実技試験
ジュリエットとクラリスが訪れた第二アリーナは、所謂コロッセオのような円形闘技場であった。
観客席もあり、整備されていることを見ると、それなりの頻度で使われていることがわかる。
「実技試験は試験官との戦闘です。素養試験の結果で既に入学は決まっているようなものですが⋯⋯一応、試験として執り行います」
案内をしてくれた試験官は、気だるげに説明を行う。
「試験官⋯⋯私の時は怖い騎士団長だったなぁ⋯⋯」
「騎士団長?」
「そう、強面で、髭の生えた如何にも剣一筋って感じの⋯⋯」
「誰が脳筋だって?」
ずいっとクラリスの頭上から覗き込む影。
「ひいっ!?」
身長は2m近くにもなる大男。体格は良く、巌のような存在感の人物が使い古した金属鎧をカシャリと鳴らす。
「今年から剣術の教官に任命された、近衛騎士団元騎士団長のルクシオ・ガルヴァリンだ。オーリリア嬢は今度みっちりしごいでやるからな」
絶妙に生え揃えた顎髭を撫でながら、クラリスを見る。
「ひ、ひえぇ⋯⋯」
怯えてか細い声を上げるクラリスを横目に、ルクシオはジュリエットへと目を向けた。
「ジュリエット・A・ペンドラゴンったか。国でも数百年に一人の七星魔導師な上に、水晶の不具合を疑うような魔力量。ハッキリ言って剣術なんて必要ないだろうが、一応授業としてあるんでな。甘んじて受け入れてくれ」
「少し気は早いと思うけど、そのくらいは承知しているとも。改めて、ジュリエット・A・ペンドラゴンだ。一人の騎士として、胸を借りるつもりでこの試験に臨むつもりだ」
と言うと、ルクシオは目を丸くした。
「お前さん、騎士志望なのか⋯⋯? その魔力量と才能があって⋯⋯?」
「それは関係ないよ。騎士とは心の在り方。例え今の僕が騎士でないとしても、その鋒は騎士として振るうと決めているんだ」
「へっ、才能のある奴は言う事がちげぇな。ま、今回はなんでもありだ。魔法なり武器なり使って挑んでこい。もし手持ちのものがないなら⋯⋯」
その言葉の途中でジュリエットは虚空から木剣を取り出す。
「どんな手品だよ。⋯⋯まあいい、好きに戦っていいんだぜ」
ルクシオはジュリエットが持つ木剣を見て、剣一本で戦うつもりなのだと考え、訂正を入れるが。
「それはアンフェアだからね。剣には剣で。例え鈍や木剣であっても、劣らない事を見せられるといいな」
鋒を向け、ゆったりと構えるジュリエット。
それを見たルクシオはジュリエットから離れ、互いに距離をとる。
「そうかいそうかい。⋯⋯試験開始の合図をしろ!」
納得の表情とともに、もう一人の試験官に声を掛ける。
若干ジュリエットが反応するが、試験官はスルー。
「かしこまりました。それでは只今より実技試験を開始します! 勝敗はどちらかが負けを認めたか、私の判断で決定します!」
若干説明不足と感じたジュリエットだが、エキシビションマッチのようなものであるため、特に気にしない。
「それでは⋯⋯はじめっ!」
「ッラァ!」
開始と同時にルクシオは一歩を踏み出す。
雷の如き速度で距離を詰め、瞬きの間にジュリエットへと肉薄する。
シュルル、という弟と共に腰の剣を抜き、下段からの斬り上げを放つ。
「⋯⋯」
が、ジュリエットには難なく見切られ、回避される。
「っ、ラァ!」
その後も二連、三連の斬撃を放つも一撃のみ軽く受け流され、残りはほぼ足を動かさずに回避。
空気を斬り裂くような音と共に振り下ろされる鉄剣は、まさに一撃必殺の剣。
しかしながら、全て避けられてしまえば意味が無い。
「いい動きだね、元騎士団長なだけはある」
「皮肉かよォッ!」
ガキン、という鉄と木がぶつかる独特な音がアリーナに響く。
ジュリエットが剣を弾いたのだ。
「事実さ。実際、僕が知る中で君以上の剣士は数える程しかいない」
「数えるだけ、いるんじゃねぇかッ!」
ズン、という空気が揺れる音が響くが、その一撃もジュリエットが弾く。
「キミも魔法を使ったらどうだい?」
余裕綽々な声色のジュリエットだが、常に剣撃が叩き込まれている最中であり、それらを完膚無きまでに全てを弾いているのだ。
「ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯使えねぇんだよ、オレは⋯⋯」
憎々しげな瞳をジュリエットに向ける。
「そうか⋯⋯身体強化も無しにこの動きができるなんてね」
「お前さんは今⋯⋯」
「勿論使っていないとも。アンフェアだからさ」
その言葉にルクシオの瞳から感情が消えた。
「⋯⋯こりゃ、どっちが試験受けてんのかわかんねぇ、なっ!」
ルクシオはすぐさま体勢を立て直し、ジュリエットへと神速の突きを放つ。
「ッ!」
首元を狙った殺意に溢れた一撃だったが、その速度以上の払いで防がれてしまう。
「⋯⋯騙し討ちか」
「少しくらいは実力を出してもらうぜ、ジュリエット!」
その言葉と共にルクシオの動きが変わる。
特殊な歩法のようなもので、ステップと踏み込みの質が目に見えて変わったのだ。
「ッ、ラァ!」
ルクシオは変速的な二連撃を放つ。同時に二本の剣で攻撃しているかのように見える剣撃である。
「っ、本気だねっ!」
しかしながらジュリエットは難なく弾く。
最小限の動きと視認すら困難な速度で振るわれる木剣は、空気を軋ませるような音を放っていた。
「楽しかったよ、騎士団長!」
ガン、という音が響いたかと思えば同時にルクシオが大きく吹き飛ぶ。
認識不可能な速度で放たれた突きがルクシオの鎧を突き飛ばした。
着地したルクシオは膝を着き、正面を向き直るが。
「ってぇ⋯⋯が、まだ終わっちゃ⋯⋯」
「いや、チェックメイトだよ」
その背後にはジュリエットが木剣をルクシオの首に当てていた。
吹き飛ばされた以上の速度で背後に周ったジュリエットは、もう勝負は決まったと言わんばかりに笑いかける。
「チッ⋯⋯負けだ負けだ。お前さん強過ぎんだろ⋯⋯」
立ち上がりながら悪態を着くルクシオだが、どこか清々しい表情だった。
「流石に剣勝負で負ける訳にはいかないからね」
チラリ、と審判をしていた試験官に目を向けた直後、試験は幕を閉じた。
Q.聖剣って使わないんですか?
A.一般人に聖剣使う騎士王は嫌じゃないですか。