断罪相手は人違い?最強婚約者乱入で現場が破綻しました。
名前がややこしいので侯爵令嬢と公爵令嬢で判断すると分かりやすいです。
学園の廊下を歩いていたら、悲鳴が聞こえて階段へと急いだ。
階段半ばにある踊り場まで下りると、階段下に女子生徒が蹲って泣いていた。
大丈夫ですか? そう声を掛けようとしたその時。
「突き落とされたわ、その人に! いやっ、来ないで、殺される!」
女子生徒は私の方を指差し、周囲に助けを求めた。
彼女の叫び声で集まった生徒達が私の方に注目する。
「わ、わたし……」
ドクドクと心臓の音が響き、声が詰まって何も言えなくなってしまう。
「貴方見たわよね? 私、その令嬢に突き落とされたのよ! 痛いっ! 助けてっ!」
女子生徒はさらに泣き叫び、男子生徒に縋りついて助けを求めている。
足を押さえ、涙ながらに痛みを訴える女子生徒を男子生徒は焦ったように宥め、医務室へと促す。
「医務室へ行こう。手当をしなければ」
男子生徒二人が両側から抱え、女子生徒を連れて行った。
騒ぎが人を呼び、たくさんの生徒が私を困惑したような顔で見ている。
「少し、事情を聞かせてもらえるだろうか」
やってきた教師に私は空き教室へと連れて行かれた。
目撃者がしっかりと私を見たのに反して、女子生徒は一度も私の方を見なかった。
*****
被害者の女子生徒はリリー・フランボ男爵令嬢。
そして、容疑者としてその場にいた私はセレイア・ヴァルネ。ヴァルネ侯爵家の一人娘だ。
「リリー・フランボ男爵令嬢との関わりはどの程度あった?」
目の前に座るのは、生徒会長でありこの国の第二王子であるコンラート殿下。私の隣には女性教師が座っており、私のことを気遣うように背に手を当ててくださっている。
「面識もお名前も存じ上げておりません」
「なぜあの場にいた?」
「図書室に本を借りに行った帰りです」
「その時の状況を説明できるか?」
「はい。図書室で本を借りて、帰ろうと廊下を歩いておりましたら、女子生徒の悲鳴が聞こえました。何かあったのでは、と急いで階段を駆け下りました。そしたら、階段の一番下にその、フランボ男爵令嬢が蹲っており、私を指差して突き落とされたと。私には身に覚えがありませんでしたので、戸惑うばかりで……」
コンラート殿下の声は私を気遣うとても穏やかな声だった。
でも声が震える。怖い。
「なるほど。聞いたのは悲鳴だけか? 他に走り去る音や転げ落ちる音などは聞いていないか?」
「えと、はい。悲鳴だけしか聞いていません」
「分かった。今日は帰ってもらって大丈夫だ。また話を聞かせてもらうこともあるかもしれない。その時は協力をお願いしたい」
「はい、承知しました」
そこからどう帰ったか覚えていない。
家に着くとすでに家族に知らせが入っていたようで、
「ああ、セレイア……心配しないで、お父様もわたくしもあなたがそんなことをするなんてこれっぽっちも思っていませんからね」
と、抱きしめてくれた。でも──と母が続けた。
「ガイウス様には早急にお伝えしておいた方が良いわ。婚約破棄に持ち込もうとするよくある手だもの」
「婚約破棄……」
愛する婚約者の笑顔を思い出し、目の前が真っ暗になる。
「大丈夫よ。ガイウス様だってセレイアの無実を信じて下さるわ」
母の優しい声に勇気付けられ、婚約者であるガイウス様に状況を伝える手紙をしたためた。
*****
一週間後に行われたのは三年生の先輩方の卒業式。
私達二年生も送る側として出席している。
私はというと、表向きは今まで通り。だが、やはり視線を感じる事がある。
あの事件は学園中に知れ渡っていた。
婚約者であるガイウス様からのお手紙の返事もまだない。
不安なまま一週間を過ごし、今日を迎えた。
卒業式は恙無く終了し、そのまま卒業パーティーに進む。
今年は王太子殿下がご卒業されるので、国王陛下と実母である側妃殿下が出席されている。
パーティーが開始してすぐ、中央が騒がしくなった。
「セレスティア・ヴァルナ公爵令嬢! 貴様は先日、ここにいるリリー・フランボ男爵令嬢を階段で突き飛ばし、殺害しようとした! 貴様の行いは到底許されるものではなく、王族として立つ資格もない。よって婚約を破棄する!」
そう宣言した声は、卒業生にしてこの国の王太子、テオドール王太子殿下だった。
「わたくしにはそのような事、身に覚えがありません」
凛とした反論の声はテオドール王太子殿下の婚約者であるセレスティア様の声だ。
「言い逃れはできん。リリーはお前に突き落とされたと言っている。そうだな? リリー」
「はい、すごく怖くて。何度も夢に見て……今でも震えます。テオドール王太子殿下の婚約者であれば未来の王妃だったはず。こんな卑劣な手を使うなんて、信じられません」
なんだか聞き覚えのある話に前の方へ移動する。
輪の中心にいるのは、テオドール王太子殿下と、リリー・フランボ男爵令嬢。そして対峙するように、セレスティア様が立っていた。
リリー・フランボ男爵令嬢は、テオドール王太子殿下の腕に手を添え、怯えるように隠れている。
「リリーは右腕を捻挫している。この痛ましい姿を見よ。これでもシラを切るつもりか!」
テオドール王太子殿下が体を横にすると後ろにいたフランボ男爵令嬢の姿が見えた。腕を白い布で首から吊っている。
彼女はやはりあの時階段の下にいた令嬢だった。
「ですから、身に覚えがないのです」
テオドール王太子殿下は再び体でフランボ男爵令嬢を庇うように立つと、忌々しそうにセレスティア様を睨む。
「ここまで言っても認めないのだな。ここで認めれば、婚約破棄だけで許してやったものを。証人よ、前へ」
テオドール王太子殿下の声にあの時階段にいた生徒が数人現れる。
でも、階段を落ちたあの時、その場に居合わせたのは──
「まずは君だ。正直に答えろ。リリーが階段から突き落とされた。その時階段の上にいた犯人を目撃した、そうだな?」
まずは、一番近くにいた不安気で、滝のように汗をかいている男子生徒に声を掛ける。
「……はい、見ました」
「それは誰だったか、分かるか」
「テ、テオドール王太子殿下の婚約者である、セレスティア・ヴァルナ公爵令嬢です」
テオドール王太子殿下もフランボ男爵令嬢も男子生徒の言葉に満足そうに笑顔で頷いた。
でも私は、え? と驚いた。
あの場にセレスティア様は居なかったのだから。
次に話を聞いたのは、伯爵令息だ。
「君も見たんだな」
「は、はい。犯人かは分かりませんが、あの時階段の上にいた令嬢は見ました」
「そいつが犯人だ。名前を言ってくれ」
テオドール王太子殿下はこれから名を呼ばれる人物を犯人だと断じた。
伯爵令息がチラリと私の方を見て、青褪めた顔で答える。
「あ、あの場にいたのはセレイア・ヴァルネ侯爵令嬢です」
ざわりと緊張が走り、他の証言者達がそれぞれ目配せをしている。
そして、最初に証言した男子生徒はこの世の終わりのような顔をしている。
「は? ……聞き間違えたやもしれん。もう一度、令嬢の名前を言ってもらえるか?」
聞き返すテオドール王太子殿下の横で、リリーが自信満々に笑っている。
「……はい。セレイア・ヴァルネ侯爵令嬢です」
「セ……セレイア……ヴァルネ侯爵令嬢? 本当か? 最初の証言者はセレスティア・ヴァルナ公爵令嬢だと言っているぞ。言い間違いではないか?」
「いいえ、間違いなくセレイア・ヴァルネ侯爵令嬢でした」
焦った様子で聞き返すが、伯爵令息ははっきりと私の名前を伝えた。
テオドール王太子殿下はそうあるべきというようにセレスティア・ヴァルナ公爵令嬢の名を出したが、その後の証人達も全て私の名前を言う。その度にチラッと、証言される皆様私の方に視線を向ける。
証人は一様に顔色が悪かった。
最初に証言した男子生徒は涙目でテオドール王太子殿下を縋るように見ている。
「その場に居たのはどちらの令嬢なの?」
「ヴァルネ侯爵令嬢であるならば、何のためにそんなことを?」
「彼女がそんなことする必要、あるかしら?」
そんな声が上がっている。そして──
セレイア・ヴァルネ侯爵令嬢が関わっているのならば、あの方が出てくる可能性もあるぞ、大丈夫なのか? の声も。
「あの方って……たった一人で魔獣の群れを退けた辺境の……」
「馬鹿、軽々しく名を口にするな」
周囲の言葉に、最初に証言した男子生徒は真っ白になっていた。
「リ、リリー。君を突き落としたのは私の婚約者だったんだよな?」
「はい」
「私の婚約者はセレスティア・ヴァルナ公爵令嬢だが、間違いはないか?」
「はい」
「セレイア・ヴァルネ侯爵令嬢ということはないな?」
「……はい? セレイア? セレスティア……え? どっち……婚約者の方……です」
フランボ男爵令嬢は戸惑っている。
「ここからは私が話を進めよう」
ここで別の声が響く。コンラート第二王子殿下だ。
「私は生徒会長としてこの事件を調査している。セレイア・ヴァルネ侯爵令嬢はいるだろうか?」
「はい。私はここにおります」
おずおずと手を上げて前に出る。
私の姿を見て、フランボ男爵令嬢が目を剥いて、え? 誰? と、驚いている。
「最初の証言者、カズレ男爵令息、君だけが聴取でもセレスティア・ヴァルナ公爵令嬢だったと証言した。その証言は今も変わらないか?」
カズレ男爵令息はその場に座り込み、床に頭を擦り付ける。
「も、申し訳ありません! 僕が見たのは、セレイア・ヴァルネ侯爵令嬢で、セレスティア・ヴァルナ公爵令嬢じゃありません!」
「なん、だと……」
テオドール王太子殿下が信じられないものを見るようにカズレ男爵令息を見る。
「であれば、その場にわたくしは居なかったということになりますわね?」
「そ、そんなはずは……」
セレスティアが言い、テオドール王太子殿下はフランボ男爵令嬢に目を向けるが、フランボ男爵令嬢は何が何だか分からないという様子だ。
「証言及びセレスティア・ヴァルナ公爵令嬢の否定により、今回の件について令嬢は無関係であると言える」
「ええ、わたくしは無関係ですわ」
「わ、私はテオの婚約者、セレスティア公爵令嬢に突き落とされたのよ」
「テオ……ね」
セレスティア様が不敵に笑う。
「フランボ男爵令嬢、突き落とされたと主張したあの時、あの場に居た目撃者は全員、テオドール王太子殿下の婚約者とは別の人物がそこに居たことを証言した」
「別のって……え? だって、あの場にいたのはセレスティア公爵令嬢だって……違った……の?」
フランボ男爵令嬢の顔色がだんだん悪くなっていく。そして、それはテオドール王太子殿下も同じで、顔色が悪い。
「フランボ男爵令嬢が階段から落ちた時、その場にいたのはセレイア・ヴァルネ侯爵令嬢、あなたか?」
コンラート殿下に問われ、首肯する。
「はい。その場にいたのは私です。ですが、私は突き飛ばしたりしていません」
「フランボ男爵令嬢との面識はなかったと言っていたな」
「はい、ありません。学年も違いますし、あの時まで名前も知りませんでした」
この学園は、学年ごとに棟が違うため、共通棟でないと他学年との交流はできない。
私は生徒会などにも入っていないため、他学年の生徒と会うとしたら、よく行く図書室くらいのものだ。
伯爵以上の上位貴族ならまだしも、男爵家の令嬢は交流がなければ流石に覚えていない。
「私は、誓ってフランボ男爵令嬢を突き落としたりしていません。私の婚約者は辺境伯令息です。フランボ男爵令嬢は私と彼の婚約破棄もお望みなのでしょうか?」
私にとっての一番の気掛かりはこれだ。
私はガイウス様が大好きだ。引き離されたりしたら、生きていけない程に。ガイウス様に嫌われてしまったら、これから先、彼と一緒にいられないとしたら、そう思うだけで心が締め付けられ、涙が出そうになる。
フランボ男爵令嬢は辺境伯令息と聞いてさらに顔色を悪くする。
「辺境伯令息……いっ、いいえ、いいえ、とんでもありません。そそそそんなつもりは一切ありません」
「ではなぜ、そんな嘘の証言を?」
「それは……」
私の問いに言葉を詰まらせる。
とりあえずは、ガイウス様との婚約破棄を望んでのことではないと胸を撫で下ろす。
「申し訳ありません!」
私の方に滑り込みで頭を下げ謝罪するカズレ男爵令息に驚く。
「僕は、フランボ男爵令嬢に脅さ……」
カズレ男爵令息が言葉を飲み込むように口をつぐむ。
「頼まれて、ヴァルナ公爵令嬢の行動を調べてお伝えしました。図書室にいる、と。……でも、僕が調べていたのは、ヴァルネ侯爵令嬢でした。僕はヴァルネ侯爵令嬢が辺境伯令息の婚約者だと知らなかったんです! ……お許しください!」
私の名前と、セレスティア様の名前はよく似ていて間違えられることも少なくない。カズレ男爵令息も間違ってしまった、と。
それと私がガイウス様の婚約者であることを気にされているが、それが今回の事件とどう関係があるのだろうか?
フランボ男爵令嬢からは私とガイウス様の婚約破棄については否定されたのに。
私は首を傾げた。
「……なるほど。話は繋がった。フランボ男爵令嬢は、自分を突き落としたのはテオドール王太子殿下の婚約者だと証言した。だが実際にその場にいたのはセレイア・ヴァルネ侯爵令嬢。テオドール王太子殿下の婚約者ではない。となると、セレイア・ヴァルネ侯爵令嬢にはフランボ男爵令嬢を害する動機がない。彼女には──」
その時、バンッと乱暴に扉を開く音が響き生徒達が一斉に振り返り、ピンッと張り詰めたような緊張感に包まれる。
そして、ヒュッと誰かが息を吸い込む音がする。
「セレイアっ!」
ビリビリと空気を震わせる声が響いた。
私の大好きなガイウス様の声だ。
「ガイウス様っ!」
ドシドシ音を立ててガイウス様が現れる。人垣の向こうでも頭半分飛び出す高い身長。
サッと人垣が割れる。
ガイウス様が、私の姿を見つけた途端、柔らかく微笑んで、一瞬で距離を詰め抱き上げてくれる。
太い腕に逞しい体。傷があって尚、凛々しく整ったお顔。衝突が絶えない辺境伯領の守護神で私の大好きな婚約者、ガイウス様だ。
周囲からは──
「来たのか……」
「来ちゃったよ、最強守護神が」
「そりゃ来ますわ。婚約者の危機ですもの」
「これ、王太子殿下とあの男爵令嬢終わったんじゃないかしら」
「命運尽きたな……」
などと、囁かれているが、関係ない。
温かい腕に抱かれて心からホッとする。
「大丈夫か? 手紙をもらってすぐ辺境を発ったんだ」
「私のために……お忙しかったでしょうに」
「愛おしいセレイアのためならば、当然のこと」
「優しい御方。ありがとうございます」
嬉しくなって、その太い首に抱きつく。
「誰だ、我が可愛い婚約者を貶めようとする輩は」
地を這うような声が響く。場の温度が数度下がった気がする。
「え、あ……いや」
テオドール王太子殿下は言葉を濁し、周囲が戦く中、ただ一人コンラート殿下だけが冷静に言葉を続ける。
「只今、状況確認中です。ガイウス殿にも分かるように説明と確認を続けてもよろしいでしょうか?」
コンラート殿下の言葉にガイウス様が頷く。
未だピリピリした空気を発するガイウス様を宥めるように頬ずりする。
「セレイア・ヴァルネ侯爵令嬢には辺境伯令息であるガイウス殿という婚約者がおり、ご覧の通りその仲は非常に良好だ」
コンラート殿下は証人達に目を向ける。
「私が調査していた内容だが、まず、セレイア・ヴァルネ侯爵令嬢を見たとの証言だが、階段の上に立っていたのを見ただけで、突き落としたところを見た者は一人もいない」
証人達はコクコクと頷く。
「また、皆一様に悲鳴を聞いたと言っている。それ以外、例えば階段を転げ落ちる際に体を打ちつけた音などは一切聞いておらず、階段下でうずくまるフランボ男爵令嬢を見た、と」
訝しむ視線がフランボ男爵令嬢に集まっていく。
「先ほど、テオドール王太子殿下はフランボ男爵令嬢は腕を捻挫したと仰った。しかし、目撃者は足が痛いと言って救護室に連れて行ったと証言している。他の場所は問題なさそうだったと聞いているが、怪我をした場所は腕か? 足か? さらに──」
「もういい」
テオドール王太子殿下がコンラート殿下の言葉を止める。
「リリー正直に言ってくれ。事件は本当に起きたのか?」
「え……テオ、私を信じてくれないの?」
「もうそういう状況ではないのだ。ガイウス殿がここにいる以上、嘘の報告をしてはならない。君を突き落としたのが、私の婚約者であるセレスティア・ヴァルナ公爵令嬢ではないことははっきりしている。ならば、ならばなぜこの事件は起きたのか」
「た……頼んだのよ! 婚約者の公爵令嬢が、あの侯爵令嬢に、だから……だから……ひっ」
ゴンと音がした。
背負った大剣をガイウス様が鞘に入ったまま片手で床に打ちつけた。数人がかりで持つ大剣だ、床は蜘蛛の巣状に凹み、周囲に向かってヒビが入る。
「そこの女。我が愛する婚約者を嘘で貶めようと言うのであれば、俺が武力をもって貴様の男爵家を潰す。そして、それを容認するそこの愚かな王子もだ。心優しい我が婚約者がそれを望まなかったとしてもな」
私を信じ、私のために怒ってくれるガイウス様を宥める様に逞しい胸をぽんぽんと叩く。
「正直に言っていい、リリー。セレイア・ヴァルネ侯爵令嬢はリリーを階段から突き落としたのか?」
フランボ男爵令嬢はその場に座り込む。
「いいえ。私が嘘をつきました」
「自作自演だった、ということでいいのだな?」
コンラート殿下が聞き返すと。
「そうよ! 婚約者の有責で婚約破棄できれば、テオと結婚して私が王妃になれるはずだったのよ! それを、それを、そこの侯爵令嬢が邪魔したせいで……ヒッ」
無意識に私がガイウス様の服をギュッと握った。その瞬間ヒュンと風が起き、フランボ男爵令嬢の髪飾りが真っ二つに割れカランと床に落ち、留めていた髪がはらりと落ちる。
王の御前での抜刀は御法度。だが、この場にいた誰一人、ガイウス様の抜刀を見たものはいないだろう。あれほどの大剣、そして私を抱えたままで、起きた風でふわりと私の前髪が揺れただけ。それほどにガイウス様の剣技は常人の域を超えている。
そして、フランボ男爵令嬢の言葉は誰かが入れ知恵したことを示している。
「お前は王妃にはなれない。我が可愛い婚約者を貶めたこと、後悔させてやる」
テオドール王太子殿下をガイウス様が睨む。
「あの女に指示したのは貴様だな? 貴様にも責任を取ってもらう。ただで済むと思うな」
観念したようにテオドール王太子殿下が膝を着く。
ガイウス様の言葉に周りが戸惑っている。今回の事件にテオドール王太子殿下が関わっていることを示唆したのだから当然だ。
カズレ男爵令息の様子から、目撃者を用意したのもテオドール王太子殿下だとしたら──
「ガイウス様、私は大丈夫ですわ」
「セレイアは優しいな。愛しいセレイア」
私の言葉にガイウス様は相好を崩す。
会場が一気に安堵の声に包まれる。
しかし、すぐにガイウス様が厳しい目を壇上へと向ける。
「王よ、俺は我が可愛い婚約者を貶めようとしたその女を許しはしない。そして、それに加担する王太子も支持しない。次代の王がそれになるのなら、我が辺境領はこの国に従うつもりはない」
少しの睨み合い。二十近くも歳上の陛下に、ガイウス様は一歩も引かなかった。
「承知した」
答えた陛下の顔には苦悩が見て取れた。無理もない、ガイウス様が支持しないということは北の国防が機能しないと言うことだ。
北の国防が機能しない場合、魔獣によってこの国は一月も経たずに滅ぶ。それほどに重要拠点であり、ガイウス様の存在はその根幹を支えるものなのだ。
それを陛下は誰よりも知っており、ガイウス様に敬意を払う。
陛下が立ち上がり、周囲が最敬礼する中、ガイウス様とガイウス様に抱えられている私だけが礼をとっていない。
下ろしてもらおうと顔を覗き込むと甘い顔で返される。下ろしてもらえないようだ。
壇上の側妃様の顔色もとても悪い。まあ、自分の子の起こした問題と行く末に顔色が悪くなるのも仕方ないことだろう。
ちなみにコンラート第二王子殿下は王妃様のお子様で、テオドール王太子殿下とは異母兄弟だ。
「面を上げよ。正式な発表は後日とするが、テオドール第一王子の王位継承権の剥奪及び王籍の剥奪、コンラート第二王子を王太子とする。それに伴い、テオドールの婚約者であったセレスティア・ヴァルナ公爵令嬢との婚約をテオドール有責により破棄。また、リリー・フランボ男爵令嬢を虚偽告訴・誣告などの罪で逮捕する。……二人を連れていけ」
「え? え? 何で? テオ、テオ助けてよ、テオ……嫌、嫌よ。テオーー」
フランボ男爵令嬢が衛兵に連れて行かれる。
そして、テオドール殿下もまた別の方へと連れて行かれた。
テオドール殿下を見つめる陛下の顔には落胆が見て取れた。しかし、それも一瞬。
「さて、セレスティア・ヴァルナ公爵令嬢、セレイア・ヴァルネ侯爵令嬢。二人には大変な迷惑をかけた。セレスティアにはヴァルナ公爵を交えて慰謝料を含め今後のことをまた後日話し合うことにしよう」
「畏まりました」
セレスティア様がカーテシーで応える。
「セレイア侯爵令嬢は、無関係にも関わらず迷惑を掛けてしまったな」
「いいえ。私は無実ということがわかって頂ければそれで十分です。それに──」
と、目線が同じガイウス様に目を向ける。
私の視線に気付くと、厳しい顔をしていたガイウス様の視線が蕩ける。
「こうしてガイウス様に予期せずお会いできたことを嬉しく思います」
「重畳、重畳。王命で成した婚約であったが、そうとは思えぬ程の溺愛ぶり。何よりも嬉しく思う。誰もセレイア嬢が誰かを害するなど思っておらぬ。その必要もないからな。ガイウス殿がこんなにも愛しておられるのがその証拠」
陛下は目を細めて言い、ホールを見渡す。
「一生に一度しかない卒業パーティーを台無しにしてしまい、皆にも迷惑をかけた。だがまだパーティーは始まったばかり、今あったことを余興とし、パーティーを楽しむが良い」
陛下が手を上げると音楽隊が音楽を奏で始める。
コンラート王太子殿下がセレスティア様をダンスに誘い、二人がホールへと出ていく。
コンラート王太子殿下は婚約者がいない。恐らくこの二人が今後婚約を結ぶのだろう。お似合いの二人だ。
私はというと、ガイウス様と一度会場を出た。
控え室に案内され、ガイウス様の準備を待つ間用意されたお茶とお菓子をつまむ。
しばらくして、扉が開いて現れたガイウス様に、はわわと声が出る。
王宮が用意した衣装を纏ったガイウス様があまりにも素敵すぎて固まってしまう。
野生味溢れていた髪は後ろに撫でつけられ、無精髭も無くなり、すっきりとした青年に変わっている。
恵まれた体に、正装はあまりにも似合いすぎた。広い肩幅も引き締まった腰も、長い足も。全てが完璧だった。
「久しぶりの正装だが、どうだろうか?」
「カッコ良すぎて……言葉が出ません」
「そうか? セレイアも今日は一段と美しいな」
そう言って、指先にキスしてくるからふらりとよろけると腰を支えられ、そのままエスコートされる。
「では行こうか」
「は、はい」
ガイウス様のエスコートでホールに戻る。
扉が開き、中に入った途端ため息で迎えられた。
そう、私のガイウス様はかっこいいのだ。
一騎当千の武力が有名過ぎて、普段は武人然としている野生系だけど、正装をした時のガイウス様は世界一かっこいい。
「美少女と野獣かと思っていたけれど……これは」
「ええ、美男美女、お似合いの二人ですわね」
お似合いの二人という言葉に嬉しさが溢れる。
「ガイウス様、大好きです」
ガイウス様に屈んでもらい、耳に口を寄せて言うと、
「俺もだ」
と、お返しの耳打ちが返ってくる。
魔獣蔓延る北の守護神、最強戦士の婚約者だけど、私にとっては最愛の婚約者です。
お読みいただき、ありがとうございました。
断罪予定の婚約者はほぼ空気でしたね。
ガイウス様は北の民族次期頭領なので、王国とは主従というより協力関係に近いです。うちの土地に悪さする奴らの駆除のついでに王国に行かないように駆除しといてやるよ的な。鬼強いので王国としては諍いを起こしたくない相手。
なので、セレイアと王命で政略の婚約させたけど、お互いベタ惚れです。強くて優しい人好き→←自分を怖がらず穏やかで可愛い。相思相愛。
☆評価、スタンプして頂けますととても喜びます。
これまでのコメントは全て読ませていただいております。ツッコミコメントも鋭いコメントも励みになります。ありがとうございます。
また次回お会いできましたら嬉しいです。




