第三章
「買ってきたぞ!さあ、とっとと画像を消してもらおうか姫ヶ崎!」
「えっ、何の話?」
「何の話じゃねえええ!」
息を切らしながら駆け込んでまわりから奇異の視線で見られながらもなんとかラス1を手に入れて、そのあとチョココロネ(こっちが本命)とついでにジャムパン(俺の分)も買った後、急いで帰還した俺に対してそれはないだろう!
「ライチは少し人の話を聞いたほうがいいわよ。」
「ひとの話を聞かないやつの代表格のお前にそんなこと言われるとかおしまいだよ!」
「違うわよ。わたしは話を聞かないんじゃなくて話の輪に入らないのよ。話を振られそうになったら拒絶するか離脱する。」
「なおたちが悪いわ!」
俺をそんなのぼっちの極みと一緒にしないでほしい。
「それよりも、俺はメロンパンを買ってきたというのにお前が画像を消さないのはおかしいだろう。」
すると姫ヶ崎はきょとんとした顔で言った。
「もしかして、あんたまだ信じてたの?」
「...はあ?」
思わずあほみたいな声が漏れる。
「ははっ、あんた何あほみたいな顔してんのよ。」
「姫牙、そんなこと言わないの。天津風君が可哀想でしょ。」
あぁ、涼風さんまじ女神です。
「彼のあほ面はもとからでしょ。そんなこと言ったら彼のお母さまが可哀想よ。」
「慰さめるふりして傷口抉るのやめてもらえますかね?」
前言撤回、やっぱり涼風さんは悪魔だ。
「でも、すぐに騙されるライチが悪い。だってわたし、ネットにアップするとは言ったけど画像があるとは一言も言ってないわよ。」
「…そんなの詐欺だ!」
そう糾弾するが姫ヶ崎はどこ吹く風。
「騙される方が悪いのよ。そしてバレなければイカサマじゃないのよ!」
いや、そんな胸を張っていうことでもないと思う。
「じゃあ、俺はネットでマゾ扱いされる心配は無いんだな?」
「当たり前じゃない。わたしがそんなことすると思う?」
「はは、そうだよな。まさかお前がそんなことするわけないよな。」
「ええ。少なくとも、わたしならせめて証拠写真を撮ってからあげるわね。その方がより相手に被害を与えられるし。」
「…」
もうつっこむのも疲れた…
と、いうようないつものやり取りを続けていると、部室をノックする音がした。
「?誰だ、こんな部活に用のある偏屈人は。」
「ちょっとあんた、部長のいる前でそれを言う?ふつう。」
この部活と部長が普通じゃないからいうんです。
とはいえないので、ぐっと飲み込む。
「さて、いったい誰が来たのかしらね。まさかとは思うけれど生徒会が立ち退きを言ってきたりして。」
そう涼風さんが言うと姫ヶ崎は自信満々に胸を張った。
「もしもそうだったらわたしが力ずくで追い出してやるわ。」
あんたにそこまでの体力はない。と断言できるだけの証拠は先ほど証明された。
ふと隣をみると、涼風さんが目配せをしてきた。おそらく、危なくなったら止めろということだろう。
「入っていいわよ。」
部長である姫ヶ崎にそういわれて開いたドアの向こうに立っていたのは、どこかで見たことのある顔だった。
その顔を見てしばらく考えると、何となく思い出してきた。
「やあ。この前は世話になったね。」
そういわれてやっと思い出した。たしかサッカー部の部長の前崎先輩だ。
少し前に試合に助太刀に行ったことがあるので、俺のことを覚えていてくれたのだろう。
「あら、ライチの知り合いだったんですか。初めまして、部長の姫ヶ崎姫牙です。」
「ああ、君が。噂はかねがね聞いてるよ。なんでもやくざとタイマンで勝ったって聞いたけど。」
「いやですよ、まさかそんなことあるわけないじゃないですか。」
うん、たしかにありえない。けど、だとしたらなんで周囲に黒服のお兄さんさんが多いんだか。
「で、今日来たのはちょっと頼みがあって来たからなんだけど。困ったことがあったらここに相談するといいって聞いてきたんだけど。」
どうも先輩はここをお悩み相談所と勘違いしているようだった。
「ちなみに、その話は誰から?」
「えっと、ごめん。よく覚えてない。たぶん噂で聞いたと思うけど。」
「そうですか、だったらいいです。」
大体ここに持ち込まれる案件は小畠つながりだから念のため確かめておいたが杞憂だったようだ。
「話がそれましたね。では、まず何があったのか話してください。」
「うん。事の発端は先週の月曜日なんだけど、」
先輩によると、その日は多くの部活がグラウンドを使用していて、サッカー部は、校庭の隅で細々と練習をしていたそうだ。しかし、人数が多いためにかなり狭かったらしく、練習が終わるころには皆汗まみれになっていた。そして、部室で着替えていると、「ソレ」は出たのだという。
「なんか、壁から手が、こう、にゅうってでてきて、みんなが驚いて言葉も出ないでいると、俺のほうに向かってきたんだ。」
壁から出てきた手は先輩を捕まえようとしたのだが、持ち前の瞬発さでなんとか躱したのだという。しかし、恐怖はそれだけでは終わらなかった。
「手を躱して後ろを振り返ったら壁から男の体がずぶずぶと這い出てきて、俺のことを追いかけてきたんだ。それで、怖くなった俺は無我夢中で逃げまくって気が付いたら木の上にいたんだ。」
先輩はその時の切羽詰まった様子で話していたが、俺は木の上で震える先輩を想像して笑いをこらえるのに必死だった。隣を見ると、姫ヶ崎も同様で、笑いを堪えてプルプルしていた。
それを見た先輩は俺達も怖がっていると思ったらしく、少し同情的な目で見てきた。
「それで、俺が化け物のほうを見ると、そいつはどうも上に上がれないらしくって、しばらくそこに居たんだ。けど、このままじゃいつまでたっても降りれないしどうしようかって思っていたら、突然いなくなってさ、一瞬罠かと思ったけど、違ったらしくて。それでその時は事なきを得たんだけど、それから家の周りにも出るようになってきて、家族に迷惑かけるわけにはいかないし、どうしようって思ってたら、個々のうわさを着てやってきたんだけど、、引き受けてもらえないか?」
そういって頭を下げる先輩を無視して、姫ヶ崎は言った。
「まあ、引き受けるか否かはお居とくとして、その妖怪の名前だけど、たぶん壁男だと思う」
「ふうん。お前が断定しないなんて珍しいな。何か理由でもあるのか?」
「ふつう、壁男ってのは学校に出てくることがほとんどだから。今の話に出てきたみたいな家まで追ってくるって話はあまり聞かないわね。」
「じゃあ、壁男ではない可能性もあるってことか。だとしたら厄介だな。対処法もはっきりしないということか。」
俺たちが対処法を編み出そうと頭を捻っていると、先輩が腰を浮かした。
「ごめんけど、俺、今日病院なんだわ。悪いけど、先にお暇させてもらうわ」
「別にかまわないわ。さっさと出て行ってちょうだい。」
まったくどうでもいいことのように姫ヶ崎があしらうのを見て、俺があわててフォローにかかる。
「あっ、今姫ヶ崎は集中してるんで少し素が出てるっていうか、ちょっと傲慢不遜になってるんで、根はさして悪くはないと思うんですよ、ただわがままなだけで。」
ダメだ、全然フォローできてない。というよりフォローすべき場所が見つからない。
「ああ、気にしてないから大丈夫だから。それじゃ、ヨロシク!」
そういって先輩は帰って行った。
それと同時に、姫ヶ崎がため息をつく。
「はあー、疲れた。人前で猫被るの疲れるのよね。」
「途中で外れかかってたがな。」
「そこはあんたがフォローすべきでしょ。それにさっきの何あれ。ほめるのかケンカ売ってんのかはっきりしなさいよ。」
そういわれても、長所が見当たらないのではどうしようもない。
「お前の長所ってなんだよ?」
「はぁ?それ本人に聞いたらおしまいでしょ。それぐらい探してきなさいよ。明日まで。
見つかんなかったら…そうね、罰ゲームでいいかしら。」
それこそ本人が言ったらおしまいだと思う。
「なんか言った?」
「いや、何でもない。それよりも俺は早く家に帰って考えてみるとするよ。それじゃ。」
「あっ、待ちなさい、話しはまだ終わってない…」
後ろでそんなことを言っているが、このチャンスを逃す訳にはいかない。
俺は家に帰って家事をしないといけないんだ。
そうして辛くも部室から脱出して家に生還して妹に宿題の件を相談してみると何故かとても怒られた。そして、その日は一日中口を聞いてもらえなかった。
仕方がなく、姫ヶ崎の信者第1号である小畠にいいところを聞いて(100はあったのでかなり添削して)宿題を完了させて安心して眠りについた。
だが翌日、先輩は学校に来ていなかった。
そしてその日の夜、変わり果てた撲殺死体で発見された。