王子に捨てられた男爵令嬢、辺境で真実の愛を見つけました
路地から、子どもが飛び出してきた。
「きゃっ!」
彼女は咄嗟に足を止めた瞬間、
「おっと、すまない。」
背後から来ていた誰かが、彼女の背中にぶつかった。
衝撃で、身体が前に倒れる、と思った。
「大丈夫か」
大きな手が腕を掴んだ。
子どもは走り去り、
彼女はその人の腕の中にいた。
石畳の通りは、昼下がりの光で白く眩しかった。
通りの両脇の露店は活気づき、彼女は手にした紙袋を胸に抱え、次の角を曲がろうとしたところだった。
腕の中から見上げると、そこには美しい人がいた。
見たことがある気がしたが、町で会ったことはないと思う。こんなきれいな人に会ったら忘れられるはずがない。
「これ、君の?」
腕から解放されて、落とした紙袋を拾ってくれた。
「ありがとう。」
「・・・・・・君、名前は?」
「あの、えっと、し、失礼しました。」
こんなきれいな人に抱きしめられたのが、急に恥ずかしくなった。そして、彼女は走ってその場を立ち去ってしまった。
彼女は家への道を急いだ。さっき見た男の人のことが気になって、自分がどんな顔しているのか心配になった。
彼女の家は男爵邸であり、彼女はエリシア・ヴァルノート男爵令嬢である。
「ただいま戻りました。」
「姉ちゃん、何、百面相しているんだよ。」
「うるさい、エミール。」
彼女は鏡を見のぞき込み、慌てた自分の顔を見た。頬が赤くなり、目はぱちぱちと瞬きを繰り返している。
「すごい、イケメンに会ったの!」
「何かあったの?」
「名前聞かれたけど、逃げてきちゃった~。やだー、私ったら、もう。」
手を顔に当てて、大きく頭を振る。ピンクゴールドの長い髪がふわふわとその場に漂った。
「うるせー。早く、この刺繡の続きをやりなよ。」
「そうだった、バザーが来ちゃう。」
彼女の一族が通う聖堂でのバザーが近いため、縁起物だと言われる刺繍の入ったハンカチを作っている。
「明日は入学式か~、貴族社会って大変そう・・・・・・。」
「姉ちゃんはちゃんと静かにしとけよ。貴族にかかわると碌なことない。」
「気を付けるよー。」
弟が知ったかぶりをするのを、彼女は苦笑しながらも答えた。心配してくれるのが、なんだかくすぐったかった。
◇
「エリー、もう起きないと準備が間に合わなくなるわよ。」
「・・・・・・お母様!え、今何時!?やだ、もうこんな時間、もっと早くに起こしてくれたらいいのに!」
「散々、起こしましたよ。」
男爵家といっても、エリーの家には洗濯や掃除をするメイドが2人いるだけだ。エリー付きのメイドなどもいようはずもなく、エリーはさっさと起きると、自分で身支度を始めた。
エリーは立派な校門をくぐり、重厚な校舎群が並び立つのを見た。
「よかった、間に合ったみたい。」
エリーは人の流れについて行くことにした。やがて、大きな講堂が見えてきた。
エリーは案内されて座席に座った。式が始まり、エリーは少し緊張が解けてくるのを感じていた。
「新入生、挨拶。ユリウス・アルヴェーン・レグナール殿下。」
「はい。」
同学年に王子がいるのか、とエリーは初めて気が付いた。壇上に王子が出てくると、エリーは衝撃を受けた。昨日のあの男の人と同じ顔、同じ声、同じ笑顔がそこにあった。そして、王子はエリーの方を見つめて、少し目を見開くと、微笑んだように見えた。
エリーはまるで自分が見つめられたかのように感じ、心は悲鳴をあげた。エリーは恥ずかしくなって、手元のハンカチに目を落とした。エリーが自分の感情に困っているうちに、式は終わってしまった。
入学して数日がたち、エリーは先生に頼まれた荷物を教室へと運んでいた。最初は軽いと思っていた本も、運んでいるうちに手に食い込むようになり、少し痛みを感じながら歩いていた。
「あ、君!」
「!」
エリーは王子様が目の前に現れて、急に立ち止まったことで、手に持っていた本がぐらついた。とっさに王子が本の山を押さえた。しかし、今度は王子の温かい手がエリーの手に触れている。エリーの顔は真っ赤になり、王子から手を放そうとして本からも手を放してしまい、床に散らばしてしまった。
「半分持ってあげるよ。」
「あ、ありがとう、ご、ございますぅ・・・・・・。」
エリーは王子の手の感触が手に残っていて、落ち着かなかった。
エリーは王子を見上げると、美しい瞳がエリーを見つめ返した。
入学式からしばらくたったころ、エリーは友人のカトリーヌと食堂で昼食をとった後、中庭にでて散歩をしていた。
「エリー、次は魔法薬の授業よ。」
「うちの領地、薬草が取れるから、ちゃんと勉強しなくちゃ。」
「そういうモチベーションがあると、いいわね~。」
エリーは王子とすれ違ったが、カトリーヌを見ていたので気が付かなかった。王子ははっと驚いたような顔をして、通り過ぎるエリーに声をかけた。
「待って、き、君!」
エリーは王子に声をかけられているのに、気が付かなかった。王子はエリーの手に触れた。エリーは驚いて手を引き、王子はその手を今度はつかんだ。
「君の名前を知りたいんだ。」
「え?・・・・・・エリシアです。ヴァルノート男爵家長女です。で、殿下。」
「エリーと呼んでもいいかい?」
「は、はい。」
エリーは入学から何度目かになる王子とのやり取りに、心が浮き立つのを感じた。王子の向けてくる笑みは眩しすぎて、エリーは恥ずかしくなって目をそらしたくなるのだ。
「エリー、今日、うちにこない?」
「うち?」
「見せたいものがあるんだ。」
王子はエリーの手をつかんで、お願いの顔をした。エリーはお願いよりも、両手の温かさに意識が持っていかれていた。
放課後になると王子はエリーの教室へ迎えに来て、周囲のざわめきもものともせず、エリーの手を取り、エスコートして馬車止めへと急いだ。
「さぁ、乗って、乗って。」
王家の紋章のついた馬車に乗せられ、座席に座ると、エリーは一気に血の気が引いた気がした。
「あの、うちって、王宮のことですか!?」
「え?そうだけど。」
エリーは心が追いつかないまま、馬車は王宮の中へ、大分奥の方へと進み、エリーは不安で自分の肩を抱いた。
「さあ、ここだよ。」
白亜の城、とでもいうか、神殿とでもいうか、白い石でできた荘厳な建物が、エリーの目の前に広がっていた。
王子に手をつかまれ、ひかれて一緒になって走るように宮殿の中へと入っていく。
エリーは王子に神殿の中心のところへと連れていかれると、王子は中央に置かれていた白い球体にそっと右手を置いた。フワリという柔らかい淡い光が球体の奥から広がってくるような感じがした。
エリーは光に誘われるような感覚がした。王子に掴まれていない方の左手で、エリーも球体に触れた。次の瞬間、球体から強い光が放たれ、球体の入っている支柱が光を帯びた。そして、足元に魔法陣が浮かび上がり、パンッとはじけるような波動を感じると、魔法陣と支柱には穏やかに光り続けている。
「ごめんなさい!」
エリーは、驚いて球体から手を離した。
「結界が完成している!」
近づいてきた神官が驚いて声を上げた。エリーがあたりを見回すと、ざわざわと神官が集まってくる。
「そこの少女が。」
「本当だ。」
「神官長様を呼べ。」
「はい。」
エリーと王子は顔を見合わせた。王子はなんかやらかしたという顔をしている。エリーは王族でない自分が大切なものを触ってしまったことで、取り返せないことをしたのではないかとびくついていた。
「おぉ、神官長様!」
「結界がある・・・・・・、どうしたというのだ?」
「その少女と王子が。」
「おぉ、祈り役様だ。」
神官長がそう言うと、神官たちが“祈り役”という言葉をつぶやきながら、膝をついて手を合わせ始めた。
「殿下、その乙女との真実の愛が、結界を完成させたのです!」
王子は顔を輝かせて、エリーの手をとって言った。
「魔道具が認めてくれた。僕たちは真実の愛で結ばれているんだ!」
神官長も続けて言った。
「この球体はお二人の心が真に通じ合っているかを見抜きます。一方に迷いがあれば光らないのです。」
エリーは自分がしでかしたことが悪いことではないらしいとようやく理解したが、まだ好きかもと思っただけなのに、真実の愛とか言われて混乱していた。
エリーは祈り役の養成ということで、週に3回は王宮で作法や儀式について勉強しはじめた。そして、毎週末には王子と一緒に儀式を行った。エリーは神殿では“祈り役様”と拝まれた。国王陛下や王妃陛下も、男爵の娘であるエリーが王宮に出入りすることを完全に認めてくれているようだった。そのためか、学院でも王子の横にエリシアがいることを許容されるようになっていった。
◇
エリーは2年生になった。王子との婚約の話も出てきているが、エリーには信じられなかった。エリーは殿下と一緒に結界を張っているときの、殿下の真剣な眼差しを思い出す。
エリーは馬車まで送ってもらい、乗り込むと、一人で、今日の殿下について思い描いて、にんまりした。すぐに気が付いて、手で頬を撫でて笑顔を消しながらつぶやいた。
「エミールが見たら、また変な顔するなっていわれるわね。」
立派な馬車が、エリーの小さな男爵邸の前に止まる。去年は騒ぎになっていたが、いい加減、ご近所様も慣れてきたようだ。お嬢様が王宮でお勤めをしているようだ、と思われているみたい。
数日して、エリーは王子と一緒にランチを取っていた。
「最近お忙しいのですか?」
「あぁ、まぁ。」
王子はいつもに比べて言葉が少なかった。
「この前の魔法薬学の授業で――」
「そういえば、エリー。」
王子がエリーの話を遮った。こんなことは初めてだった。
「何でしょう?」
「いや・・・やはり、なんでもない。」
王子は、黙り込んでしまったり、視線が合わなかったりした。質問しても、はっきりしたことは語られないのだ。エリーは気になったが、次の授業に行かなくてはならないので、食堂で王子とわかれた。
エリーは授業中、先ほどの殿下の表情が気になっていた。あんな表情を見せたのは初めてかもしれない。殿下とお話ししたいと思ったが、今日も午後の授業が終わったら、王宮で講義を受けなくてはならない。殿下のためになると思えばこそ頑張れると思っている。
「エリー。今日は殿下と一緒じゃないの?」
「あら、カトリーヌ。殿下はいらっしゃらないわね。お忙しいのかしら。」
一人、食堂でランチを取っていると、カトリーヌがプレートをもって現れた。殿下と約束しているわけではないが、いつも一緒に昼食をとっていたのに、最近、めっきり会えていない。カトリーヌが遠慮なく、私の隣にプレートを置くと座って、耳元でささやいてきた。
「エリーに伝えるべきか迷うんだけど、噂があるのよ。」
「噂?」
エリーはカトリーヌの顔を見つめた。カトリーヌは心配そうに眉を寄せている。カトリーヌが言うには、しばらく前に王子がグランディス公爵令嬢を抱えて歩いていくのを見た人たちがいたということだった。
「すごくいい雰囲気だったらしいわよ。」
「そんなはずないわ・・・・・・。」
エリーは口ではそういったが、最近の王子のふるまいを思った。
それでも、エリーは王子のふるまいを不思議に思いつつも、王宮へ通い、学院でもいつも通り勉学に励んでいた。
また別の日に、エリーは王子が王宮の馬車に公爵令嬢を乗せたという噂をカトリーヌから聞いた。
エリーは王子と直接話を聞きたいと思ったが、なかなか会うこともできず、時間ばかりが過ぎて行った。
◇
エリーと王子は、いつものように結界を張るための儀式を行っていた。王子は気もそぞろで、いつものような優しさがないように思えた。分かち合ってくれない。それが、エリーにはこたえていた。
「殿下、何を悩んでいらっしゃるのですか?私では役には立ちませんか?」
エリーはいつものように声をかける。王子は、視線を泳がせた。そして、静かに息を吐いてから話し出した。
「運命の相手を見つけたんだ。」
「はい。」
「私と運命で結ばれたセラフィーナ公爵令嬢を、王妃にしたいと思う。エリーは、側妃として私に仕えてくれ。」
エリーは王子が何を言っているのか、わからなかった。セラフィーナ公爵令嬢とはどなた様なのだろう。
「受け入れられません。」
エリーの愛は急には止まらなかった。でも、何かが欠けたような気がした。
エリーはこれ以上王子と会話を交わすことは無理だと思った。非礼を詫びながら、エリーはその日はすぐに王宮を辞し、家に帰った。
エリーが家に帰ると、台所にいつものように弟が座って手仕事をしていた。姉の顔を見るとすぐにあきれた顔をして言い放った。
「なんて顔してるんだよ。」
「エミール。王子が、側妃になれって。」
「はーあ?なに、あほ言ってんだよ。なんて返事したんだよ、姉ちゃん。」
「受け入れられないって。」
「そりゃ、上等だ。もっと言ってやればよかったんだ。」
エリーはエミールに言われて、状況が呑み込めるようになってきた。
「去年の今頃、あの人、私に真実の愛だとか言ったのに。今日は公爵令嬢との方を運命の人だと言ったの。」
「やめとけよ、そんな奴。」
「あぁ、なんか、馬鹿らしくなってきた!」
「そうだそうだ!」
「絶対に、側妃になんかならないわ!」
「側妃って何の話だ?」
エリーの父が話に乱入してきた。エミールが説明を加えた。
「側妃など許さん。男爵位だと思って馬鹿にするのもいい加減にしろ。」
エリーは、完全に自分の陣地に立っていると思い、気持ちがすっきりするのを感じた。
「もう迷わないわ。私、あんな人の言うなりになんかならない!」
「俺たちは味方だからな!!」
エリーは家族の応援を受け、意識がはっきりした気がした。
◇
王子の発言ののちも、エリーは王宮の講義には律義に通った。結界は民のためのものだ。やめるわけにはいかない。でも、王子とは会話がないままで、その違和感は儀式ですぐに形として現れた。
「おい、ちゃんと思いを込めるんだ。」
「やってます。」
「お前、本当に“祈り役”なのか?」
「・・・・・・わかりません。」
エリーと王子で球体を触っても、光らなくなってしまったのだ。
近くにいた神官が小声でつぶやいたのが聞こえた。
「心が離れてしまったのでしょうか・・・・・・。」
「まさか、殿下が。」
神官たちが囁く。結界は、片方の想いでは光らない。
「お前にはちゃんと民を思う気持ちはないのか。もういい。儀式にならん。明日から登城しなくていい。私も忙しいのだ。」
エリーは王子の言い草にびっくりした。しかし、もう言い返す気にもならなかった。
「お心に添えなくて申し訳ございませんでした。これにて、失礼いたします。」
エリーはどこか吹っ切れた気がした。こいつは馬鹿王子だ。大きかったあの手を思い出し、エリーは頭を振って、王宮を辞した。
エリーは学院生活へ力を注ぎ始めた。無駄だと言われたし、もう王宮なんか行かないとエリーは内心怒っていた。運命の人である公爵令嬢と儀式をすればいいだけなのだと、王子との会話を思い出しては反芻してしまう。でも、気にしないと言いながら考えてしまうのだ。
「意外と、傷ついちゃったのかも。私。」
「エリー、何、百面相しているんだよ。」
「あぁ、アレク。また馬鹿王子のこと考えちゃってたの。」
「そりゃ、重症だな。」
「やめてよ。」
エリーと王子との関係が切れると、友人だと思っていた人たちは、そうではなかった。その中でもやはり友情が続いているのは、カトリーヌとアレクだ。二人は気を聞かせて、いつもどちらかが一緒にいてくれるようにしてくれている。エリーは感謝していた。
学院が終わると、放課後に、勉強会をしている。いつもは3人でしているが、今日はカトリーヌは用事があるとのことだった。エリーとアレクは魔法理論や魔法薬学などを順番に授業の復習をしていった。
エリーたちが3年になるころ、王子は公爵家の後ろ盾を得たことで、無事、立太子式を終えた。王太子となるとともに、セラフィーナ様との婚約が発表された。1年後、セラフィーナ様が卒業と同時に結婚する予定だとのこと。エリーの家にも、再度、側妃の打診があり、王家の打診を断るわけにもいかず、どうしたものかと悩まされていた。
その後、なんども王太子と儀式に臨んだが、結果は思わしくない。神殿は絶望感をにじませ、王宮側は男爵令嬢などにこだわる必要はないのではという意見が多くなっていた。ただ、まだ、エリーは婚約者のような状態が続けられていた。
食堂で一人、ランチを取っていると、カトリーヌが来てエリーの耳元でささやいた。
「エリー、王太子の噂、聞いた?」
「え、なんの?」
「来ると大雨になるってやつ。」
エリーも、王太子殿下が時々地方へ訪問しているという話は家で父から聞いていた。行く先々で、長雨や地鳴りなどが起こり始めたというのだった。
「ああ。あれね。結界、関係するのかなぁ。私も頑張ってはいるんだけど。」
エリーが不安そうな顔をすると、カトリーヌが慌てた。
「エリーは関係ないって。」
「でも、結界が関係しているんじゃないかって気がして。」
「まじめねぇ。」
エリーは食堂などで、いろいろな噂話を耳にした。
雷、地震、氾濫――噂は増えていった。誰もが口にするのは「来ないでほしい」だった。
王太子が巡行をするたびに、エリーは不吉な噂が耳に入ってきた。噂が日常になったころ、3年生も過ぎ、エリーたちも卒業を迎えた。まだ、エリーは婚約者候補として扱われていたが、もう何十回目かに当たる儀式ののち、エリーは王宮に召喚された。
「この不吉な噂の原因は、すべて、球体を光らせる努力をしないエリシア嬢にある。」
エリーは原因が儀式にあるとは思った。でも、私が努力してないと決めつけられているかのようだった。
「王家に不安定要素は置いておけない。私はこの婚約は破棄が妥当だと思う。」
王太子は冷静を装いつつも、いら立ちを隠そうともしない。王太子の言葉に、王宮に集まった貴族たちは賛成の意を表した。
「エリシア嬢は、辺境伯のところへ預けるということでどうでしょうか。」
王太子の言葉に続けて、公爵が提案を始めた。
辺境まで行かなくてはならないが、切りたかった縁が切れるということで、受け入れることにした。
エリーは、握りしめてしわになったハンカチをしばらく見つめていた。
◇
「エリー、おはよ。」
「なんで、アレクがいるの?」
エリーが辺境伯領へ移送される日、6頭立ての大きな馬車とともにアレクが現れた。
「僕、出身が辺境伯領なんだ。片道馬車で2週間もかかるんだから、同行者がいた方がいいだろ?」
「あー、馬車代ケチろうって根性?」
「友情だって、そこ信じようよ。」
「ふふ、ありがとう、アレク。」
エリーはアレクがいてくれてよかったと思った。
「アレク兄ーちゃん、エリーを頼んだぞ。」
「おう、エミール。」
すっかりアレクに慣れている家族たちは、アレクに挨拶を交わし、エリーのことを頼み込んでいた。
「そろそろ、よろしいでしょうか。」
エリーはみんなに別れの挨拶をして、先に乗っていたアレクに馬車に引っ張り上げられて乗り込んだ。
「こちら、僕の護衛騎士のフリードリヒね、よろしく。」
「よろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
エリーは広い馬車に驚いた。そして、壁に描かれた家紋を見て、アレクをもう一度見た。
「この紋章は、確か、辺境伯家の紋章だわ。」
「ほう・・・・・・。それは、さすが祈り役教育のたまものだね。目の付け所が違う。」
祈り役教育で習った王家の系譜が頭に浮かんだ。
「辺境伯家といえば王弟、そして、アレクシスという嫡男がいたはず。」
「ということは?」
「あなた、辺境伯の息子だったの!?あの王子の従兄弟!?」
「いやぁ、嘘はついてないよ。黙っていただけです。」
「はい?」
「ごめんなさい。」
エリーが詰め寄ると、すぐにアレクは白状した。
「だから、辺境伯家の馬車はやめようって言ったのに。」
「警備上、この馬車以外にはありえません。」
「僕が主人なのに。」
「関係ありません。安全第一です。」
エリーは不思議な主従関係を見つめていた。フリードリヒさんは、アレクの友人だと思っていた。エリーとは絶妙な距離感を維持するので、不思議には感じていたが、護衛騎士だったのかと思った。アレクは食べたり飲んだりするときに、微妙にお育ちの良さがにじみ出ることがあった。
「馬鹿王子とはどこも似てなくてよかったね。」
「やめて、あれが従兄弟だと思うと泣けてくる。」
2週間、夜は宿をとりながらも毎日馬車に乗って過ごしていた。エリーはアレクがいるので、どうなってしまうのかという不安ではなく、次は何に巻き込まれるんだろうというわくわくの方が勝っていた。最高の同行者だった。
お尻が痛くなることもなく、快適な馬車旅を終えると、そこには辺境伯領の城がそびえたっていた。
「おっきいねー。」
「まーね。辺境の戦用の城だからな。」
「そうか。」
エリーはアレクに案内され、辺境伯と夫人に挨拶をした。
「お目にかかれましたこと、光栄に存じます。ヴァルノート男爵家の娘、エリシアでございます。」
「遠路ご苦労だった。まずは体を休めなさい。話はそのあとで。」
「ありがとうございます。お心遣い、身にしみます。」
「もういいだろう、ほら、エリー、案内するよ。」
エリーはかなり緊張したのに、カーテシーの途中でアレクが引っ張るから、台無しにされたと思った。
エリーは風呂を使い、着替えると、案内された客室でお茶を飲んでいた。
「お嬢様、坊ちゃんが見えているのですが。」
「通してください。」
「はい。」
アレクは飛び込んできて、向かいのソファに座った。侍女に自分のお茶も指示し、私に出されていた菓子をつまんだ。
「おやじたちが話があるって。用意ができたらどうぞって。」
「え、何お茶飲んでんのよ。それを先に言いなさいよ。」
「お菓子が先だろ。」
「絶対に、ちが~う。」
身支度を整えて、アレクにエスコートされて、サロンへと向かった。エリーはソファに案内されて、お茶を出された。アレクが崩しにかかるので、かしこまった態度をとり続けることはできなかった。辺境伯はそれを見て、それでよいと言ってくれた。
「エリシア嬢は何をしたいかね。」
「そうですね、祈る時間が欲しいです。各地で異変が起きていると聞きます。私があの球体を光らせられなくなったから。」
「君の責任ではないと思うぞ。」
「そうだよ。理屈はわからないけど、エリーが領民を思う気持ちはそばにいてわかっているつもりだよ。」
「ありがとう。」
「私の手伝いをしていただけないかしら。」
夫人が手をあげて話始めた。
「うちの小聖堂で祈ればいいわ。あと、男爵家の刺繍ハンカチを作ってもらいたいわ。」
夫人の言葉につられて、辺境伯も話始めた。
「うちの領も最近天候が荒れるんだ。少しでも、領民たちに縁起のいいものを持たせてやりたい。」
エリーはできそうなことを提案してもらえ、ほっとした。
エリーはその日から小聖堂に通い始めた。エリーの部屋として、城の客間を与えられた。そして、刺繍道具は持ってきたが、布や糸までそろえてもらった。家族のように接してくれて、本当にありがたく感じた。
「もう、ここにきて、半年か。」
「お前もよく毎日小聖堂に通うな。」
「習慣みたいなものよ。あと、掃除もしているの。」
「それはすまない。」
「そうそう、それで、この間から不思議に思っているものがあるのだけど。」
エリーは小聖堂で祈りをささげていたが、お礼をしたいと思って小聖堂を掃除し始めていた。そして、床やいすや棚などを拭いているうちに、床に魔法陣のような文様があることに気が付いたのだ。
「これ。」
「本当だ、何か細かい模様があるな。」
「ここに手の形があるのよ。」
エリーが左側にある右手の形の型に右手を乗せた。アレクは右側にある左手の型に左手を乗せた。
その瞬間、壁一面にある蔓草と花の文様に光が走って、植物が生きているように見えた。
「きれいだな。」
「うん。」
エリーとアレクが見つめ合った瞬間、蔓花の光がスパークして一気に魔法陣が光始めた。エリーは、あぁ、これは王宮の魔法陣と一緒だと思った。魔法陣はどんどんと広がり始め、部屋いっぱいに広がると一気にパンと音を立てて光がはじけた。
「これは。」
「うん。」
エリーとアレクの魔法陣の立てた音は城中に響いた。外から護衛騎士が飛び込んできて、魔法陣が光っているのを見て後ずさった。次いで辺境伯と夫人が駆けつけてきて、魔法陣に入ってきた。エリーは彼らが王族ゆえに仕組みを知っているのだろうと思った。
「これは。どういうことですか、父上。」
「わからないが、王宮の神殿と似ているな。」
◇
辺境伯領では、長雨がやみ、変な天候が収まり始めた。エリーは夫人と一緒に、ハンカチに刺繍を刺していた。ひと針ひと針を短い祈りを重ねていく。皆が安心して暮らせますように、エリーの願いはそれだけである。
魔法陣が発動してから3日後、王都から早馬が到着した。皆で昼食を取っているときだった。
「旦那様、王都より早馬が参っております。書簡をお届けいたします。」
執事のヨハンが手紙とペーパーナイフを辺境伯へ渡した。
「・・・・・・早いな。」
辺境伯はカトラリーを皿に置き、ナイフで手紙を開けた。中身は1枚で、すぐに読み終えると、辺境伯はみんなを見た。
「私とアレクとエリーで、王都に来るようにという内容だ。」
「早馬が来たのですよね。急ぎなのでしょうか。」
「早く来いとは書いてない。不安定要素だとか言って、エリーを追い出しておいて馬鹿にしてる。ゆっくりいこう。」
アレクはにんまりとエリーに笑んだ。エリーは困った人を見るような顔をした。
辺境伯家では午後から出立の準備を始め、宿に先ぶれを出したり、馬車を準備したりと各々が自分の仕事をし始め、にわかに活気づいた。出発は翌日の9時頃と予定された。エリーは馬車で刺せるように、布や刺繍糸などを準備した。
「エリーちゃん、もっとドレスを作っておけばよかったわ。」
「いいえ、そんな、これで十分です。」
王宮へ行ったら必要になるわ、と辺境伯領に来てから夫人が作らせていたが、エリーはもらう義理がないので断っていた。しかし、夫人は何枚かと食い下がって、作ってもらったものがあった。
馬車は2台、1台は辺境伯と執事。もう1台が、エリーとアレクと侍女。馬で従っている鎧姿の護衛騎士が20数騎、馬車の周囲を取り囲んでいる。
「護衛がすごいね。」
「僕と、父上が同時に辺境伯領を空けるっていうのは、普通はありえないんだよ。」
「だから、別の馬車なの?」
「まぁ、それもあるな。」
エリーの王都への道は驚くほど快適だった。不思議なことに、雨が上がり、道が乾いていく。
「わたしの祈りのせい?そんなはずないわ。」
馬車は止まることなく予定通りに進行していく。日が射し、道々には花が咲き乱れていた。のどかな風が人々の不安を和らげていくようだ。辺境伯領へ向かっていた時の不安な空模様はどこかへ消え去っていた。
辺境伯の馬車は鎧の騎士に守られていることもあり、その隊列は非常に目立った。いつの間にか、辺境伯が近づくと、天気が回復して地震が収まるという噂が立ち始めたのだった。王都に近づくにつれ、沿道で手を振る人が増えてきたことに、エリーたちも気が付き始めた。
ついに、エリーたちは王都へ到着した。王都は晴れ渡っていた。民は意味が分からなかったが、縁起物は大好きである。一目、馬車を見ようと、通りで押し合い、屋根から見る子どもたちもいた。王都を抜け、王宮の門をくぐる。そして、そのまま王宮の中枢部の方へと向かった。
王都に入ったときに、伝令が言っていたのか、両陛下が玄関へ出迎えに出てきていた。陛下と辺境伯はまず、互いに抱きしめ合う。エリーは仲の良い兄弟なのだなと思った。
「レオ、元気か?」
「陛下。」
「では、早速で悪いが、神殿会議室へ行こう。」
「御意。」
神殿の横に小宮殿があり、そこに神殿会議室という王族会議を行う部屋があるという。エリーは祈り役で元王子の婚約者候補ではあったが、男爵令嬢で参加する資格がない。なので、隣室で待っているように言われた。会議が行われている隣室からの声は全く聞こえない。静けさがエリーを不安にさせた。急に扉があくと、辺境伯が入ってきた。エリーは慌てて立ち上がった。
「アレクとエリーは、とりあえず儀式を行ってみよう。」
「はい。」
エリーたちは、辺境伯がそういうと、神殿の方へと入っていった。中では神官がエリーの帰還に皆が喜びの声をあげたので、声が声を呼び、神官が集まりつつあった。
「どうやるんだ?」
「小聖堂と同じで、ここに手を置くのよ。」
エリーとアレクは、儀式も何もすっ飛ばして、球体に手をかざした。すると、球は久しぶりに強い光を帯び、それが魔法陣へと広がっていき、小聖堂の時のように一気にはじけた。
「凄い力だ。」
誰かのつぶやきが沈黙の中聞こえて、神官たちが跪いて祈り始めた。
「エリシア様、よくお戻りになられました。結界は成功です。」
神官長がやってきて、恭しく、エリーに頭をたれた。
国王・王妃両陛下と王太子はその場で事実を確認した。
「遅れてやってきて、なぜアレクシスなんだ。僕が王太子だぞ。」
王太子が叫んだ。
「ユリウス、お前とは何度も試したではないか。」
「父上、それはエリーが力を出し惜しみして。」
「エリーと僕でもう一度やらないと、公平じゃないだろう!」
王太子が語調強く言い募る。
「・・・・・・エリーいいかい?」
「はい。かまいません。」
エリーと王太子は球体に手をかざす。
「どうか、民のために。」
珠は透明なままだった。
新しい強い光が沸き上がることはなく、魔法陣も現れなかった。
「エリー、お前、わざとだな!」
王太子はエリーにつかみかかろうとしたが、その前にアレクが王太子を掴んで止めた。
「ユリウスは少し落ち着け。落ち着けないなら会議に出さないぞ。」
国王陛下がユリウスをたしなめた。
「・・・・・・エリーが!まったく、お前の性根には付き合いきれん!」
王太子はアレクの手を振り払い、エリーに捨て台詞を吐くと、神殿会議室へと荒々しい足音を立てながら歩いて行ってしまった。
エリーは再び会議室の隣室にいた。
エリーは王都への馬車の旅を振り返っていた。アレクとおしゃべりしながら、ずっと刺繍を刺していた。
「僕にも一枚、何か作ってよ。」
「じゃあ、辺境伯の紋章を入れたのを作ろうか。名前も入れてあげる。」
馬車の壁に描かれている紋章を見ながらハンカチの4隅の一つに紋章を縫い付けた。そして、逆の角にアレクシス・フォンアイゼンリートのAをダブルに縫い付けた。それをアレクは嬉しそうに作るのを見ていて、作ったのをもらうと今度はお礼だと手提げ袋から何かを取り出した。
「エリー、ずっと僕と一緒にいてくれる?」
「え?・・・・・・いきなりねぇ。でも、・・・・・・いいわよ。私も一緒にいたいわ。」
アレクはペンダントをエリーの首にかけた。
エリーは胸にかかるペンダントを指で触る。何が決まっても、アレクと一緒なら、何も怖くないと思った。真実の愛って、感情ではなくて、こういう安心を与えてくれるものなのかしら。
「エリー、悪いが、会議室へ来てくれ。」
突然開いた扉の向こうから、アレクが顔を出した。エリーがペンダントトップを握っているのを見て、アレクはにやりと笑んだ。エリーが入っていくのと逆に、王太子が王妃陛下とともに、こちらへやってくる。
エリーが会議室へ入ると、国王陛下、辺境伯、が円卓についていた。アレクにエスコートされて、国王の隣の席に着く。アレクは私の隣に座った。
「エリシア嬢。」
国王陛下が話し始めた。空気がピンと張り詰めるようだった。
「ユリウスは廃太子とする。代わりに、アレクシスを王太子にする。そして、エリシアにはアレクシスの妃となってほしい。そのために、アルヴェーン伯爵家の養女とする。」
「・・・・・・謹んで、お受けいたします。」
エリーは男爵令嬢じゃ、やはり王太子妃に立てないのだなと思い、アレクを見ると、アレクはゆっくりとうなずいた。
王族会議を受けて、王宮では会議が持たれた。エリーは参加していたアレクから、王太子は廃太子とされ、民の不安を鑑みると、しばらく離宮での蟄居が妥当とされたと聞いた。
その後、アレクシスは無事に立太子され王太子となり、エリーはアルヴェーン伯爵家の養女となり、さらに婚約者として発表された。地震はぴたりと止まり、変な長雨も降らなくなった。民の生活は安定へと向かい始め、王国には静かに安心感に満たされていくようだった。
エリーは隣のアレクの手を握った。彼の温かい手が、優しく握り返してくれる。
「ずっと一緒だよ。」
「ええ。」
隣にいる人と、一緒にいたいと思えることが、奇跡なのだと思った。
FIN




