゃない」

「え……」

 馬鹿は1人じゃない?

 店長の馬鹿千里眼に驚いた桜が慌てて周りをキョロキョロ確認すると、確かに子供は1人ではなかった。


「ざっと数えて10人だ…………どう考えても多すぎるよ」

「10人…………あ」

 本当は桜も含めれば馬鹿11人なんですとクビ覚悟で馬鹿正直に告白するべきか暫し思い悩んだが、結局自分可愛さに伏せておくことにした。


 とりあえず、コンビニ店内に桜を除いて10人も馬鹿が存在したらしい。

 ということは、今このコンビニは店長除き100%馬鹿で支配されているということだ。


「こんな遅い時間に部活帰りかな…………あそこの学校の生徒はみんな良い子なんだけどねぇ。とりあえず桜ちゃん、注意して見てて」

「ブッ!? わ、わたくしめがですか?………………は、はい」

 馬鹿な桜に馬鹿の子達の監視をしろと突然上司に命令を下された桜は何の水分も含んでいない口をブッと吹き出し、自信なさげに渋々了解した。


「あ、あっちにも…………困ったねぇ」

「ハア!? またですか!?」

 さっそくまた馬鹿を発見したらしい店長に馬鹿追加を教えられた桜は、もうそんなに馬鹿ばっかり面倒見きれませんと若干キレかかった。

 とりあえず新たに追加予定の馬鹿の子を確認しておこうと店長の視線を追うと、いつものように桜を迎えに来た入り口ドア外に佇む尚哉の姿があった。


「店長…………彼は違います。絶対そんなんじゃありません」

 尚哉が決して馬鹿ではないことくらい桜が一番よくわかってる。

 とうとう彼までも疑い始めた店長に、桜は真剣な表情で尚哉馬鹿疑惑を完全否定した。


「わかってるよ……無関係なんだろ? でも桜ちゃん、気を付けた方がいい。ああいう輩はいつどうなるかわからないから」

「は、はぁ………………そうでしょうか」

 尚哉がいつ馬鹿の仲間入りをするか大層心配らしい店長の忠告に、ついさっきまであんなに尚哉を信じていたはずの桜もだんだんと自信がなくなりつつあった。


「なんならいっそ僕がハッキリ一言!」

「ははは、店長きっとまだ大丈夫でーす!」

 今すぐ尚哉にお前はこれから馬鹿決定だと伝えに行こうと意気込む店長を明るく笑って止めると、お疲れ様でーす! と元気に挨拶しさっさと店内から引き上げた。






「桜、ちょっと待て」

「え!?」

 今日も猛スピードで尚哉の手を引きずり八百雅近隣をウロウロ徘徊していると、引きずる尚哉に止められようやく足を止めた。


「疲れた……もう少しゆっくり歩こう」

「あ…………ごめん」

 八百雅の嫁回避のため尚哉を無理やり毎日徘徊に付き合わせているというのに、猛スピードでそれ以上の無理を強いていたことにようやく気付いた桜はすぐさま反省した。


 気まずげに俯いていると、突然尚哉は繋いだままの桜の手をぐっと引っ張った。


「おわっ!」

 驚いた桜が思わず声を上げるのも無視して、引っ張るままどんどん先に行ってしまう。


「うおっ!」

 今度は突然立ち止まられ、お決まりのように尚哉の背中に激突した桜は痛々しく鼻を押さえ、涙目で彼の背中を睨みつけた。


「一体何なんだ……」

「ちょっと休んでいこう」

「え?」

「ここ」

 ここと指さし教えられ見つめたのは、偶然にもちょうど八百雅の店の前だった。

 ドキリと心臓を跳ねさせた桜はとうとう夕飯前の腹ごなしと偽り徘徊の本当の趣旨がばれたかとビビり、怖々と尚哉の顔を確認した。


「座って」

「あ……おう」

 尚哉の顔色を確認する暇もなく八百雅前に置かれてあるベンチに促され、腰を下ろす。

 てっきり一緒に座るのかと思いきや、尚哉はまた動き始めた。



「はい」

「あ……どうも」

 はいと渡されたのは、八百雅前に置かれている自動販売機で購入したジュースだった。

 桜が大好きな激甘イチゴ牛乳だ。


「それ好きだよな」

「うん……」

 気まずげに前を見つめた桜はイチゴ牛乳を飲み始めた。

 激甘イチゴ牛乳なのに、なぜか今日はそんなに甘くなかった。


「一口ちょうだい」

「あ……!」

「甘いな……」

 苦虫を噛みしめたように、尚哉は顔を顰めてしまった。


「はい」

「あ……」

 また戻ってきたイチゴ牛乳を呆然と見つめた。

 飲めないイチゴ牛乳を持て余すように握りしめた。


 ベンチに座る桜と尚哉の間に、2人の声がなくなった。




「トランプ」


 隣の尚哉が呟いた。

 桜の目にイチゴ牛乳がなくなった。



「受験」


 尚哉がまた呟いた。

 桜の目に指折り数える尚哉の手が見つかった。



「一本道」


 桜の目は尚哉の横顔を見つけた。

 見つけた尚哉が今度は桜の目を見つけた。



「俺はいつもお前を怒らせてばかりだな」

 桜を見つけた尚哉が少しだけ寂しそうに笑った。



 見つけられた桜はまたイチゴ牛乳を見つけた。

 桜の目は飲めないイチゴ牛乳を見つめた。



 桜の目からイチゴ牛乳がなくなった。

 そっと取り上げられたイチゴ牛乳を、桜の目は追いかけた。



「行こうか」

 イチゴ牛乳を持たない手が桜にやさしく触れた。



 桜の手が引かれるまま、尚哉を追いかけ始めた。

 桜の目が尚哉の背中を追いかけ始めた。








「ふむ……なかなか順調みたいだな」

 家の玄関前ですでに待ち構えていた望は、たった今車を降り帰って来たばかりの妹を仁王立ちで監視していた。

 医学生のくせに彼は相当暇らしい。



「ただいま」

「ふむ……イチゴ牛乳………………つまり八百雅前か」

 傍に近付いた妹に八百雅限定自販機イチゴ牛乳の匂いを瞬時に嗅ぎ取った兄は刑事の真似事をするあたり、やはり実は相当暇らしい。

 医学生のくせに毎日妹の監視を怠らない兄をさっさと忘れ、とっとと玄関の中へ入った。




「おい馬鹿、どうした。馬鹿のくせに元気がないぞ」

 馬鹿は絶対に元気だと勝手に決めつけている兄が勝手に部屋に入ってきた。

 ベットの上に座っていた桜は兄に問われ、そのままゆっくり膝を抱えた。


「望、いつまでだ」 

 いつまでと妹に問われた望は一瞬首を傾げた。


「我慢しろ。勝負は1カ月、あと残り半分だ」

 大変優秀な兄は一瞬考えただけで妹の思惑を察知し、神妙に答えた。


「1カ月…………もういいよ」

「おい馬鹿、いいのか。八百雅の嫁だぞ」

「もういい、疲れた」

 1カ月まで少しも我慢できないと、桜は抱えた膝に顔を埋め弱々しく呟いた。


 望は息を吐き、妹の傍に近寄った。


「何かあったか」

「………………」

「あいつと何かあったか。あいつはまたお前を怒らせたのか」

「望……そうじゃない」

「だったらそれでいい。お前はそのままでいい」

「望……」

「何も考えるな。馬鹿は何も考えるもんじゃない」

「………………」

「もう少しだ。あと少しだけ我慢しろ」


 頭を撫でられて、ようやく膝に伏せた顔を上げた。

 兄が笑ったので、桜は仕方なく小さく頷いた。





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