編ノ十四 ライジング・サン
「初日の出…?」
年の瀬迫る12月。
降神町役場の一角にある「特別住民課」で、僕…十乃 巡は寄せられた町民からの相談に応じていた。
ここ降神町は人間の住民以外にも特別住民も住んでおり、両者が共存する町だ。
そんな町の役場だから、相談者の中には特別住民もいる。
特に、僕が所属するこの課は、人と妖怪の垣根を取り払い、共に生きていけるように支援する部署だ。
だから、特別住民特有の相談事を受けることも多かったりする。
さて、今回相談を受けたのは晴下 陽依さん。
見た目は十代半ばくらい。
光輝く黄金の髪と、晴れ渡った青空のような蒼い瞳が特徴的な女の子だ。
一見外国人に見えるけど、彼女は“日和坊”という妖怪だったりする。
晴れを司ると言われていて、常陸国(現・茨城県)の山に現れ、雨天時には姿を見せず、晴れた日にのみ現れるという。
あの「てるてる坊主」の原型としても有名だ。
彼女は先代の“日和坊”の娘で、来年の正月からその役目を引き継ぐらしい。
伝承では“日和坊”は僧形の姿になっているけど、彼女の場合は「日和娘」ということになるのかな?
「そー。で、あたしの“日和坊”襲名のお披露目にもなるんで、初日の出は是が非でも晴れにしたいんよ~」
ほわほわとした陽の光のように話す陽依さん。
彼女の傍にいるとポカポカとした陽気(妖気?)に晒され続けるので、心地良くて思わず眠くなる。
「なんでぇ、何とか晴れにする方法を一緒に考えてくれない~?」
「ちょっと待ってくださいね」
そう言うと、僕はスマホで天気予報を検索。
見ると、週間天気予報では1月1日は曇りになっていた。
「予報では曇りですね…」
「そうなんよ~」
陽依さんの声のトーンが少し落ちる。
でも、表情もほわほわしてるので、あまり落ち込んでいるようには見えない。
「あたしの妖力『全快快晴』を使えば、晴れにすること自体は出来るんよ~。けど…」
陽依さんは、ふわっと溜息を吐いた。
「それには条件があるんよ~」
彼女のいうその条件とはこうだった。
①妖力発動の際は必ず下駄履きになること
②立会人が一人以上いること
③天気占い(いわゆる「あーした天気になぁれ♪」)で「晴れ」の目を出すこと
④一日三回まで限定
聞いていた僕は目が点になった。
効果といい、発動条件といい、何というピーキーな妖力だろう。
「つまりその…今回の場合、大晦日のうちに三回下駄を使った天気占いをして、晴れ(下駄が正位置)にならないと妖力は発動しない…と?」
「そう~」
こっくり頷く陽依さん。
しばし思案した後、僕はゴクリと喉を鳴らしつつ、シリアスな表情で問い掛けた。
「とどのつまり…完全な運任せってことでしょうか…?」
「快晴~…じゃなかった、正解~」
クイズ番組でいう正解ランプの代わりなのか、陽依さんの頭髪がピカ~ッと光る。
何だ、その機能。
「でも、それってどうしようもなくないです…?」
僕は恐る恐るそう尋ねる。
聞いている限りでは、僕は立会人以外は力になれる要素が皆無だ。
仮にイカサマで手を貸そうにも、それじゃあ条件は満たされず、妖力も発動しないだろう。
「十乃さんには居てもらうだけでいいんよ~」
そう言いながら、今度は晴れやかに笑う陽依さん。
え?
居るだけ?
「町の人や役場の皆が言ってたんよ~『十乃さんは晴れ男だ』って~」
いやいやいや…!
確かにそんな噂はあるけど…!?
「ほ、本気ですか…?」
自慢じゃないけど、確かに僕は「晴れ男」ってよく言われる。
学生の頃、学校行事で雨に祟られたことはないし、プライベートでも雨に当たることは珍しい。
役場に入ってからも、参加した各種イベントは全てが快晴。
そんな俺のことを悪友の雄二が「100%晴れ男」などと吹聴しまくった結果、あちこちの部署で助っ人として引っ張りだこになり、挙句、小学校の運動会などの町民イベントにすら招待されたこともある。
けど、全てはゲン担ぎでしかない。
そもそも、僕にそんな能力があるなら、陽依さん達の立つ瀬がないわけだし。
「本気だよ~。十乃さんが一緒なら、半人前のあたしでも、本当に晴れに出来そうだし~」
そう朗らかに笑う陽依さん。
影の無いその笑顔を見ていると、本気でそう思っているみたいだ。
でも、先程までの溜息を見ると、彼女の陽気さの裏側には不安があることは感じ取れた。
少し考えた後、僕は頷いた。
「いいでしょう。僕でよければ是非お力にならせてください…!」
それを聞くと、
「本当~!やった~!!」
大喜びする陽依さんを見ながら、僕はある計画を立てた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
やって来ました大晦日。
今年最後の一日となる今日、明日の初日の出をかけた陽依さんの挑戦が始まろうとしていた。
時刻は深夜。
場所は古い歴史を持つ「降神神社」
舞台はその境内に設えた四方固めの儀の跡地。
この時のために、篠竹を四隅に配置し、その間に注連縄を張り、紙垂を飾り付け、場を清めた。
そして、晴れ着姿の陽依さんに僕、初詣の参拝客の皆さんが固唾を飲んで成り行きを見守っている。
観衆の視線や応援の声を受ける中、陽依さんが、まるで壊れたロボットのように首を巡らせ、僕を見やった。
「あ、あの~…十乃さん?この騒ぎは一体~…?」
「僕が役場に許可をとり、町中に広報しました」
冷や汗をだらだら流す陽依さんへ、僕は真剣な表情で告げた。
「晴れを目指す陽依さんをバックアップするために、僕なりに思いつく限りの好条件を設定してみたんです」
居並ぶ観衆を見回し、僕は続けた。
「まず、確実に晴れを招くために、こうして陽依さんのための『晴れ舞台』を準備しました」
「……はい?」
「さらにこの場には自称『晴れ男』『晴れ女』の皆さんを可能な限り呼び集めてみました」
「ええと…」
「加えて、名字や名前に『晴』『日』『陽』などが付く人もたくさん招集しています」
「十乃さん…!?」
僕は拳をグッと握って見せた。
「おまけに、陽依さんには《《晴れ着》》を着てもらいましたし、場所も《《見晴らし》》のいいこの降神神社の境内をチョイス…!」
「全部ゲン担ぎですよね~!?」
そうツッコむ陽依さんに、僕は笑い掛けた。
「ええ、そうですよ。全部ただのゲン担ぎです」
呆気にとられた顔になる陽依さんに僕は続けた。
「今回、初日の出を快晴で飾りたいという陽依さんの思いはよく分かります」
“日和坊”である彼女にとっては、それはとても重要な契機なんだろう。
でも、彼女は神様なんかじゃない。
もちろん、応援する僕らもだ。
「でも…未来を確定する力なんて、僕にも陽依さんにもあるわけないんですよ」
「…」
「代わりに『あるもの』をここに集めてみたんです」
僕の言葉に陽依さんは首を傾げた。
「あるもの~?」
それに僕は頷いた。
「明日を信じる思いです」
陽依さんが明日の天気を晴れにしてくれる。
きっと、神々しい初日の出を見せてくれる。
ここにいる皆は、その思いを持ち寄り、集ってくれた。
ともすれば、それは陽依さんにとってはただの重圧にしかならないかも知れない。
けど、明日という未確定なものへ挑む彼女の挑戦と決意を、ここにいる皆は感じ取って共鳴してくれた。
挑戦は失敗になるかも知れない。
でも、それで終わりにはならない。
その後に残るもの、それはきっと…
「…分かりました~」
陽依さんが僕を真っすぐに見つめ、そう言った。
そして、たすきを取り出すと、晴れ着の袖を素早くまとめ始める。
「どのみち、後戻りはできないんです~。あたしなりにやるだけやってみます~!」
そう言うと、パーンと両頬を叩き、気合いを入れた表情で四方の中に進み出る陽依さん。
それを見た観衆から声が上がる。
「待ってました、日本一の晴れ女!」
「頼むぞ、初日の出!」
「でも、失敗してもくじけんなよ~!」
「町民全員で応援するわよ~!」
そんなあたたかな歓声に手を挙げて応えると、陽依さんは晴れ着の裾を持ち上げた。
本来そこには振袖草履を履くのだが、今日は下駄になっている。
全てはこの後に行う天気占いのためだ。
「それでは一投目、どうぞ!」
立会人の僕がそう声を上げると、陽依さんは大きく足を振りかぶった。
「妖力!『全快快晴』…!!」
蹴り放たれた下駄が弧を描いて落下する。
判定は…!?
ヒューーーーーー…カランコロン
「…!?」
落下した下駄は境内の石畳を二転三転し、真横になって止まる。
それを見た全員が溜息を吐いた。
「横で止まると何だっけ…?」
「曇りよ、曇り!」
「くっそー、惜しいな…!」
「まだだ、まだ二回ある!!」
そんな応援が飛び交う中、陽依さんはケンケンで下駄を拾った。
その横顔は緊張に満ちていた。
「続いて第二投目、どうぞ…!」
僕の合図で、陽依さんがキックの体勢に入った。
「妖力!『全快快晴』…!!」
再度蹴り放たれた下駄が弧を描いて落下する。
今度は…!?
ヒューーーーーー…カランコロン、カラン
落ちた下駄は転がり、最終的に裏返しになる。
雨だ…
再び観衆から落胆の溜息が漏れた。
「くっ…」
下駄を拾う陽依さんが歯噛みする。
ついに追い詰められてしまった。
残すところ、あと一回しかない。
下駄を履き直す陽依さんに、僕は近寄った。
「陽依さん、次で最後です」
僕を見上げつつ、陽依さんは力無く笑った。
「あはは…ですね~…やっぱりこうなるんですね~…」
顔では笑っているけど、本音は「もう止めたい」とか「自分には無理」といった感情でいっぱいだろう。
たかが天気占いのひと蹴り。
でも、彼女にとってはかけがえのないひと蹴りなのだ。
「ここまで盛り上げていただいたのに…申し訳ないです~…」
早くも失敗する未来を感じたのか、そんな弱音を吐く陽依さん。
僕はそんな彼女に告げた。
「まだ、明日は決まっていません」
僕を見上げる陽依さんに続けた。
「このひと蹴りで天気が予想されるだけです。それが晴れでなくても、僕達が生きる明日には変わりはありません」
陽依さんの目が見開かれた。
そして、その言葉を噛み締めるように目を閉じた後、彼女はゆっくりを立ち上がった。
「ありがとう…十乃さん」
たすきがけを閉めなおしつつ、彼女は笑ってそう言った。
「最高の明日を、皆にプレゼントします~!!」
歓声に迎えられ、陽依さんは静かに進み出た。
そして、前二回よりも大胆に着物の裾を上げた。
足の可動域を確保するためか。
彼女なりに思いきりやり遂げるつもりなんだろう。
「第三投目、お願いします…!!」
僕の合図で、彼女は足を大きく振りかぶった。
まるで、サッカーマンガに出てきそうなくらいのモーションだ。
「妖力!…」
陽依さんの髪が黄金に輝いた。
それはまるで昇る朝日のようだった。
「『全快快晴』…!!」
蹴り放たれた下駄は、これまでとは違い、ほぼ垂直に飛ばされた。
高く高く飛んだ下駄が、静まり返る一同の目の前に落下してくる。
ヒューーーーーー!…カランコロン、カラン、コロン!
今までより勢いがあるせいか、下駄が激しく転がり回る。
そして…
「あああぁぁぁ!…」
「おいおい…!」
「こりゃあ…!?」
バウンドし続けた下駄が縦に止まり、角を軸にまるでコマのように回転する。
こ、これは…裏と表、それとも横!?
どうに転ぶのか!?
そうして全員が見守る中、
…カラン…
下駄は無情にも再び裏面を見せた。
全員が落胆する中、陽依さんひとりが叫ぶ。
「来てーーーーーッ!!」
普段の穏やかでぽわぽわした雰囲気を感じさせないその気迫に、全員が思わず目を向ける。
そしてその瞬間、
…コロン
イレギュラーバウンドと言って良いのだろうか?
勢いを殺しきれなかった下駄はさらに転がり、表面になった。
「…やった」
大声で叫んだ後で放心していた陽依さんが、ポツリと呟く。
その直後、
「やったぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「すげえ!晴れにしちまった…!!」
「見たか、いまの!?奇跡起きたっぽくね!?」
「お疲れ様ーーーー!しっかり見てたよーーー!」
「さすが、日本一の晴れ女-----!」
居並ぶ観衆が大歓声を上げる。
もはや初詣どころの騒ぎではない。
拍手歓声の雨あられ。
不敬だけど、社に下がる本坪錫をつなぐ鈴緒を手にガランガランと打ち鳴らす輩までいる。
会場全体がお祭り騒ぎだった。
「十乃さん…」
陽依さんが僕へと振り向く。
たった3回の天気占い。
けど、全力を出し切ったように、彼女は荒い息を吐いていた。
彼女の挑戦は成功した。
でも、仮に失敗したとしてもそれで終わりにはならない。
その後に残るもの…それはきっと、この町とそこに住む僕達が共有した「思い出」に変わるだろう。
「お疲れ様でした。最高の天気占いでしたよ」
僕がそう笑いかけると、陽依さんもニッコリ笑い返した。
「はい!」
その笑顔は、まさに太陽のようだった。
明けて新年。
陽依さんの妖力のおかげで、降神町では朝から空が晴れ渡り、清々しい初日の出を拝むことが出来た。
町の皆が陽依さんに感謝し、労をねぎらってくれた。
そして…この日を境に、僕が晴れ男として頼りにされることは減った。
当然だろう。
何せ、この町には天気予報すら覆す「日本一の晴れ女」がいるのだから。




