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がくえん物語  作者: 紺狐
1/2

入寮

この街には巷で有名な心臓破りの坂が存在する。


坂の角度は約6度。それが500メートル続いている。


地元の人も滅多に通らないその坂を一人の少女が登っていた。


「はぁはぁ、なん、なの。この坂…」


まだ3月と肌寒い中、彼女の額にはうっすらと汗が滲んでいた。


彼女は足を止め、うんしょと肩からずり落ちた鞄をかけ直し先が見えない坂を恨めしそうに睨みまたゆっくりと歩きだした。


それから数分、坂を昇りきった彼女は開けた視界の先に目指す建物を見つけ安堵のため息をついた。


「はぁ、よかっ…た、この道で合ってた。もし…これで…道を間違えてたら…」


息を切らしながら後ろを振り返った彼女は、もし道を間違えていたらと想像してぶるっと体を震わせた。


「よし、後少し。がんばろ」


それからさらに数十分後、彼女はある学園の校門前にたどり着いた。


学園は春休みのため校門は閉まっている。


彼女は校門を前に、どうしようかと辺りを見渡す。すると校門の横に守衛舎らしき小さな建物を見つけ近付いてみた。


守衛舎に近づいて行くと窓から歳老いた一人の守衛が椅子に座って新聞を広げているのが見えた。


「あの、すいません」


彼女は恐る恐るその守衛に声をかけた。が、耳が遠いのか守衛は身動き一つしない。


「すいませんっ」


「うわぁっ、な、何事だっ」


守衛は彼女の大きな声に驚き、読んでいた新聞を放り投げ椅子から落ちかけてた。


「ご、ごめんなさい。一度声をかけたけど聞こえなかったのかと思ったので」


「そんな大きな声出さんでも聞こえるわ」


守衛は椅子に座り直し落とした新聞を拾いあげ顔を彼女へ向けた。


「それで何の用だいお嬢ちゃん」


守衛は眉間にシワを寄せて彼女を睨む。


彼女はたじろぎながらも鞄から一枚の紙を取り出し守衛に手渡した。


「あの、四月からこちらに入学することになります。えっと、それで通じると言われて来たのですが…」


守衛の睨みのせいか彼女は伏し目がちに守衛を見る。


守衛はそんな彼女から渡された紙へ視線を向けた。


文章を読み終えた守衛は、はぁとため息をついてどうしたらいいかわからず、手持ち無沙汰にしている彼女へ向き直った。


「事情はわかった。それじゃ案内するからちょっと待ってな」


守衛は椅子から腰を上げ守衛舎から出た。少しして校門の横にある小さな戸が開けられた。


そこから守衛が顔だけ出して手招きしている。彼女は置いていた荷物を持ち上げ、少し躊躇しながら遠慮がちに「失礼します」と小さく言って戸をくぐった。



戸をくぐると守衛が先々に校舎へ向かっていたので彼女は慌ててその後へ足早についていった。


守衛は客人用の出入口から校舎へ入り、スリッパに履き変えると廊下を歩き扉の前で止まった。


守衛は扉を4度ノックした。そして返事を待たずに扉を開けて中へ入る。


「理事長、例の子が参りました」


部屋の中は様々な賞状やトロフィー等が飾られ床には赤い絨毯、部屋の真ん中には黒皮のソファーとそれに似合う机が置かれていた。


「まだ返事をしていませんのに。まったく貴方はマナーというものはないのですか」


ソファーの奥に一段と高級そうな机と椅子がある。椅子は背もたれしか見えず声の主は窓の向こうを見ているようだ。


「そんなものをわしに求めるんじゃないわ。用は済んだからわしは戻る」


守衛はまたも返事を待たずに部屋から出て行った。


一人残された彼女は理事長にどう声をかけるべきか悩んでいた。


「そんなに緊張しなくていいわよ。と言っても無理な話よね」


小さく笑いながら椅子が回った。椅子に座っていたのは50歳を過ぎたくらいの柔らかい笑顔が似合う女性だった。


「ようこそ我が霞ヶ丘学園へ。私は理事長の辻野よ」


「は、初めまして。私は篠村加奈です。今年からよろしくお願いします」


勢いよく頭を下げる加奈。そんな加奈に理事長は優しく笑い、横にある電話の受話器を取り短縮ダイヤルを押した。


間もなくして電話に相手が出た。


「忙しい所悪いんだけど、例の子が来たから、そう。それで校舎と寮の案内をお願いしますね」


理事長は受話器を置いて加奈へ視線を戻す。


「すぐに来るそうですから少し待ってね。学園のことやわからないことは彼女に聞いてください」


理事長から簡単な説明を聞いているとノックが聞こえ一人の女性が入ってきた。


「理事長、遅くなりました」


軽く頭を下げて入って来た女性は目にかかった髪をかき上げ、隣の加奈を見て微笑んだ。


「初めまして。私は2年の狭山琴音。よろしくね」


琴音は理事長に挨拶をして理事長室を出た。加奈もそれについて行った。


一人残った理事長はまた窓へ視線を移し口の端を上げた。


「さて、これからどうなるかしらね。楽しみだわ」



理事長室から出た二人はまず加奈の荷物を置きに寮へ向けて歩いていた。


加奈は前を歩く琴音を上から下まで眺めていた。


琴音は背が高くスラッと延びた足に腰に届きそうな髪はサラサラでほのかに良い香りがしていた。加奈は小さくため息をつく。


加奈は同年代と比べ背は低くさらに童顔なのでよく実年齢より幼く見られる。


一人落ち込み俯く加奈。そのため前を歩いていた琴音が止まったことに気付かず琴音の背中に顔をぶつけてしまった。


「あふっ」と声を漏らし、自分がぶつかったことに気付いて琴音に謝る加奈。


だが琴音は前を向いたまま動かない。加奈はあたふたしながら何度も琴音に謝った。


それでも琴音はなんの反応も示さなかった。加奈は琴音を怒らせてしまったと思い、目に涙を溜めてどうしようかと慌てた。


しかし良い考えが浮かばず、加奈は涙を流す、手前で振り返った琴音が加奈へ抱きついてきた。


「もう駄目。我慢できない〜」


自分をぎゅうぎゅう締め上げ「ぷにぷにぃ〜、可愛いよぅ」と囁く狭山先輩。


何がなんだかわからず呆然としていると。


「いいショットだっ。そのまま、そのままで」


いきなり叫びながらデジカメを持った男が壁から現れ、呆然としている加奈を色々な角度から撮り始めた。


時々「こっち向いて」や「いい表情だね」など言いながら連続シャッターで写している。


琴音はそんなことお構いなく加奈を締め上げ続けていた。



あれから何分か経った後、訳もわからず琴音に抱きしめられ、さりげなく色んな所を触られ、見知らぬ男から何枚も写真を撮られていた加奈はようやく解放された。


琴音は満面の笑みで離れて睨んでいる加奈へ謝った。


「急にごめんね。あまりにも加奈ちゃんが可愛かったから、ついね。…あ、えっと、紹介するね。この眼鏡の変態は2年の神崎聡。私と同じ写真部でしかも副部長よ。変態にしか見えないけど写真の腕はそこそこなのよ」


琴音に変態呼ばわりされた聡は「変態は酷いな。せめて変わり者って言ってよ」と笑いながら抗議したが「あんたは変態で十分よ。文句あるの」と一喝されてしまった。


「まぁ改めて、初めまして俺は『変わり者』の神崎聡です。しっかし良い顔するね加奈ちゃんは」


聡は黒縁眼鏡をかけ、短く切られた髪を逆立ている。そして首から掛けたデジカメの映像を見ながら一人熱弁を振るっている。


事情がいまいち掴めない加奈は二人から離れ、警戒心剥き出しで琴音と聡へ交互に非難の目を向ける。その姿は怯えた小動物のようだった。


「……そういえば、あんたにはまだやることあるんだから早く持ち場に戻りなさい」


「え〜まだ加奈ちゃんに伝えたいことがあっるのに…はいはい、わかりましたよ。じゃあ加奈ちゃんまた後でね」


まだ言い足りないといった表情の聡だったが涙目で睨む加奈に気付いてへらへら手を振りながら階段の奥へと消えていった。


聡が見えなくなると琴音は腰に手を当て「まったく」と小さく首を横に振った。


「ほんとごめんね。あんなやつだけど悪い奴じゃないんだよ。ちょっと変態だけど。悪気はないのよ。だから許してあげてね」


自分のしたことは棚に上げ、聡の愚痴をこぼし、加奈の非難をものともしない琴音。


この時加奈は「この人はこういう性格なんだ」と認識し、ため息と共に睨むのをやめて話しを進めることにした。


「ところで狭山先輩、寮はどこにあるんですか」


さっきからちっとも進んでおらず時間と労力ばかり無駄使いしている。


朝から慣れないことばかりしてきた加奈は心身共に疲れていた。


「あぁ、そうだったね。寮はここから別館に向かわなきゃいけないからまだ少し歩くよ」


そう言って琴音は歩きだした。加奈は荷物を背負い直し、よたよたと後についていった。



寮は別館の隣に建っている。霞ヶ丘学園は教員用、特別授業用の本館と通常授業用の別館とに別れている。


本館の渡り廊下を渡った先に別館。その横に体育館とプールがあり、本館と体育館の間にグラウンドがある。


そして加奈が3年間過ごすことになる部屋は寮の三階にあった。


「えっと、一階は食堂と浴室があって二階から四階までが生徒の部屋になってて、そうそう部屋はみんな相部屋になってるの。」


先々階段を登る琴音は寮について教えてくれているが、加奈はそれどころではなかった。


この学園に来るときに登った心臓破りの坂、それからずっと荷物を持ったまま立っていたりしたのでそろそろ体力の限界に達していた。


追い討ちをかけるように加奈の部屋は三階。寮にはエレベーターなんてものは残念ながらついていない。もちろん本館や別館にもついついない。


一人楽しそうに説明している琴音を余所に加奈ははぁはぁと息を切らしていた。


「あ、それであっちに見えるのが男子寮でその間にあるのが部室棟よ」


階段の踊場に設置されている窓を覗きながら説明する琴音。


加奈は倒れないように壁に手を添えて外を覗く。そこには今いる寮と同じ建物が少し離れた場所に建っており、その中間に二階建ての建物があった。


意識が朦朧とする加奈に「じゃあ早く部屋に行きましょ」と笑顔で死の宣告を告げる琴音。


一切荷物を持とうともせず、軽い足取りで階段を登る。そんな後ろ姿を見ながら加奈は「狭山先輩は鬼だ」と心の中で叫び、一段一段重い足取りで階段を登っていった。


やっとの思いで部屋に着いた頃には加奈の体力は残り僅かとなっていた。


部屋はこぢんまりしていて、正面に机が窓を隔てて左右に一つ、両脇の壁にベッド、クローゼットと左右対照に置かれている。


加奈はベッドの近くに荷物を下ろすというか落とし、そのまま自分のベッドに倒れた。


「こっちの部屋に洗面台があるから。それと消灯時間は22時だけど、誰も守ってないから目安ってとこね。食堂は朝の6時に開くから。あとは…追い追い教えてくね」


琴音は説明を終えると椅子に腰掛け頬杖をつきながら倒れている加奈を眺める。


「……白か」


琴音の言葉に倒れていた加奈が凄い勢いで起き上がりスカートを直す。その顔は真っ赤になっていた。


「な、何見てるですか…」


恥ずかしさ頭が真っ白になりその後の言葉が続かず、琴音を睨んでみるが意味がないことを思い出しすぐにやめた。


琴音はそんな加奈を満足気に眺め楽しんでいるようだ。


加奈はベッドで休むのを諦め荷物の整理を始めた。といってもまだ届けた荷物が届いていないので持ってきた鞄の中身をベッドに広げていく。


椅子から立ち上がり、その姿を後ろから覗き込む琴音だったがすぐに飽きた。何かないかなと辺りを見渡し、加奈の横にある鞄を見つけた。


「あら、これは何が入ってるのかな」


鞄に手を伸ばした時「わぁっ」と声を荒らげた加奈が琴音より先に鞄を取った。


「せ、先輩は早く出てって下さいよ。後は一人でもできますから」


琴音は「ん〜」とあごに指を置いて考えるポーズ。だがすぐにポーズを解いて笑顔で。


「出ていけって言われても、ここ私の部屋でもあるんだよね」


琴音の言葉に加奈は固まった。


その姿を琴音は楽しそうに微笑みながら眺めている。


「ここ、狭山先輩の部屋」


表情を変えず加奈の問いに一度うんと頷く。


「……そして私の部屋」


今度は先程より嬉しそうに微笑み二度頷いた。


「そういうことだからよろしくね」


にこにこしながら手を差し出す。


加奈は差し出された手を見てこれからの生活に一抹の不安を感じた。


「よ、よろしくお願いします」


ゆっくり差し出した加奈の手を琴音が素早く掴み、ぶんぶんと上下に振り、「これから楽しくなるわよ」と目を輝かせていた。



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