【編ノ十一(上)】ゆめのぬくもり ~暮露暮露団~
私の名前は、歌多根 由愛。
二十四歳のOLだ。
さて、唐突ではあるが、私は無趣味である。
あえて言うなら、寝ることが趣味だ。
例えば、私の年代の女性なら、ファッションや旅行など、色々な趣味に時間を割くのが普通だろう。
しかし、私はそうした趣味方面に情熱を向けることもなく、休日などは自宅で惰眠を貪ることがほとんどだった。
親もそんな私に、日ごろから注意を怠らない。
「若いんだから、何か趣味を持て」とか「家にこもっているなら、せめて花嫁修業でもしろ」とか。
まあ、気持ちは分かる。
いい歳した若い娘が、友人と出掛けもせず、化粧っ気もなく、恋愛すら眼中にない。
そんなまま、結婚(できるかどうかも分からんけど)となれば、待っているのは目も当てられない悲惨な新婚生活だ。
そして、繰り出される「離婚⇒出戻り」の、世間体には大手を振ることが出来ないチェーンコンボ。
その後、返品された娘は、そのまま次の買い手が現れるまで、自宅で自堕落な生活をリバイバル。
どう転んでも、お先真っ暗な人生絵巻だ。
だが。
私としては、こうした生活に、それなりの意義を見出している。
まず、趣味が無い上、実家暮らしなので、自己資本は潤沢だ。
さらに自分の名誉ために言わせてもらえば、実家への入金は、同世代にしては多い方だと思う。
ショッピングも必要最低限のものを、必要なだけ購入。
故に、室内は本当に小ぎれいだ(殺風景ともいえるが)。
炊事・洗濯だって、まったく未経験ではない。
学生時代に、家庭科でこなした記憶は健在だ。
なので、実戦経験がある分、初心者とはレベルが違う(と思いたい)。
何より。
睡眠は、無駄な体力の浪費を抑え、日ごろ酷使している脳を休養させるために、有効な手段である。
故に、見た目は怠惰でも、決して無為なものだとは考えてはいないのだ。
ぴぴぴっ!ぴぴぴっ!ぴぴぴっ!
目覚まし時計のベルの音が、けたたましく鳴り響く。
私はゆっくり目を開いた。
カーテンから漏れる朝の光。
「ちゅんちゅん」というスズメ達のさえずり。
見慣れた薄暗い自室。
そして、すぐ横に横たわる、見慣れぬ着流し姿の優男。
「…」
「おっ、目ぇ覚めた?おはよーさん」
見た目、二十代の優男は、片肘をついた手の平に顎を乗せて、ニッコリ笑いつつ、そう挨拶してくる。
「…」
それを寝ぼけ眼で見る私。
そして、おもむろに寝返りを打つ。
「…なんだ、夢か」
背後で、優男がカクッとコケる。
「いやいや、夢じゃないって!おーい、聞いてるー?」
私の身体をゆさゆさと揺する優男に、私は背を向けたまま、にべもなく言った。
「うるさい、黙れ、夢。私は眠い」
「眠いって…もう起床時間だよ?目覚まし時計、鳴ってるし」
私は無言で手を伸ばし、目覚まし時計のスヌーズ機能を発動させる。
優男が目を剥いた。
「マジか。ねぇ、ホントに遅刻しちゃうよ?」
「ちゃんと、リミット30分前にセット済みだから。それまでは寝られるの」
「…スヌーズで断続的に起こされるなら、いま起きちゃった方が良くない?」
「遅刻ギリギリのリミットまで惰眠を貪るこの背徳感がいいのよ」
キッパリ言い切る私に、優男が絶句する。
フ…私の睡眠欲をナメないで欲しい。
私は、呼吸をする労力すら睡眠に回してもいいと考えている女。
この程度は、序の口である。
「由愛ちゃーん?もう起きなさーい。ご飯出来てるわよー?」
「ホラホラ、お母さんもああ言ってるよ?ご飯冷めちゃうし、もう起きよ?」
階下から聞こえてきた母の声に、気を取りなおしたように優男がそう言う。
それに私は低い声で告げた。
「だが断る」
「ナニッ!!」
再び目を剥く優男に、私は言った。
「この歌多根 由愛が最も好きな事の一つは」
背を向けたまま続ける私。
「自分はスッキリ起床してる奴に『起きろ』と言われたら『NO』と言ってやる事だ!」
「いや、もう意味分かんないし…!」
「ドォォーン!」…と、効果音文字が浮かんでいたかどうか知らないが、優男はそう私にツッコんだ。
いやはや、夢にしてはなかなか臨場感のある反応だ。
そう感心していると、ドアがノックされる。
「もう、由愛ちゃんってば、また二度寝してるんでしょ?」
業を煮やしたのか、母がそう言いながらドアを開けた。
その後、落ちる沈黙。
この時、ドアに背を向けたまま寝ていた私には、何が起きたのか分からないが、背後で母が息を呑む音が妙な現実感を伴って聞こえた。
「あ、どうも。はじめましてー」
続く優男の声。
そして、静かにドアが閉じられた。
その数秒の後、
「お父さん!大変よ、早く式場に連絡をー!」
取り乱した母の叫びは、その内容と共に目覚まし時計のベル以上の効果を発揮した。
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「どうも、抜守 就っていいます」
自宅のリビング。
私と優男…就は、両親の向かいに座らせられた。
就は、年の頃は私と変わらない二十代の若者だった。
髪は白髪に近く、肌の色も真っ白だ。
背は高く、体形はスラリとしている。
肌とは対照的な、濃紺の着物姿で、パッと見は江戸時代の遊び人みたいな風体だった。
我が家の朝はとても早い。
両親は共に寝間着から着替えており、降神町役場に勤める公務員の父は、Yシャツにネクタイ姿だ。
生真面目な堅物で、怠惰な私の生活習慣に何かと口出しをしてくるので、目下、私にとって最大の天敵である。
一方の母は専業主婦で、裕福な名家で暮らしていたお嬢様だったせいか、いささか世間ズレしたところもある、優しくて物静かな女性だ。
そんな両親によって、出勤まであと一時間程は余裕がある中「家族会議」が急遽招集されることになった。
議題はもちろん「娘の床に侵入していた、得体の知れない若者について」
そして、素性を尋ねる父に、就という若者は、そうあっけらかん名乗ったのだった。
父は厳めしい表情のまま、咳払いをしてから尋ねた。
「抜守君か…で、君は娘とはどういった関係なのかな?」
その問いに、就は「んー」と考えた後、
「お互い、よく知り合う前ですけど、取りあえず、昨夜初めて一夜を共にしました」
と、とんでもない発言を垂れた。
「はあああああああ!?ナニ言ってんの、あんた!そもそも、どうやって私の部屋に来て、布団に潜り込んだのよ!?っていうか、不法侵入に婦女暴行(未遂)でしょ!?」
ようやく眠気も失せ、素面になった私が、真っ赤になって立ち上がりつつ、そう詰め寄る。
すると、就はへらへら笑い
「不法侵入に婦女暴行って…それはひどいなぁ。自分で産んでおいて」
またもや飛び出す就の衝撃的な発言に、父はピクッと反応し、母は口を両手で塞いだ。
「う、産んだって…由愛ちゃんが!?」
母が就をまじまじと見た。
「そんな…私、いつの間にかおばあちゃんになっていたなんて…」
「アホか!私にこんなデカい息子がいる訳ないでしょ!?」
動揺から冷めてないのか、母のピントのズレっぴりに拍車がかかっている。
それを横目に、父が再び咳払いした。
「落ち着きなさい、母さん。由愛の言う通りだ。いままで男っ気が微塵もなかったこの子に、こんな大きな隠し子がいたなんて、天地がひっくり返ってもありえん」
「そ、そうですね…由愛ちゃん、モテないですもんね」
…事実だが、親にしみじみ言われると、何かハラ立つな…
そんな両親に、就は笑いながら言った。
「いやー、娘さん、そんなに捨てたモンじゃないっスよ?寝顔、ものすげー可愛かったし♪」
「む…そうなのかね?」
聞き返す父に、就は頷いた。
「ええ、僕もあんなに幸せそうな寝顔は初めて見ました」
「確かに。由愛ちゃん、お昼寝してる時は、本当に幸せそうな顔してるもんねぇ」
そう、母が同意する。
「でも、リビングのソファーで寝こけて、涎の染みを作るのはちょっと…」
「余計なエピソードは挟まなくもよろしい!今は、そういう話をしてるんじゃないでしょ!」
私がそう怒鳴ると、父が思い出したように言った。
「おお、そうだったな…では、説明してもらおう、抜守君とやら。不法侵入ではないというなら、何故、君は娘の布団の中にいたのかね?」
そこで、父は眼鏡を光らせつつ、人差し指でグッと押し上げた。
「言っておくが、ことと次第によっては、警察に相談することにもなる。慎重に発言したまえ」
「ハイっす。では、改めて…」
そう言うと、就はおもむろに語り始めた。
彼の話によると、実は彼は“暮露暮露団”という特別住民なのだという。
何でも“暮露暮露団”は「付喪神」という妖怪の一種らしい。
後で知ったが、器物などの道具は、長年人に使われたり、廃棄されたりすると、その道具に命が宿り「付喪神」という妖怪になるんだそうだ。
で“暮露暮露団”である彼は、長年使用された布団が妖怪になったものらしい。
つまり…
「私が使っていた布団が、実はどえらく古いもので、昨日の夜、たまたま『付喪神』になった…と?」
「そうそう」
私の問いに、ニコニコする就。
つまり「私が産んだ」とはそう言う意味なのだという。
私は母親を見た。
「…あの布団って、そんなに古いの?」
それに、母は頬に手を当てて考え込んだ。
「そうねぇ…確かに結構古いのかも。何せ、私が嫁入りの時に実家から持ってきたものだし、ひいおばあちゃんもおばあちゃんも、物をとても大事にする人だったから。もしかしたら、何度も打ち直して使ってきたものなのかもね」
ちなみに母の実家は、地元でも古い歴史を持つ材木問屋で、今も名家として知られている。
そんな旧家に伝わってきた布団なら、確かに重ねた年季は相当のなものだろう。
にしても…
「普通、嫁入り道具に、そんな古い布団持たせないんじゃないの?」
「そうねぇ。でも、お母さん、昔からあの布団でなくちゃよく眠れなくてね。由愛ちゃんも小さい時から、あの布団でならよく眠ってくれたから、泣く泣く譲ったんだけど」
就を見てニッコリ笑う母。
「まさか、こんなカッコいいお化けになっちゃうなんて、お母さんもびっくりだわぁ」
「いやあ、これも娘さんが日頃ゴロゴロしててくれたおかげです。あと、お母さんにも、長年のご愛顧、改めて感謝しまっす☆」
などと、人を馬鹿にしたような台詞を交えつつ、和気あいあいで笑う二人に、私は頭痛を禁じえなかった。
と、そこで父が割り込んだ。
「…成程。事の次第はよく分かった」
そう言いつつも、父の表情は厳しいままだ。
ここ最近、より偏屈になり、笑顔がめっきり減った父のこんな顔が、私は苦手だ。
「娘の寝所に現れたのも不可抗力とし、今回は目をつむろう」
そう言うと、父は就をジロッと見た。
「となれば、あとは君の処遇だが…」
「あ、それなんすけど、できたら、しばらくここに住まわせてくださると助かります」
こともなげにそう言う就に、私は目を剥いて詰め寄った。
「ちょい待ち!なーんでそうなるのよ!?」
「まあまあ。ちゃんとした理由があるのさ」
そう言うと、就は続けた。
「この世に誕生して間もない付喪神は、しばらくは妖力も弱いし、本体…あ、僕の場合はあの布団なんだけど、そんなに離れて存在できないんだよ」
と、おもむろに立ち上がり、壁に貼られたパンフレットを見始めた私へ、就は不思議そうに聞いた。
「…?どしたの?」
「ごみ廃棄収集のカレンダーを見てんの。えーと、布団は…チッ、もう来週しかないや」
舌打ちして、親指を噛む私に、慌て始める就。
「ちょ、ひどくない!?今の話聞いて、問答無用で廃棄する!?」
「問答無用で乙女の布団に潜り込んで来た奴に言われたくないわ!」
「だーかーらー!それは不可抗力だって!お父さんも言ってたでしょ!?」
そこで私はハッとなった。
そうだ、父がいた。
鉄壁の堅物さを誇る父が、うら若き乙女と得体の知れぬ若者が同居するのを許すはずが無い。
私は、期待を込めて父に言った。
「ねぇ、お父さんも反対でしょ!?嫁入り前の娘が、こんなのと一つ屋根の下で暮らすなんて…!」
私の言葉に、就をじっと見ていた父は、厳めしい表情を崩さず答えた。
「…いや、いいだろう。同居を認めよう」
「へ?」
何が起こったか分からないという表情の私を横目に、父は続けた。
「私が勤める降神町役場でも、特別住民の人間社会への適合を施策に掲げていることだし、抜守君の事情もあるからな。君を同居人として、受け入れよう」
「マジっすか!有り難うございます、お父さん!」
父の手を取り、ぶんぶんと振る就。
ウソだろ、おい。
あり得ない展開に、私は、目の前が真っ暗になった気がした。
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そんなこんなで、就の出現から一カ月が過ぎた。
両親込みとはいえ、若い男との同居生活は、私の生活を激変させた。
今までは、家族である両親しかいなかったので、自宅の中では徹底的に気を抜くことが出来た。
しかし、いくら特別住民とはいえ、若い男の目があると、これがままならない。
朝は寝間着でウロウロできないし、風呂上りに下着姿でうろつくなんてもう無理ゲーである。
洗濯物も、自分で洗わなければ、下着とか見られてしまうし、トイレだって気を遣う。
はっきり言って、心が休まることが無い。
そして、ムカつくことに、そうした私の生活習慣の変化を見て、両親は就に感謝さえしていた。
まあ、今までが今までだけに、やむを得ない事なのかも知れないが…
だが、そんな日常において、ひと際大きな問題があった。
「いーい!?そっから越えたら、即抹殺するから。物理的にも、社会的にもね…!」
夜。
私は、日課のように幾度となく繰り返した台詞を吐いた。
自室の中心を仕切る即席のカーテン。
現在、これが私達の国境であり、絶対防衛線である。
一体、どうしてこうなったのか?
理由はこうだ。
「今はまだ、本体(布団)から一時間以上離れるのは、ちょいキツイんだよね」
そう就が言い始めやがったのである。
そこで、数時間に渡る激論の末に、ギリギリの妥協点として落ち着いたのが、この方法だった。
すなわち、私の部屋を二分割で使用し、互いに不可侵とすること。
ああ…同じ屋根の下で暮らす苦労さえひとしおなのに、よりによって、私が愛してやまない唯一の安息の時…就寝時を、こんな緊迫した状況で過ごさなければならないなんて…
こうした緊急事態に、人当たりの良い就の術中に嵌っていた両親からは、援護射撃すらなく、一番心配する立場にあるはずの母などは、
「しゅー君なら大丈夫よぉ。もし何かあっても、お嫁にもらってもらえばいいじゃない?」
とか言い出す始末。
正直、発狂しそうだった。
「分かってる、分かってる。僕ってば紳士だから、由愛ちゃんにそんな変なマネはしないって」
ニコニコしながらそう答える就。
それに、私は鼻を鳴らしてカーテンを閉じる。
相変わらずの朗らかさに、私は何だか分からないが、胸がムカムカした。
実際、就は危険視するほど、素行の悪い男じゃない。
逆に、同居を始めてから今日まで、この男の存在は、いまや我が家の近所では一目置かれるようになっていた。
その最たるものが、洗い物の請負である。
発端は、我が家の洗濯物だった。
古風な家系に生まれた母は、乾燥機を好まず、洗濯物はもっぱら天日干しにしていた。
それを知った就がその手伝いを始めたところ、思わぬ事態が起きたである。
というのも、就は、元が布団であるせいか、洗い物のクリーニングや天日干しが抜群に上手かった。
干す際も、一日の天気はもとより、湿度、風や日の向き、取り込むタイミング…その全てをチェック。
結果、彼が干した洗濯物は、芸術的な仕上がりを見せ、素人目に見ても、段違いにふかふかだった。
当然、それは本分である布団干しにもいかんなく発揮され、両親は、この世ならざるふっくら感を付与された寝具に至極ご満悦の様子だった。
…いや、まあ…
かくいう私も、ほこほこの布団に包まれて眠るという至福の日々を送っており、非常に助かっているのだが…
とにかく、こうした就の神掛かった洗い物処理の腕前は、近所にも噂として拡散。
既に何軒かのご家庭で「お金を払ってもいいから、定期的にお願いしたい」という声が出始めていた。
人当たりの良さもあってか、現在、就はこの界隈でも評判の「クリーニング屋」になり、奥様方の間でも人気者になっていたのだった。
「…ねぇ、起きてる?」
夜も更けた頃、私はカーテン越しにそう尋ねた。
「起きてるよー」
やや遅れて、そんな応えがある。
顔は見えないが、いつものニコニコ顔が目に浮かんだ。
「珍しいね。由愛ちゃんが、こんな時間に起きてるのは。どしたの?怖い夢でも見た?」
「子供じゃないし、そんなわけないでしょ」
「…そうだね。もう子供じゃないもんね」
いきなり、しみじみとした声でそう呟く就。
「何よ、急に。お父さんみたいなこと言わないで」
「いやあ、別に…で、どうしたの?何か聞きたいことでもあんの?」
私は口をつぐんだ。
何となく眠れず、思い付きで声を掛けたとは言いづらい。
それこそ、子供みたいではないか。
「あんた、いつまでここに居るの?」
「…どうして、そんな事を?」
そう言ってから、就はさめざめと訴えかけた。
「もしかして…今の生活で僕が邪魔…?」
「うん、邪魔」
「ちょっとは躊躇しよーよ、そこは!」
そうツッコんでくる就に、私は少しだけ笑った。
「いやまあ、それは半分冗談だけどさ」
「半分は、って…まあ、いいや」
就は、気を取り直したように続けた。
「そうだねぇ…以前より妖力も安定してきたし、もう数日すれば、本体から離れても生活できるかな」
私は、胸が跳ね上がるのを感じた。
彼の言葉は、今のこの生活が終わるということを示していた。
それは。
思いがけないほど、私の心にさざ波を立てた
「そうなれば、僕も晴れて他の特別住民同様、普通の生活を送れるようになるよ」
「そっか…」
どこか上の空で答える私に、就は続けた。
「そうすれば、もう由愛ちゃんに迷惑かけなくて済むから。もうちょっとだけ、我慢してね」
就の言葉は優しかった。
先程はおどけてはみせたが、自分の存在が、私にとってどれだけ負担を掛けているのか…それを知っているからこその言葉だ。
私は胸の揺らぎが収まらないまま、
「ふうん…まあ、せいぜい頑張ってよ」
「うん。ありがとう」
だけど、その時。
私はカーテンに背を向け、就には聞こえない、小さな声で言った。
「…何でお礼言うのよ」
そして、そのまま頭から布団を被る。
相変わらず、就の布団は、温かくて柔らかかった。