アフタヌーン
この物語は百合ではないです。
下宿先は貴族が使用する寮である事からも、ある程度内装も整ったものだった。
それぞれに個室が宛てがわれ、現代人のジュリエットからすれば少し物足りないものの、比較的不便の無いものとなっている。
また、百人規模で利用する関係上、浴場や食堂も備えられており、学園の生徒であれば無料で使用できる。
しかしながら当然男子禁制であり、執事は必要物品の買い物に出かけた。
一週間ほどこの街で宿泊し、クラリスの入学を見届けた後、自領へと戻る予定らしい。
「やっぱり。言語体系は似通っているね。運がいいね」
ジュリエットはテラスで基礎的な言語学習の本を読みながら頷く。
言葉が通じる時点である程度共通する部分があると考えていたが、予想通り。
基本は英語に近いもので、殆どが当てはめていけば良く、一部単語によって発音が異なるものもあるが、読み書きもすぐに習得できそうだと満足気である。
「とりあえず一安心。あとは学園でのスタンスだね」
と言いつつ、テーブルに置いてある紅茶を自身のカップに注ぎ、口を付ける。
柔らかな風味とほんのり香る甘みが心地よい味わいが、口いっぱいに広がる。
「異世界から来たっていうのは隠した方がいいかも。色々問題になりそうだからね」
「僕もそう思っていたよ。ここでの立場は⋯⋯没落した貴族という立ち位置の方が良さそうだね。路頭に迷っていたところをキミに拾われたという設定にしよう」
「そ、そんな! まるでジュリエットの⋯⋯」
「僕は構わないとも。キミの隣にいる理由ができるからね」
ニコリとクールに笑うジュリエットと、その言葉と表情に頬を赤らめながら口をパクパクさせるクラリス。
「目的は元の世界に帰る方法を見つけること。僕がここに来たのは恐らく時空間転移系統の魔術だろうけど⋯⋯」
「そんな魔法あるのかな⋯⋯?」
「⋯⋯?」
クラリスの言葉に眉を顰めるジュリエット。
「魔法でその属性を使えるのってホントに稀だから、使える人がいるのかも⋯⋯」
「魔法? 魔術ではなく?」
聞き間違いではないようで、改めて問う。
「うん、魔法。貴族は産まれた時に魔法の適性があるか、その属性は何かを見定められるの。ジュリエットの世界にそういうのは無いの?」
「いや僕の世界にあるのは魔術だ。つまる話、この世界では学問として体系化されていないという訳だね」
ふむ、と思い耽る。
ジュリエットが使用しているものは魔術である。これは列記とした学問であり、ある程度修練を積んだ者であれば簡単に使うことができる。
勿論誰でも使えるからと言って王立魔術大学附属高校に入学する為の素養試験を合格できる訳では無いが、ルーンと魔力を操る感覚を掴めば比較的容易く使えるのだ。
対して魔法というのは、ジュリエットの推測ではあるが使用に際して個人の才能が顕著に出るものの可能性が高い。
但しこれは入学してからでなければわからないことも多い。
「僕に才能があるといいね」
くるりと手に持っていたボールペンを回しつつ、空間収納魔術を使用。テーブルの上に置いていた教材も追加で虚空に仕舞う。
「それが魔術?」
「そう、自分の固有空間に物体を収納する魔術さ」
ルーンの刻まれた指輪に魔力を流し、望んだ物品の出し入れを行うものである。
異なる体系の概念を内包している為、非常に難易度は高いが、勿論ジュリエットは習得している。
「魔術はコツとルーンさえ刻めれば万民が使える技術さ。ただ、僕の世界だと非現実的だと言われるような眉唾物の力ではある」
「スマホ? もそうだけど、凄く発達した世界なんだね」
「そうだとも。研鑽を積み重ねた先の世界。万民の努力の末、繁栄した世界だからね」
そう口にしたジュリエットは表情を暗くし、俯く。
「⋯⋯やっぱり帰りたいんだ?」
「⋯⋯うん、あの世界での僕の役目はまだ終わっていないからね」
ジュリエットの瞳の奥には覚悟を決めたような強い意志が込められていた。
「もし良かったら教えて欲しいかも。ジュリエットの事」
「勿論だとも。そういう約束だからね」
ジュリエットとクラリスは語り合いながら、アフタヌーンティーを楽しんだ。
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(かっこいいなぁ⋯⋯)
その夜。クラリスは下宿先の自室でジュリエットの話を思い出していた。
曰く、聖剣の担い手。
曰く、伝承に残る偉人の血筋。
曰く、貴族にして騎士王と呼ばれた剣の使い手。
(まるで王子様)
ジュリエットと出会い、手を差し伸べられたあの瞬間から、何かが変わった気がした。
権力闘争の渦中にいたクラリスの瞳に、何かが灯ったような。
心の中に何か暖かなものが生まれたような。
初めての感覚。
「だ、ダメダメ違う違う。ジュリエットは女の子なのに⋯⋯」
何かしらイケナイ思考になりながらも、それでも収まらない。
(色々なものを背負っているのに、ずっと前向きに進んでて⋯⋯すごいなぁ)
あの時投げ出そうとした命を、そんなジュリエットに救われた。
(だから、ジュリエットを必ず学園に入れる。まだジュリエットと一緒にいたいし⋯⋯)
エヘヘ、と一人笑みを浮かべた。
きっと明日はいい日になる。今まで一度も感じたことの無かった予感を抱きながら、クラリスは微睡みの中に落ちていった。
ジュリエットをかっこよく書きたい!