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馬鹿桜、〇〇と帰る





 無人駅の前でじっと佇み待っていると、たった今改札を抜けた彼が桜の傍に近寄った。


「久しぶりだな」

「…………うん」

 尚哉に挨拶された桜は気まずげに俯き、ボソリと返事を返した。


 しばらく互いに向き合いじっと黙っていると、ますます気まずくなってきた桜は誤魔化すようにさっさと歩き始めた。

 自分勝手にも先を行く桜を追いかけるように、尚哉もすぐ後に続いた。




 昨夜、変態露出男に襲われかけた妹の身を守るため兄が桜に突き付けた最終手段は、兄の友人である尚哉だった。


「なんで結局あいつなんだよ!」

 兄の最終手段が前回の受験に続きまた尚哉だったので、さすがにブチ切れた桜は兄に激怒し抵抗した。

 あいつだけは嫌だと自分勝手な我儘を言う妹に、望は呆れたように息を吐いた。


「おい馬鹿、贅沢言える立場じゃないだろ。お前このままだと最悪嫁に行けなくなるぞ」

「……え、どして?」

「当たり前だろ。こんな田舎で噂が立ってみろ、それでなくてもポンコツ馬鹿のお前が変態に襲われたなんて隣近所に知れ渡ったら、嫁の貰い手は確実にゼロだ」

 八百雅へ嫁に行きたくなくて無理やり必死こいて高校に進学したのに、今度は一生嫁に行けないと神妙な表情で兄に断言された桜はショックで呆然としてしまった。


「……まあ、八百雅のばあちゃんなら馬鹿なお前可愛さに情けで拾ってくれるかもしれないけどな」

 一縷の望みを与えてくれた兄に、結局行きつく先は八百雅の嫁しかないことを苦渋の表情で宣告された桜は、とうとう絶望の淵に立たされた。


 カラカラと抜け殻になってしまった妹をそのままにさっそくスマホを手に取った望は、電話越しの相手に済まなそうに事情を話し始めた。






「いつも帰りが遅いんだって? 望が心配してたぞ」

 変態に遭遇した事実をとりあえず伏せておいてくれた兄は、毎日帰宅の遅い妹が心配であることだけを伝えたらしい。

 隣に並んだ尚哉に尋ねられた桜は結局何も答えず、そのまま黙った。


 すでに辺りは真っ暗となった自宅までの一本道、今日から桜は帰り道が一緒の尚哉と共に帰宅することとなった。

 すべては変態から身を守るためである。



「何部?」

「バド」

「そっか……俺は相変わらず柔道。帰りはいつもこの時間の電車だから、ちょうど良かったな」

 互いに言葉なく黙々と歩き続けるのも気まずいのか、足並み揃え隣を歩く尚哉が気さくに話を振ってきた。


 中学まで兄の望も通っていた私立学校に電車で通学している尚哉は、偶然にも桜と帰宅が同じ時間帯だった。

 桜とは反対方向の電車を利用している尚哉は自宅から最寄の無人駅に降り立つ時刻も5分違い程度だったので、兄の望もこれ幸いとばかりに尚哉に妹の付き添いを頼んだ。

 こんな偶然もいつだってタイミングの悪い桜のせいに違いない。



「何組?」

「5組」


 隣りの尚哉が桜の横顔に小さく質問する。

 前を見つめた桜は小さく答える。


 尚哉の隣はとにかく居心地が悪くて、桜は無意識に歩調を早めた。






 昔から桜は兄の友人である尚哉が大の苦手だった。

 とにかく気が合わないのだ。


 村井家の兄妹、大変優秀な兄とポンコツ馬鹿の妹。

 頭のレベルも対照的なら性格も正反対。

 まったく手の掛からない兄に対しいつもハチャメチャな妹に、父も母も担任の先生もとにかく昔から手を焼かされた。


 一目散で意味もなく毎日廊下を突っ走り、二階から物を落とすのは当たり前、三歩歩けば忘れてしまう頭のせいで、危険だから入るなと注意された直後に自ら突っ込む。

 そのおかげですでに過去四度生死をさまよった。


 兄は最初から妹を馬鹿扱い、周りもすぐに馬鹿扱い、お前は良い子だ本当は良い子なんだとしぶとく粘り続けた両親も小学校入学を機にとうとう堪らず馬鹿扱い。


 すべての人間から馬鹿のレッテルを張られた桜の前に、ある日突然尚哉が現れた。


 兄の望が当時クラスメイトだった尚哉を自宅に連れてきたのは、桜が小学校3年生の時だった。

 家が比較的近所にもかかわらず今までほとんど接触のなかった尚哉とほぼ初対面で顔を合わせた桜は、興味津々と尚哉の姿を見つめた。

 面白そうかそうでないか判断基準はただそれだけ、兄とは若干毛色の違う尚哉に多少好奇心が芽生えた桜は、兄がひどく嫌がるにもかかわらず兄達の行動をひたすらつけ回した。


 ベットリとへばりついたお蔭で渋々一緒に遊ぶ許可を与えられた桜は、上機嫌で兄達と一緒にトランプを握り締めた。

 しつこく丁寧に教えられたババ抜きルールをものの3秒であっという間に忘れてしまった桜が当然勝てるはずもなく、あっという間に3連敗を喫した。

 負け続きのトランプにすぐさま飽き飽きしてしまった桜が途中で放り投げようとすると、偶然にも桜の手にあるババを引いてくれた尚哉のお蔭で、桜は初めて1勝を勝ち取った。


 兄達に初めて勝った喜びはとてつもなく大きく、それ以降尚哉が家に遊びに来るたび桜はしつこくババ抜きをねだった。

 桜の負けが続くと必ず偶然ババを引いてくれる尚哉のお蔭で、桜は必ず最後の1勝を勝ち取った。


 尚哉が遊びに来るたび桜が必ずしつこくババ抜きをねだっても、尚哉は断らなかった。

 すでにババ抜きにうんざりする兄がひどく嫌がっても、尚哉は桜のねだりを断ることをしなかった。

 尚哉が絶対に断らない事をいいことに、桜はずっと尚哉にババ抜きをねだり続けた。


 兄達とトランプで遊び続けて早1年、とうとうババ抜きで100勝目を勝ち取った桜はとうに鼻高く調子に乗っていた。

 妹とババ抜きに散々付き合わされほとほとうんざりしていた兄は、天狗で図に乗る妹にとうとう初めてブチ切れた。

 いい加減気付け! と怒鳴り声を上げ、天狗妹に初めてネタをばらした。


 兄にはっきりとわかりやすく教えられ、桜はようやくその時初めて事の真相に気付かされた。

 桜のババ抜き100勝は勝ち取ったのではなく、与えられたのだと。

 いつも最後にわざとババを引いてくれた尚哉のお蔭で、桜は今まで勝たせてもらっていたのだ。

 どんなに馬鹿でもさすがにショックを受けた桜は、この日をもって1年間続けたババ抜きをようやく卒業した。



 馬鹿ゆえに立ち直りも素早い桜は3日後には再び上機嫌でトランプを握り締め、兄達と7並べを楽しんでいた。


 桜の負けが続くと、必ず最後に尚哉が負ける。

 尚哉が遊びに来るたび桜がトランプをねだると、尚哉は絶対に付き合ってくれる。

 桜の勝ちが続いて天狗になると、最後に必ず兄にネタばらしされ鼻をへし折られる。

 ババ抜きから始まり七並べ、神経衰弱、大富豪と続き、馬鹿ゆえに何度も忘れ、何度も同じことを繰り返す。



 兄達とトランプで遊び始めて3年が経過した頃、桜はすっかりトランプ嫌いになっていた。

 それと同時に、家に遊びに来る尚哉が大の苦手になってしまった。



 兄からも父と母からも、当然周りからもすべて馬鹿扱いされてきた桜を唯一馬鹿にしないのが、この尚哉だった。


 どんなに桜が馬鹿でも、尚哉は桜を馬鹿にしなかった。

 そんな尚哉にトランプの勝ちを与えられる度、桜は少しずつ尚哉の存在が苦手になっていった。



 尚哉は絶対に桜を馬鹿にしなかった。

 そして、尚哉は最後に必ず桜にトランプの勝ちを与えてくれた。


 表面上は桜を馬鹿だと知らないのに、尚哉は桜が馬鹿だと知っていた。

 尚哉だけは絶対に桜を馬鹿にしないのに、尚哉は桜が馬鹿だと誰よりも認めていた。


 桜を馬鹿だと知らないのにちゃんと知っている尚哉に、桜は少しずつ違和感を覚え始めた。 

 桜を決して馬鹿にしないのに誰よりも馬鹿だとわかっている尚哉に、桜は徐々に近づくことさえ怖ろしさを感じ始めた。



 いつものように尚哉が家に遊びに来ても、桜はいつのまにかトランプをねだらなくなった。

 今度は尚哉にトランプで遊ぼうと誘われても、桜は嫌だと断った。


 3日後尚哉が遊びに来ても、桜は尚哉と一緒に遊ばなくなった。

 尚哉が一緒に遊ぼうと誘っても、桜は嫌だと断った。


 3日後再び尚哉が遊びに来ると、桜は逃げるように外へと飛び出した。

 尚哉に声を掛けられても、桜は振り向くことをしなかった。


 大層失礼な妹の態度を見兼ねた兄の望が怒り出した。

 それでも桜が外へ飛び出すので、兄もすぐに諦めた。

 妹を諦めた兄が尚哉を家に連れてくることも徐々に少なくなった。


 桜が小学校を卒業する頃、尚哉が家に遊びに来ることはなくなった。

 尚哉が家に来なくなると、桜が外へ飛び出すこともなくなった。


 桜はそれ以降、尚哉と会うことはなくなった。

 会うことがなくなったのに、桜はそれ以降もずっと尚哉が大の苦手だった。


 もう会いたくない尚哉が家に来なくなったので、桜はようやく安心した。

 こうして無事桜に平和が訪れたというのに、兄は去年の夏ふたたび尚哉を家に連れてきた。


 半年もの間、大の苦手な尚哉と2人きりにさせられた。

 大の苦手な尚哉に大嫌いな勉強をとことんみっちり教えてもらった。 


 無事受験も終わりこの前ようやく解放されたばかりだというのに、桜は再び尚哉と一緒に過ごす事になった。

 学校帰りの30分、夜の一本道、桜は毎日尚哉と一緒に帰ることになった。




「お昼なに食べた?」

「弁当」


 変態から身を守るため、こうして無事兄の友人である尚哉は桜のボディーガードとなった。

 

  


 

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