魔法の授業
翌朝。ジュリエットとクラリスが教場の扉を開き、席に座るべく選んでいると、どこからともなく視線を感じていた。
「おい、あれ⋯⋯」
「ペンヒュー様とやりあった奴じゃないか⋯⋯?」
聞き耳を立ててみれば、昨日の食堂での事件が噂になっているらしい。
「人気者だね」
「ど、どうしよう⋯⋯どうしよう⋯⋯!」
「特に気にする必要は無いと思う」
何事もないかのように昨日と同じ席に座る二人。
「ねぇ、ジュリエットは気にならないの⋯⋯?」
「うん? ⋯⋯僕らの現状ではなく、キミの現状についてかな?」
コクリと頷くクラリス。
「気にならないと言えば嘘になるけど、キミの問題だからね。無闇矢鱈に聞いても好転しない。もしキミが話したいと思ってくれたら、その時に話してくれればいいし、できる限り協力するつもりだよ」
クラリスの問題だから、他人であるジュリエットが介入するのは筋違い。
クラリスを守るのは入学の目的の一部であるという事。
もしクラリスから話してくれるというのなら、その時は一緒に悩んで、解決に臨む。
それが今のジュリエットのスタンスである。
「ありがとう、ジュリエット⋯⋯」
「ゆっくりでいいんだよ。何かあれば、僕は協力するからさ」
そんなことを話しながら時間を潰していると、前に座った二人組の女性が声をかけてくる。
「ねえ、昨日ペンヒュー様と食堂で決闘したってホント?」
「⋯⋯ふむ。どうやら質問攻めは免れないらしいね」
呆れたように肩をすくめるジュリエット。
一人はピンク色の髪を長く伸ばした大人びた雰囲気のある少女で、もう一方は黒髪のショートヘアで、若干大人しめな空気感のある少女だった。
「決闘はしていないとも。向こうから仕掛けてきたからね。軽く防いだだけさ」
その言葉に驚きの表情を見せる二人。
「⋯⋯ペンヒュー様相手に余裕そうな感じ、よっぽどの強者なのね⋯⋯」
「⋯⋯失礼ながら、僕はペンヒュー様の事は議院貴族ということしか知らなくてね。良ければ教えてくれると助かるよ」
そういうことなら、とピンク髪の少女は口を開く。
アジャシン・エリン・ペンヒュー。
クランベルジュ王国の最高意思決定機関である、王国議院の一角を務める八大貴族のひとつ、ペンヒュー家の次男。
恵まれた体格と三属性の魔法適性を持ち、魔法の腕も相当であり、同年代では敵無しとされてきた実力者。
しかしながら性格は良いとは言えず、喧嘩っ早く、貴族とは思えない程横暴というのが周囲の認識である。
「魔法を使うのか」
見てみたかったと言えば嘘になるが、周りに被害が及ぶような事態になっていなくて良かったという安心が優先的な感情だった。
「⋯⋯だから、ペンヒュー様を退けた貴女は⋯⋯実力者」
ボソッと黒髪の少女が呟く。
「そのようだね。ところで、二人の名前を教えて貰えると嬉しいな。僕はジュリエット・A・ペンドラゴン」
「私はネロ・ソレムニス」
「⋯⋯リエス・アルファディア」
チラリ、と三人の視線がクラリスへと視線が向けられる。
「はわっ⋯⋯クラリス・オーリリア⋯⋯」
慌てての自己紹介にクスリと笑う三人。
「ペンドラゴン殿⋯⋯ということは入学試験で⋯⋯規格外の数値を叩き出した、七星魔導師の?」
「もう噂になっているんだね。そうだよ。ただ、魔法はまだ使えないんだ」
再び驚きの表情を見せるネロとリエス。
「リエスが集めた噂のひとつに、そんな話があったのよ」
「噂の七星魔導師なら⋯⋯ペンヒュー様を退けたのも⋯⋯納得」
そうかなぁ、と苦笑いを浮かべるジュリエット。
「ペンヒュー様の三星魔導師でも希少な魔導師なのよ? 学園に毎年一人入学してくればいい方だし、平民上がりで魔法に触れた事のない人かもしれないもの」
「⋯⋯七星魔導師の前だと⋯⋯霞んじゃう」
そうなのかな? とクラリスに視線を向ける。
「二属性持ちは割といるかなぁ⋯⋯って感じだけど、三星魔導師から一気に少なくなると思う。優秀な魔導師と子供を作りたいって貴族は多いけど、三属性持ち以上ってなると途端に⋯⋯」
貴族社会に詳しいらしく、クラリスは饒舌に語ってくれた。
「ふむ。やけに詳しいね」
「あっ、えっと⋯⋯」
しゅんとなるクラリス。
「兎に角、ペンドラゴン殿は稀有な才能があるから、パーティ組みも人には困らないだろうね」
「⋯⋯パーティ組み?」
パーティ、というのはお祝い事の事ではないだろう、と考えていたジュリエットだったが、ソレットが教室に入って来た為中断。
「おはよう、今日から普通に授業だけど大丈夫かな?」
ニコニコと愛想良く笑いかけてくれるソレット。
「午前中は魔法基礎をやっていこう。前半は座学、後半は実技で第二アリーナに移動の予定だよ」
魔法基礎という言葉に落胆する者が多くいた。
「残念な気持ちもわかるけど、一応カリキュラム通りに進めないとね」
あはは、と笑うソレットは黒板に文章や魔法陣の書かれた紙を貼り付けていく。
「午後は今のところ第二アリーナで実技を考えているよ。生徒同士の手合わせとかやれると今後のパーティ組みの参考になるだろうしね」
こうして全ての紙を貼り終えると、よし、と手を叩く。
「それじゃあ始めていこうか」
そう言ったソレットは指示棒取り出す。
「まず魔法の初歩的な階級について。下級、中級、上級、超級、そしてその上の特級という分類がある。そこに基本魔法の八つと八属性を当て嵌めたのが今の魔法になる」
トン、と紙の上に指示棒を置く。
「そもそも魔法というのは魔力を各属性へと変換し、行使するもの。無属性も一応属性だから八属性。魔法というのはまず魔力を動かす感覚を覚えないと始まらない」
ソレットは指先を正面に向け、深呼吸。
「【火炎】」
ソレットが一言呟くと、指先に魔法陣が現れ、小さな炎が現れる。
「属性の基本魔法。初歩の初歩の魔法だけど、これができないと魔法は使えない。僕は火の単一属性だからこれしか使えないけど、才能のあるみんなは色々使えそうだよね」
嫌味もなく、単純な好意で話すソレット。
「【火炎】【水流】【風】【電撃】【土礫】の基本五属性の魔法。【光源】【闇影】も珍しいけど基本魔法に分類される。そもそも適性が珍しいけどね」
火属性以外の魔法適性をそもそも持っていない為、ソレットは他の基本魔法を実演することは出来ないが、上手く教えようという努力が見える。
「下級魔法はここから少し発展させた、魔法になるね。火属性で言えば【火炎弓】が該当する。使用する魔力量も、必要な技量も上がってくるんだ」
流石に攻撃系の魔法を実演することは無いらしく、説明を続ける。
「中級の【火球】や上級の【獄炎熱波】みたいなのもあるけど、上級まで来ると腕の立つ魔導師って言われても不思議じゃないくらい」
カリカリとシャープペンシルや複数色のボールペンでノートを取るジュリエットを珍しそうに視界に入れたソレット。
「特級はそれこそ秘匿される区分。宮廷魔導師がようやく使えるような、危険で強力な魔法。超級にもなれば伝説で語られるような、それこそ街や国を滅ぼせるような魔法になる。ここまで来ると僕もわからないことの方が多いかな」
ピタリ、とジュリエットの手元が止まる。
「とりあえず、今日は基本魔法についてやっていこう。終わったら、第二アリーナで実践だ」
そう続けたソレットは、各属性で基本魔法に共通する部分を教えた後、アリーナへと誘導した。
週一ペースで出せるといいですね。




