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がくえん物語  作者: 紺狐
2/2

入学式

寮に入ってからの数日の間、加奈は大変だった。


届いた荷物の整理をしようとすれば横から琴音が荷物を漁り、注意をしても聞く耳を持たない。


またある時は部屋に帰ると箪笥の中を漁っていり、むやみやたら抱きつく。


そんな毎日を送っていた加奈だったが、ある日事態は一遍した。


「あれぇ、狭山先輩じゃないですか。お久しぶりです」


部屋の入口におっとりした女性が立っている。その女性はベッドの上で横になっている二人を見て首を傾げ、ポンと両手を叩いた。


「あぁ、私部屋を間違えてしまたようで。どうも失礼しました」


頭を下げて出ていこうとする女性を琴音が慌てて呼び止めた。


「いやいやあんずちゃん、ここあんたの部屋だよ」


あんずと呼ばれた女性はどういうことですかとまた首を傾げた。琴音は抱きついていた加奈を離しあんずに近づき肩を叩いた。


「その前に紹介するね。この子がルームメイトになる篠村加奈ちゃん。加奈ちゃん、この子は藤堂あんずちゃん。加奈ちゃんと同級生よ。そしてこの部屋の本当の主さんだよ」


ベッドの上で弱り果てている加奈は入口に立っているあんずへ顔を向ける。


あんずはそんな加奈に「初めまして」と丁寧にお辞儀した。


加奈も慌てて挨拶をして、ふと疑問を口にした。


「狭山先輩、本当のって何の話しですか」


加奈の疑問に「あぁ」とわざとらしく声を出し「ここ私の部屋じゃないんだ」と悪びれる様子もなく言い放った。


「え…じゃあ何で狭山先輩はここで寝泊まりしていたんですか」


加奈の問いに少し悩んでみせいつもの笑顔で。


「加奈ちゃんが寂しくないように」


琴音の言葉に横にいたあんずがふふっと微笑む。


「相変わらずですね狭山先輩。昔から面倒見だけは良いですから。あぁ、それで休みの間お部屋を使わせてほしいって」


「だけは余計よ。ま、そういうこと。でもあんずちゃんが帰ってきたから私は部屋に戻ることにするよ」


持ち込んでいた小物を素早い手つきで片付けバイバイと部屋を出ていく。


嵐が去ったように部屋は静けさに包まれた。そんな空気を壊したのは入口から机に向かうあんずだった。


「おもしろい先輩でしょ。私も昔お世話になりました」


机の上に小さな鞄を置き床に置いていた大きめの鞄から部屋着を取り出したあんずは躊躇いもなく服を脱ぎだした。


加奈はいきなりの行動に慌てて背を向けた。その様子を見てあんずは聞こえないように笑った。


ずっと後ろを向いているが気まずくなり、加奈は壁を向いたまま話しかけた。


「えぇっと、藤堂さん」


遠慮がちに話しかけたがあんずに「あんずでいいですよ」と言われた。


「じゃあ私のことも加奈でいいよ。改めてあんずちゃん、狭山先輩のこと知ってるの」


あんずは自分と同い年なのに一年上の琴音を知っていることが不思議でしかたなかった。


それを察してか着替え終わったことを告げ、ベッドに腰掛ける。


「えぇ、狭山先輩は中学時代に大変お世話になりましたから」


「そうなんだ。…お世話にって、あんずちゃん変なことされなかった」


この数日に起こったことを思い出し顔を赤く染める。


あんずは口元に手を添えて笑うのを堪える。


「いえ、加奈さんの考えているようなことじゃないですよ。私って昔からとろくて、それで狭山先輩に色々と助けて頂きました」


たしかに話し方といい振る舞いといい天然というかおっとりしている。だがそれで狭山先輩のお世話になることがあるのだろうか。


加奈が考えているとあんずはゆっくりと話しを進めていく。


「それでいつも行動が遅いとかでみんなに迷惑をかけてしまい…いつの間にか私の周りには友達と言える人がいなくなりました」


あんずの突然のカミングアウトに驚きの声をあげてしまった。だがそんな加奈にあんずは笑顔でいた。


「そんな日が続いていたある日、私のクラスに狭山先輩が訪ねて…」


あんずの話しによると、狭山先輩は当時生徒会に所属していてあんずのことをどこかで聞いたようで。好奇心からクラスを調べ乗り込んできたというものだった。


狭山先輩はあのルックスでしかも成績、性格もいい(一部を除く)からみんなから憧れ慕われていた。そんなマドンナ的な人が面識のないあんずを連れて教室を出て行った。


有無を言わさずいきなり連れ出されたあんずの着いた場所はなんと生徒会室。部屋に入るなり狭山先輩はあんずを前に出し、「この子を生徒会に入れます」と言い放った。


展開についていけないあんずは目を白黒させた。


部屋にいた生徒会長は本から目を離さず一言、「許可する」だった。


まだ何の部活等に属していなかったあんずに生徒会長はどこに忍ばせていたのか書類一式を取り出しあんずの前に差し出した。本から目を離していないのにその一連の動作はとても滑らかだった。


生徒会に入ったあんずはそれから様々なことを体験していった。一生懸命頑張るあんずの姿を見ていたクラスメート達が少しずつ、あんずに接するようになった。


だけどみんなが接する目的は憧れの狭山先輩の近くにいるからが1番大きかったみたいだった。


でも少数だが狭山先輩のファンからの嫌がらせから護ってくれるクラスメートもいた。


嫌がらせも徐々に減っていき、二年にあがる頃にはそれもなくなった。それも狭山先輩が裏で手を回していたらしい。


あんずの話しが終わった。加奈は両手をグッと握りしめ唇を噛み締めた。


「みんな勝手だよ。あんずちゃんは何もしてないのに。ただ狭山先輩の近くにいただけで掌を返して…」


涙が零れそうになりさらに力を入れて握る拳にそっと手が置かれた。


顔を上げると少し困った表情のあんずの顔が間近にあった。


「勝手……そうかもしれないけど、私は別に気にしてないよ。だってみんなに認めてもらおうと思って生徒会の行事を頑張ったわけじゃないから」


初めは嫌々だったけどねと微笑む。


「さぁ、この話しはこれでおしまい。それに今は大切なお友達もいるから」


手を離し立ち上がったあんずはいつもの微笑みに戻っていた。


加奈は涙を拭って笑った。そこにあんずは手を差し出した。


「加奈さんも私のお友達になってくれますか」


差し出した手と微笑むあんずの顔を交互に見て力強くその手を握った。


「もちろんよ。これからよろしくね」


「はい」


それから些細な話しで盛り上がったり笑い合う二人をドアの隙間から覗く人影がいた。


「よかった。これなら大丈夫ね」


安堵のため息をついた琴音は二人にばれないようにカメラのシャッターを押す。


「それにしても、二人共可愛いから良い絵になるわねぇ」


琴音は満足いくまで二人を撮り続けていた。


入学式


「あぁ〜みなさん、入学おめでとうございます。えぇ〜これからみなさんは新たな……」


入学式、校長先生の無意味に長い話しを聞きながら加奈はドキドキしていた。


新生活に胸を踊らせている訳ではなく、ドキドキしているのには訳があった。


それは校長先生の目を盗んで新入生達が加奈を盗み見ているからだった。


加奈は自分の顔に何か付いているのか、または寝癖がついているのか。はたまた服に値札が付いたままになっているのかなど気が気でなかった。


そんな加奈の不安を解いてくれたのは以外にも校長先生だった。


「あぁ〜今年は一人、新たに入った生徒がいます。これは稀なことですがみなさん、仲良く楽しい学園生活を送ってください。それから…」


校長先生の話しに一瞬目が点になる加奈。新しく入ったの一人だけ。じゃあ他のみんなは。


加奈が考えている横で他の生徒達が「あの子かしら」、「見たことないからあの子じゃない」、「絶対あいつだって」など囁いている。


加奈は恥ずかしさに顔を俯かせる。が、視界の端に何か動く影が見え、体育館の二階を見上げた。


二階といっても通路のことだが、そこにカメラを構えた人がいた。


『あれ、狭山先輩じゃないかな。でもなんであんなところに。今日は入学式だから上級生は休みのはず』


いるはずのない人がいて加奈は辺りを見渡してみた。


二階には琴音以外にも反対側に一人、後ろに一人いた。みんな各々にカメラを構えている。


校長先生の話しが終わり生徒代表の話しになると三人の動きが慌ただしくなった。


『そういえば狭山先輩って写真部だったっけ。ということは反対側にいる人はあの変態さんかな』


遠目で輪郭しか見えないが眼鏡らしき物が見えるので神崎先輩だと決めつけた。


生徒代表の話しが終わり次々と入学式が進む。それら一つ一つ逃さないように三人が動く。


加奈は周りの視線を忘れ狭山先輩達の活動を見ていた。


程なくして入学式が終わり、クラス事に教室へ向かった。そこで今後の説明や必要な書類が配られる。


あんずと一緒のクラスになれなかった加奈。クラスメート達から注目の的となっていた。


「はい、みんな席に着け。これから一年間みんなの担任になる真嶋恭輔だ。ではめんどくさいので出席を兼ねてついでにプリントを配る。呼ばれた者は取りに来い。赤橋」


次々生徒が呼ばれ、加奈の番になると真嶋は思い出したかのように付け加えた。


「そうだった。このクラスに霞ヶ丘中学から上がっていない生徒がいる。狭山だ。みんな、仲良くしろよ、俺はいじめは認めないからな」


真嶋は鋭い眼光でいいなとクラスを見渡す。生徒達はバラバラだが小さく返事を返した。


「声が小さい。わかったか」


机を叩く真嶋。みんな勢い良く返事した。それに満足した真嶋はよしよしと口の端を上げた。


「お前もいじめは許さんからな。俺は贔屓はせん。席につけ」


加奈はびくびくしながらプリントを受け取り席へ戻る。それから呼ばれた生徒も体をびくつかせながらプリントを受け取りに行く。


一通り説明が終わり今日はこれで終わった。


真嶋が教室を出て行くと生徒達は各々行動に移る。


ある男子生徒は素早く帰り支度を終えて教室を飛び出したり、女子生徒はグループで集まりこれから何するか等を話し合ったりしている。


加奈は何となくすぐに教室を出ずに配られたプリントの一枚に目を通していた。


ある程度プリントに目を通して帰り支度をしていると女子生徒の一人が近づいてきた。


「ねぇ、えぇっと…志村さん」


突然後ろから声をかけられ支度の手を止めて振り返る。しかも名前が間違っているので自分に声をかけてきたことに気付くのに時間がかかった。


「えっと、私狭山です」


「あぁ狭山さんね、ごめんごめん。で……信濃さん。折り入って話しがあるんだけど」


訂正してまた間違えられ、これはいじめかと考えたがまず話しを聞くことにした。


「まだ部活決めてないよね。よかったら私と一緒に部活入らない」


いきなりの誘いにきょとんとする。まだ決めてないと返すと話しかけた生徒が喜んだ。


「ほんと、じゃあ入ろ入ろ」


すると喜ぶ生徒の後ろから別の生徒が声をかけてきた。


「狭山さん、やめといた方がいいよ。この子が誘ってる部活って漫研だから」


席を立ち首に腕を回す。誘った子は少し苦しそうだった。


「あんたもむやみやたら勧誘してんじゃないの。ごめんね、悪い子じゃないから許してね。ほら、行くよ」


「じゃまたね島村さん。気が向いたら私に言ってね。って、首痛い、苦しいってぇ〜」


首に腕を回したまま連れて行かれる。大丈夫かなと思っていると入れ違いにあんずが現れた。


「…何かあったの」


加奈はさっきまでのいきさつを話すとあんずは納得した顔をした。


「あの二人はいつもああなのよ。そうだ、加奈ちゃん。用がなかったら一緒に帰らない」


寮はすぐ横の棟にあるのから一人でも帰れるが、あんずのことだから心配して来てくれたのだろう。


なんだか嬉しくなって二つ返事で席をたった。


加奈が教室を出る時、まだ残っていた生徒達が「またね」と挨拶してくれた。


あんずはそれを見てよかったねと声をかけた。


加奈はうんと笑顔で返事を返した。


二人はお互い今日の出来事を話しながら部屋に向かった。



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