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クラップチキンのような午後

作者: 魚の卵

 男が机に突っ伏していると、彼女に思い切り頭を叩かれた。

「いってえな、何すんだよ!」

 そう彼女に怒鳴りつけるが、相手も威勢良く返す。

「それはこっちのセリフ!彼女が仕事のグチ吐いてる時に居眠りする彼氏がどこに居るか!」

「それもそうか」と男は一瞬黙ったが、首を振ってその考えを振り払うとおもむろにこう叫んだ。

「違う!俺は居眠りしてたんじゃない! 

 その、俺はその……、ちょっと幽体離脱してただけだ!」

「はぁっ!?」

 場が静まり返った。コンクリートの壁に彼女の声が空しく響く。

 男はゆっくりと口を動かした。

「だから、俺は寝てたんじゃない。幽体離脱していてたんだ」

「幽体離脱? 何よそれ!」

「何だお前、幽体離脱も知らないのか? 

 いいか、幽体離脱っていうのは人間の本体である魂が器である肉体から抜け出すことで日本各地、

 いや世界各地に経験者が居る霊的現象で……」

「そんぐらい知ってるわよ、馬鹿! 

 そうじゃなくて私が言いたいのは、どうせならもっとまともな嘘つきなさいってことよ。

 このアホ、スカポンタン!」

 そう彼女がメスライオンのように怒鳴ると、普段は温厚な男が珍しく怒りのオーラを放ってきた。

「俺は別に嘘なんかついていない。本当に幽体離脱していたんだ」

 これにはさすがの彼女も勢いを削がれた。

「な、何よぉ。証拠でもあるっていうのぉ?」

 そう言われると、さすがの男もため息をついた。

「確かに証拠はない。でも俺が幽体離脱している間に体験したことについて語ることは出来る。

 話してもいいか?」

 彼女は思わずうなずいてしまった。





 まず俺は気がつくと真っ暗闇の中に居た。どこを探しても一筋の光も無い、本当の暗闇だ。

 でも不思議なことに、俺は自分の手や足はしっかりと見えていた。他は何にも見えないのに自分の体だけはちゃんと見えていた。おかしいだろ?

 とりあえず俺は歩くことにした。ここがどこなのかはてんでわからない。だからこそ見えない地面を踏みしめて歩いた。歩け、さすればその道の全てが見えたり、ってどっかの詩人が言ってたけな。

 そんなこんなで歩いていると一つの人影が見えた。他はちゃんと見えないのにこいつの姿はしっかりと見えた。ここに来てから初めて会う他人だったから俺は嬉しくなって思わず手を振った。

「おーい」

 言ってから俺はしまったと思った。相手は人ではなかった。こう……、何ていうか……、わかりやすく言ってしまうと、その……。そう! 紫色の煙が黒いローブを着て大きな鎌を持っている、ってとこだな。

 相手は俺に気づくと、ふらーふらーとゆっくり近づいてきた。

 俺は逃げたくなった。でも逃げられなかった。だ、断じていうが決して怖かったからじゃないぞ! きっと俺は知っていたんだ本能で。あのローブを着た紫色の煙が敵ではないことに……。

 そいつは俺のところに長い時間をかけて辿り着くと、人なら口がある部分の煙をゆらめかせて言った。

「あなた、人間ですか?」

「ああ、一応」

「やっぱり、そうですか」

 しばらくの間そいつは考えこむようなポーズをとったがしばらくして俺のほうをしっかりと向いてはっきりとこう言った。

「おっと、それから言い忘れてましたが私は人間ではないですからね」

「そんなの見ればわかるよ」

「おお、ならば良いのですが。なにぶんここに来る方々は感覚に変調をきたしてることが多いのですよ」

「ふーん、そうなのか」

 それからしばらく俺達は黙りこくった。その沈黙の中で俺は重大なことを訊いていないことを思い出した。

「ところで、ここは何だ? お前は誰だ? 俺は帰れるのか? 

 あー、そういえば今日午後から踊る大捜査線の再放送があんだよ、連ドラの時のやつ。

 ちょうど雪野さんが逮捕されそうになってそれを青島が助けようとする回なのによぉ。

 あーあ、こんなことならやっぱり朝ビデオの予約しておくべきだったぜ」

「まあまあ、落ち着いて落ち着いて。とりあえず順を追って説明しますよ。

 はい、まず訊きたいことは?」

「お前は誰だ?」

「私は、ぎゅうにくのおひたし」

「は?」

「まあ、人の言葉でいうところの『死神』、ですかね」

「ふーん、じゃあここは?」

「ここは、ポークビーチ」

「へ?」

「まあ人の言葉でいうところの『あの世とこの世の境』ですかね」

「ほー、ん? 死神? あの世とこの世の境?」

 俺が確認するように呟くと、あいつは煙で出来た首を縦に振った。

「えー!」

 俺は生まれて初めての恐怖を味わった気がした。

「ここは生と死の境でお前は死神、てことは、てことはだ。つまり俺は死んでしまったてことか?」

「いいえ、まだ死んではいません」

「それはこれから死ぬってことか? 死ぬってことなのかぁー!」

 俺が死の恐怖を全身で表わしていると、突然死神が俺にボディブローをかましてきた。煙の腕のくせにけっこうきた。

「いいから人の話は最後まで聞く!」

「はい……」

 死神はやけに怒っていた。思えばあいつが持ってる大鎌ではなくパンチが飛んできたのは不幸中の幸いだった。

「確かに私は死神でここはあの世とこの世の境! 

 でもあなたまだ死んでないし、少なくとも当分は大丈夫! 

 魂のプロである私が言うんだから間違いない。わかった?」

「は、はぁ……」

「それで重要なのはここから。

 じゃあ何で死んでないあなたがこんなところに来てしまったのか。

 それは、今あなたがクラップチキンだからです」

「ク、クラップチキン?」

「まあ人の言葉でいうところの『幽体離脱』ですかね」

 その死神の一言で、俺はやっと納得した。何故俺がこんなところへ来てしまったのか。なのにまだ生きているのか。しかし俺にはまだ一つ大きな不安が残っていた。

「ところで俺、帰れるのか?」

 俺がそう言うと死神はローブの胸部分を、おそらく紫色の煙で出来ている体ごとのけぞらし、自信満々に答えた。

「大丈夫です。私が責任を持ってあなたを現世へと送り届けます」

「そりゃ良かったぁ」

 しかし安心したのも束の間、突然強い風が辺りに吹き荒れた。

「大変です! これは『てんぷらののこりかす』ではないですか!」

「てんぷらののこりかす?」

「これに吹き飛ばされたら二人離ればなれになってしまいます。さぁ、私につかまって!」

 しかし煙の体につかみどころなどあるはずがない。俺はあっというまに『てんぷらののこりかす』にさらわれた。



 次に目覚めたのは明るい太陽の下だった。どこかの地面に寝転がっている。試しに腕を動かしてみたらやけにちくちくする。しばらくして、それが芝生であることがわかった。また歩いてみれば誰かに出会えるかもしれない。だが俺はそうしなかった。さっき自分を助けてくれると言った死神とはばらばらになってしまった。もう帰れる保証などどこにもない。俺にはもう、動く気力は残っていなかった。

 それに何故わざわざ動く必要がある?ここは温かくて気持ち良いし芝生からはきっとマイナスイオンが出てる。まるで天国じゃないか。

 そう思ったのも束の間、頭蓋骨に衝撃が走った。えも言われぬ痛みだった。俺はしばらく呻いた後、辺りを見回した。特に俺に危害を加えそうな人は居ない。だがよくよく両手で芝生を触っていくとあった。ゴルフボールだ。飛んできたこれが俺の頭に当たったのか。それにしてもこんなのを俺に当てるなんてけしからん。いや、待て。こんなところで寝ていた俺が悪いのか? そもそもここはゴルフ場か何かなのか?

 俺が考えあぐねていると誰かの足音が聞こえてきた。一人ではなく何人か居るらしい。おっさんの話し声のようなものもする。

「いやぁ、ナイスピッチングでしたよ。よっ! さすが! 日本一!」

 本心からでないお世辞だということが俺でもわかった。だからなのか話し相手は不機嫌だった。

「君はあんなのがナイスピッチングだと本当に思っているのか。ふん! だとしたら君の目は節穴だな」

「またまたぁ、ご謙遜を」

「謙遜などではない! あれは私の人生で最悪のピッチングだ」

「そこまでご自分を卑下なさらなくても……」

「違う! 卑下などして……」

 不機嫌な男はそこまで言いかけて止めた。俺と目が合ったからだ。

「何だ……、この男は」

「そうですねぇ、人の話を立ち聞きするなんて悪い奴ですね」

「君には訊いとらん!」

 男はもう一人の男をぴしゃりと撥ねつけた。

 俺は改めてこの集団を見た。

 人数は三人。さっきからごますりに必死なほうの男は背が低く小太り。不機嫌なほうの男はがっしりとしていて体格が良く、口元には立派なひげをたくわえていた。俺はあまりこの男に良い印象を抱かなかった。何故ならそいつは見るからに高そうな時計をこれ見よがしにつけていたからだ。

 そして最後の一人は女だった。まだ若い。小柄で髪はショートカット。俺を見ても特に動じることなくつんとすましていた。

 大柄な男はじーっと俺を見ていたが、突然思い出したように言った。

「お前人間か? 人間なのか?」

 まるで腫れ物に触るようなその言い方がうざったかったので、俺はわざと乱暴に答えた。

「ああ、そうだよ。悪いか!」

 すると、やはりというか男は怒った。

「貴様、私に向かって何たる口の聞き方だ!」

 ついでに小柄な男も言い返した。

「お前、お前なあ、この方が誰か知っているのか?

 この方は文房具界の頂点に立つシャープペンシルの神様であらせられるぞ!」

 この一言に俺は度肝を抜かれた。こいつがシャープペンシルの神様だって?

 確かに人間でないことには薄々気づいてはいたけれど神様だったなんて……。それにしてもこんな奴が頂点だなんて文房具界もたかが知れている。

 俺が呆気にとられていると、奴ら神の威光にびびってると勝手に解釈して話を進めた。

「ほら、びっくりしただろう! だから早くシャープペンシル様に謝れ!」

「何で俺が謝んなきゃいけねえんだよ!」

 すると小柄な男は打って変わって得意げな表情になった。

「ほうー、いいのかな? この方を怒らせると怖いぞー。

 もう二度と文房具が使えなくなるぞぉー」

「うっ……」

 これは効いた。俺は何も言い返せない。

 生きていれば文房具を使う機会は多々ある。それらが全く使えないのは不便極まりない。通常の社会生活を送るのはまず不可能だと言っていい。それに相手は一応神様だ。その気になればそんなことも出来るのだろう。たぶん。

 俺は素直になった。

「その……、乱暴な口の聞き方してすいませんでした……」

「それだけではないだろ?」

 小柄な男が詰問するように言った。

「他に何があんだよ!」

 俺が叫ぶと小柄な男も叫んだ。

「とぼけるな! 

 お前がここに居たせいでシャープペンシル様のナイスピッチングがバッドピッチングになってしまったではないか!」

「知らねえよそれは! こんなところに飛ばしたあんたらが悪いんだろ!」

「何をー。ここまで来てまだしらを切るか」

「うっせぇ!」

 俺と小柄な男が殴り合おうとした時だ。

「待て」

 強く威厳のある声でシャープペンシルの神が止めた。

 さすがに部下の横暴を許せなくなったのだろう。何だこいついい奴じゃん。俺はそう思った。だがそれは間違いだった。

 シャープペンシルの神は横に置いてあったゴルフバッグからクラブを一本取り出してはつかつかと俺に近づいた。

「君がわざわざ手を下す必要はない。この男は私がやる」

 そう言ったかと思うと、クラブを勢い良く振り下ろした。

  もう駄目だ、避けられない。俺はここまでなのか――。

 思わず覚悟して目をつぶった。

 そういえば俺は幽体離脱している最中だった。幽体離脱している時に死んだらどうなるのだろう。せめて死ぬなら今日の踊る大捜査線の再放送見てからにしたかった……。あと冷蔵庫のプリンも朝のうちに食べてしまえばよかった……。

 そんな未練がましいことをせっかく考えていたのに、俺が死ぬ気配は一向になかった。

 何が起こったのか。

 俺は勇気を出しておそるおそる目を開けた。

 時間が止まっていた。

 シャープペンシルの神はゴルフクラブを振り上げ怒りの形相を浮かべたままだし、小柄な男はその横に立ち尽くしている。

 一ヶ所だけ、さっきと違う点があった。

 シャープペンシルの神の腰にさっきからずっと黙っていたショートカットの女がしがみついていた。あいつの動きを止めるためにそうしているのだろう。顔は悲痛で歪んでいる。

 女は俺と目が合うと大声で叫んだ。

「何ぼーっとしてるの! 早く逃げて!」

 耳をつんざくような女特有の甲高い声にはっとさせられた。

 俺はすぐにゴルフクラブの射程圏内から抜け出した。

 その直後だった。シャープペンシルの神は全身を使って両腕を振りまわした。その衝撃で女は吹き飛ばされ芝生に転がった。

 女は地面で打ったのか腰をさすっているがあいつはそんなこと気にしようともしない。それどころか、こんなことさえ言い放った。

「ふん、自業自得だ。私の邪魔をするからこうなる」

 その声はとてつもなく威圧的だったが女は動じない。むしろこう言い返した。

「何よ! 丸腰の人間をゴルフクラブで痛めつけようとした男が威張らないでよ!」

 この発言が癪だったらしい。シャープペンシルの神の顔がみるみるうちに怒りに染まっていく。

「私の庇護がなければ生きられない虫ケラが偉そうな口を聞くな!」

「うるさい! 偉そうなのはあんたのほうよ! 

  私はあんたなんか居なくたって生きていけるわ!」

 この言葉に今度は小柄な男が怒りに震えた。

「おうぃ、消しゴムの神や! この方はシャ-プペンシル様だぞ、口を慎め!」

「お黙り! 偉い奴の蜜を吸うしか能のないぺーぺーが! 私にはこいつなんていらない。

 そう……、あの人さえ居れば……」

 俺には全くもって話が見えなかった。とりあえず女は消しゴムの神で、小柄な男とは違いシャープペンシルの神に好意は持っていないらしい。

 そんな文房具界の裏事情に俺が想いを馳せているうちに、シャープペンシルの神は落ち着きを取り戻していた。今度は怒りよりも冷徹さを含んだ声で消しゴムの神に語りかける。

「もしや、その『あの人』というのは鉛筆の神のことではないか?」

 彼女はびくっと肩を震わせた。それを見てあいつはニヤリと笑った。実に嫌な笑みだった。

「ほう……、図星のようだな。はて、だがおかしいな。

 消しゴムの神、君は確か自らの意思で彼から離れたと聞いているが……」

「だ、黙って!」

「そう、君と消しゴムの神は将来を誓い合った恋人同士だった。

 その頃はあの男もまだ文房具界で最も有望な神の一人だったからね。

 ところが事情が変わった。

 今や鉛筆の使用量は昔に比べて激減している。

 その結果、鉛筆の神であるあの男も次第に没落していった。

 そんな男と一緒になったところ消しゴムの未来は見えている。

 君はそんな運命から一族を救うためにあの男との結婚を諦め、私の愛人になったのではないのかね?」

 シャープペンシルの神にまくしたてられ彼女は黙ってしまった。しかし深く息を吸い込むと意を決したようにたんかを切った。

「ええ、全部あなたの言う通りよ! 私は自分のために彼を捨てた。彼も快く私を送り出してくれたわ! でもね、私今ならわかるの。

 たとえ一族の未来のためでもあんたみたいな男と一緒に居るなんてもうまっぴら! 

 それにね、あの人ならきっとまたあの時のような威厳を取り戻してまた文房具界の頂点になれるわ!  私、あの人のそばでそれを見守りたいの!」

 それはつまりシャープペンシルの神とは別れるということを言っているのだろう。だがシャープペンシルの神は怒りはしない。むしろ穏やかな表情をしている。

「君がそこまで言うなら好きにすればいいさ。

 最もあんな虫ケラのような男が家を再興出来るとは思わんがね」

 最後の一言に消しゴムの神は眉をひそませはしたものの、「好きにすればいい」という言葉に従い、あいつから逃げるつもりで彼女はゆっくりと立ち上がりシャープペンシルの神に背を向けた。

 その時だ。

 シャープペンシルの神は自身が持っていたゴルフクラブを握り直し、大きく振りかぶった。俺は標的が何なのかすぐにわかった。彼女の脳みそだ。

 あいつが今まさに振りかぶらんとするその瞬間、俺はやつの両腕をありったけの力を込めてつかんだ。するとあいつはゴルフクラブを上に掲げたままの無様な格好で固まった。彼女はそんな俺達を見て戸惑っているようだ。俺とシャープペンシルの神の顔を見比べては足踏みしている。

「行けよ!」

 俺はあらんかぎりの力を込めてただ叫んだ。

 彼女は俺の目を怯えた表情で覗き込む。

「でも……」

 俺は大きく息を吸い込んで人生で一番強い声を出した。

「いいから行け! 好きなんだろ? そいつのことが!」

 すると彼女の目は大きく見開かれた。大切な何かをやっと見つけたみたいに。表情も違う。もう怯えてなんかいない。ただやるべきことを見据えている。

「ありがとう!」

 そう言うと消しゴムの神はゴルフ場の横の森へと消えていった。これでもうこの男に痛い目に合わされることもない。そう考えると、俺はほっとした。

 そのせいだろう。あいつを押さえていた力がゆるんだ。シャープペンシルの神はその瞬間を見逃さなかった。自分の腕ごと俺を地面にたたきつけた。

 たたきつけられた俺は背中に強い衝撃を感じた。だが不思議と痛みは感じなかった。それはきっと、胸に満たされた熱い達成感のせいだと思う。

 しかしいつまでも達成感に漬かっているわけにもいかない。シャープペンシルの神は俺の胸ぐらをつかんでは近くにあった木の幹に俺を押し当てた。喉元を強く押しつけられた俺は、呼吸すらままならかった。

「ぐぉっ」

 鎖骨がビリビリと震える音がする。

「よくも私の楽しみを邪魔してくれたな、小憎!」

 シャープペンシルの神の顔はとてつもない怒りで真っ赤に染まっていた。

「女をいたぶるのが楽しみ? ぐわぁっ、く、狂ってるぜ」

 俺はどうにか威勢のいい声を出そうとしたが肺が押しつけられていてはそうもいかず、息も絶えだえになってしまった。

 あいつはそんな俺を見て得意げにせせら笑った。

「ほぉ、言うことだけは立派だな……。だがその声では余程苦しいと見える。

 ふっ、安心しろ小僧。私がすぐに貴様を楽にしてやる」

 言うが早いかシャープペンシルの神はゴルフクラブを振り上げた。駄目だ、今度こそは避け切れない。さすがの俺も覚悟して目をつぶった。

 一陣の風が、吹いた気がした。



 誰かが俺のほっぺをぷにぷにしている。

 最初は気のせいだろうと思った。きっと風が俺のほおをなでただけさ。

 だがそれならば風が止むのと同時にぷにぷにされている感触もなくならなければいけない。ところがぷにぷには止まる気配がない。むしろさっきよりも勢いがついてきた。ぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷに。

「止めろー!」

 俺はぷにぷにの犯人を右手で取り押さえた。

 それでやっと気づいたのだが、俺は横になって目をつぶっていたらしい。突然起きあがったので頭の中がぐるんぐるんしてる。

 ぐるんぐるんが静まるのを待っている間にもぷにぷにの犯人は必死に暴れている。ひっひっひ、逃げようたってそうはいかねえぞ。俺のほっぺを弄んだ罪は重い!

 そんな意気込みを心の中で高らかに宣言した。そしてようやく犯人とご対面……。

「えっ?」

 俺は絶句した。どうせ犯人は小学生のガキかなんかなのだろうと踏んでいたが違った。まあ大きく外れていたわけでもないけど。

 俺が手でつかんでいたのはオレンジ色のドラゴンだった。ドラクエとかFFとかに出てきそうな、ホントあんな感じ。といっても体は小さくキタキツネぐらい。幼い顔立ちから察するに、おそらくまだ子供のドラゴンなのだろう。

「兄ちゃん、離してくれよ」

 チビドラゴンが何か言ったが聞き流した。

 俺は息を飲んでそいつをまじまじと見た。当たり前だけど本物のドラゴンなんて見るの初めてだ。最初のうちはこれが本物だなんて信じられなかった。でもよく考えたら今の俺は幽体離脱中だ。死神にも会ったし神様にだって会ったし殺されかけたし。それと比べたらドラゴンの存在なんて取るに足らないことなんだろう。しかし見れば見るほどゲームとかに出て来そうだ、チビだけど。スタッフも案外本物に似せてデザインしてるんだな。

「兄ちゃん離せよ!」

 そう言ったかと思うとチビドラゴンは俺の腕にかぷりと噛みついた。

「いってぇ!」

 痛さのあまりチビドラゴンを離した。俺はきっ、とチビドラゴンを睨みつけた。

「いきなり噛まなくたっていいだろ!」

 だが相手も負けていない。

「兄ちゃんがいきなりつかむのが悪いんじゃないか!」

「それは……、そう! お前が俺のほっぺをぷにぷにしてきたのが悪い!」

「うぅっ……、確かにぷにぷにしたけどさぁ……。

 でもおいらはただ兄ちゃんに怪我がないか気になっただけで……。

 元はと言えば兄ちゃんが悪いんだぞ! こんなところで倒れてるから。

 だからおいら心配しただけなのにさぁ……、兄ちゃんてばさぁ……」

 言葉の最後のほうではチビドラゴンは涙目になってしまっていた。さすがにいたたまれなくなった俺は、優しい声色で語りかけた。

「そんな事情があったなんて知らなかった。俺が悪い、ごめん」

 きっぱりと謝るとチビドラゴンの顔はみるみるうちに明るくなった。見た目はドラゴンでもやっぱり中身は子供だな。

 とりあえず落ち着いたので辺りを見回した。そこいらじゅうに木がいっぱい。森の中なのだろう。さっきのゴルフ場とは全く違う自然が広がっている。

「俺は、どうしてここに?」

 こいつに訊いても仕方ないのに俺はチビドラゴンに訊いていた。

 すると、思いの外チビドラゴンは納得する答えを返してくれた。

「たぶん『てんぷらののこりかす』に飛ばされて来たんだと思うよ。

 兄ちゃんの体のところどころから油の匂いがするし」

 ということはシャープペンシルの神に殴られる直前に感じた風が『てんぷらののこりかす』だったのか。

 思えば俺を助けようとしてくれていた死神から引き離したのも、俺に暴力をふろうとしたシャープペンシルの神から逃がしてくれたのも『てんぷらののこりかす』だ。この奇妙な組み合わせに、俺は強い因果を感じざるをえない。

 そんな物思いにふけっているとチビドラゴンが俺の腕を引っ張った。

「いたっ」

「あ、ごめんよ兄ちゃん。ねえ兄ちゃんてさぁ、人間だよね? 

 何で人間の兄ちゃんがこんなところに居るのさぁ?」

 そう訊きながら好奇心丸出しの目をキラキラと輝かせている様子に、弟の小さい頃を思い出した。その仕草が少し可愛らしかったので俺はわざともったいぶって返した。

「俺はな、今、幽体離脱しているんだ」

「幽体離脱?」

 俺の言ったことをオウムのように繰り返してチビドラゴンは首をひねった。そして両手をぱん! と叩くと鬼の首でも取ったかのように満面の笑みを浮かべた。

「ああ、『クラップチキン』のことか!」

 だがすぐにまたチビドラゴンは首をひねった。

「でも何で兄ちゃんが『クラップチキン』に……?」

「まあ、よくわかんねえけど気がついたらこうなっちまってたんだ」

「へぇー、それは大変だね」

 そこで一旦会話が途切れた。なので俺はさっきから気になっていたことを思いきって訊いてみた。

「ところでお前は一人なのか? 他に誰か居ないのか?」

 何気ない質問だった。なのにチビドラゴンはあからさまに顔を曇らせ、うつむいてしまった。

 これは訊いてはいけないことを訊いてしまった。

 いくら鈍感な俺でもそれだけはわかった。

「他に誰かって、誰?」

 チビドラゴンは消え入るような声で訊き返してきた。さすがの俺も心苦しさを感じた。

「誰って……、例えば母親とか」

 チビドラゴンはゆっくりと首を振った。

「居ないよ」

「居ないって何で?」

「お母さん、たい焼きにちょっと出かけてるんだ」

 俺はほっとした。何だ、思ってたよりも重大なことじゃなかったじゃないか。

「ほぉ、それでいつ帰ってくるんだ?」

「うーん、出かけていったのが三十年前だから七十年くらいじゃないかな?」

「は? 何言ってんだ? たい焼き買いにちょっと出かけてるだけだろ? 往復で百年ってそんな……」

「兄ちゃんこそ何言ってんだ? 百年なんて全然ちょっとじゃないか」

 今度は俺がうつむく番だった。規模が違いすぎんだろよ、馬鹿。

 百年がちょっとなの?何なの? ドラゴンの寿命ってどんぐらいなの?

「兄ちゃん、兄ちゃん。どっか調子でも悪いのか?」

 チビドラゴンに話しかけられ俺は思考を止めた。ドラゴン相手に常識で物考えても仕方がないよな。

「いやいやいや何でもないよ。決して知恵熱なんか出てやしないよ」

「そう、それならいいけど」

 また会話が途切れた。だから俺は訊いた。

「そういや俺が来る前は、母親の帰りを待ちながら何してたんだ?」

「何もしてないよ、ぼーっとしてた」

「本当に何も?」

「うん本当に」

「暇なんじゃないのか?」

「うん暇だよ」

「退屈で退屈で死にそうなんじゃないのか?」

「うん、ちょっぴり」

「だったら俺と遊ばないか?」

「うん!」

 こうして人間とドラゴンの遊戯大会が開始された。



 チビドラゴンは本当に良く駆けずりまわった。俺がたまたま近くにあった石を投げるとそれを遠くまで取りに行き、追いかけっこをすると意外と遅い足で一生懸命に俺を追いかけた。さっき俺はこいつを見てゲームに出て来るドラゴンを思い出した。確かに見た目はそうだ。でも気性というか、無邪気に動きまわっているところを見るとどこか勝手が違った。人懐っこい子犬のようだ。実に可愛らしい。

 そんな俺の気持ちに影響されてか何なのかは知らんが、チビドラゴンも段々と俺に心を開いてくれた。ちょっと俺の姿が見えなくなると子供特有の喋り方で「兄ちゃーん、兄ちゃーん」と呼びながら走ってくるのだ。それが見たくて二、三回わざと木の陰に隠れた。

 そんなこんなで楽しんだ。不思議と疲れは感じなかったが喉が渇いてきた。これにはさすがに耐えられなかった。チビドラゴンもそうなのだろう。互いに目配せしただけでチビドラゴンの考えていることがわかった。

「兄ちゃーん、もしかして喉渇いた?」

「おおよ、お前もか?」

 俺がそういうとチビドラゴンは誇らしげな顔になった。

「じゃあさ、水でも飲みに行こうよ。この先に水がおいしい湖があるんだ」

 俺はありがたくチビドラゴンの申し入れを受けることにした。

 チビドラゴンの道案内に従い俺は道を突き進んでいった。

 そこでやっと気づいたのだがこの森は比較的標高の高いところにあった。木と木の間からは下の土地の様子が実に良くわかった。そのほとんどは手つかずの森のようだが一ヶ所だけ明らかに誰かが住んでいそうな場所がある。その建物の雰囲気から大都市であることが容易に想像出来た。

「あそこは何だ?」

 俺が訊くとチビドラゴンは即答した。

「あそこには神様達が住んでいるんだ。確かあそこは文房具の神様の街だったと思うよ。

 そうそう、街の外れには『ごるふじょう』っていうものもあるんだってさ」

 ゴルフ場? 文房具? じゃあもしかしてあれがさっき俺が居た場所か?

 身震いがした。頭の中にシャープペンシルの神が浮かんでくる。

「兄ちゃん、怖い顔してるけどどっか調子でも悪いのか?」

「い、いや何でもないさ」

 俺は頭を猛烈に振った。心配することなんかない。あのゴルフ場はあんなにも離れているじゃないか。いくらあいつが執念深くたってこんなところまで追いかけてきやしないさ。

「さぁ早くその湖に行こうぜ!」

 俺は走ってチビドラゴンを追い越していた。



 よく考えてみたら、俺が人生で湖を見たのはこれが初めてだった。だからなのか、その湖はとても美しかった。光が水面に反射するさまは正にダイヤモンドだ。

「兄ちゃん、水飲まないのか?」

 俺が感動の波紋に心をたゆたせているとチビドラゴンに不思議がられた。そっと横のチビドラゴンを見ると、あいつは既に喉の飢えを全力で癒しにかかっていた。

 俺の喉は思わずゴクリと鳴った。

 両手で湖の水を掬いとった。水はとても透き通っている。そしてそれを一気に腹の中へ流し込んだ。

「最高だ!」

 そう俺に叫ばせる力がその水にはあった。チビドラゴンはそんな俺を得意げに見つめていた。

 ひとしきり水を飲み終えると、俺は横になった。下は天然の芝生のじゅうたんだ。ひんやりとした感覚が俺の火照った体を優しく包み込んだ。

「ふぁー」

 俺が思わずうとうとしかけていると、チビドラゴンが話しかけてきた。

「ねぇ兄ちゃん、知ってる?」

「何を?」

 俺の声はあからさまに気だるそうだった。

 チビドラゴンはそんなこと全く気にせず語り続ける。

「この湖にはね、伝説があるんだ」

「伝説?」

 俺は気になって体を起こした。何しろここは神も居る世界だ。伝説の質も人間界とは格段に違うのだろう。

「この湖には恋人達を引きつける力があるんだ。

 そしてここの水を飲んだ二人は永遠の愛を得られる……」

 俺は拍子抜けした。伝説の質もだいぶ落ちたものだ。

「そんなのでたらめだ。ただの湖に恋人を引き寄せる力なんてあるはずが……」

「でも兄ちゃん、湖のあっち側に男の人と女の人が居るよ」

 俺はがばっと身を起こした。そんな、馬鹿な……。

 目を凝らさなくてもすぐわかった。確かに男と女だ。動作を見る限りおそらく恋人同士だろう。やっぱりこの湖にそんな伝説は実在するのか……?

 それだけで驚嘆に値する事実だが更に驚くことがあった。

 恋人達の女の方は、さっきの消しゴムの神張本人だったのだ。

 俺と彼女、互いの目が合った。

「あ……」

 気まずい沈黙が流れた。

 その一瞬をチビドラゴンは見逃さなかった。消しゴムの神と俺を見比べ、実に無邪気な声で言った。

「兄ちゃんあの女の人と知り合いなの?」

「ああ、まあ……」

「そっかぁ、それならちょっと行ってあいさつしてきなよ!」

 こんなことを言われては行かないわけにはいかなかった。チビドラゴンに背を押され、消しゴムの神の元へと駆け寄る。しかし俺はいまいち言葉を発する瞬間を見つけられない。それを見かねてか、彼女のほうから声をかけてきてくれた。

「こんにちは……」

「ああ、さっきはどうも……」

 俺が会釈をすると彼女の横に居た男が丁寧にお辞儀した。

「こんにちは、彼女のお知り合いでしょうか?」

 とても物静かで親切な物言いに、俺はますます言葉を見失ってしまった。何か返事をせねばと考えた時、ある重大なことを思い出した。

「あんたもしかして鉛筆の神か……?」

 俺は改めてその男の姿をよく眺めた。男の俺が言うのもなんだが、顔立ちはとてもきれいだった。目はぱっちりとしていて肌は白い。おそらく地毛であろうブロンドはさらさらで、風が吹く度によくなびく。体も程良くほっそりしていて女受けしそうな体系だった。きっと白馬の王子様ってやつが実在したらこんななんだろなぁー。

 その代わり頼りなさそうな印象はぬぐえない。さっきこいつシャープペンシルの神にけちょんけちょんに言われてたしなぁ……。

「あ、あのすいません。何故僕の名前を……?」

「え、えーっとそれは……」

 俺がまごまごしていると消しゴムの神が横から助け舟を出した。

「彼なの。さっき話した私を助けてくれた人っていうのは」

 彼女の言葉を聞いた途端、鉛筆の神の表情が普通に好意的だったものからとてつもなく好意的だったものに変わった。両手で鉛筆の神は俺の手を握った。その握手はとても熱のこもったしっかりとしたもので……。

 あー何て言えばいっかな? 絶対儀礼的なつもりでやったんじゃないんだ。強い信頼と尊敬の念が込められていた。

「彼女から話は聞きました。ゴルフ場で彼女を助けていただきありがとうございました。」

「いや、そ、そんなつもりじゃ……」

 俺はとてつもなく恐縮した。

 同時に驚く気持ちもあった。何故か感謝されてもあまり嬉しくない。あの時の俺はほめられたくて彼女を助けたわけじゃない。ただ助けたかったから助けた。だからこう言われて漠然とした違和感を覚えた。

 「ありがとう」と言われるほどの自覚なんてない。感謝されて嬉しくないなんておかしな気分だ。でもそんな打算をすることもなく誰かを助けられた自分がどこか誇らしくもあった。

 俺がそんな自己満足に浸っていると後ろから子供の声が聞こえた。

「ねー兄ちゃん。何で神様たちと知り合いなの? ゴルフ場で何があったの?」

 話の腰は一旦折られた。

 俺達はみんな湖の横に座り込み話し始めた。まずは俺のこと。幽体離脱してから死神と会って離ればなれになったこと。それからゴルフ場で起こったこと。最後にこの森でチビドラゴンに(一応)助けられて、湖に水を飲みに来たこと。

 それでわかったのだがチビドラゴンは実に物分かりが良かった。別にわかりやすく説明したわけでもないのにすぐに理解した。とても子供だとは思えない。もっともチビドラゴンが何歳なのか俺にはちっとも見当がつかないが。

 俺の話が終わると今度は消しゴムの神が話し始めた。

「私と彼、鉛筆の神は幼馴染で許嫁だったの。

 婚約は親同士が勝手に決めたことだけど、私には異論は全くなかったわ。

 だって昔からこの人のことが大好きだったんだもの」

 鉛筆の神は一瞬嬉しそうに笑った。

「私の家と彼の家は先祖代々の付き合いで、私達の結婚も両家の結びつきを強めるためだったの」

 少し消しゴムの神の顔が歪んだ。

「でもある日事情が変わったの。突然シャープペンシルの神が文房具界で台頭してきたの。

 あの男は卑しい家の出だけど実力は確かだった。

 己の剣技で華々しい戦功をあげるだけでなく、駆け引きを巧みに使い貴族にまでのしあがってきた。

 ここで言えないようなことも色々やったという噂よ」

 彼女は身震いした。

「あの頃のことは今思い出しても恐ろしいわ。

 あの男が権力の座を一つ駆け上る度に多くの名家が消えていった……」

 そう言ってぶるぶると震える消しゴムの神の手を、鉛筆の神はやさしく握ってやった。そして彼が続きを話してくれた。

「僕の家もその中の一つでした。

 幸い僕の家は文房具界でも特別な役職を担当していたので家を潰されることにはなりませんでした。

 それでも大変なダメージを受けました。僕の力は今ではもう風前の灯です。

 あの男がその気になればいつでも僕を文房具界から追放することが出来る……」

 消しゴムの神はぽろぽろと涙をこぼした。

「彼女の家から婚約の解消の申し入れがあったのはちょうどその頃です。

 わけを訊いてみると、彼女のご両親はしぼるような声でこう言いました。

 『あなたと違い、我が家は歴史も威厳もないただの小さな貴族です。

 昔ならそれでもどうにかやっていけたかもしれなかったが今は……』

 そこまで聞いた僕は話の全貌がつかめたような気がしました。

 それから彼女のご両親はますます消え入るような声で付け加えました。

 『後ろ盾がなければならない。残念ながら今のあなたでは力不足だ。

 私達は娘をシャープペンシルの神の愛人にしようと考えている。これが家を守るために私達が唯一出来 ることなのだ。すまぬ、許してくれ……』

 そして僕達は婚約を解消しました。後悔はありませんでした。

 彼女の家を守れるのならば容易いものです」

 鉛筆の神が言い切ると、消しゴムの神が彼の胸に抱きついた。

「でもそれは大きな間違いだったわ。確かに家を守ることは出来た。

 でもそれが何になるというの? 私の胸は何にも満たされてはいない。

 あなたと一緒に居られない人生なんて、そんな……」

「うん、わかってるさ。だから僕達はまた二人一緒になったんじゃないか。

 君の居ない人生なんて僕も耐えられやしないよ」

 突然の熱い恋愛モードにチビドラゴンは目を丸くしていた。こいつにはまだ濃すぎるな、少し。

 彼女はひとしきり泣き終えると強い希望に満ちた顔になった。

「それでシャープペンシルの神の手から逃げるためにこの森に来たの。

 いくらあいつがしつこくたってこんな所まで来やしないわ」

 この一言にチビドラゴンは首をひねった。

「何で逃げなきゃならないんだ? 二人とも悪いことはしてないのに」

「だってあいつはは自分に逆らう者には容赦がないの。

 だからあいつに見つかったら私達!」

 そっから先を消しゴムの神は喋らせてもらえなかった。鉛筆の神が自身の白い手で彼女の口を覆い、目で俺達に「喋らないように」と合図を送る。

 訝しがる俺に、鉛筆の神は目で茂みのほうを示した。

「なっ、あれは……」

 そこには小さい小太りの男が一人うろうろしていた。

「あいつはシャープペンシルの奴と一緒に居た……。どういうことだ?」

 俺の疑問に二人は迅速に返してくれた。

「きっと僕達二人を探しにきたんだろうね」

「全く、こんなところにまで……。しつこくってやんなっちゃう!」

 あいつはまだまだうろうろしている。どうやら俺達には気づいていないようだ。これ幸いとばかりにひそひそ声で会話を続ける。

「ところで、あいつも何かの神様なのか?」

「ええ、シャープペンシルの芯を入れるケースのね」

「だからシャープペンシルの神に頭が上がらないのか」

 これは俺ではなく鉛筆の神が言った。

「それにしてもここに居たら見つかるんじゃないか?」

「うん、僕もそれはわかっている。でも今動いたらそれこそ気づかれそうで……」

 鉛筆の神がそう言った直後だった。

「見て二人とも! あいつこっちに来るわ!」

 確かにそいつはこっちに向かっている。駄目だ、このままでは……。

 小太りの男の目が俺と合う。一瞬おやっとした顔になり、次に鉛筆の神と消しゴムの神を舐めるように見回し、その顔が歓喜に染まる――。

「先手必勝!」

 高らかな宣言と共に何かが男の足に飛びついた。チビドラゴンだ。チビドラゴンは男の顔を見上げては、にたぁっと笑った。いやあ、実に子供らしい嫌な笑みだった。男の顔からすぅーっと血の気が引いた。

「う、うわぁ! ドラゴンだぁー!」

 そう言ってチビドラゴンを払いのけようと足をぶんぶん振った。だがチビドラゴンも負けちゃいない。様々な方向に振りまわされる足にぴたっとしがみつき、絶対に離れない。それどころか、隙を見て男の足にかぷりと噛みついた。

「うわー、死ぬ死ぬ、誰か助けてくれー!」

 俺が傍目で見てる限り、今のは甘噛み程度だった。それでも男にはたまらなかったのだろう。ますます暴れ始めたかと思うと、地面にぱったりと倒れた。ただの気絶だった。

 俺は興奮せずにはいられなかった。

「っげえな、お前」

 チビドラゴンはふふんと胸を張った。

「まあな、おいらにかかればこんなものさ!」

 それにしても。俺は男の顔を覗きこんだ。

「こんなんで気絶するなんて、こいつもヤワだなぁ」

 この点に関しては意外にも鉛筆の神と消しゴムの神が弁護した。

「それは仕方ありませんよ」

「へっ?」

「ドラゴンと言えばこの世界で最も強い生き物の一種ですから。

 彼らが本気になれば僕達なんてひとたまりもないですよ」

「ふーん」

「そうね、私もおちびちゃんに襲われたら気絶しちゃうかも」

「へぇー」

 そんな奴と俺はさっきまで仲良く遊んでいたのか。まぁどうでもいいけど。

「そういや、こいつどうする?」

 俺が訊くと鉛筆の神は首をひねった。

「どう、ていうのは?」

「うーん。だってよぉ、こいつに姿見られちまったわけじゃん。

 このまま帰したらあんた達のこと報告するぜ、きっと」

「そうねぇ……。ここが駄目ならもっと遠くに逃げるしかないわ」

「そうしよう、ここからもっと遠い、シャープペンシルの神の手の届かないところまで……」

「どこに逃げると?」

 背中が凍りついた。おそらくここに居るチビドラゴン以外の全員がそうなったんじゃないかと思う。もう声のするほうを向くのも恐ろしい。

「何でお前が……」

 心の声がいつのまにか口から出ていた。出ざるをえなかった。声の主がゆっくりと口を開く。

「部下がここに居るなら私が居てもおかしいことはなかろう?」

 俺は膝から崩れ落ちた。もう駄目だ。あの二人も同じことを考えているのか、顔に血の気がなかった。

 そんな空気の中チビドラゴンだけが明るい声を出す。

「なあ、みんな急にどうしたんだ? なあ兄ちゃん、あいつ誰だ?」

 俺は呼吸を整え、どうにか答えた。

「あいつか……。あいつは……、あいつがシャープペンシルの神だ」

「えっ?」

 それきりチビドラゴンも黙った。

 シャープペンシルの神はにやっと笑った。

「どうした? 急に黙りこくって。そんなに私が怖いか?」

 俺は唇を強く噛んだ。何も言い返せない。突然俺の胸元に、さっきこいつに強くつかまれた時の感触が蘇った。

 長い間互いに動かぬ時間が流れる。最初にそれを打ち破ったのは鉛筆の神だった。

「あなたは一体ここに何をしに来たのですか? シャープペンシルの神」

 女のように弱々しい声だった。

 対してシャープペンシルの神は力強い、ドスの利いた声で返してくる。

「何故わざわざ訊く? 貴様はもう理解してるだろうに」

「残念ながら何のことか僕は存じ上げません」

 鉛筆の神がそう言うと、シャープペンシルの神は口を大きく開けて高らかに笑った。

「あくまでとぼけるか! だが、いいだろう。特別に言ってやる。

 私は自分の女を取り返しにきただけだ。貴様が掠め取ったその女をな」

 鉛筆の神は瞬時に消しゴムの神とシャープペンシルの神の間に立ち塞がった。

「そんなことさせない! 彼女はもう二度と手放さない。例えあなたが相手でも……」

「勝手にほざいていろ。ならば私は力尽くでそれを貰いうけるまで」

 あいつの物言いに背筋が凍りついた。それでも俺は黙ってられなかった。

「そんなことさせねー!」

 そこでようやくあいつは俺のほうを見た。

「……何かと思えばさっきの小憎か。貴様には関係ないだろう? 口出しするな」

 違ぇ!

「関係なくなんかねぇ! 

 目の前で好き合ってる男女が無理矢理引き離されようとしてんだ、黙ってみてられるわけねえだろ!」

 チビドラゴンも俺の発言に乗っかってくる。

「そ、そうだぁ! 兄ちゃんの言う通りだ、ここはおっちゃんが退くべきだぁ!」

「あなた達……」

「ありがとう、二人とも」

 そんな俺達をシャープペンシルの神は一蹴した。

「くくく、ははは! 口だけなら何とでも言えよう! 

 だがどうするのだ? 落ちぶれた貴族、その許嫁、人間の男、子供のドラゴン……。

 貴様ら四人で私を止められるとでも思っているのか?」

 そう宣言するとシャープペンシルの神は腰に差していた剣の鞘を払い、高々と掲げた。

「面白い! ならば全力でかかってくるがよい!」

 俺とチビドラゴンは思わず身構えた。そんな俺達を見かねて、鉛筆の神が口を挟んだ。

「止めろ、二人とも! 君達は手を出すな!ここは僕一人にやらせてくれ!」

「だけど、お前……」

 俺が何か言おうとするのを察知した鉛筆の神は慌てて言葉を続けた。

「君の気持はありがたい。でも、これは僕の問題なんだ。

 だから僕一人の力でどうにかしなければならないんだ!」

 俺は不満だった。しかしこうまで言われれば引き下がるしかない。俺とチビドラゴン、消しゴムの神は邪魔にならないよう端へ避けた。

 それを見てシャープペンシルの神はますます笑い転げた。

「貴様が? 貴様がたった一人で私を追い払うというのか? ならば私にも考えがある。

 君のような男には敬意を払わねばね」

 こんなことを言ったかと思えば、シャープペンシルの神は剣を鞘にしまった。そして、よりによってそれを消しゴムの神に渡した。

「どういうつもりだ……?」

 鉛筆の神は事態をよく飲み込めていないようだった。

「何、ただの余興さ。それとも君は、私と剣でぶつかり合って本当に勝てると思っているのかね?」

 鉛筆の神は何も反論せずに自分の剣を抜いた。

「そうでなくてはな!」

 シャープペンシルの神の顔が一気にほころんだ。

「あなたが勝ったら僕は彼女を諦める。その代わり、僕が勝ったら……」

「それぐらい、みなまで言わずともわかる。

 いくら成り上がり者といえど、これでも貴族だ。決闘の規則ぐらいはわきまえている。

 では……、どこからでも来るがよい」

 こうシャープペンシルの神が言った途端、場の空気が静まりかえった。急に南極の風が流れ込んだような。こう、身をキリリっと引き締める何かが場を支配した。

 俺は思わず唾をゴクリと飲み込んだ。

 最初に動いたのは鉛筆の神のほうだった。

「とおりゃー」

 大きな吠え声を上げてシャープペンシルの神に斬りかかる。だがシャープペンシルの神は避けようともしなかった。いや、する必要がなかった。

 シャープペンシルの神は一歩も、ああ本当に一歩も動かずに剣を止めた。右手の中指と人差し指だけで。

 たった二本の指で剣先を自分の身すれすれのところで止めてた。

 遅いな――。

 あいつはそう呟くと、右腕を乱暴に振りまわした。すると……。俺は我が目を疑った。鉛筆の神の剣は、真ん中でポッキリと折れていた。

「所詮は、この程度か」

 大きくため息をついたシャープペンシルの神はそのまま鉛筆の神の手から折れた剣をはたき落した。その目は、正に血に飢えた獣そのものだった。

 鉛筆の神はただ怯えることしか出来なかった。

 シャープペンシルの神はそれを嘲笑うかのように鉛筆の神の右腕を強くつかんだ。嫌な音が鈍く響いた。腕が折れる音だった。鉛筆の神は思わず倒れ込む。それでもあいつは容赦しない。何度も何度も鉛筆の神の体を殴り、蹴りつけた。

 このままでは死んでしまう。俺がそう思った時、彼女が動いた。

「もう止めて!」

 そう言って消しゴムの神は傷ついた鉛筆の神の上に覆いかぶさる。

「シャープペンシルの神、あんたの勝ちよ!

 だからこの人のこともう傷つけないで!」

「……」

 シャープペンシルの神は何も答えない。代わりに鉛筆の神が反応した。

「大丈夫だ、僕はまだ……。うっ……」

「もういいの、もういいの!」

「駄目だ、僕が負けたら君はあいつの物になってしまう……」

 どうにかして立ち上がろうとする鉛筆の神を消しゴムの神は制した。

「そんな体で何が出来るというの? 大丈夫、勝負に負けたって命があればどうにかなるわ。

 それに、もしもあなたが死んでしまったら、私、私……」

 思わず泣き出してしまった消しゴムの神を鉛筆の神がやさしく抱きしめる。そして、覚悟を決めた。

「シャープペンシルの神! 僕の負けだ。

 その代わり、約束してくれ。彼女を丁重に扱うと」

 シャープペンシルの神は「ふんっ」と鼻を鳴らすと気だるそうに返した。

「ああ、決闘のルールには従おう。

 その女は私の愛人としてそれ相応の生活をさせるし、貴様にも深追いしない。

 さぁ、わかったらとっとと私の前から消えろ。永久に私の前に現れるな」

 そう言ってあいつはその場を離れようとした。しかし、すぐに動きを止めると俺を睨みつけた。

 俺はその時思い出せば良かった。この男がどれだけ残虐で、救いようのない悪魔であることを……。

 あいつは俺のところまで走ってくると、何のためらいもなく俺の首を握りしめ、高々と持ち上げた。その目は人をいたぶることの出来る喜びに溢れていた。

 シャープペンシルの神は本当に強く握りしめたので、俺の首の骨がビリビリと震えた。ああ、こいつは本気で俺を殺そうとしているんだ。

 しかし周りの奴らも黙って見ているわけではない。まず抗議の声を上げたのは鉛筆の神だった。

「お、お待ちください! シャープペンシルの神、勝負はもうついたのではないのですか? 

 その方を痛めつける理由などあるはずがございません!」

 実に悲痛な声だった。だが、あいつはそれを打ち消すかのように明るい声で応じた。

「ああ! 確かに君と私の勝負には決着がついた。しかし、この男は別だ。

 この者とは先程の決闘とは何ら関係のない借りが少々あるのでな」

 そして首を締めつける力を益々強めてきた。

「がっ……」

 呼吸が出来ない。このままだと俺、死ぬのか……?

 不安がよぎった俺の脳裏に、とある甲高い声が響いてきた。

「兄ちゃんは死なせないぞ!」

 チビドラゴンだ。シャープペンシルの神の不意を狙って飛びかかってくる。そんなあいつを制止する声が入る。

「駄目よ、おちびちゃん! そいつに手を出しちゃ駄目!」

 だが消しゴムの神の忠告は間に合わなかった。

 あいつは自分の真後ろから襲ってきたチビドラゴンに対して眉ひとつ動かすことなく手刀をくわえた。狙いは正確だった。チビドラゴンは、はたき落とされて地面に倒れた。

「そいつはこの世界で最強と言われている大人のドラゴンさえも剣一本で退治しちゃう奴なの。

 いくらおちびちゃんでも……」

 彼女の口から語られた事実を聞いて俺は愕然とした。やっぱり俺、死ぬしかないのか……。だが鉛筆の神は臆することもない。折れた右腕押さえながらもどうにか立ち上がる。

 シャープペンシルの神はそんな鉛筆の神のほうを見ることもなく告げた。

「そんな体でまだ立ち上がるのか? 止めておけ。決闘はもう終わった。

 それにこいつと私の間に起こったことは君には関係がない。部外者は引っ込んでいればいい」

「それでも今のこの状況を見逃すことは出来ない、と言ったら……?」

「無論、今度は容赦なく斬り捨てるまで」

 シャープペンシルの神の最終通告を聞いても、鉛筆の神の顔に動揺の色は微塵もなかった。ゆっくりとだがこちらへ近づいてくる。

「それでも私を止めようとするか。全く救い様のない愚か者だよ、君は。

 折れた剣しかないこの状況で何が出来る?」

 これを聞いて鉛筆の神は口を開いた。その目は猛獣のように血走っていた。

「剣なら、ここにあるじゃないですか……」

 そうとだけ呟くと鉛筆の神は消しゴムの神が持っていた剣をひったくった。シャープペンシルの神の剣だ。それの鞘を口でくわえ剣を引き抜くと、左腕一本であいつに斬りかかった。

 先程までとは同じ人物だとは思えない。それ程までに今回の鉛筆の神の断ち筋は見事だった。

 だからだろうか。一瞬シャープペンシルの神の反応が遅れた。あいつの頬にさっと赤い線が入る。

 シャープペンシルの神は手でさっと血を拭うと、狂ったように笑い出した。

「これは愉快だ! 傷をつけられたのは何年振りだろうか? しかも貴様のような男に」

 そこまで言うと突然手を放し、俺を地面に落とした。

「こんな痛快なことは久し振りだ!

 面白い、この勝負とその女、しばらくの間貴様に預けておこう、鉛筆の神。逃げるなよ」

 その時俺はおやっと思った。あいつの顔があまりにも「してやったり」という雰囲気を出していたからだ。

「もしかして、てめぇわざと……?」

 だが俺のこの言葉をシャープペンシルの神は無視した。そして横で伸びている自分の部下を肩に担ぐと、深い森の中へと消えていった。



 それからしばらくして、俺とチビドラゴンは鉛筆の神と消しゴムの神と別れた。「どこに行くんだ?」と訊いたら「街に帰るわ」と消しゴムの神が言った。

「でもシャープペンシルの神が……」

 チビドラゴンの心配そうな声に、鉛筆の神は優しく応対した。

「あの調子ならば当分は大丈夫だと思います」

「それにこのままじゃ逃げたみたいで癪だしね!」

 こう言った時の二人の顔は希望に満ち溢れていた。この人達には幸せになってほしい。俺は心の底からそう思った。

 しばらくチビドラゴンとぶらぶらと歩き回った。辺りはもう夕暮れだった。

「あの二人、本当に大丈夫なのか?」

 チビドラゴンは尚も心配そうだった。

「まあ、あの二人なら大丈夫だろう」

 そこで会話が途切れた。

 俺は何気なく空を眺めた。

「もう、夕方だな……」

「そういえば兄ちゃんは帰らなくてもいいのか?」

「帰る、つっても俺幽体離脱中だし、どうやって帰れば……。ああっ!」

 俺は重大なことを思い出しその場にうずくまった。

「ど、どうしたんだよ兄ちゃん!」

「踊る大捜査線の再放送があったんだった!でも、きっともうとっくに終わって……」

「まだ間に合いますよ」

 突如別の奴が会話に混ざってきた。だが、俺はその声に聞き覚えがあった。

「この声は、さっきの死神か! どこだ、どこに居る?」

「はぁーい、ここですよ」

 死神は木と木の陰からにゅっと顔を出した。相変わらず黒いローブから紫色の煙を覗かせている。

 紫色の煙……、じゃなかった。死神はふらーりと俺のほうへ近づいてきた。

「もぉー、探しましたよ。ささっ、元の体に戻してあげますから私と一緒に来てください」

「ああ……」

 俺はおとなしく死神の言う通りにしようとした。しかしチビドラゴンの寂しそうな目線がやけに突き刺さった。

「おや、こちらのドラゴンさんはあなたのお知り合いですか?」

「ああ、まあな……」

「兄ちゃん、本当に行っちゃうのか?」

 俺はチビドラゴンを直視出来なかった。だってあいつの目がやけに潤んでいたから。

「ドラゴンさん、あまりわがままを言ってはいけませんよ。早くしないとこの方の命に関わる……」

「わかってるよ、わかってるけどさ。おいら、もっと兄ちゃんと遊んでいたいんだよ……」

 とうとうチビドラゴンは泣きだしてしまった。死神がどうにかしろと言わんばかりに煙の目で俺のほうを見る。そんなの、わかってるって。

 俺はチビドラゴンの頭をなでながら言った。

「だったら、お前が俺の世界に来ればいいじゃないか」

「行ってもいいのか?」

 あいつはうるうるとした目で俺を見上げた。あー、かわいいなぁー。

「当たり前だろ? そんでまたいっぱい遊ぼうな!」

「うん!」

 チビドラゴンは笑顔で答えた。




 ……というわけなんだ」

 男はこうして話を終えた。

「これで俺が寝ていたのではなく幽体離脱していたことを認めてくれるか?」

 だが彼女はまだ釈然としない。

「まあ突然ついた嘘にしては壮大で面白かったわよ」

 その時、玄関のベルが鳴った。

「はぁーい」

 彼女は何気なしにドアを開けた。そして開けたことをすぐさま後悔した。ドアの向こうに居たのは人ではなく、一匹の小さなドラゴンだったからだ。

「おいら兄ちゃんの言う通り遊びに来たぞ!」

 彼女は思わず男の顔を見た。

 男は満面の笑みで親指を立てた。それが何だかむかついたので、彼女はすぐに男から目を逸らした。


初投稿です。

書いた本人としてはみなさんに満足していただけたのかとても心配です。

でも自分の好きな設定がいろいろ出来たので書いていてとても楽しかったです。

ちなみに内容で誤解される方がいらっしゃるかもしれませんが、私はシャープペンシルは大好きです。いつもお世話になっていますし。

何はともあれ最後まで読んでいただきありがとうございました。

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2010/12/17 03:18 退会済み
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