1章
ここは、剣の大国フロストゲイトと魔法の大国アルストライアとの国境に近い山中。
俺は、部下を引き連れその山中を行軍していた。
幾度となく戦が繰り返されたため、人が踏み固めて行った後が道となり、人が横に5人並んで通れる程の広さがある。
この2つの大国は、山を境に2分されているため、山そのものが国境のような扱いになっている。
ようは、この山は空白地帯なのだ。どちらの領地でもあり、どちらの領地でもない。
2大国は中が悪い。いつからなのかわからないが、この山の領有権を巡って争っているとも、お互いの気質の問題で争っているとも、いろいろ伝承としては残っている。
俺自身は、そんなに歴史に興味もなく、ただ生きるためにここにいる。
できることなら、争いはやめてほしいし、仲良くできるならそれに越したことはないと思っている。
「隊長」
「ん?」
振り向くと、部下が目配せをした。
手で合図を送り行軍を止める。
今まで黙々と山を登っていた仲間は、ピタリと歩みを止める。
まあ、たかだか6人の部隊だ。これで足並みが揃ってなかったら生きて帰れない。
部下――アトラスという名の青年は、俺の隣にくると耳元に顔を寄せた。
アスタルは、俺より少し年が若く、結構甘い女受けしそうな顔立ちをしていて、やわらかそうな金髪がそれに拍車をかけている。
腕は悪くなく、周りに気を配って異変を察知してくれたように。
「前方右の森の中――」
視線をさっと走らせるも、特に異常はないように見える。
が、微かな殺気にも似たものが感じられる。
「来るぞ、構えろっ」
叱声を放ち、俺は森の中へ踊りこんだ。
部下達も心得たもので、それぞれ森の中へ入り俺の後をついて走る。
それが合図であったように、今まで立っていた場所で爆発音が響き渡る。
バラっと木陰から人影が幾人もでてきた。
一番近いやつまで、15メートルほど。
黒のローブを纏った敵は俺を見ると後ろにステップを踏みながら手で印を刻んでいる。
そいつを中心に円形の光が広がり、みたこともない模様が描き出されていく。
それを見ながら一気に距離を詰め、そいつを剣で袈裟がけに一線切り捨てた。
断末魔の悲鳴を上げながら、倒れていく。そいつのまわりに輝いていた模様もうっすらと消えていく。
さっと目配せをすると、敵は後退していっているようだ。
何人かは地に討ち捨てられているようである。
「深追いするなよ」
部下に聞こえるように声を張り上げ、剣を振って血を飛ばし鞘へ収めた。
「負傷者は?」
「誰も」
頷く。
山道に戻ると、ポツっと水滴が顔にあたった。
空を見上げると、青かった空が、黒い雲に覆われていた。
「くるな」
部下達も空を見上げていたようで
「ですね。どこか雨宿りできる場所があるといいんですけど」
アトラスが眉をハの字にして空に手を翳した。
「戻るか。どうせこのまま進んでも大した戦果もあがらん。あちらさんに少しでも被害が出たんだからそれでよしとしておこう」
「了解しました」
森の中に視線を向け、短く黙祷を捧げる。
人が死ぬのは、敵にしても味方にしても、やはり嫌なものだ。
自分が殺したのであったとしても。
俺達は駆け足で下山を始めた。
21時を回った頃に、ようやく一番近くの村へ辿りついた俺達はそのまま宿を借りた。
今は、深夜もとうにすぎ、2時を少し回った頃。
俺はベッドに座り空を眺めていた。
窓を開け放っているため、冷たい風が頬を撫でていく。
この争いは無意味だ、と。
何の為の遠征なのか。
本体が来て、大きな戦を繰り広げるわけではない。
こんなただの小競り合いに一体どんな意味があるというのか。
ただ、死ぬ為に遠征をしているような気がしてくる。
目を閉じて、出征前を思い出す。
王都フロストゲイト 国と同じ名前を抱いた都市だ。
俺は部下を5人持つ小隊の部隊長だ。部隊長は何人いるか、俺は知らない。いすぎて数える気にもならない。
部隊は、さらにその上の小隊をいくつも束ねる隊長がおり、そのさらに隊長たちを束ねる将軍がいる。
確か、隊長は5人、将軍は3人・・・だったはず。
出征の話は、俺の上官であるミズイ隊長が持ってきた。
ミズイが来たのも、確か夜だった。
宿舎の自室で酒を飲んでいた時、ノックがした。
足音を殺して歩いてきているのは知っていたが、俺に用があるとは思っていなかったため少し驚いた。
「・・・どうぞ」
ドアが開くと、そこに立っていたのはミズイだった。
「ミズイ隊長・・・」
俺は礼をとるため、立ち上がろうとしたが
「いい」
手で制し、部屋の中へ入りドアを後ろ手にドアを閉めた。
「ふむ、俺も構わんか?」
彼の視線は飲んでいた酒に注がれている。
酒、好きなのか。
上官と飲むことなどないため、彼について新たに情報を追加する。どうでもいい情報だな・・・
「どうぞ」
俺はグラスをひとつ追加すると、ミズイに酒をついだ。
「すまんな」
ミズイは一気に酒を煽った。
これ、結構強い酒なんだけどな
「実は頼みがあってな」
「頼み、ですか・・・?」
「んむ。遠征だ」
ミズイの目が光った気がした。
「・・・どこに、ですか」
「山だ。越境しても構わん。掃討してこいとのことだ」
コツコツと机を指で叩きながら、ミズイは俺を推し量るように見ている。
「・・・わかりました。早朝発ちます」
「他の部隊もいくつか行かせる。一緒に行動する必要はない。好きに行動しろ。ゲートは5番だ」
「は」
簡単にその場で礼をする。
それに頷くことでミズイは返した。
出て行くのかと思ったミズイは、自ら酒を注いだ。
「堅苦しいのはこれくらいにして、少し話さんか」
「・・・は?」
「お前とゆっくり話したことはないからな」
そんな間柄でもなかったので、当たり前といえば当たり前だ。
俺も自分のグラスに酒を注ぎ足し、肯定の意を示した。
「お前はおかしいと思わんか。なぜこんな無意味な命令が下るんだ」
ミズイは決して反戦論者ではない。むしろ好戦的な立場をとっている。
「無意味、とは・・・つまり、小競り合いのことですか」
「あぁ。ただの人材の無駄だ。そう思わんか?」
「そうですね・・・、大隊を組んで攻撃するほうが効果的な気がします」
「そうだろう?なぜこんなことをする必要がある。これに何の意味がある。つまらん」
どうも、愚痴が言いたかったようだ。
ミズイもストレスがたまっているのだろう。
それからミズイの愚痴がしばらく続き、彼はそのまま酔いつぶれて寝てしまった。
そこまで思い出して、目を開ける。
蒼と赤の月が窓から見えた。
不思議な色彩で世界を彩り、淡く輝く世界はとても美しいと思った。
世界は血で濡れていたとしても。
精霊の息吹を感じる。
世界はこんなにも綺麗なのに、なぜ争いは絶えないのか・・・
数日かけて王都へ帰還した。
部隊を解散させてから、俺はミズイに報告する為部屋を訪れた。
宿舎ではなく、上官が詰めている執務室の方だ。
ミズイの部屋の前までくると、衛兵が2人扉の前に立っていた。
厳重なことだ・・・
「172番隊長ジンです、ミズイ隊長に取り次ぎ願いたい」
身分証であるバッジを見せると、
「入って来い」
声が聞こえていたのだろう、ミズイの声がした。
衛兵は扉を開けてくれた。
手で謝意を伝え、部屋へ入ると執務机に頬杖を突いたミズイがいた。
あの日から、少し頬がこけているようが気がする。
いつも綺麗に後ろに流している短めの髪が、少しよれっとしている。
留守にしていた1ヶ月あまりの間に何があったというのか。
敬礼をすると、ミズイは頷いて先を促した。
「172番隊、ただいま帰還致しました。山中にて敵の1部隊と遭遇、戦闘になりましたがこちらに負傷者はありません。敵部隊に数名の死者が出ましたが、殲滅はしていません」
「ご苦労」
俺は再度敬礼して部屋を出て行こうとしたが、呼び止められる。
「待て」
「はっ」
ミズイを見ると、瞳に疲れた色を宿して俺をみている。
「他の部隊と会ったか?」
「いえ、遭遇しておりません」
「俺の隊から3、他の4隊からも3部隊でているんだが・・・」
「・・・誰も帰ってきていないんですか」
ミズイは頷いた。
王都から山まではおよそ10日ほどの行軍だ。往復で20日。出発してからおよそ34日。
遅いといえば遅いが、別段終わりがある命令ではなかった為、そこまで気にすることもないように思う。
が、もしかして・・・
「定期連絡が途絶えていますか」
ミズイはまた頷いた。
長期に渡って遠征にでる場合、7日に一度定期連絡を入れることが義務付けられている。
俺もこれに従って生存報告だけは入れていた。
まあ、村や町でしか頼めないためずれが生じるのは仕方がないので数日のずれは日常茶飯事だ。
「どの部隊も、もう20日はとれておらん」
20日というと、山中に入る前までは生存していたことになる。
山中に入ってから、全滅したのか・・・?
全部隊?
そんなにたくさん敵の部隊が隠れていたのか?
もっと、捜索してくるべきだったのかもしれない、と少し後悔した。
「下がってよい」
「はっ」
敬礼して、部屋を出た。
その晩、またミズイが部屋を訪れた。
「入るぞ」
俺はまた酒を飲んでいたため、ノックもされず開かれた扉に少し驚いた。
また俺の部屋に、しかもノックなしで来るとは思ってもみなかったので。
「もう入ってるじゃないですか」
敬語は崩さないまでも、もう敬礼する気にもなれない。
ミズイはずかずかと入ってきて、棚からグラスをとって俺の目の前の椅子にどかりと腰をおろした。
勝手に酒をつぎ一息に煽った。
どこかで見た光景だな、おい。
そんなことを考えていると、不意にミズイがずいっと俺との距離を詰めた。
「・・・俺そんな趣味ないですよ」
体をひいて、距離を少し開ける。
「気にするな、俺もない」
だが、ミズイは俺が体を引いた分、きっちり詰めてきた。
なんなんだ。
眉根を寄せてミズイをみると、近距離で視線が合う。
「お前を、今度王が呼ぶ」
は?王?
「王が、お前に直接会いたいと」
「王が、ですか・・・?」
「そうだ」
「なぜ?しがない一部隊の俺に?」
「興味をもたれたようだ」
ミズイは、詰めていた距離を戻し、また酒を煽った。
「・・・運がよかっただけですよ。戦闘も1度だけ。あとは山の中を散歩してただけです」
「かもしれん。今回は山中にいくつかある入り口に、それぞれ部隊をわけたからな。どこかに偏っていたのかもしれん」
手の中のグラスへと視線を向け、グラスの中の酒をくるくるとまわしている。
「魔法とは厄介なものだな。術者に近づいてしまえばなんてことはないんだが・・・」
言いたいことはわかる。行使される力は絶大だ。当たれば一瞬で命が終わる。
「だからこそ・・・」
「偶然ですよ」
俺はミズイの言葉を遮った。
アトラスに言われる前から、潜んでいたのは知っていた。
精霊が騒いでいたし、流れを感じることが出来る俺には隠れていることが事前にわかった。
ただ、それを馬鹿正直に伝える必要はないし、危険が伴う。
この国では、特に。
どのタイミングで行こうか悩んでいたら、アトラスがその契機をくれたわけで、先制をしかけることができた。
本当に運がよかったのだ。
「まあ、いい。明日だ。覚悟しておけ」
ミズイは最後に酒を煽ってから
「あの日のような失態はおかさんっ」
と言い捨てて部屋を出て行った。
失態だったのか。
ミズイが出て行った扉をぼけっと眺めていた。
翌日。
部下には昨日帰還したばかりだから、と休暇を出していた。
天候は晴天。
しかし、俺は朝から城の訓練場に来ていた。
王の謁見があるらしいので遠くに行くわけにもいかず、かといって暇を持て余すのももったいない。
訓練場には、他にもちらほらと人影が見える。
演習にきている部隊もいるようで、まばらながらも賑わっている。
俺は訓練場の端まで歩いていくと、声をかけられた。
「隊長!」
振り向くと、アトラスがいた。
「お前、休みだろ?何してんだこんなとこで」
「剣の練習をしようかと・・・」
木刀に視線を移して、恥ずかしそうに俯いた。
こういう所はかわいいと思う。女がいたら、間違いなく黄色い声援がとんでくるだろう。
しかし、俺にそんな趣味はない。断じてない。
「あの、稽古つけてもらえませんか」
「あぁ、時間が許す限りは構わん」
「ありがとうございますっ」
そんな喜ばなくても・・・
俺に稽古つけてもらったところで大した足しにもならんだろうに。
嬉しそうにしているアトラスに水をさすのも悪いので、黙って木刀を手に取った。
「はじめるか。試合でいいか?」
「はいっ」
アトラスは素直に木刀を正面に構える。
「いつでもいいぞ、かかってこい」
対して、俺はだらっと横に木刀をさげたままだ。
アトラスは、呼吸を整え叱声と共に一気に距離を詰めてきた。
1合、2合と打ち合っていく。
アトラスの攻撃は、鋭いが決して重くない。
「攻撃が軽い。あと、振り抜いたあと隙ができてるぞ」
木刀で攻撃を防いだ後、流れるようにそのわずかな隙に攻撃を叩き込む。
アトラスは後方へ飛ばされ、着地するも息を切らして膝をついた。
「大丈夫か?」
「はっ、はっ、だ、大丈夫ですっ」
膝が先ほどの攻撃で震えていたようだが、息を整え、また距離をつめてきた。
また打ち合いを始める。
先ほどよりも斬撃に重みが増している。
「ん、こっちが留守がちだ」
俺は剣を受け止めながら、足を払うように蹴りを入れた。
「うわっ」
アトラスは急に足元を掬われバランスを崩して地に倒れた。
それでも転がって片手をついて飛び起き体制を直した。
「まだっ」
あれから稽古をつけはじめ、1時間が経とうとしていた。
アトラスの息はあがりきっていたが、稽古をやめる気配はない。
華奢な体つきをしているが、わりに胆力はあるな・・・
視線だけ周囲に向けると、気がつけば俺達を囲むように遠めに円形で人が集まってきていた。
・・・暇人が多いもんだ。
そんなことを考えていると、訓練場の入り口から、身なりのよさそうな人物がこちらにむかって歩いてきたのが視界の端に移る。
手でアトラスを制し
「今日はこれで終了だ」
「ありがとう、ございましたっ」
その言葉を最後に、アトラスは地に体を投げ出した。
ふわふわの金髪が汚れることも気にしていない。
まあ、もとより気にする性質の人間ではないが。
「ジン殿」
人垣をかき分けて、使者とおぼしき人物が声をかけてきた。
金糸の刺繍の施された、いかにも金のかかってそうな衣装を纏った貧弱そうな男だった。
おしゃれなのか、ちょびっと生やした髭がなんとも似合っておらず浮いている。
「少しよろしいか」
そういって、訓練場の外へ向かって歩き始めた。
俺もならって、そいつの後についていった。
外に出ると、使者は向き直り
「王がお呼びである。謁見の間までご足労願いたい」
王の勅令書をピラっと誇らしげに俺の目の前に掲げ、胸を張ってそう言った。
「あぁ」
使者は、うむ、と頷くとついて来いと言わんばかりに背を向けて歩き出した。
使者と共に、謁見の間へと移動していく。
王城の中を歩いていると、チラチラとこちらを見て話をしているメイドをみかける。
無視していたが、あまりに進む度にコソコソされるため、なんなんだとメイドをじっと見てみた。
すると、メイドたちは顔を赤くしてそそくさと去っていくではないか。
訝しく眉をひそめ、使者と少し距離が空いてしまったため足を速める。
謁見の間とはこんなに遠いのものなのか?
いくつ角を曲がったのか、どれだけの部屋を通りすぎたのか、もう数えるのも馬鹿らしくなる程歩いた頃、一際大きな扉が目の前に現れた。
「ここである。帯剣は許可されておらん。そこの衛兵に預けるように」
首をすくめ、自分の剣を衛兵に預けると、
「開門ー!」
扉が、ギギーっと音をたてて両開きにゆっくり開いていった。
正面に玉座が見える。
その間の床を赤いビロードの絨毯が敷かれ、その両脇を衛兵・・・というか、王直属の護衛が等間隔で槍を構えて立っていた。
玉座までおおよそ50メートル。
使者は入り口で礼をして去っていった。
俺はそのまま中へ入る。しばらく歩くと、扉が閉じる音が重厚に響いた。
気にせず、玉座に近づいていく。一歩一歩近づくたびに、肌にピリピリした空気が纏わりつく。
緊張とはまた違う、この感覚は・・・・・・
玉座の5メートル手前で護衛兵が止まるよう指示した。
片膝をついて、頭を下げる。
「172番隊部隊長、ジン リストリア 参りました」
「うむ。表を上げよ」
方膝をついたまま、顔を上げて王を見る。
「此度の遠征、真にご苦労であった。次回もそなたの働きに期待している」
王の目が怪しく光った気がする。
もちろん、本当に光を放ったわけではない。ただ、意識がどこかに持っていかれるような感覚に襲われる。
抗い踏みとどまりながら
「はっ、ご期待に添えるよう邁進する次第」
王は頷くと、高らかに声を上げた。
「さあ、我らの敵を滅そうではないか!軟弱なあやつらに、我らの力を思い知らせてやるのだ!」
「おー!」
立っていた護衛兵達が槍を突き上げて、狂ったように唱和している。
戦の合図、というわけではなく、鼓舞しているだけのようだが、これではまるで戦を楽しんでいるようだ。
王とは、こんな人物なのか・・・?
俺はこの熱気にのることが出来ず、失礼がないよう礼をしてその場をやり過ごした。