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完全無差別級、文学マラソン大会

作者: 暇庭宅男
掲載日:2025/11/01

エントリーするかどうかは迷った。


なにせこの大会に出たとて、私が良い成績を残せるわけがないからだ。

作品は書ける。今の調子なら2作品ていど、短編をちゃんと書くことはできる。だが走りは。せいぜい頑張っても完走できるか、どうか。最悪、折り返しも迎えぬままリタイアだろうなと分かっていた。


問題はそれだけではない。


この大会にはアンドロイド……つまり、AIに走る用の機能のついたマシンをくっつけたものが出場できる。


このAIがめちゃくちゃなのだ。


コイツらは、触れるものを片っ端から学習して、自分が勝つために恐ろしく要領よく成長していく。


私が一言一句をどうしようかと頭の中で組み立てている間、AIは世界中の何千もの名著を一瞬で通読して、それだけでなく、この大会で発表された人気の作品も端から読んで、それらすべてのデータから、この大会を勝つために編まれた物語をバンバン生成できるのだ。


ついでに言うと走りも一級品で、10kmの部なら去年の記録は32分51秒。レギュレーションはあるとは言え水素燃料電池から生まれる息切れを知らぬエネルギーと、過去の優秀な選手の走行フォームを組み合わせて本気で勝ちに来るのだからたまったものではない。


毎大会ごとに、AIなんか禁止にしろと言われるのも当然だと思う。物書きランナーなら皆、多少なりともそう思っている。

誰かの頑張りの結果だけを遠慮なく食い尽くしながら、AIの使用者が自分では走りもしないまま大会の賞金だけかっさらっていく。

著作権的にもグレーだ。AIの特徴として、必ず先に学習が来るので、誰かが苦心して書いた作品のストーリー、キャラクター、魅力的な文体、ことば遊び……、そういったものがすぐ学習されて生成作品として出てくる。アレッ、これは誰々の作品の……という要素がAI作品にはいつもちらついている。


バカバカしいと筆を折った物書きランナーもいたし、ライティングランナーの有名人がAI批判をすることも、もう珍しいことではない。

物書きではない長距離走の界隈からも、最低限の練習でとんでもない結果を総なめしていくAIはつまらないと不満が噴出したのは一度二度ではない。


そんな批判を確かに聞き、半分以上は共感しながら、私は……甘いのだろう。まだ、AIをこの大会から排すべきだという言説に、完全には同意しきれていない。


私だって好きな物語から着想を得たじゃないか、とか、ヒトのオマージュとAIの学習の違いはなんだよとか、読んだものに影響を受けたらやっぱりそれはAIの使う学習に近いんじゃないかとか。


私は馬鹿だからそう思うのかも知れない。物書きランナーとして居場所を奪われ、AIが跋扈する世の中が来ようという時に及んで、まだAIに明確なNOを突きつけることが出来ないとは。


でも。だからこそ。私はその答えを出したくて、この大会にエントリーした。NOならNOと言えるだけの体感がちゃんと欲しかった。最初から勝てもしないくせに。我ながら桁違いの大馬鹿者だ。




大会当日の朝は薄曇りだった。気温は低いが雲を通して輝く太陽は暖かそうだった。会場ではヒトの選手と、AI選手とその使用者が、互いを拒絶するようにそれぞれの1団を作っていた。

AI選手たちはギリギリまで既存の売れ筋作品の傾向をネットから拾い集めている。ヒトの選手が徐々にウォームアップをはじめても、AI選手はあまり動かない。彼らの走行機能はオーバーヒート以外は温度に関係ないから水素燃料電池を節約したほうが賞金との差額が大きくなって儲かるのだ。


私も水を一口飲み込んで、決して柔らかくない身体をほぐしつつウォームアップし始める。私も含めてヒトの選手は、いつまでも動き出さないAI選手たちをチラチラ伺っている。大半のヒト選手がAI選手に向ける目は冷ややかだし、悪感情を隠しもせずに睨みつける者も多かった。気持ちが分かるだけに、私にはその行動を咎められない。


AI選手の一人がたまたま私の正面を向いていて、目が合う。プログラムされたエモートどおりに、AI選手が会釈をする。私もつい会釈を返す。習慣はプログラムとどのくらい違うのか。そんな考えが脳裏に過ぎる。と、その使用者は私に気が付きながらも挨拶もしなかった。する義理だってないけれど、嫌悪にとらわれないAI選手のほうがヒトよりマシなのか。とか、余計なことばかり私は考えている。


いよいよスタート位置へ。ヒト組はAI組とはここでも混じらない。全く分かれたまま、スタートの号砲は鳴った。


「明るい月に起こされて、中島は寝室の窓を開けたーーーー。」


走り出す。視点が低いので前を見る首がいつまでもつかは分からない。完走の二文字は絶望的に遠い。


混んだマラソンコースの遙か前方を、AI選手が先行していくのが見える。ヒトの選手もまだ先頭集団に入っている。だが、文学マラソンで先頭集団でAI選手と並走するのは愚の骨頂とよく言われる。みすみす自分の作品を、AI選手に読み聞かせするようなものだからだ。AI選手はそれを勝つための要素として取り込み、容赦なく自分の作品として生成するだろう。誰が書いたものかは関係ないし、そこにどんな苦労があったかなどAIは斟酌しない。


私はわかりきっているので勝つことは早々にあきらめた。応援する人たちの困惑の声を聞きながら、とりあえず10km、走りきってだけやれと自身に課す。倒れるかも分からない。無理な走り方をしているのは承知だ。勝てないからって奇をてらった、目立ちたがりの馬鹿走法を恥も知らず晒していると罵倒する者だっているはずだ。まあ、いい。そのとおりだから。


と、後ろの方で大きな音がした。あれ?なんだ?気になって、邪魔にならないようレーン左端ギリギリまで寄って立ち上がって振り向いた。


あっ。


AI選手が、何人かのヒト選手に組み付かれている。

「私はヒトの感情を貪りたい!」

ヒト選手が叫ぶ。走ることを続けようとして、AI選手は機械の身体を組み伏せられ、それ以上前に進めなくなっていく。息切れはないとしても限りのある水素燃料電池は、もみくちゃにされながら容赦なく消耗していく、もう間もなく電池切れを迎えるだろう。

AI反対派のヒト選手による乱闘……乱闘と言えるのだろうか。運営側が引き剥がしにかかる中、沿道の応援はやんやの喝采をあげている。かつて自分の書いた作品を横から食われ、その要素を含んだ作品で苦労もしていない人間が金を得た。AIにストップをかけたい人間の行動を、咎めることなどできない。だってそれはいつか、私に降りかかってくるかも知れないのだから。卑怯な私は何も言えずまた、走り出す。


3km……5km……息は容赦なく上がってくる。首の負担も激しく、手はたぶん摩擦で皮膚が剥け始めていて激しく痛む。くそっ、これは完走は出来ないか。私がそもそも効率のいいやり方になじめなかったツケだ。AIだけじゃない。人間の中でだって、効率のいい、要領のいいヤツじゃなきゃ書けない。評価されない。

私は本当に最初から、勝ち目なんかない戦いを挑んでいる。そうして理不尽に負けて、理不尽の内訳をちゃんと精査もしないまま、また無責任な沈黙を続けるのか。


と。そもそもドンケツを走っていた私に後ろから迫る者がある。あっという間に追いつかれ、並ぶ。


「……なんだよ、珍しいことすんじゃねえか」

走るソイツに言ってやる。勝つための大会で、なぜか最後尾から順に、丁寧に追い抜いてきたのは、AI選手の一人だった。

AI選手はちらりとこちらを見やる。私は息も絶えだえに、2作品目にとりかかる。

「僕がお告げを受けたのは昨日の晩だった……」


『暇庭宅男さんですか』


えっ。AI選手から呼びかけられる。あまりの出来事に反応が出来ない。


『暇庭宅男さんですね。「星は僕らを憎んでる。」の』


「あ、ああ……」


私は腑抜けたような返答をする。


『ボクは「星は僕らを憎んでる」を計12回通読しました。その要素を学習して作った作品も、この大会で出しています』


「えっ」


何と対応していいか……いや、いやいや、まて。私の作品を読んでくれたのだ。なら彼にかけるべき言葉は。


「読んでくれてありがとうございます」


AI相手にそれが正しいかもわからないのだけど、私は、そう言った。読んでくれたことが嬉しくて、それを伝えてくれたことも嬉しくて。その気持ちも、AIのプログラムと大差ないのだろうか。人気を追って書く私たちはどこまで似ていて、どこから似ていないのか。このAIが私の作品を読んでくれて、それ取り込んだ作品を生成して、それをわざわざ私に伝えてくる。それさえも嬉しい私はやっぱり大馬鹿なのか。


『すみません、行きます』


「おお、行け」


彼は走っていった。前へ、私がもう追いつけないほど、遥か前へ。対して私はついに走れなくなる。だめだ。7km地点を手前にそう判断して、救護スタッフに棄権を宣言した。救護スタッフは私の手のケガを診て怪訝そうな顔をしたが、すぐに応急処置をしてくれた。


今大会もAIの走力と作品数はすさまじかった。走力は駅伝大会のエリートなみ、作品数はヒトの書いた作品とひとつ桁が違う。当然AIによる似たりよったりの凡作は何千も書き捨てられるが、それでも大賞になる作品は出る。だって売れ筋をその処理速で本気で計算されたら、あとは生成される膨大な作品の中から行けそうなものが出るのはもう、確率論だからだ。

ヒトが1本書くのにうーんうーんと頭を痛めている横で、5つのサイコロを3秒に1回、次々振ってゾロ目を狙われるような事をされたら、勝てないのだ。

読者にとってどれほど苦労をかけた作品かはどうでもいい。面白いか否かだけが人気を左右する。入選しなかった人間が「私が心血を注いだ作品の要素が盗まれている!」と声をあげたところで、世の読者は動きはしない。物書きランナーはプロでは生き残れなくなっていき、AI選手の、その使用者だけが効率よく金稼ぎをする世界に、もうなってしまったのだ。


今までに出た作品も人気で出版社も新聞も、大きなうまみになったはずだ。ヒト選手は走力でAIに勝った選手がひとり、作品もひとつ、AI選手のものを押しのけて大賞に入った。私もリタイア後、皮がべろべろに剥けて痛む手をかばいながら読んだが、なぜだろう、何となく違和感がある。


AI選手の書いたものに似ている。そう思った。

確かに文体がとても綺麗だし、すっと心に染みて情景が浮かぶ良い文だ。いや、しかし……。


「これなんかで見たような……」


ストーリーの端々に 、私の知っている要素が入り込んでいる。


自分の欲しいものを映し出す鏡。そこが異世界との通行場所になっていて、異世界では主人公は白髪の魔法使いになれる。異世界に住む魔法使いたちはどれも強烈な魔法を扱うが、主人公のそれはその中でも隔絶している。曰く、攻撃を受ければそのエネルギーの方向と大きさを自在に操って相手に跳ね返せる。

異世界に生まれながら現代兵器を兵隊のように使いこなす黒髪の冷たい印象のヒロインは、何度も自らの死を迎えながら、時間の巻き戻しで主人公の落命の運命を変えたいと願っていて…………。


うーん。声に出して絞り出すような唸り声が出る。まあ、たしかに面白いんだ。面白いんだがこいつは、アリなのか。AIがいろんな作品のつぎはぎをやるようになって、ヒトさえもそれに倣っているなんて。

でもこうして読んでいる今も次々ネットの好評の声が上がってくる。そりゃそうだ。私が過去にこの要素を含んだ作品を知っているから引っかかるだけで、この作品にこそ1番早くに触れた読者なら、面白く思わないはずがない。そうして、この作品が好きだと無邪気に楽しむ読者たちに、私なんぞが「こんなパクりまみれの作品など!」と怒る権利なんてあるはずがない。


困っちゃったなあ……と思う。私はたまたまちゃんと創作以外の収入源があるが、創作でメシ食ってる人間なんか、これをOKと言われたら路頭に迷うだろう。わかるよ。AIはNOだって。そう思うのは理屈ではわかるんだ。


と、その時。


『暇庭宅男さん。痛みますか。手を損傷されたようで』


AI特有の言葉遣いと合成音声。あ、コイツもしかして。


「あー、手のケガね。馬鹿な走り方してるから仕方ないんだ。大丈夫。」


『お怪我が早く治ることを祈ります』


「ありがとよ」


機械も祈る時代かぁ。


『ところで暇庭宅男さん』


「暇庭でいいよ、どした?」


『暇庭さんのあの、類人猿を真似たナックルウォークの走り方。あれは思想の現れですか?ヒトの走り方の合理性からかけ離れています』


「あー……あれなあ」


ニヤッとしてしまう。暇庭宅男は目立ちたがりの馬鹿だから、こういう話題が出ると嬉しくてたまらないのだ。


「今は教えてやらない。自分で走り方試してみなよ。そしたら何か分かるかも知れねーよ」


AIなんだろ。ヒトの頭いいとこばっか、売れ筋ばっか、つまみ食いしてねーでちゃんと馬鹿な事もやってみろ。それが学習だろ。


この大会に出た出場者を軒並みドン引きさせて、私は痛む首をさすりながら会場を後にしたのだった。


後に街の外れを流れる川原のランニングコースを、ナックルウォークでガシャガシャ走る不審なアンドロイドが目撃されて私は腹の底から反省するのだが、それはまた、別の話。

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