私に懐いた、悪戯な猫の話
「先輩……そんなとこで何してるんですか?」
校舎裏の、小さな花壇。そこでしゃがみ込み、作業をしていると、後ろからぎゅっと抱き着かれた。
「ちょっと!深猫君!?こんなところで……離れてっ……!」
「何でですか?誰もいませんよ」
「そういう問題じゃなくてぇっ!」
私が引き剥がすと、彼は納得いかないとでも言うように、こちらを見つめる。そういう顔、本当、困る!
深猫君は、一つ下の男の子。料理部の後輩。
黒い髪に、切れ長の眠たげな瞳。ちょっと垂れているせいもあって、色っぽい。本人曰はく一日中寝ていたい過剰なインドア派らしく、肌は女の子のように真っ白。だけど背は高くてすらっとしていて、完全なモデル体型。
「ねえ先輩、せっかく二人なので膝枕してくださいよ」
「えっ?何で!?だめ!」
「眠いんですよー。抱き枕でもいいので」
「そっちの方がだめ!」
見た目は私よりもずっと大人っぽいのに、中身は子供みたい。何故か初めて会った時から、私にめちゃくちゃ甘えてくる。他の人には少しも懐かないくせに。本当、すごい。
「……っていうか、花?育ててるんですか?」
深猫君は、ひょいっと花壇を覗き込む。興味津々なその仕草に、私は可笑しくなった。自由すぎるっていうか。
「そう。使われてない花壇だったから、綺麗にしたいなーって」
「お世話、してるんですか?」
「そうだよ。水あげしたり、肥料あげてみたり」
「ふうん。嘘つき」
「え?」
深猫君はそう言うと、右手で私の手首を掴んだ。びっくりして、顔を上げる。すると、すぐ近くに、じっと私を見つめる彼の瞳。どこか気怠そうなのに、真剣で、何も読めない。端正に整った顔に、どきっとした。
「この前は時間無いから俺の相手しないって言ったのに……あるじゃないですか」
「それとこれとは話が違うっていうか……」
「本当は俺の事嫌いなんでしょ?だから嘘吐いたんでしょ?俺は先輩に捨てられたんだ」
「めんどくさ!」
--そう、言った瞬間。
「それも嘘でしょ?俺の事、本当は大好きな癖に」
つん、と。唇に触れた、深猫君の人差し指。
にやっと、悪戯に上げた口角。気怠そうな瞳の奥の、真剣な色。「先輩」と囁く、いつもより低い声も。媚薬みたいに、チョコレートみたいに、甘くて怖い。
「ふふ、先輩。まだまだですね」
「えっ?」
固まっていた私に見かねたように、深猫君は、ぷっと吹き出した。そしてくすくすと口を押えて笑う。めちゃくちゃ馬鹿にされてる感じがする。
「もっと飼い慣らしてくださいね、俺を」
それだけ言うと、ガバッと私に抱き着いてきた。重さに耐えられず「うおっ」と女子らしからぬ声を上げ、私は背中から倒れる。
「ちょっと離れて一旦!」
「駄目ですよ。嘘つきには制裁が必要です」
「ちょっ……おおお!どこ触ってんの!」
「どこって。先輩の、」
「言わなくていいからぁ!」
飼い慣らすのは、しばらく無理かもね。