【編ノ六(闘)】戦え!超闘器神ゴータイショー ~瀬戸大将~
深夜。
人気のないその通りには、二人組の男がいた。
一人は背の低い、小太りで大きな丸顔の男。
白い背広にパンチパーマ、夜なのにグラサンをかけた、明らかにその筋の外見をした男だ。
ピンクの花柄が入ったセンスの悪いYシャツと金のネックレス、ピアスが似合わないことはなはなだしい。
もう一人は、背の高い男だった。
丸顔の男とは対照的に手足が長く、ヒョロっとした体躯をしており、黒い半纏に白い薄手のズボン、雪駄を履いている。
その口には高楊枝をくわえ、周囲を威嚇するようにねめつけていた。
丸顔の男同様、人相の良くない男で、頬にはうっすらと傷跡も見える。
「…ねぇ、アニキ」
痩せ男がそう声を掛けると、前を歩いていた丸顔の男は、突然、振り向き様に強烈な頭突きを見舞った。
悶絶しながら七転八倒する痩せ男に、丸顔が甲高い声で言う。
「何度言ったら分かるのかしら、ヤス?あたしの事は『若頭』と呼びなさいと言ったでしょう?」
「ふ、ふいまふぇん、若頭」
ヤスと呼ばれた痩せ男が、鼻を押さえながらペコペコする。
丸顔の男…禅丈 丸弧は、鼻を鳴らしてから前を向いた。
「…で、何かしら?」
「は、はい…俺ら、もうかれこれ半月の間こうして夜の町をうろついていやすけど…まだ続けるんですかい…?」
ヤスの声が尻すぼみに小さくなる。
グラサンの端から鋭い眼光を覗かせていた禅丈は、面白くなさそうに、
「ヤス。貴方、あたし達の目的を忘れたの…?」
「い、いや!そういう訳じゃねぇですが…」
「なら、つべこべ言わず、あの女を探すのよ。この町に居るのは間違いないんだから」
「そりゃそうですが…でも、このままうろつくだけでアイツを探し出すのは時間のムダじゃ…ぶばらッ!!」
再度頭突きを受け、路上をのたうち回るヤスを見下ろし、禅丈はヒステリックに怒鳴った。
「そんな事は貴方に言われなくても重々分かってるわよ!でも、仕方ないじゃない!ここはあたし達の領地じゃないから、派手に動けないんだし…!」
忌々しげにそう言いながら、乱れた服装を正す禅丈。
「そうなると、こうする以外に情報を得る手段が無いのよ…!」
そして、苛立つ表情で、禅丈は爪を噛んだ。
今の会話どおり、この二人はある人物を追っていた。
実は、二人は「九十九会」という暴力団の(見た目通り)構成員である。
少し前、九十九会主導のもと、ある取り引きが他の組と行われていた。
しかし、その取り引き現場に突如乱入してきたある人物が大暴れして、取り引きそのものを台無しにしたのだ。
これによって、九十九会が被った被害は甚大だった。
そのため、面目を潰された九十九会の会長はカンカンに怒り、取り引きの担当をしていたこの二人に、その下手人を探し出すように命じたのだった。
幸い、目撃情報があり、その下手人がこの降神町にいるらしい事だけは判明した。
禅丈の目に殺気がたぎる。
「もう残された時間はそう無いわ…何としても奴を探し出し、組長の前に引っ立てないと、あたし達の命がないのよ!?」
「ふ、ふいまふぇん、アニキ…たわばッ!!」
「…前々から思っていたけど、貴方、さてはバカね!?脳みそナメクジ以下のバカ野郎なのね…!?」
容赦ない頭突きを見舞いながら、猛り狂う禅丈。
そして、追い詰められた者特有の血走った目で、ヤスの襟首を掴み、禅丈はドスの効いた声で続けた。
「いいこと!?どんな小さな情報でもいい!何としても奴の情報を探し出すのよ!この女の情報をね…!」
禅丈が手にした写真をヤスに突きつける。
それは、取り引き現場にあった監視カメラが偶然捉えた下手人の姿だった。
そこには。
無数の男を相手に大立回りを演じている、和服姿の美女の姿が写っていた。
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「間違いなくアレ…だよな」
夜になってから、こっそり家を抜け出し、数日前に霙路(ぴしゃがつく)から聞いた情報を頼りに、件の通りをうろついていた俺は、見るからに怪しげな二人組を見付けた。
背の低い丸顔の男と、高楊枝をくわえた長身の痩せ男。
見るからにその筋の連中だ。
いずれも人相の悪い奴らで、何だか知らないが仲間割れ…いや、丸顔の男が一方的に痩せ型の男に頭突きをかましている。
事情は知らないが、すごく殺気だっているようだ。
ここまできて何だが、俺…雨禅寺 蒼馬は少しだけビビった。
だが…
このために、俺はある計画を入念に練ってきたつもりだ。
今更後には引けない。
俺が憧れるヒーロー…超闘器神ゴータイショー。
かつて、人知れずこの町の平和を守り通した謎のメタルヒーロー。
平和になった現在、彼はどぶさらいに精を出し、散歩中に逃げ出した犬を飼い主に代わって追い回すような凋落ぶりを見せ、周囲の人々の嘲笑を浴びることもしばしばだった。
幼い頃、彼のお陰で九死に一生を得た俺は、そんな今の彼の姿を苦々しく感じていた。
彼は紛れもない英雄なのだ。
本当の彼は、とても強く、孤高で、カッコいい男なのだ…!
だが、今の彼の姿しか知らない町の連中は、それを信じない。
素顔を隠した彼を、不審者扱いもする。
親しい友人達ですら、俺の言葉を否定こそしないものの、懐疑的だった。
だから、俺は決めた。
あの日、彼が俺を救ってくれたように、今度は俺が彼の名誉を守る、と。
彼が本物のヒーローであることを、世に知らしめてみせる…!
「…そこに居るのは誰かしら?」
物陰でそんな決意に燃えていた俺に気付いたのか、丸顔が鋭い声を上げる。
一瞬ドキリとしたが、俺は勇気を振るい立たせて二人組の前に立った。
「子供…?」
丸顔が俺を見て、訝しげな表情になる。
俺はぐっと下腹に力を入れた。
ハッキリ言って恐い。
恐いが、ここまで来たら引くことなんて出来ない。
「あんた達か?最近、この辺を騒がせているっていう二人組は」
丸顔の目がグラサン越しにすぅっと細くなったのが分かる。
頭突きを食らっていた痩せ男も、一転して物凄い形相で一歩踏み出した。
「何だぁ?出しぬけにナニぬかしてんだ、小僧」
それを丸顔が片手で制すると、痩せ男は素直に黙った。
代わりに俺へと向き直る丸顔。
「ああら、カワイイ坊やね。ねぇ、こんな夜中に一人で出歩くなんて危ないわよ」
薄ら笑いを浮かべ、オカマっぽい口調で丸顔の男が続ける。
「こわあいお兄さん達がうろついているかも知れないからね。ましてや、因縁なんかつけたりしたら…大変な事になるかもよ?」
俺は得も知れぬ怖気に身震いしつつ、震えそうになる足を踏んばって言った。
「いいから、俺の質問に答えろよ。この辺で誰彼構わず喧嘩を吹っ掛けてるのって、あんたらの事なのか?」
「そうなるかしらね」
余程俺をなめてるのか、丸顔はしらばっくれる事もせずそう言った。
「でも、喧嘩を吹っ掛けてる訳じゃあないわよ?ちょっと探し物に協力してもらっただけだしね…まぁ、中にはなかなか強情な連中もいたから、あたし達のやり方で『お話し』したけれど」
「へっへっへ…おい、小僧。お前も俺達と『お話し』するか?」
痩せ男が笑いながら、威圧的に見下ろしつつ高楊枝を上下に揺らす。
俺は逆に小馬鹿にしたように肩を竦めた。
「遠慮しとくよ。おっさん、アホっぽい顔してるし、バカが伝染ったら大変だ」
「…ああン?」
痩せ男の形相が、一変した。
咥えていた高楊枝の動きがピタリと止まる。
「小僧、今何て言った?」
「バカが伝染るって言ったのよ。確かに賢明な判断だわ」
「アニキまでッ!?」
べごすッ!!
「…早速、バカを披露してるんじゃないわよ、まったく。何度言ったらその萎んだ脳細胞に記録できるのかしら?」
顔面に頭突きを食らい、悶絶する痩せ男に冷たい一瞥を放った後、丸顔は俺を見て言った。
「さて…坊やもいい加減になさいな。あたし達に用があるようだけど、あたしはすこぶる機嫌が悪いの。今なら見逃してあげるから、さっさと…」
「ちょっと黙れ、お喋りカマデブ」
俺が挑発するようにそう言うと、悶絶していた痩せ男の動きがピタリと止まる。
時間が停止したかのような静寂の中、痩せ男は鼻頭を押さえていた手の間から、恐る恐るといった感じで丸顔を見上げた。
何故かその身体が細かく震えている。
そんな中、丸顔は底冷えするような低い声で言った。
「…用事の内容が分かったわ、坊や」
丸顔の形相が痩せ男以上に変化している。
即ち「怒り心頭」といった感じだ。
「自殺を手伝って欲しいのね?そうでしょう、坊や?」
がしっ!
丸顔の腰に、痩せ男が慌ててすがった。
そして、俺に向かって、
「逃げろ、小僧!」
「えっ!?」
「アニキはな『オカマ』とか『デブ』とか言われると、完全にキレちまうん…だぼあああぁッ!?」
渾身の頭突きを受け、痩せ男は白目を向いて崩れ落ちた。
そのまま、痩せ男の胸倉を掴みながら、連続で更に頭突きを見舞う丸顔。
正に狂気じみた制裁だった。
その丸顔の懐から、何かがヒラリと落ちる。
俺は、足元に飛んできたそれ拾い上げた。
「写真…?」
そこに写った人物見た俺は、目を丸くした。
「これって…大家さんじゃあ」
そこには、普段よく顔を合わせるマンションの大家さんが写っていたからだ。
確か、沙牧さんという特別住民の女性だ。
和服がよく似合う、お淑やかな着物美人である。
何でこいつらが、大家さんの写真を持っているんだ…?
一方、俺が漏らしたほんの小さなその呟きに、頭突きを連打した丸顔がピタリと動きを止める。
「…坊や、いま、何て…?」
不意に。
丸顔が、表情の無い顔で振り向いた。
先程までの怒りの表情も、きれいに消えていた。
俺はそこに得体の知れない悪寒を感じた。
「坊や、その女性を知っているの…?」
「あ、いや…」
思わず口ごもる俺に、丸顔は続けた。
「あたし達ね、どうしてもその女性に会いたいんだけど…協力してもらえないかしら?」
丸顔が笑いながら、しかし血走った眼で俺の方に近寄ってくる。
俺は躊躇した。
どういう訳か、この連中は大家さんを探しているようだ。
まあ、雰囲気から察するにどう考えてもまともな用事とは思えない。
正直に話せば、自分は助かるかも知れないが、大家さんの身の安全は…
俺は意を決した。
「…悪いけど、協力できない」
我が身可愛さに他人を売るなど、出来やしない。
ゴータイショーだってきっとそうするだろう。
俺の言葉に、丸顔の歩みが止まった。
そのまま、グラサンの下から鋭い視線を俺に向けてくる。
「…坊や、もう一度言うわよ?あたしはいま、すこぶる機嫌が悪いの。だから、大人しくお願いを聞いてくれないかしら?」
「断る。他を当たれよ、デカ頭」
俺は手にした写真をビリビリに破いてやった。
同時に、いつでも逃げ出せるよう、さりげなく体重をシフトする。
丸顔の表情に変化は無い。
だが…
「あたしはね、バカは嫌いよ」
丸顔の放つ雰囲気が変質した。
ガラが悪いながらも、今までは同じ人間として会話が出来ていた。
しかし、今の丸顔は、完全に人間の域を超えた何かに成り変わった気がする。
そう。
かつて、人の脅威となっていた存在…妖怪に。
事実、丸顔の顔そのものが、全体的に金属の光沢を放ち始める。
頭部を肌色から鈍い黒色へと変化させると、丸顔はにんまり笑った。
「驚いたかしら?いいえ、この町では珍しくもないわよね?」
自分の頬を叩く丸顔。
カンカンという金属を叩くような音が響く。
「見ての通り、あたしは特別住民…“禅釜尚”よ」
それを確認した瞬間、俺は後ろも見ずに逃げ出した。
俺と丸顔との間には少し距離がある。
この距離なら、全力で走り出せば、逃げきる自信はあった。
そんな俺の意図に気付いたのか、丸顔は不意に鋭い声で言った。
「逃がすんじゃないわよ、ヤス!」
「合点…!」
「!?」
全力でスタートしたその瞬間、俺の襟首が何かに引っ掛かったかのような衝撃が走り、逃げ出そうとしていた俺は急ブレーキを掛けられた。
そして、そのまま物凄い力で背後に引き戻される。
路上へ仰向けに投げ出される形になった俺は、背中を打って呻き声をあげた。
「悪いが前言撤回だ、小僧。お前があの女の事を知っているなら、逃がしゃしねぇ」
そう言いながら、ヤスと呼ばれた痩せ形の男が俺を覗き込む。
その手には、何処から取り出したのか、長い柄と鋭い三本の爪が付いた熊手が握られていた。
ヤスが熊手を一振りさせると、熊手は瞬時に高楊枝へと変化し、その口に咥えられた。
「あつつ…」
痛みに言葉を失う俺に、痩せ男は酷薄な笑みを浮かべた。
「驚いたか?俺も特別住民で“虎隠良”ってんだ。もう一度逃げても構わねぇが、足で俺にかなう奴はそうはいないぜ」
背後に向かって走り出した俺には見えなかったが、この時、頭突きでのされていたヤスは、丸顔の命令を受ける否や、飛び起きると凄まじい速度で駆け寄り、咥えていた高楊枝を熊手に変化させ、俺の襟首を引っ掛けて強引に引き倒したのだった。
「お遊びはここまでよ、坊や」
丸顔が俺を見降ろしながら告げる。
「さあ、大人しくあの女の事を話して頂戴…いいえ、お話しなさい。無事にお家に帰りたかったらね…!」
「あ、ああ…」
万事休す。
逃げる機会を完全に失った俺は、妖怪二人組を見上げる事しか出来なかった。
その時だった。
「そこまでだ」
夜の闇を打ち破るような、力強い声が響き渡る。
その声を聞いた瞬間、俺の心音が高く脈動した。
「…誰?」
丸顔が座り込んだ俺の背後へ目を向けて、そう言う。
振り向いた俺の目に、頼りない街灯の光を受けて佇む、一つの影が映った。
戦国武将の様なマスクとアーマーに身を包み、悠然と立ち尽くすその姿は…
「ゴータイショー!!」
俺が憧れてやまない、永遠のヒーロー。
この町を影から守る正義の戦士。
その名は『超闘器神ゴータイショー』
まぎれもない本人がそこに立っていた。
「ゴータイショー?」
丸顔が呆気にとられたようにゴータイショーを見る。
恐らく初めて見る本物のヒーローの登場に、度肝を抜かれたのだろう。
ふふん。計画どおりである。
間一髪だったが、これで形勢逆転だ。
そう。
何を隠そう、彼がここに現れるのは計算づくのことだった。
それは、霙路からこの二人組の話を聞いた際、ひらめいた作戦だった。
まず、町を騒がすこの二人組について、俺がゴータイショーに情報をリークする。
勿論、彼の正体や住まいは一切不明だが、彼がいつも決まった大通りで、園児の交通安全を見守っているのは知っていたので、近所のガキどもをお菓子で釣り、この二人の事をしたためた手紙を渡させたのだ。
正義の味方である彼なら、この二人の事は見逃すはずがない。そして、早速行動を起こすに違いないと踏んでいた俺は、自らその二人組を見付け出し、こうして被害者を演じる事にした。
そうすれば、ゴータイショーなら必ず助けに来てくれる。
あとは彼がこの二人組を叩きのめす様子をスマホで撮影し、証拠にすればいい。
それを見れば、日頃、彼を馬鹿にしていた連中も彼の事を見直し、彼の名誉は守られるという寸法だ。
ふっふっふ、我ながらよく出来た計画である。
これで、彼の名誉が回復できれば、昔助けられた恩返しも出来るというものだ。
そう、ほくそ笑んでいた俺は、次の展開に愕然となった。
「へぇ…まだ生きていたの、貴方」
丸顔が笑みを浮かべて、そう言う。
!?
どういうことだ?この二人、知り合いなのか?
「久し振りね、竜司。かれこれ十年振りかしら?」
「え…」
いま。
コイツ、さらりととんでもない事を言わなかったか…!?
竜司?
まさか…こいつら、ゴータイショーの正体を知っている!?
「おうおう、返事はどうした?竜司」
ヤスが丸顔の前に進み出て、高楊枝を上下に揺らす。
「恩義のある若頭にきちんと挨拶しねぇか、ああん!?」
ヤスがそう言うと。
信じられない事が起こった。
「…お久し振りです、若頭」
驚きに目を見開く俺の前で。
永遠のヒーローである男は、悪漢どもに静かに片膝をついて頭を垂れたのだった。