世界は 侭ならない事で溢れています
世界観は『孤独な魔王様』と同じです。
同じ大陸で あの魔国からは南東の方角に位置する 人間の国に生まれた 面倒臭がりの魔法使いの お話です。
では、どうぞ。
この世界には 多くの国が存在し、多くの人々が暮らしている。
殆どの者達は、城塞都市を形成する 国家都市に居住し、或る程度 安全な生活を送っている。
1っの城塞都市が、一国家だ。
国家間の交流はあるが、城塞都市を出ずに一生を終える者のほうが多い世の中だ。
理由は 単純、城塞の外は 危険だからだ。
この世界には 豊かな自然があり、其処には 樣々な生物がいる。
それと同時に、多くの魔物が存在している。
彼等も 自分達の惟い畫く国家を構築して、一定の土地を支配し 暮らしている。
王道のRPGと違い、魔王と聘ばれる存在は かなりの数がいる。
つまり、それだけ多くの魔物の国がある。
勿論、統率のとれていない土地では、森の猛獣の如き頻度で 魔獣にも遭遇する。
云う迄もないが、一般の者達は、猛獣でさえ 遭遇すれば生命の危機だ。
そんな世界だから、国家は 其々で高い壁を築き、多くの兵士・衛兵などが 外敵の侵入を阻んでいる。
しかし、他国との交流は 大切だ。
外交の面でも 交易の面でも、自国だけで綜てを賄える国は ないと云っても良い。
故に、国家間には 街道が整備されている。
当たり前だが、其処にも危険はある。
国家間を結ぶ街道が 魔物の国に掛かっていたり、魔王の支配下にない はぐれ魔物が旅人や冒険者を襲うなど、日常茶飯事だ。
だからこそ、これ等に対抗すべく 勇者なる者達もいる。
勿論、勇者達をサポートする者達も 数多く存在する。
それは 冒険者ギルドと云う団体として確立しており、様々な支援の下 成立している。
当然、勇者になれなかった・ならなかった者達もいる訳で、彼等は 総じて冒険者と聘ばれている。
何しろ、城塞都市を出た人間を餌として襲う魔物もいれば、己れの領土を拡大させようと画策している魔王もいる世界だ。
随って、それを仆すポジションの冒険者達の需要は高く、相当の数が存在するのだ。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:スピネル___
彼は、憂鬱な気分で 竚ち尽くしていた。
此処は、広大な草原の一郭だ。
様々な草が 腰の丈まで伸び、所々に 樹木が林立している。
風通しの良い、気持ちの良い草原だった。
「 ………全く」
小さな溜息が 言葉を紡いだ。
晴れ渡った昊の下、彼は 足許を見詰めていた。
其処は、草のない場所だった。
周りを見れば、そんな箇所は一直線に伸びている。
南北へ伸びる 草のない線は、国家間を結ぶ街道の1っだ。
言うまでもなく、城塞都市の外である。
彼は、其処にいた。
12〜13歳くらいだろうか、細い軀付きの少年だ。
身軽な服装をし、ずだ袋を1っ 斜めに背負っている。
家の近所の林へ 木の実を拾いにでも出たかの様な、有り得ない軽装だ。
異様なのは、それだけではない。
真っ直ぐ伸びる髪は 美しい白金色をしており、瞳は 深みのある紅だ。
顔貌は 恐ろしく整っていて、切れ長の睛は 大人びた光りを宿している。
中性的な顔立ちで、雍かく笑むと 少女にしか見えない。
もう数年したら 傾国の美少年に育つだろう、と 誰もが断言する美貌だ。
しかし、今は どう見積もっても10代前半の、線の細い、闘えそうもない少年だった。
「弱い、弱すぎる」
声変わりをしていない少年の 小さな独白を聴く者はない。
しかし、彼は独りではなかった。
「これで、本当に冒険者の一行?」
彼の視線の先は、常に足許へ向いていた。
そして、其処には 人がいた。
甲冑を纏い 大剣を佩いた者・ローブを纏い 杖を携える者・衣服の上に簡易的な鎧を着け 片手剣を持つ者・身軽な衣服に 短剣を珮びる者。
格好は様々な者達が、彼の足許にいた。
そして、一様に眠っていた。
いや、彼等の軀、または 装備が ぼろぼろになっている。
そんな攸からも判る様に、昼日中とは云え 危険地帯である城塞国家の外で 大胆にも寝こけているのではない。
もし そうだったら、余りにも無防備だ。
冒険者として 失格である。
しかし、少年にとっては 彼等の現状も『冒険者-失格』だ。
《 少しは 楽に旅が出来ると惟ったのに。》
少年の溜息は、草原を吹き渉る風に攫われていった
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
このパーティは、先程 偶然にも合流した冒険者の一行だった。
彼等は、独りで旅をしている少年-スピネルに声を掛け、次の国まで護衛をしてくれると言うので 附いて来た。
そこそこ強いパーティではあったが、冒険者ランクで云えば、大して高いほうではない。
個々の力量は 兎も角、チームワークの点では 余り宜しくなかった。
個々人が 勝手に突き進み、其々で 魔物を撃破する。
そんな闘い方が通用するのは、格下の魔物だけだ。
事実、数匹の強者には 敵うべくもなかった。
襲ってきたのは、鳥系の魔物だった。
形状は 鷲に近い。
尤も、その頭は 2ッあり、脚は 4本あった。
鋼鉄で出来ているのか と疑いたくなる強度の翼は、右端から左端までで 5メートルはある。
爪も 嘴も鋭く、凶悪な切れ味を発揮する。
そんな魔物が、2羽で襲って来た。
彼等は、スピネルを佑いながら 奮闘した。
勿論、いつもの様に個人プレーだ。
戦士と 僧侶が、魔法剣士と 盗賊が、其々 タッグを組んで討伐にあたった。
しかし、協力し合う事が巧みではない彼等の共闘は、そう長く通用するモノではない。
結論から云うと、魔法も剣も大して効かず、あっと云う間に劣勢になった。
ものの数分で 殺されそうになる。
仕方なく、スピネルが倒したのだ。
魔法で雷を放ち、その一撃で 同時に2羽を灰にした。
序でに、余波で発生した小さな雷を当てて、彼等を気絶させたのだった。
これに倒される魔王って、いるのか?
いたとしたら、余程 具合が悪かったのだろう、などと 失礼な事を考えながら、細く溜息を咐いた。
補足しておくが、伸びている彼等は 決して弱くはない。
魔法使いとして スピネルが規格外なのだ。
「 …………どうしよう、メンドイ」
足許から昊へと 顔を振り上げて、スピネルは呟いた。
「棄てて往こうかなぁ」
男女混合の冒険者達を このままにして、独り 先を急ぐべきか否かを、真剣に考えていた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:戦士-ボイド・魔法剣士-アマーティ・盗賊-イリーシャ・僧侶-ジェード___
晴れ渡った昊が 夕闇に染まり始めた頃。
何処までも続く草原の中では、焚き火が 赤々と燃えていた。
彼等のいる辺り半径-2メートル程は、土が剥き出された場所になっている。
その中央に 薪が組まれ、燃え盛る炎が この一郭を照らしている。
炎に合わせて、影も揺らめいている。
焚き火から 少し離れた処に、白銀の髪の子供が丸くなって眠っている。
大人達は、彼と 焚き火を挟んで、反対側に集まっていた。
1人は、甲冑を纏い 大剣を佩いた者。
1人は、衣服の上に簡易的な鎧を着け 片手剣を持つ者。
1人は、身軽な衣服に 短剣を珮びる者。
1人は、ローブを纏い 杖を携える者。
其々 異なった職業の 4人の装備は、かなり傷んでいる。
そう、彼等は、3時間前に この近くの街道で気絶していた者達である。
焚き火を囲んでの 食事の片付けが終わっても、全員の表情は暗い。
痺れを残しているのか、夜になっても 全員の体調は優れないらしい。
重苦しい雰囲気の中、ゴリマッチョな戦士-ボイドが 重い口を敝いた。
「何だったんだ?」
主語のない疑問だったが、全員の頭の中にあった事だったのだろう。
独白の様な一言に、女魔法剣士-アマーティが 曖昧な声を零した。
野営の準備をしていた僧侶-ジェードと 女盗賊-イリーシャは、作業の手を止めている。
彼らは、怪鳥の餌食になりかけていた。
あの鋭い爪で切り裂かれ 血肉を貪られた挙句、残りは 非常食用に 巣へ持ち帰られていたかもしれない。
どう跑いても、あの状況からの生還はなかった。
それが、気付いたら 生きていたのだ。
怪鳥の姿はなく、離れた処に スピネルが倒れていただけだった。
揺り起こして訊いてみたが、少年は 何も判らないと答えた。
悚くて、丈の高い草の間に隠れ 身を縮めていたら、突然 周囲が白くなった。
次に気付いたのは、アマーティに揺り起こされた時だった。
スピネル少年は、そうとだけ答えて 申し訳なさそうに俯いた。
勿論、嘘である。
厚顔無恥にも 庇護すべき子供を妝い、しれっと言ってのけたのだ。
随分 小慣れた対応である。
尤も、足許へ向けた幼い顔は、苦笑いで染まっていたが。
少年より背の高い彼等は 深く俯いたスピネルの表情など見えず、気付きもしなかった。
泣きそうな声で『ごめんなさい』と小さく繰り返す スピネルの演技を見破れず、晳ら樣に動揺していた。
『いいんだ、何でもないんだ、気にするな』と 口早に宥め、この話題は これで終わりとなった。
そんな訳で、彼等は スピネルが寝入ったのを確認して、再び 検証に入ったのだ。
「『白くなった』って言ってましたね」
スピネルに聴いた譚を思い出しながらの イリーシャの言葉に、誰もが 沈黙する。
この数時間、其々で 様々な可能性を考えていた。
怪鳥との戦闘中、何等かの事象が起きたのは 確かだろう。
人為的なのか、自然現象なのかは 兎も角としてだ。
それが あの怪鳥達を消し去ったのなら、自然現象よりも 倆であった可能性が高い。
すぐ傍にいた自分達が生きている事を考慮すれば、そう判断するのが妥当と惟われる。
しかし、此処に疑問が 1っ。
『一体、何者が 何の目的で?』
これが判らない、皆目 見当も付かない。
通りすがりの魔法使いでもいて 気紛れで侑けたのだとしても、だ。
気が付いた時には 自分達の傍にいる者はなく、持ち物も 窃まれていない。
「 …………相当なんだろうなあ」
ぼそり と、 僧侶-ジェードが呟いた。
魔法で仆したとなると、それを放った倆者は かなりの熟練度と推察出来る。
実際、魔法剣士であるアマーティの魔法は 効いている様子もなかった。
斯く云う ジェードの風魔法も、怪鳥達には 効いていなかった。
__ 自分達は 決して弱くない __
主観的にみても 客観的にみても、これは間違いではない。
ただ、襲ってきた怪鳥は 彼等のレベルでは敵わない魔物だっただけである。
しかし、今回の敗戦は 自尊心を折るに足る重大事だった。
傲っていた訳ではなかったが、横槍が入らなければ死んでいたと云う事実は 重い。
自然と、全員の口数は減る。
彼等は、其々で思案を巡らせる。
そして、或る可能性を見出して 1人の人物へ視線を向けた。
其処にいるのは、小さな ずだ袋を枕にして眠っている 細身の少年だ。
背は低くないが ひょろりと細い軀。
大人の移動速度に 度々 置いて往かれそうになりながら、それでも 懸命に附いて来る。
頑張りは凄いが、その歳の子供なりの体力しかないと云える、頼りない子供。
事前も事後も、傍にいたのは彼だけ と云う事実。
「違うよ」
アマーティが、ボイドと イリーシャが考える可能性を否定した。
これに、ジェードが賛同する。
「スピネルには 魔力がないしな」
今 改めて、内包する魔力がないか 検分していたのだろう。
ジェードは、しっかりと断定した。
「なら『本人も判らずに 何等かの魔法を使った』と云う可能性は ないんですね」
イリーシャは、考えていた 一縷の可能性を呟いた。
スピネルが あの怪鳥達を仆せるとも惟えないのだが、近くにいた人物と云えば 他にない。
どうしても、その可能性を模索してしまう。
此処にいない『第三者』となると、どれ程 考えても判り様もない。
「 ーーーーーー兎も角、次に あれに遭ったら………… 」
間違いなく 全滅する。
この言葉を口にする者はなかった。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:スピネル___
晴れ渡った昊に、美しく星が瞬いている頃。
草原の中の焚き火を囲んで 3人が眠り、もう1人は、焚き火の傍で 火の番をしていた。
スピネルは、ずだ袋を枕に、横になったまま 周囲へ視線を趁らせた。
離れた処にいる3人は 熟睡しているらしく、動きもしない。
火の番をしている者は、こちらに背を向け 焚き火の前で胡坐を掻いている。
左手には 武器を持っているが、その軀が ゆったりと揺れている。
《 消耗したんだろうけど、さ。》
夕刻の激闘が堪えたのだろう。
うつら うつらと舟を漕ぐ 大きな背を見つつ、密やかに溜息を咐いた。
スピネルは、最初から眠ってなどいなかった。
彼等からの 面倒な追及を避ける為、眠ったフリをしていたに佚ぎない。
質問攻めにされても ボロを出す事などなかっただろうが、面倒に変わりはない。
故に、寝たフリが最適だと判断したのだ。
勿論、起きていたのだから 彼等の会話は聴こえていた。
何度 苦笑いを噛み殺したかしれない。
最も笑いそうになったのが『スピネルには 魔力がない』発言の時だった。
《 世界の仕組みも知らないのか。》
笑いは 笑いでも『啁り』に属する冷笑だ。
そもそも、彼等は スピネルの魔力を感知する事など出来ないのだから。
《 本当に、知れ渡ってないんだな。》
力量差のある上位者とは出会った事がないのだろう、と スピネルは惟った。
しかし、出会っていたとしても その上位者が申告しなければ判らないだろう、とも惟った。
今のスピネルの様に 自分が格上の存在である事を匿していたのだろう、と。
《 メンドイしね。》
黙っていればバレないと判っているのに、何が娯しくて自己申告をしなければならないのか。
そんな考えで、スピネルは 自身が魔法使いである事を黙っていた。
__ 格下に存在を悟られる事がない __
これが、格の差が齎す特典だ。
強い者は、自分よりも弱い者の存在を感知出来る。
だが、逆はない。
魔力の低い者は、自分よりも格段に強い魔力を感知する事が出来ない。
これは、世界の仕組みの 1っだ。
考えてもみてほしい。
魔力が弱い者達 = 一般人は、この世界の大半を占める。
そんな者達が、自分よりも強い魔力を 常に感じ取っていたら、到底 日常生活は送れない。
その対象が、城塞国家の中にいる冒険者達であれ、外にいる魔物であれ、同じ事だ。
蝋燭-程度の火を熾す事が限界と云われる 7割もの一般人が、騎士や冒険者達と自分達とに どれ程の仂の差があるか理解出来る状態ならば、怕らく 恐怖しか感じない。
魔法とは 便利な反面、恐怖の対象にも成り得る仂だからだ。
とてもではないが 真面な生活は出来なくなり、国家は その体を成せなくなる。
それがないのは『弱者は 強者に気付けない』と云う世界の仕組みに因る。
一般人達に魔力を感知する能力がないのではなく、誰しもが 格の差がある強者の仂を感知出来ない。
勿論、人間であれ 魔物であれ、原理は同じだ。
故に、世界の仕組みと云えるのだ。
《 まぁ、誰も教えないよな。》
メンドイし……と、スピネルは 口を拑む事にした。
語弊のある表現ではあるが、この仕組みを『特典』だと惟っている者は、怕らく 尠くないのだろう。
冒険者をしている彼等なら 自分よりも格上の魔法使いや賢者などと出会っているだろうが、この理を知らない様子からも そうと判る。
察知出来ないからこそ、昼間の怪鳥を仆したのがスピネルだとは気付かない。
勿論、スピネルが 魔力の隠匿に抅る魔法を使用しなくとも、だ。
それでも、彼等は スピネルの魔力に気付けないのだ。
《 それにしても、暢気だな。》
そう、気付けないのだ。
だから、知らないのだ。スピネルが この一帯を障壁で蔽っている事を。
実際に、彼等が気絶した時から今現在まで 周囲には障壁を張っている。
気絶し 無防備な彼等に代わって、周囲に結界を張っていたのだ。
その結界が 直径-40メートルもの範囲を包んでいる為、彼等は 誰一人 気付きはしなかった。
それなのに、こうして 無防備に眠っているのだ。
「大物だなぁ」
決して褒めていない口調で、呟いた。
《 これじゃ、リンデンベルクまで辿り着けないだろうな。》
彼等の目的地である リンデンベルク王国は、この世界に幾つもある城塞国家の中でも 規模の大きな国だ。
魔法文化も そこそこ進歩しており、農耕も 放牧も盛んで、地域工芸も 商業も 工業も、程良く発展している。
国は豊かで 国政や治安は安定しており、周辺に 危険生物の生息地などもない。
その事もあり、移住を希望する冒険者や 旅人・商人もいる。
しかし、其処に至る道程は 楽なモノではない。
リンデンベルクの周辺には、雑魚魔物しかいない。
これは、害となる魔物を、リンデンベルクの兵士達が 徹底的に駆逐しているからに他ならない。
因って、リンデンベルク兵団の脅威が届かぬエリアには追いやられた魔物達が生息している地帯がある。
此処は、そのエリアに含まれるのだ。
つまり、これから先の道程でも 魔物の襲撃に遭うと云う事だ。
《 どうしよう、メンドイ。》
リンデンベルクに着くまで お守りをするのは良いとしても、そうとバレない様にするのが 面倒だった。
しかし、此処で放り出せば、彼等は誰一人として リンデンベルクには辿り着けないだろう。
楽をする道を択べば、それは 見殺しにする事と同義である。
此処で 彼等から離れるのは、余りにも後味が悪い。
そうなると、単独で 先に進むと云う『最も楽な旅路』の選択肢はなくなる。
だが、何かに襲われる度に 気付かれない様に補助するのは 考えるだけで億劫だ。
かと云って、自分の実力を知らしめるのは、後々の事を考えると 面倒の極みだった。
何者であるか、など 教える気にもならない。
スピネルは、大きな溜息を零した。
《 それも これも、兄さんの我儘のせいだ。》
スピネルが こうして旅をしているのは、彼の兄に関わりがある。
或る事を頼まれ『何で 俺が…… 』と零しながら 隣国へ向かい、使いを済ませるべく 自国へ戻る途中なのだ。
そんな中で、頼りなさそうな4人組に出会ってしまったのである。
《 もっと広い街道を択べば、こんなに襲われる事もないのに。》
最短ルートの この街道は、最も魔物の多い逵だ。
商人や 旅人は、定期的に騎士団が警邏する 別の街道を通るのだ。
荷馬車が 余裕で擦れ違える広い街道を択べば、こんな危険な目に遭う確率も 格段に減る。
しかし、自身の実力を詠み違えた彼等は そうしなかった。
確かに 弱くはないのだろう。
だが、決して 勍くはない。
この街道を生き抜く事が出来るのは、もっと熟練度の高い者達だけである。
そう云った者は、そう 多くはない。
これを考慮して、スピネルは、誰にも会わないだろう と この逵を択んだ訳だ。
まさか、強者でもないのに お節介な一行に出会ってしまうとは 考えもしなかった。
本音としては、いい迷惑だ くらいにしか惟っていない。
「 ーーーーーーはぁ……… 」
だからと云って、見殺しに出来ないスピネルなのだ。
結局、此処からの数日を 苦労と溜息に塗れて過ごす事となった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼
___視点:スピネル___
ふと、スピネルは 睛を寤ました。
夜露を凌ぐ為に 木陰で野営をしていた為、辺りは まだ暗い。
視線を上げれば、梢の隙間から昊が見える。
木々の葉の隙間から窺える昊は、朝陽が昇る前の時間だと判る色合いだ。
1時間もしない内に、木陰にも陽が射す様になるだろう。
スピネルは、枕にしていた ずだ袋から頭を離した。
上体を起き上がらせると、静かに伸びをする。
森の動物達を近付けない為に 夜通し燃やしていた焚き火は、消えそうになっている。
火の番をしながら 奇襲を警戒すべき見張りは、焚き火の傍に座った姿勢で項垂れ 動かない。
どうやら 熟睡している様だ。
《 全く………。》
そんな事だろうと惟っていたが、予測が当たったら当たったで、溜息が出る。
この旅の同道者-4人と 行動を共にする様になって、5日目の朝だ。
見張りをしている筈の人物が 完全に爆睡している光景を睛にするのも、もう 4回目である。
見慣れてきて 最早 驚かなくなっている自分と、間違いなく寝入っている 度胸ある同道者達には、惘れるばかりだ。
スピネルは、複雑な惟いで 溜息を零した。
勿論、この状況を察していただけに 対抗策は施してある。
野宿をしていた この周囲には、何人たりとも近付けぬ様に、障壁も 防護壁も広範囲に展開している。
万一、同行している者達の誰かが 先に起き出したとしても、そうそう気付かれない程 大きく張ってある。
無防備に眠っていても、魔物も 森の獣も 啻の盗賊も、スピネルの傍には近付けないのだ。
《 知らないで 良く眠れるよ。》
頭の中での呟きには『こいつ等、今まで どうやって生き延びてきたんだ?』と云う疑問も含まれる。
しかし、スピネルの能力の高さを悟られる訳にはいかないとなると、彼等の これまでの冒険生活を詳しく訊く事も出来ないのだが。
《 兎に角、後 数時間の辛抱だ。》
目的地であるリンデンベルク王国の城壁は、すぐ其処に見えているのだ。
後は、城門を通る為の審査が始まる時間まで 普通の子供を妝えば良い。
そう惟い改めて、スピネルは、再び ずだ袋に頭を預けた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:スピネル___
リンデンベルク王国は、かなりの広さがある。
堅牢な高い壁と 四方の門を以て 外界から切り取った国土は、端から端までが 相当の距離だ。
故に、円形の城塞国家でありながら、国土の中には 幾つもの森林や湖沼があり、多くの街や 邨がある。
東西の門、または 南北の門までは、馬を飛ばしても 丸一日は縣る広さだった。
人口も多く、農業・工業・商業は云うに及ばず、周辺国との交易も弉んで、多様な文化が混在する。
税金も関税も安く、随って、物価も安く販売されている。
国外からの来訪者に寛大で、近隣の国家には珍しく 移住者も国家として受け入れている。
それもあってか、冒険者も商人団も 多く訪れる。
リンデンベルク王国の入国審査は、独特だ。
1度でも入国した事がある、または 国民である者は 綜て登録されている。
国内での犯罪歴などの問題がなければ、出入国の審査は ないも同然だ。
出入国管理用の魔法具に手を翳すだけで、審査・登録が完了し、出国も入国も スムーズに行えるシステムだ。
冒険者や商人団に於いては、各国の冒険者ギルドや 商業ギルドが発行する登録カードを、出入国管理官へ提示する。
これまた 各国での犯罪履歴などがなければ、実に簡単な審査で済む。
特に 入国の際に半日も待たされる国家が多い中、このシステムは 好評だった。
そのお陰か、少々 遠廻りをしてでも この国で休憩を、と云う冒険者は多い。
スピネルと行動を共にしている4人も、そうだったらしい。
『らしい』と云うのは、はっきりと理由を訊かなかったからだ。
城門が敞くと同時に、スピネルは 4人に礼を言い、入国審査室を目指した。
審査の際、傍にいられたくなかったからである。
とっとと別行動になり、独り 先に審査室へ入る。
早い時間だけあって、まだ 他の冒険者などはいなかった。
「ああ、これは……… 」
入国審査官達は、紅玉色の瞳の少年を見るなり 姿勢を正した。
敬礼をする 一歩手前の姿勢だ。
尠くとも、ずだ袋-1っで魑魅魍魎が跋扈する国外エリアにいた少年に向ける態度ではない。
彼等-入国審査官達は 一糸乱れぬ動作で、丁寧な お辞儀をした。
「お帰りなさいませ、どうぞ」
魔法具に因る審査すらせずに、入口に竚っていた兵士は 門の脇にある小さな扉を示した。
これは、冒険者や商人団には使わせない 国内への最短ルートだ。
立ち番をしていた別の兵士も、スピネルに敬礼をすると その扉を押し敞いた。
「どうぞ、お通りください」
慇懃な態度に 口許を歪めたが、スピネルは 小さく頷いて扉へ歩き出した。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
城門を閤ったスピネルは、城門の街に多くある辻馬車を拾って 或る街へ来ていた。
入国して すぐに邀ったのは、首都から 2時間の処にある街だ。
大きな湖と その滸から迫り出す様に建っている古い城が特徴の、大きくはない街だ。
主だった産業は、農業と牧畜。
そして、手作りの革製品である。
街の中心地には 各種-商店が陳び、一本 脇の路地へ入れば 各種-加工場や工房が陳ぶ。
だが、全体的には 牧歌的で暢びりとした街だった。
その外れには、スピネルが家としている 古い城があるのだ。
その城は、湖の中に建っていた。
迫り出した桟橋を想わせる 頑丈な石橋の先には、湖に浮かぶ古城が建っている。
石で組まれた大きな門には 大きな鉄の扉が設置されているが、今は 大きく敞かれている。
街の者達に言わせれば、扃じている攸を見た事がない扉だ。
其処を 辻馬車が通ると、門の横にいた衛兵達が 軽く敬礼をする。
石造りの屋根がある玄関前のスペースに辻馬車が停まると、玄関の扉の前にいた衛兵の1人が 階段を降りて来て 辻馬車のドアを開ける。
「お帰りなさいませ」
浅いが 丁寧なお辞儀をする衛兵を ちらりと見て、スピネルは 緲かに眉を寄せた。
そして、何も言わずに 辻馬車から降りる。
「援かった、ありがとう」
気取らない言葉で礼を言い、辻馬車の御者に 数枚の銀貨を差し出す。
「頓でもない、公爵様から 銭を戴くなど……… 」
畏れ多い と言って、御者は遠慮したが スピネルは譲らない。
「これは、貴方の仕事に対する 正当な報酬だ。何の遠慮もなく 受け取るべきモノだ」
御者は、引っ込める様子のない細い手と その持ち主、そして その後方にいる衛兵を 交る互るに見る。
困惑している辻馬車の御者に、衛兵は 笑顔で頷いた。
これを睛にして、御者は 迷いながら、おずおずと銀貨を受け取った。
「そ、それでは、はい………有り難く」
「ああ、ありがとう」
小さく礼を言うと、スピネルは 踵を皈した。
玄関へ至る 石の階段を陟る。
8っある階段を、ゆっくりと陟る。
門に控えている衛兵達-6人・玄関の前にいる衛兵と 今-後ろに控えている衛兵の2人、計-8人の様子を 垣間見る。
誰の表情にも 動揺はない。
《 また、か。》
そう惟いながら、スピネルは 密やかに溜息を咐いた。
スピネルは、今日-この時間に帰ると連絡はしていない。
そもそも、旅の昊の下にあった彼に そんな事は出来ない。
いや、やろうと惟えば出来るのだが 尠くとも非常時でなければ する気もない。
なのに、急な帰還にも抅らず 出迎えた者達に驚きの様子がないのだ。
《 またかぁ。》
8段しかない階段を陟り終えると、玄関の大扉の横に控えていた衛兵が 扉を開けて、軽く礼を執った。
これへも、スピネルは 眉を寄せた。
表情には出さないようにしているが、どうも この行為が苦手らしい。
12〜13歳の少年は、微妙な心境を匿したまま 玄関の扉を閤った。
「「「「お帰りなさいませ」」」」
自宅の玄関を入るなり、メイド達が スピネルを出迎えた。
玄関ホールの正面-奥に、背の高い 壮年の執事がいる。
細身ながら 均整のとれた格躰には、執事服が 良く似合う。
今年で 62歳になる筈だが、年齢を惟わせない 背筋の伸びた執事だった。
絨毯敷きの左右に メイド達が列び、その間を 壮年の執事がやって来る。
彼は、玄関ホールに一歩踏み込んだまま竚ち停まっているスピネルの前へ、無言で進み出た。
「お帰りなさいませ」
ぴしり と、礼を執る姿も 樣になっている。
彼の肩越しには、何人ものメイド達が左右に列び、未だに最敬礼のお辞儀をした状態で スピネルに敬意を示しているのが見える。
この様子に、12〜13歳の少年の顔が 引き攣った。
スピネルは 此処の主人で、周りにいるのは 彼が雇っている者達だ。
この態度は、仕方がないのだろう。
譬え、雇っている主人が 12〜13歳の容姿を持つ ひ弱そうな子供であっても、礼を尽くすのが使用人の勗めだと言われれば それまでだ。
それに、こうした出迎えは 幼い頃から見慣れた光景でもある。
出迎える側としても、業務としてやっている事だろう。
それは、スピネルも判っている。
しかし、スピネルは それを要求していない。
だからこそ、これを見る度に 彼の顔は引き攣り、生真面目な対応を受ける度に気鬱になってしまう。
「いちいち、出迎えなくていい」
スピネルの 命令とも付かない言葉に、執事が顔を上げた。
「それは、ご命令で?」
「仕事の手を停めてまで、態々 出迎える必要はない、って言っているんだ」
「左様でございますか。では、次からは その様に」
しれっと そう言いながら、恭しく頭を下げる執事を ちらりと見て、スピネルは歩き出した。
石畳の床の上には絨毯が敷かれ、玄関と云うよりは 豪華なホテルのエントランスの様になっている。
そんな玄関から数メートル進み、正面にある階段を陟る。
「お食事は 如何致しましょう」
階段の下まで附いて来た執事の問いに、階段を陟りながら答える。
「軽いモノでいい、先に 風呂に入る」
「畏まりました」
余り感情のみえない『教本通りの執事』の返事だった。
実際、経験豊富で有能な執事である事は確かで、その仕事ぶりには 文句の付けようもない。
この古城で起きる 綜ての事は、ほぼ 任せておいて問題がない程だ。
だからこそ、 頻繁に国外へ出るスピネルが 公爵の地位に就き 古城の主人となっても やっていけるのだ。
今から 20分後には、シャワーを浴び 汗と埃を洗い流して、着替えまで終わっているだろう。
怕らく、その頃には、多くも尠くもない量の軽食が 部屋へ届けられるだろう。
《 堅苦しいのが、難点だな。》
階段を陟りながら、そんな事を惟う。
直接 苦情を伝えても あの男には韻かない事を知っているが、そろそろ本気で どうにかしてほしいと惟っていた。
細く溜息を咐きながら、スピネルは 自室へと趾を進めていた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:スピネル___
帰国から 6時間後、氷雪を惟わせる白金の髪の少年は、その幼さの残る顔を険しくさせていた。
彼がいるのは、美しい庭園の一郭だ。
周囲は、見渡す限りに拡がる 見事な薔薇の花園だった。
外界とは隔絶された様な、異世界の様な場所だ。
そんな 趣向を凝らした この花園を、険悪な表情のスピネルが歩いている。
好きな人には『芳しい』と評される馨りも、今のスピネルには 苛立ちを益させる要素でしかない。
頭の中で 同じ単語を繰り皈しながら、薔薇のアーチの奥へと進む。
長いアーチを抜けると、幾らか開けた場所に出て その先に四阿が建っていた。
白い石造りの四阿には、先客がいた。
「遅かったな』
爽やかな笑顔で声を掛けてきたのは、見眼 妍しい青年だった。
白銀の髪は 緩くウェーブを描き、薔薇園を渉る微風に 柔らかく揺れている。
紅玉色の切長の睛をし 鼻筋の通った、恐ろしく姚しい青年だ。
整った顔も 均整のとれた軀付きも、洗礼された仕草も 色気-漂う笑みも、何もかもが 常識を逸脱している存在だ。
そして、間違いなく スピネルと血の繋がりのある容姿であった。
「食後の お茶が冷めてしまう攸だったぞ」
兄-ユーリウスの言葉に、スピネルは 晳ら樣に険悪な表情を泛かべている。
公爵の居城で 執事達が待ち構えていた様に、この国へ戻った時点で 王城へも報せが届いたのだろう。
スピネルの兄は、弟の来訪時間を見越して お茶の時間にしていた様だ。
「帰る」
「来たばかりじゃないか」
言い捨てる様に踵を皈したスピネルを 謫めもせずに、青年は 浅く笑った。
弟の態度を『拗ねている』とでも惟い、果てには『可愛い』とでも惟っている様な反応だ。
恚りの一部も伝わっていないばかりか、妙な解釈をされている と察したのか。
スピネルの左眉が ヒクヒクと痙攣する。
「 ーーーーーー……… 」
何か言ってやろうとしたのだが、何を言っても この青年は堪えないだろう とも惟う。
判っていて行う程 弊れる事もない。
スピネルは、歯を食い縛って 怺える事にした。
割と いつもの事であるが、だからと云って 悔しさは薄れない。
そんな彼の心情を知ってか知らずか、爽やかな笑みで ユーリウスは少年を招いた。
「さあ、竚っていないで こちらへおいで」
美形である事も そうだが、ユーリウスは、そもそもの雰囲気が豪華と云おうか 華やかと云おうか。
派手な格好をしても 豪奢に着飾っても、浮く事なく 着熟してしまう。
そんなユーリウスには、薔薇と云う花が 良く似合う。
それ故か、スピネルは この花が嫌いだった。
《 何で こんな奴と血が繋がっているんだ⁈ 》
何処にも打付けようのない恚りに肩を震わせながら、仕方なく 四阿へ向き直る。
立ち去るのは簡単だが良策ではない だとか、落ち着け 今に始まった事じゃない だとか、頭の中で繰り返す。
尤も、自分自身で宥めようとしても 納得のゆく心境ではなかったらしい。
スピネルは、最大級に不機嫌な顔をしている。
そんな少年に対し、ユーリウスは 満面の笑顔だ。
「判るかい?」
スピネルは 遠慮なく険悪な雰囲気を撒き散らしているのだが、ユーリウスは 全く気にしていなかった。
空気が詠めていない訳ではない攸が、質が悪い。
20代半ばの青年は、四阿のベンチに腰を掛けたまま スピネルに紅茶を勧めた。
「この間、お前が買って来てくれた紅茶だよ」
「態々 ミルヴァーデン王国まで往って、ね」
スピネルは、嫌味を 棘々しい声で言い放つ。
恚りが滲み出た弟の言葉に、ユーリウスは 満面の笑みを向けた。
「仕方あるまい? 僕は、この国を離れる訳にはいかないのだから」
そんな不自由な自分の代行として、自分の願いを叶えるのは 弟として当然の事……と示唆している口調である。
ユーリウスの立場から考えれば、別の者に頼んでも叶う事だが、何故か 彼は そうしない。
「だからって、弟を扱き使っていい訳じゃない」
憮然として返すも、この青年には 一向に韻かない。
「兎に角、座りたまえよ」
どう文句を言おうとも、傍若無人・唯我独尊・馬耳東風なユーリウスには届かない。
スピネルは 惘れの様な溜息を咐くと、のろのろとした足取りで 四阿へ趾を踏み入れた。
「スピネルは 平気だろう? 城塞の外を 独りで旅しても」
「 …………まぁね」
「僕のお陰で 自由に生きられるんだから、このくらいは 僕の為にしてくれるよね?」
夜会では 並み居る女達の視線とハートを独占する魅力的な微笑も、この弟には 効果がなかった。
生まれて10数年、年百年中 近くにあったモノだけに なんの感慨も湧かないのだ。
内心は これに見惚れる女達の気が知れない、とか考えているくらいだ。
「で、買って来てくれた?」
睛を耀かせての問いに、スピネルは 晳ら樣な溜息と共に 手にしていた ずだ袋を突き出した。
それは、無造作に右手に提げられていた ずだ袋だ。
この場にも 相手にも相応しくない、使い古された 少年の旅道具だ。
しかし、突き出された ずだ袋を、ユーリウスは 迷いなく、それ攸か 嬉しそうに受け把った。
袋の中からは、幾つもの小箱が出てくる。
これまた ずだ袋には似合わない、高級そうな小箱だった。
ユーリウスは、その1っを手に把り、うきうきとした顔で 蓋を開ける。
「ああ、いいね」
高級そうな小箱に入っていたのは、チョコレートだった。
「何で! 俺が! 態々 隣の国まで! 喰べたくもない お茶菓子を! 買いに往かなきゃ いけないんだ⁉︎ 」
苦悩を滲ませた表情をする 12歳くらいの美少年に、20代半ばの美丈夫は 満面の笑みで答えた。
「兄の頼みだからだよ」
しれっと言い、チョコレートを 1っ摘む。
それを口へ放り込み、拡がった甘みに 頬を綻ばせる。
「やっぱり、ノルドルンド王国のチョコレートは 絶品だな」
いつもの事だが、遠い隣国まで赴いて買って来たスピネルには 礼の言葉も犒いの言葉もない。
最早、ユーリウスは 弟の買って来たスイーツに夢中だ。
「だったら、定期的に輸入してくれ」
紅茶を買いに出向いた ミルヴァーデン王国は、このリンデンベルク王国の東にある城砦国家だ。
対して、今回 チョコレートを買って来た ノルドルンド王国は、北にある。
どちらもが、リンデンベルグからは かなり離れているが、一応 隣国である。
親密と云う程ではないが 定期的な国交も交流もあり、他の国と同様に 交易も弉んだ。
身分や銭がある者ならば、自分の希むモノを輸入する術くらい 幾らでもあるのだ。
「厭だよ、それじゃ駄目だから」
「何でだよ? 正式に輸入すれば、必要な時に 必要な量を買えるだろう?」
ユーリウスが一言 願えば、充分な事だ。
彼の立場ならば、商人団のほうから 喜び勇んで買い付けに往ってくれるだろう。
そして、欲しい物を届けてくれるばかりか、定期的に オススメの新商品まで献上してくれるに違いない。
そう進言しても、青年は 首を縦に振らない。
「だって、そうしたら 他の人も買えてしまうだろう?」
事も莫げに即答したユーリウスは、眼の前の弟の 晳ら樣な不機嫌など見えもしないのか。
にこやかに、2粒目のチョコレートに手を伸ばしていた。
「何だ、その独占欲……… 」
自分だけで愉しみたいが為に、立場の弱い弟を扱き使っているのだ。
今回のチョコレート然り、前回の紅茶の茶葉-然りである。
重ねて云うが、彼の立場ならば、幾らでも 動いてくれる家臣がいる。
出入りの商人となりたい者達も、掃いて棄てる程いる。
公然とは輸入しなくとも、彼等を使って個人的に入手する事は可能だ。
他には卸さない様に、と 一言 付け加えるだけで充分なのだ。
何も、他の貴族に知られたくない と云う理由だけで、態々 スピネルを隣国へ差し向け 買って来させる必要はない。
そんな 判り切っている手段を使わないのは、やはり 自分に対する厭がらせなのではないか。
面倒事を頼まれる度に 脳裏を過る考えに、惟わず 紅い瞳を険しくさせた。
《 最大級の雷でも ブチ当ててやろうか。》
本気で悩んだ。
極論から云って、殺してしまうのは 簡単だった。
凶暴な魔獣であろうとも、スピネルの敵ではない。
つまり、人間の 1人や2人、どうと云う事はない。
骨の欠片は惷か、灰すらも残さず この世から消し去ってしまえるのだ。
しかし、これを実行するのは 酷く躇われた。
《 こいつが死んだら、俺が 跡を継がなきゃいけないんだよなぁ。》
それだけは、絶対に厭だった。
強烈な恚りと殺意を怺えてきたのっぴきならない理由が、これである。
何度 扱き使われようとも、スピネルは これを引き合いに出されると 言う事を聆かざるを得ない。
そんな訳で、毎回 ユーリウスの我儘に振り回される事になるのだった。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
食後の茶と 菓子を愉しむ兄-ユーリウスを 薔薇園の四阿へ置き去りにして、スピネルは 家へ戻る事にした。
広大な薔薇園から 最も近い建物の間には、植え込みと花壇で造られた迷路がある。
それを抜けると、大きな屋敷が聳え建っている。
白い石で造られ、壁面からテラスの手摺に至るまで、細部に亘って 彫刻が施されている。
建築の規模と 様式を鑑みれば、屋敷と云うよりも 宮殿と評したほうが正確だろう。
荘厳な白堊の宮殿には、幾つもの塔が聳え建っている。
御伽噺に語られる城-そのままな建築物だ。
陽の晃りの中で輝く 美しい宮殿にも、スピネルは 眉を寄せた。
此処は、家督と共に 兄が継いだ城だ。
つまり、スピネルも 曾ては此処に住んでいた。
遠く離れた〔湖の街〕の古城へ 居を移した今も、此処には 彼の為の部屋があり、いつでも使える様に手入れがされている。
しかし、スピネルは 宮殿に入らなかった。
庭を廻るようにして 門へ邀うと、兄の居城を迹にした。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:スピネル___
待てせていた馬車に乗り その足で邀ったのは、首都から離れた 郊外の街だ。
スピネルの生国-リンデンベルグは、かなりの広さがある。
彼の居城がある〔湖の街〕は、首都から 馬車で2時間の距離にある。
その街の外れに建つのが、数時間前にもいた あの城だ。
湖の中に、古城は建っていた。
曾ては、王族が夏の避暑地として使用していた古城だ。
城の建つ湖も、それを取り囲む広葉樹の森や 稀少価値の高い植物が多い湿地も、今は スピネルの家の庭である。
これ等は スピネルが貰い受けた、この国にいる間の家と その一部、なのである。
森に懐かれた湖の滸から 岩石で出来た橋が伸び、湖の中へと続いている。
その先にあるのは、石造りの門と 一般的には城と聘ばれる建築物だ。
兄の それとは較べ様もない程 こじんまりとしているが、紛れもない城である。
荘厳でもなく 華美でもない造りだが、小さいながらも 趣向を凝らした城だった。
〔湖の街〕の者達は、一捻りもなく〔湖の城〕と聘んでいる。
スピネルを乗せた馬車は、岩石の橋を渉り〔湖の城〕の門を抜けた。
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自宅にしている古城の玄関ホールへ入るなり、執事やメイド達が 彼を出迎えた。
「「「「お帰りなさいませ」」」」
「 ………… 」
惟わず、スピネルは竚ち停まり 喑黙った。
ほんの数時間前に『必要ない』と伝え、執事からも『では その様に』との返答を受けたにも抅らず、帰宅した時の対応は 全く改善されていない。
もとい、改める気など 微塵もないのだろう。
そんな使用人達に、軽い眩暈を感じていた。
出迎えや 見送りの挨拶に始まる 主従関係の色濃い対応に、心底 辟易してしまう自分がいる。
惟えば、昔から 好きではなかった。
一時でも この環境から抜け出したくて、遠方へ留学した。
其処は、俗に〔魔法の国〕と聘ばれる 単一都市国家だった。
国土の広さは、この国の 1/5もない。
だが、魔法に関しては 他の追随を赦さない程の先進国で、魔法の研究施設や 膨大な蔵書を擁える魔法学園もある。
幼少の頃から 魔力が大きかったスピネルは、魔力の有効活用法を身に付けるべく 学園に入った。
勿論『己れの仂を 国の未来に活用する為だ』などと云ってはいても、其処に 本心は欠片もなかった。
啻、貴族社会から遠く離れたかったのだ。
申し出てから承認されるまでに 5年の歳月が縣った事も、今では 良い思い出だ。
そうして手に入れた魔法学園での生活は、新鮮-そのものだった。
学園には 各国の王侯貴族などもいたが、実力主義の あの学園では、身分だけで不遜な態度を執る者はいない。
否、執り続ける事が出来ない。
教師達は そう云った者達に痛烈だし、学生同士でも 実力がないクセに傲慢な者達への批判は 辛辣だ。
威張り散らす彼らを構う者はなく、親の権力や家柄を振り翳す滑稽な者達を冷ややかに見詰める。
大概は それに耐え切れず、自己中心・唯我独尊な態度を貫けなくなり 躬ら言動を改める。
自然と淘汰され 不遜な者達がいなくなるのだから、スピネルにとっては 限りなく居心地が良かった。
あの魔法学園で 友が出来て、目標とするライバルが出来た。
そのお陰で、逃げ込んだだけの学園生活に 張り合いも出た。
後に 帰国したスピネルが、違和感に苛まれる日々に嫌気が差したとしても 仕方がなかったと云えるだろう。
次男である彼が家督を継ぐ なんて譚も持ち上がったが、全力で拒んだ。
兄は優秀なのだから、兄が継げば良い。
元々 嫡男である兄が継ぐ予定になっていたのに、冗談じゃない。
そう 言葉で拒絶しても聆き入れてもらえず、スピネルを余所に 譚は着々と進んでゆく。
どう云う訳か、当事者の1人でもある兄-ユーリウスまでもが スピネルに家督を譲る気でいたのには、正直 驚いた。
懸命に拒否の旨を伝えると、父親は『どうせなら』と 隠居表明までしようとする。
つまりは、すぐにでも 彼に跡目を継がせようと云うのだ。
覚悟を決めるとか 決心を付けると云った時間を与えずに、である。
恐ろしいのは、全員が本気だったと云う事だ。
兄を筆頭に、両親や 家臣の端々までもが 反対をしなかったのだ。
臣下達の権力争いでも絡めば 多少の反対意見が出るのが一般的だと云うのに、だ。
スピネルは、本気で焦った。
このままでは 第一継承権を得てしまうばかりか、そのまま継がされてしまう。
スピネルは、恐怖した。
惟ってもいなかった人生設計だ。
何年後かには 兄が家督を継ぎ、自分は家を出て 好きに生きてゆく。
そう決めていただけに、絶望にも近い心境だった。
勿論、全力で回避しようと 全身全霊で努力した。
結果から云うと、綜てが無駄に終わった。
重ねて云うが、スピネルは 貴族社会が嫌いだ。
社交界だの サロンだの パーティだのに明け暮れる貴族だの、後継者争いだのに明け暮れる貴族だの、領民を虐げつつ 権力に擦り寄る貴族だの、不正と賄賂で 私腹を肥やす貴族だの。
それと判っていながら 表向きは笑顔で付き合わなければならない立場など、本当に冗談ではなかった。
その中で生きなければならない未来は、彼にとって『死ね』と言われるに等しい。
しかし、周囲は、何だかんだと云っても スピネルならば そつなく熟すだろうと惟っている。
そればかりか、魔法学園で得た他国の知識や人脈などは この先 充分に役に立つ、と計算されていたらしい。
だからこそ、誰もが 彼の懸命の主張を聆いてはくれなかったのだ。
帰国後 ほんの数日で、スピネルは 追い詰められていた。
のっぴきならなくなって、彼は 曾てのライバルに助言を求めた。
独りでは どうしようもなくなって、稈にも縋る惟いでの相談だ。
これに対する助言は、実にシンプルで 慄しいモノだった。
今 考えれば、様々な影響を及ぼす 悚い方法だと惟っただろうが、あの時は 冷静ではいられない状態だった。
スピネルは、それを実行した。
迷わずに行った説得の効果は、覿面だった。
自分の主張が ほぼ通ると云う 奇跡的な結果を捥ぎ奪り、想像するだに慄しい未来を回避する事に成功した。
これが、スピネル-14歳の秋だった。
こんな混乱が治まった 翌年、父は 惜しまれながら早期引退し、家督は 兄-ユーリウスが継いだ。
隠居した父は、母と共に 西の小都市にある別荘に移り住み、今は 気侭に暢びりと暮らしている。
そう、長男であるユーリウスが家督を継いだのは、当初の予定通りだ。
決められていた事だったのだから それで良い筈なのに、厭がらせの様に 兄の我儘に振り回される日々が始まった。
それでも、あの城に居続け この国から出る事も出来ない立場に較べれば、軽い障害だった。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
御家騒動の様なモノが一段落した後、スピネルは 早々に家を出た。
父が隠居し、兄が家督を継ぐ前の事だった。
住む場所を移ったと云う意味ではなく、リンデンベルク国外への脱出だ。
彼が 家督を継ぐの継がないのと争っていた頃、そうと知った貴族達が スピネルに擦り寄ってきていた。
子供ならば御し易い、とでも惟ったのか。
彼等は、友好的な笑みを貼り付け 猫撫で声で 集ってきたのだ。
大人達は 今以上の権力と利権の為に擦り寄り、後に得るだろう地位の為に言い寄る。
剰え、兄を蹴落とせと囁く者までいた。
その娘達も また、同様に 慾に塗れていた。
何かしらの用事を口実に 近付いて来て、心にもない愛を囁く。
貼り付けられた笑顔が見事であれば ある程、底冷えがした。
悍しいモノを見た気分だった。
結局 継ぐ事はなかったが、その後も スピネルに対し 媚びを売る貴族は多かった。
元々 貴族嫌いの彼は、最早 吐き気しか覚えない。
兎に角、それ等から離れたかったのだ。
国内で、スピネルは 或る程度 有名だった。
その容姿の為、名も身分も匿していても 誰なのか判らせてしまう。
故に、趾は 自然と国外へ向いた。
自分を知る者のない、こんな子供を敬う者のいない 何処かへ。
そんなスピネルに放浪癖が付いたのは、至極 当然の流れだった。
啻の子供として扱われるのも、心地好いと惟えた。
謾られるのも 気にならなければ、優しさを向けられても 見ず知らずの者達に好意を寄せられても、厭な気はしない。
人攫いや 追い剥ぎに襲われようとも、貴族達に囲まれた時-程の嫌悪感はなかった。
権力や 家柄に群がる者達よりも、外界の魔物のほうが 渺かに良い。
スピネルは、いつでも そう惟っている。
《 魔物のほうが、本当にマシだよ。》
遠い眼で 呟いた言葉は、声にならなかった。
短い時間とは云え、数年前の出来事を鮮明に思い出していたスピネルは 逃避していた現実へ視線を戻す。
彼の前には、未だに頭を下げたまま 絨毯の左右に列を作っているメイド達と『出迎えは罷めろ』と言っても聆かない 壮年の執事がいた。
数時間前と同じ光景に、惟わず 遠い眼になりかけた。
《 明日には、国を出よう………うん、そうしよう。》
此処にいるのは精神的に良くない などと惟いながら、スピネルは 歩き出した。
過去の騒動を思い出したせいか、会いたくなった者もいる。
遠くに住む友人に会う事を目的に、再び 旅に出るのも悪くはない。
深々とした御辞儀など辛い姿勢だろうに 微動だにしないメイド達の間を進みながら、そんな事を決意する。
この スピネルの惟いに気付いたのか。
数歩 後ろを附いて来た執事が、不意に 声を掛けてきた。
「お出掛けは、書類の精査を済ませてからでございますよ」
釘を插す言葉に、少年は 軽く舌打ちをした。
とてもではないが、公爵の地位に就いた者が執る態度ではない。
しかし、これについて この執事が諌めの言葉を発する事はない。
間違いなく耳に届いていただろうに、である。
「ユークリッド様に於かれましては、公爵としての勤めも果たしていただかなくてはなりませんので」
睨む様に振り皈ったが、苦言とも取れる言葉を投げ掛ける執事は 恭しく頭を下げるだけだ。
つい 4時間前にも睛にした光景だ。
帰国し 涜れを落とし着替えたスピネルの許にやって来た執事は、軽食を喰べている間 ずっと小言を繰り返していた。
この執事は、主人であるスピネルに対し 恭しい態度を執るものの、その実 主人として扱ってはいない節がある。
所謂、慇懃無礼と云うヤツだ。
《 だったら、普通に叱ればいいのに。》
何度も そう言うが、この執事は 態度を改めない。
それに倣ってか、城の誰もが 少年に対する態度を改めない。
雇っているのは スピネルであると云うのに、実質的な支配者は、間違いなく この執事なのだ。
その彼が、毎回 この態度では埒が開かない。
或る種の厭がらせなのだろう、と惟う事で 早急な改善は諦めているが、微妙に肚が立つのは 致し方ない事実だ。
「お判りでしょうが、この街の統治は ユークリッド様の責務でございます」
壮年の執事は、前を歩く少年を そう聘んだ。
10代前半にしか見えない この少年の名前は、ユークリッド=スピネル=サルヴァドル。
この城の建つ湖の周辺を、公爵と云う身分になると同時に 領土として与えられていた。
随って、リンデンベルク王国の公爵の 1人にして〔湖の街〕を治める者……と云う事になっている。
実質的には、国を離れる事の多い彼は 自治権を町長に一任し、町長から 報告だけを受け取る形にしている。
当然、綜てが事後報告だ。
それでも、サルヴァドル公爵として やらなければならない事は尠くない。
《 だから 要らないって言ったんだ。》
領地の付与も 権限も、公爵と云う地位や 城・使用人達も、これっぽっちも希んでいなかった。
今も 要らないと惟っている。
どれもこれも、スピネルを この国へ縛り付ける為、強引に与えられたに佚ぎない。
それだけに『領主の責務だ、公爵の領分だ』と云われても、気が乘らないのだ。
「執務室へ 綜て揃えてございます。精査して頂くまでは、決して お出掛けになられません様」
執事は、慇懃に そう告げた。
それは、どんな手段を用いてでも 外出を阻止してみせる、と云う意味に聴こえた。
穏やかな微笑を泛かべている執事が それを実行する男だと判っているだけに、拒絶の言葉も出ない。
《 俺、虐げられていないか? 》
そう惟うも、確かめる言葉は出なかった。
Yesと答えられても Noと言われても、何某かのダメージを受ける気がしてならなかったからだ。
《 此処、一応 俺の家なのになぁ。》
スピネルは、頭の中で ぼんやりと そう惟った。
躬ら『一応』などと付けている時点で、この執事に剋てないと認めている様なモノだった。
スピネルは、撰り重くなった趾取りで執務室へ邀いながら 長大息を咐くのだった。
コメディーって、どう書くんだろう(泣)
コメディーにしたかったのに、何故か ならない……。
スピネルを主人公に コメディー……。
ワタシのレベルが足りなさすぎる。
コメディー読むの大好きなのになぁ……。




