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実体はないが、無邪気な子供のようなリサとのままごとのような生活。
ケインの中でその存在感は増すばかりで、今までにはなかった充足感の一方、やはりその声を聞けないこと、その熱に触れることができないことは、空虚な一人遊びを連想し、時々どうしようもなく淋しさを感じた。
思いの差に、その存在がいつ失われてしまうかわからない恐怖に、押し潰されるような日々だった。
二人だけど、一人。一人だけど、二人。
そして、ただ眠り続けるリサの本体と思われる女性。
おそらく初めて感じる己の感情の降り幅の大きさや、ともすれば、安寧な日々がもたらす幸せとそれが失われる恐怖。相反する感情に振り回され、リサにその思いの丈をぶつけてしまいそうな自分を、ケインはなんとか抑えこんでいた。
その安寧が破られたのは、暖かい日差しに雪解けが進み、春の足音を間近に感じた日だった。
踏みしめられて固くなった雪の絨毯は未だそのままだが、木々に積もった雪は殆ど溶け、今は滴となってケインの頭上を濡らす。
不可思議なリサとの生活は、出逢いの日から太陽の浮き沈みを三十ほど数えた日に、転機が訪れた。
前兆などはなく、その日もそれまでと同様にリサと過ごしていた。
太陽が沈みゆく、その時までは。
窓越しに見えていた日が傾き、暗く陰り始め、これまでと同じ日が続くと思えたその時、ケインは防具の手入れをやめ、いつもと同じように夕食の支度をしようと視線をあげ、傍に居るはずのリサを視界に捉えようとした。
だが〝ケインの知るリサ〟をその瞳が捉えることは、叶わなかった。
ケインの瞳にかろうじて写ったのは、昼と夜の境で薄闇に包まれゆくのを窓越しに見つめていたと思われるリサの残像、だった。
陽炎のごとく形をとらず揺らぐそれは、既に〝リサ〟として形状を保っていた存在とは呼称できないものと成り果てていた。
そして夜の帳が降りる頃、跡形もなく〝それ〟は消え失せた。
同じだった。
今日も昨日と同じく、このまま明くる日を迎えられるのだと思えた、その時だったのだ。
やはり、まやかしの日々でしかなかった。
夢を見ていたのだ。
長い長い偽りの夢を。
ケインは己から急速に色と温度が失われていくのを感じながら、立ち竦むことしかできない自分に、そう言い聞かせる以外の術を知らなかった。
この安寧の日々が続くことなどない。
分かっていた。理解していたはずだった。頭では。
感情が、心がこんなにもリサに惹かれていた。
自分を彩る全てが、リサがもたらした色を纏っていた。
それを失って、どうして平静でいられるだろうか。
心が引きちぎられそうな感覚のなか、直視できず、現実から逃れるため重い体を動かし、いつの間にか慣れた即席の寝台に横になる。
明くる日目が覚めたら、リサと出逢う以前の生活に戻るだけだ。単調な日々に。ならせめて夢の中で、と愚かな期待を抱きつつケインは目蓋を閉じた。
瞳を閉じても尚薄れないその姿に、伝う涙。
長じて初めて感じるその滴と共に意識が沈んでいく。
儚い夢が終わった。
ただ、ただそれだけのこと。
ただ、それだけの……。