第二章
俺はざわつく教室を出ると、真っ直ぐに部室へと向かった。正直言ってこのまま自宅に直帰してしまえば良かったのだが、今約束を破ると翌日には俺に関する大量の噂を流されそうだったので、噂を流す人の手間を省くためにこうして部室に向かっている。断じて脅迫に屈した訳ではない。
さて、俺の所属する部活だが、名前を「受験部」という。名は体を表すと言う通り、この部活は、超常現象や幽霊、妖怪を探求する部活だ。周囲からは大学受験対策をする部活と思われているみたいだが、お間違えのないように。
「あら、ちゃんと来たのね、珍しい。」
部室の前まで来ると、姫ヶ崎が待ち構えていた。もしかして俺が約束を守るのか確かめるつもりだったのか…脅迫に屈していて良かった…
「あ、ああ。俺はちゃんと約束を守る男だからな。」
なけなしの意地を張って言ってみるも姫ヶ崎は鼻で笑った。
「あっそう。それよりも早く入りなさいよ。
あんたがいないと誰がわたしの本を持ってくるのよ。」
お前だよ。
そう言ってやりたかったが、それよりも先に彼女は部室に入ってしまったので、諦めて俺も部室に入った。
部室に入ると、紅茶の香りがした。たぶんカモミールだろう。俺の鼻はこの1カ月で匂いだけで種類を当てられるようになっている。
その紅茶を飲みながら静かに本を読んでいるのは長い黒髪をもつ少女がいた。
彼女が涼風来音、姫ヶ崎の数少ない親友だ。
「何かしら、気のせいか私のことをじっくり観察されているような気がするんだけど。
気持ち悪いからやめてもらえないかしらあマゾ風君。」
誰だよ、こいつを無口と言った奴。平気でかなりの量喋ってんじゃん。
「別に私は意識して無口を演じている訳じゃないの。ただ、無言でも姫牙には意思が伝わるから何も言わなくてもいいと思っているだけ。」
「じゃあ、せめて周囲の人に対しては分かるように話してやれよ。」
「? なんで?」
こっちがなんでだよ。学年トップクラスの秀才の名が泣くぞ。
「いえ、本当にわからないのだけど…
姫牙以外の人と意思疎通をする意味が理解出来ないわ。」
「こっちが理解出来ないよこのヤンデレ百合っ子がぁっ!」
何さらっととんでもないこと言ってんだよ⁉︎
真面目に心臓が口から飛び出しかけたぞ⁉︎
「ま、ライチにはわからないでしょうね。
わたしたちの友情がどれだけ固いかなんて」
「お前らの関係は友情よりもう一段階飛び出してるだろ!」
「何気持ち悪いこと考えているのよ。わたしたちはそんな爛れた関係じゃないわよ。
ねぇ、来音?」
「…え、えぇ。そうね…」
涼風は信頼していた味方からダメージを受けてかなり堪えている。
「来音、大丈夫?あんなのがいうことをいちいち間に受けることはないから。ほら、元気出して。」
元気付けようとして逆に傷口に塩をぬっている様は涼風にかなりのダメージを与えたようだ。多分、明日にならないと復活しないだろう。
「全く、これあんたの所為だからね?
せめて来音の好きなパンを買ってくるぐらいしなさいよ。
あ、わたしはメロンパンが好きよ。」
…つまり、自分と涼風の分のパンを買って来いと。
「分かったよ。じゃあ行ってくる。」
大人しくパンを買いに行こうとしたら、
「ちなみに、わたしのメロンパンは100円のじゃなくて、放課後限定のやつね。それ以外は受け付けないから。」
「はぁ?そんなの無理に決まっているだろ。
放課後が始まって何分経ったと思ってー」
「もし買ってこなかったらライチの性癖をネットでバラすわよ。」
「すぐに買って参ります!」
俺は一目散に走り出した。