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犬猿の仲の公爵家同士ですが、覚悟を決めたら僕の人生が決まりました  作者: 白波 いつき


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1/4

本編:犬猿の仲の公爵家同士ですが、覚悟を決めたら僕の人生が決まりました

貴族社会には、

 絶対にくっついてはいけない組み合わせというものがある。


 例えば――

 犬猿の仲として知られる、グラーフ家とローゼン家。


 どちらも公爵家。

 どちらも強い影響力を持ち、顔を合わせれば必ず口論になる。


 そんな二つの家の間で、よりにもよって、静かに両想いを続けている二人がいた。


 マティアス・フォン・グラーフは、学園内では少々有名な存在だ。


 顔がいい。

 とにかく顔がいい。

 愛想もいい。


 ただ、風貌の問題だろうか。

 「チャラそう」と評されることが多い。


 実際、周囲には女子が多い。


――ただし本人は、三人の姉に叩き込まれた徹底的なレディファーストと、断るのが壊滅的に下手な性格なだけだった。


 どうしてこうなるんだろ……。


 そう思いながらも、愛想よく笑ってしまうあたり、自覚はあっても改善の余地はない。


 一方で、彼が想っている相手は、誰もが「近寄りがたい」と評する存在だった。


 ヘレーネ・フォン・ローゼン。


 整った顔立ちに、凛とした佇まい。

 孤高のクール系美女――

 という評価は、だいたい合っている。


 ただし本人は、常々「友達が欲しい」「人気者が羨ましい」と口にしている。


 二人が言葉を交わすようになったのは、皇室主催のパーティーだった。


 両家の当主が、いつものように言い争いを始め、

 その少し離れた場所で、マティアスとヘレーネは顔を見合わせた。


「……お互い、大変ね」


 そう言って、ほんの少しだけ笑った彼女の顔を、マティアスは今でも覚えている。

 それが、すべての始まりだった。


 以来、二人は隙を見ては短く話し、見つかればすぐに引き離される。


「帰るぞ!」


「こんな家の人間と口を利くな!」


 そんな言葉と共に。


 それでも、会話を重ねるうちに、気づけば互いが特別になっていた。


 ――好きだ。


 その気持ちは嘘じゃない。

 ヘレーネも、きっと同じ気持ちでいてくれている。

 うん。たぶん、きっと……俺の思い違いじゃなければ。


 だが、付き合うとなると……なぁ。


 マティアスは、元騎士団長で、ゴリラも裸足で逃げ出しそうな顔をした、ローゼン家当主の姿を思い出し、思わず身震いした。


 怖すぎる。ビンタされたら、きっと俺の首はもげるだろう。

 超えるべきハードルが高すぎる。

 そして、その超え方がまったくわからない。


 だから二人は、今日も曖昧な関係のまま、同じ学園に通っている。


 その日も、空はやけに穏やかだった。


 雲ひとつない青空。

 いい天気だな。

 洗濯物日和だ。


 学園の中庭は、昼下がりの静けさに包まれている。


 鈴を転がすような声が、その静かな空間に響いた。


「ねえ、マティアス」


 隣に座るヘレーネが、本を閉じながら口を開いた。

 ただ、それだけの仕草なのに、今日もヘレーネは美を体現していた。

 そんな彼女の口からは、ほうっと思わしげなため息が漏れた。


「私たち、もしかして、悲劇の恋に酔っているだけなんじゃないかしら」


 思いがけない言葉に、マティアスの背筋が一瞬で強張る。


 別れ話。

 関係を終わらせるための前置きか?


 えっ、待って。

 普通に嫌なんだけど!?


 だが彼は、三人の姉に叩き込まれた教えを思い出す。


 ――女性の話は、最後まで聞け。


「えっと……

 どういうことかな?」


 自分でも驚くほど、穏やかな声が出た。

 無駄にキメ顔をしている自覚もある。


「私たち、親に反対されているし、学校でも堂々と会えないでしょう。

だから、この状況に酔っているだけなのかしら、と思って」


 憂いを帯びた、美しい横顔。


 とても絵になる。

 なるが――


 いや、そんなことある?

 そんな自覚がある状況で、酔いしれたりする?


「もしかしてだけど……

 最近、何か小説とか……読んだ?」


「ええ。

 ロミエットとジュリエッタを読んだわ」


「なるほど」


 納得しかなかった。


 あれは、そういう本だ。

 読めば誰でも一度は、運命だの障害だのに浸りたくなる。


 あるいは、本の中の二人を客観的に見て、もしかして、私たちも周囲から見たら、状況に酔っている痛いカップルに見えるのでは、と考え始めたのかもしれない。


 ……ありえそうだな。


「俺は酔っているつもりはないよ」


「私もよ。でも大体、酔っぱらいって酔ってないって言うじゃない?」


 リアルな酔っぱらいと一緒にしちゃダメでしょうよ。

 そう思うが、彼女は真剣だ。


「えっと……じゃあ、一回、距離でも置いてみて。冷静になる時間、設ける?」


 自分で提案しつつ、思わず自分を殴りたくなった。

 ――離れるとか無理じゃない!?


 マティアスの内心の葛藤は他所に、ヘレーネは少し考えてから、静かに頷いた。


「そうね。その方がいいかもしれないわ」


 あっさりした返事だった。

 ……あっさりしすぎじゃないですか?


 内心、心臓が嫌な音を立てていたが、彼はそれを表には出せなかった。


 それから数週間。

 マティアスの周りには、なぜか女子生徒が増えた。


「マティアス様、良かったら次の教室までご一緒しても――」


「あ、……うん……いいよ」


 断れない。

 いつも通りだった。


 いや、別に勘違いさせたいわけじゃない。

 だって、悲しい顔をされたら、どうしたらいいのか分からないんだ。


 でももちろん、一緒に歩く以外は何もしない。

 だいたいの子は、想像と違ったらしく、一定期間で去っていくし。

 なんか違うらしい。

 ――なんかって何? 去り際に致命傷与えるの、やめてくれる?

 最初のキラキラした目とは違い、何だか残念なものを見る目で、皆、俺の元を去っていく。

 別に悲しくはない。ただ、原因だけ教えて?


 一方で、ヘレーネの方にも変化があった。

 友達ができたのだ。


 しかも――皇女。

 恐らく初めてだろう友達に、ヘレーネはワクワクを隠しきれない表情をしていた。


 なおマティアスは、その皇女に以前、こう言われている。


「チャラい男は嫌いです。近寄らないでください」


 思い出すたびに、心が静かに削られる。

 皇女が近くにいると、なかなか近寄れない。

 でも、楽しそうなヘレーネは可愛いな。


 それから、さらに数週間して、久々に中庭でヘレーネと会った。


 彼女の口から、開口一番に飛び出したのは――


「やっぱり、貴方と会えない日が続くのは淋しいわ」


 という言葉。

 あーもう、可愛い。


 マティアスは、その言葉を噛み締めながら、


「俺も」


 と返すのがやっとだった。


 そして、それから数日。


 ヘレーネの両親が、ヘレーネに婚約者の打診があったと伝えたらしい。


 伯爵家の嫡男で、

 顔よし。成績よし。運動神経よし。

 将来有望で、なおかつ爽やか。


 学園内の人気は、堂々の一位。


 ちなみに、二位はマティアスである。


 何してくれてんの? マジで何してくれてんの!? 将来のお父様、お母様。

 俺、勝ち目ないから!

 ヘレーネに近寄らないでくれ。頼むから!


 ……完璧男とか滅びろ。

 マティアスは、毎晩寝る前に神様へと祈りを捧げるようになった。


 ヘレーネは両親へ、しっかりと断ったらしいが、どうやら向こうは、まだ諦めていないようだ。


 そんなある日。


 裏庭で本を読むヘレーネを見つけ、声をかけようとしたマティアスは、その足を止めた。


 彼女の前には、例の完璧野郎が立っていたからだ。


 マティアスから見ると、二人は、とても楽しそうに話しているように見えた。


 ――何よりも、とてもお似合いに見えた。


 近くにいた皇女曰く、ヘレーネの返事は、どう聞いても棒読みだったらしいけど。

 壊れたオルゴールだって、もっとスムーズよ。

 とは、後ほど聞いた話だ。


 でも、その時の俺には、二人のお似合いな姿が、ただただ羨ましかった。


 それ以来、そんな光景は、何度か目にすることになった。


 俺は、皇女が怖くて近寄れないのに!

 それを見たのは、何度目だっただろうか。


 裏庭。

 木陰。

 本を開いたままのヘレーネの正面に立つ――例の完璧男。


 マティアスは、物陰から二人を見ていた。

 ストーカーじゃない。心配だからだ。


 風が吹き、ヘレーネのきれいな髪が揺れる。


 そのあと、完璧野郎が、ヘレーネの髪を整えようと、手を伸ばした。


 ――その瞬間だった。


「ちょっと待ったぁぁぁ!!」


 自分でも驚くほど、でかい声が出た。


 あ、やばい。


 そう思った時には、もう遅い。


 俺は、

 二人の前に、飛び出していた。


「あっ……えっと」


 視線が集まる。


 完璧男。

 ヘレーネ。

 通りがかりの生徒数名。


 落ち着け。落ち着け、俺。

 そう思えば思うほど、舌が空回りする。


 ヘレーネを見ると、驚いたように、目をまん丸にしていた。


 何故か、落ち着いていない時ほど、口は勝手に動く。


「俺は……! えっと……その……」


 ――言葉が、まとまらない。


 物語とかでは、もっと格好よく決まっているのに!


 今、出てくるのは、

 意味不明な単語と、

 妙な間だけだった。


「えっと……ヘレーネは! 俺の……なんで、だから」


 沈黙が痛い。


「触らないで! ください!」


 あーー……くそ。格好悪い。


 今までの人生で、一番、格好悪い瞬間だった。


 沈黙。


 完璧男が、不思議そうに首をかしげる。


「……二人、仲良かったの? 犬猿の仲じゃ?」


 ですよねー。

 今まで、そんな素振り、なかったもんね。


 有名だもんね。

 仲悪いの。


 ちらりと視線を向けると、ヘレーネは、顔を伏せ、口元を手で覆っていた。


 終わった……。


 嫌われた。

 幻滅された。

 今までの関係も、全部。


 そう思った、その時。


「――ふふっ」


 小さな、でも、確かに堪えきれていない笑い声。

 顔を上げたヘレーネの顔には、はっきりと笑みが浮かんでいた。


「……え?」


「もう……」


 彼女は一度、深呼吸をしてから、にっこりと笑った。


「なんだ。あなた、覚悟が決まったのね」


「……は?」


 理解が追いつかない。


「だって、そうでしょう?」


 彼女は、当然のように言う。


「嫉妬して、飛び出してきて、あんな告白――いえ、未遂をするくらいだもの。

 私のこと、大好きなのね」


「い、いや、あれは……! 大好きだけども!」


 それはもう大好きですよ!

 でも、覚悟って何!?


「十分よ」


 そう言って、彼女はマティアスの手を取った。


「なら、早い方がいいわ」


「は、早いって、何が……?」


「決まっているでしょう」


 ぐい、と引っ張られる。


 歩き出す。

 迷いがない。


「ちょ、ちょっと待って! どこ行くんだ!?」


「決まっているじゃない」


 振り返った彼女の表情は、楽しそうで、どこか晴れやかだった。


「両家へのご挨拶よ」


 ……は?


 脳が、処理を拒否した。


「い、いやいやいや! それは! 順序ってものが――」


「今さら、何を言っているの?」


 にっこり。


「あなた、覚悟が決まったのでしょう?」


 ――違う。


 決まったのは、勢いだ。

 首をもがれる覚悟も、ゴリラとタイマンする覚悟も、決まってない。


 だが、その勢いに引きずられるように、マティアスは歩いていた。


 ……ああ、もう。


 どうやら俺は、人生で一番大事な局面に、最悪の形で踏み込んでしまったらしい。





 連れて行かれた先には、予想通り――両家の当主が揃っていた。


 奥方はいない。

 そして、とても空気が重い。


 部屋に入るなり、すでに言い合いが始まっていた。


「だから貴様の家は――!」


「それを言うなら、そちらこそ――!」


 あ、これ、いつものやつだ。

 マティアスが現実逃避を始めた、その時。


「お父様」


 ヘレーネが、澄んだ声で口を開いた。

 喧嘩が、ぴたりと止まる。


「私たち、結婚しますわね」


 ヘレーネちゃーーーん!?


 静かで、あまりにも自然な宣言だった。


 次の瞬間。


「なにを言っている!!」


「ふざけるな!!」


 怒号が飛ぶ。

 予想通りだ。

 むしろ、ここまでは想定内。


 だが、ヘレーネは一歩も引かない。


 彼女は、マティアスの父の前に歩み寄り、一通の手紙を差し出した。


「おじさま。これを読んでいただけます?」


「おじ……なぜ、そんなものを」


「読みたくないなら、構いませんわ」


 にっこり。


「おじさまとおばさまは、今もとても仲がよろしいですものね。

 いつまでも、そうでいてほしいですわ」


 ――貴族的な、満点の微笑み。


 その笑顔に、背中に冷たいものを感じたのだろう。

 父は、手紙をひったくるように奪い取った。


 そして。


 数行読んだところで、顔色がみるみる青くなる。

 そして、赤くなる。

 ――すごいな。どうなってんの?


 それは、若かりし日の公爵の黒歴史ラブレターだった。

 公爵夫人と出会うまで、公爵は相当遊んでいたらしい。


「……ま、まだ……あるのか」


「ええ。皆様、とても大切に保管されていましたので」


 父は、崩れ落ちた。


「……婚約は、認める」


 蚊の鳴くような声だった。


 唖然とするローゼン家当主。

 唖然とするマティアス。


 えーと。

 ヘレーネちゃん、何を父に見せたのかな?


 俺の戸惑いを他所に、ヘレーネは止まらない。

 次は、自分の父へ向き直った。


「お父様。私、家を出てもいいと思っているの」


「……何?」


「行商になって、各国を回るのも楽しそうでしょう?」


 ローゼン公爵の顔色が、今度は本格的に悪くなる。


 娘の、斜め上に突き抜けた行動力の数々を思い出したのだろう。

 驚くよね。俺も驚いた。初耳だよ、ヘレーネちゃん。


「平民の生活が、どれほど厳しいか分かっているのか!

 お前は家のことも、自分のことも……!」


「あら」


 ヘレーネは、首を傾げた。


「私は、できなくても問題ありませんわ」


「……は? 何を甘えたことを……!」


「彼ができるもの」


 そう言って、彼女はマティアスを指差した。

 部屋の視線が、一斉に集まる。


「……え?」


 素で声が出た。


「料理も」

「家事も」

「身だしなみも」


 淡々と、事実だけが並べられる。


「彼の作る食事は、派手ではないけれど、毎日食べたくなる味ですし、

 その他の家事も、お手の物ですわ」


 マティアスは、完全に思考停止していた。


「……で、できるのか?」


 恐る恐る父に問われ、逃げ場を失った彼は、正直に答える。


「あ、はい……できます」


「何をやっている! お前は公爵家の嫡男だぞ!」


「いや、その……母と姉たちが、

 父のような、煩いだけのポンコツになるなって……」


 空気が、死んだ。

 ごめんね。思わず口が滑っちゃった。

 でも、ちゃんとオブラートには包んだから。

 実際は、もっと酷かったから。


 泣きそうな顔の父を励ますか悩んでいる間にも、ヘレーネの追撃が止まらない。


「この間のクッキーも、美味しかったわ。

 デートの時には、髪も綺麗に結ってくれたし。

 マティアスは、実際に行動で愛を示してくれるから、安心できるんです」


 えっ。照れる。


「お母様も、結婚するなら、マティアスみたいな人がよかったと、よく言っているしね」


 ローゼン公爵が、音を立てて崩れ落ちた。

 愛娘から、愛する妻のまさかの発言を聞いて、耐えられなかったのだろう。


 その後。


 両家当主は、喧嘩する気力すら失ったのか、それぞれが短く告げた。


「……婚約は、了承する」


「もう、好きにしたらいい……」


 意気消沈した二人は、そのまま部屋を出ていった。

 そうして、部屋は静かになった。


 残された俺とヘレーネ。

 何とか首をもがれなかったことにホッとしつつ、機嫌の良さそうなヘレーネに向き合う。


「……俺の覚悟待ちだったの?」


 呟くと、ヘレーネは楽しそうに笑った。


「ええ。だから、早く言ってくれればよかったのに」


 マティアスは、改めて彼女に向き直る。

 待っててくれたなんて、考えたこともなかった。

 何とかしなきゃと思うばかりで、何の行動もできていなかった自分とは違い、

 彼女は、俺たちの今後を、しっかり考えていてくれた。


 その事実に、マティアスは、拳をぎゅっと握りしめた。


 花束もない。

 もちろん、指輪も用意していない。

 それでも、彼女に膝まずくことはできる。


「俺と、結婚してください」


 そっと手を差し出し、美しい指先に手を触れる。


「ええ、喜んで」


 とても美しい彼女の笑みに、マティアスも思わず、笑みがこぼれた。


「結婚しても、たまには、あなたが作る素朴なご飯が食べたいわ」


「……うん。いくらでも作るよ」


「また、私の髪の毛、結ってくれるかしら。

 貴方が選んでくれた服を着て、デートにも行きたいわ」


「もちろん。じゃあ、俺の服は、ヘレーネが選んでね」


「それと、取り巻きの女性は、整理なさい」


 ヘレーネの声が、一段低くなった。


「……はい」


「それから……」


 まだあるの?


「貴方の、学園での告白も、私は好きよ」


 それはもう、忘れてください!!


 でも、まぁ。


「ありがとう」


 こんな俺を好きになってくれるのは、彼女ぐらいだろう。


 マティアス・フォン・グラーフは、

 こうしてようやく、

 覚悟を決めた。


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