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馬鹿桜、〇〇に飛び込む





 町内にある交番前に佇んでいた桜はゆっくりと視線を隣に向けた。


「ありがとうな……」

 桜が礼を言うと、交番のドアを見つめていた尚哉がこっちに振り返った。


「問題ないか」

「うん」

「そうか…………じゃあ行くか」

「うん」

 頷いた桜は尚哉の背中を追いかけ、その場から歩き始めた。





 高校時代、桜が遭遇した変態は確かに店長本人だった。

 

 当時、今のコンビニの一店員だった店長はその時の経営者とそりが合わず、相当なストレスを抱えていたらしい。

 それまでずっとひた隠してきた自分の露出癖をとうとう我慢できず、勢いであの一本道に佇んでいたんだそうだ。

 その時偶然にも通り掛かったのが高校生の桜だった。

 

 それ以降再び露出癖を隠し、今から1年前に当時のコンビニ経営者が個人的な理由で店を辞めることをきっかけに、引き継ぐ形で店長となった。

 そして約1ヵ月前、桜がアルバイトとして店の面接を受けに来た時、店長はすぐに気付いたんだそうだ。


 店長は最初に一本道で桜と会ったあの時、桜を好きになってしまった。

 自分の全裸露出に制服スカート全開しジャージインで対抗した桜の勇ましさにノックアウトしてしまったんだそうだ。

 あの日からずっと忘れられなかった桜と1ヵ月前コンビニで再会したことをきっかけに、店長の露出癖が再び熱をぶり返してしまったらしい。

 そして今日とうとう我慢できず、再びあの一本道で桜の帰りを待っていた。


 店長は嘘偽ることなくすべて正直に告白すると、桜に深く謝罪し自ら自首した。

 桜と尚哉はただそれを交番前で見守った。



 


 目の前の道を歩く桜は尚哉の背中を見つめた。

 尚哉はただ目の前の道を見つめていた。

 桜はただ尚哉の背中を追いかけた。



 桜を助けてくれたのは尚哉だった。

 桜の帰りを心配し無人駅で1人待っていた尚哉は、桜が一本道を歩く姿をただ背後から距離を置き見守っていた。

 途中、突然一本道を走り出してしまった桜の後を追いかけると、遠く先の外灯前で桜と男の話す姿が見えた。

 親しそうな雰囲気を感じ取り、とりあえず遠くから様子を窺っていたらしい。

 桜の叫び声を聞きつけ、その時初めて桜の異常に気付いた尚哉はすぐさま走り出し、桜に迫る男に勢いよく突っ込んだ。

 中学時代からずっと柔道部だった尚哉の背負い投げが決まり、桜の危機はどうにか無事免れた。



 目の前の道を歩きながら、桜は助けてくれた尚哉の背中を追いかけた。

 尚哉はただ目の前の道を歩き続けた。

 

 尚哉の背中を追いかけた桜は、ようやく足を止めた。



「尚哉…………八百雅の前だ」


 桜の前に八百雅の店があった。


 足を止めた桜は尚哉の背中を見つめた。

 尚哉は目の前の道を歩き続けた。



「八百雅の前だ………………尚哉、手を繋がないのか」


 桜が見つめる尚哉の背中がようやく止まった。



「手を繋がないのか、尚哉…………もう繋がないのか」


 桜は尚哉の背中をまだ見つめた。



「もう繋がないのか…………もう繋いでくれないのか、尚哉」


 尚哉はずっと目の前の道を見つめ続けた。

 桜は尚哉の背中をずっと見つめ続けた。




「……桜。俺はな、怖いんだ」


 目の前の道を見つめた尚哉が桜に語りかけた。



「怖いんだ、桜…………俺はな、お前が怖いんだ。

今すぐここから逃げ出したいくらいお前がたまらなく怖いんだ」


 桜の耳に微かに震えた尚哉の声が届いた。



「桜、俺はお前が怖いんだ。お前に嫌われるのが怖いんだ。

今度もしお前に嫌われたら、俺はもう今度こそ絶対に立ち直れない。

今度またお前に手を振り払われるのが怖くて、俺はまたお前の手を握ることができない。

今お前に背を向けられるのがたまらなく怖くて、俺は今振り向くことすらできない」

「尚哉…………わからないんだ。私は馬鹿だからわからないんだ。私は言葉じゃわからないんだよ、尚哉

 桜は尚哉の背中に訴えた。

 桜の声に、尚哉の背中が静かに動いた。


 尚哉の目がようやく桜を見つけた。



「桜、来い」


 尚哉の手が桜に向かって大きく開いた。

 尚哉の手に、桜はただ飛び込んだ。




「桜は馬鹿だ……」


 尚哉の手が桜をぎゅっと抱きしめた。

 尚哉の手に包まれ、桜はぎゅっと目を閉じた。





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