プロローグ
よろしくお願いします。
騎士王。
その言葉を聞くと誰が思い浮かぶだろうか。
恐らくではあるが、ふと思い浮かぶ存在は一人しかいないだろう。
アーサー・ペンドラゴン。
アーサー王伝説の主人公。
聖剣の担い手。
ブリテンを統一した英雄。
アーサーはアヴァロンへと旅立ち、アーサー王の物語は終幕した。
騎士王という称号を聞いて思い当たる者は彼くらいだろう。
そんな彼のもしも。彼の血を持つ者。
現代を生きる彼女が異世界で紡ぐ物語。
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カラッとした空気に満ちた、少し肌寒い秋の早朝。
イギリスの首都ロンドンの変わらない雰囲気。
人通りの少ない時間帯に、ひとつの小さな影。
王立魔術大学附属高校。
イギリス王室直属の大学のひとつであり、その附属高校。
公にはされていないが、数多くの学生が通っている全寮制の学校である。
イギリスでは義務教育終了後、大学進学に必須なAレベルを修得する為に高校へと通うのだが、この大学附属高校はAレベルを獲得後、スライド式で大学へと進学ができるのだ。
ロンドンの中心地。現代的な建造物の中に、伝統的な洋風建築の建造物がポツポツと建てられているが、この学校はそんな街並みに溶け込むような外観をしている。
洋風建築の比較的新しめな建物。
この場所では一般的な学問以外の他にも「魔術」を学ぶことが出来る。
魔術体系で言えば北欧由来のルーン魔術に、別の神話体系から来る魔術が合わさったもの。
剣術、魔術、錬金術。
よく言えばロマン溢れる非科学的な事象。
悪く言えば時代遅れな技術。
それらを学ぶ少し変わった場所には「騎士王」と呼ばれる少女がいた。
「おはよう!」
校門の衛兵に対し、元気よく挨拶をしたのはプラチナブロンドのロングヘアの少女。
身長は160cm弱、蒼い瞳とキリッとした目付きと幼さが綺麗に調和した顔立ちをしており、美少女と言える程に整った容姿。
水色と灰色がメインの独特な学生服を着ており、節々から育ちの良さが伺える。
「おはようございます。相変わらず『騎士王』様はお早いですね」
「特にこれと言ってやりたいことがある訳じゃないんだけど、遅く起きるよりかはいいかなって」
「良い心掛けかと。流石はペンドラゴン家の御令嬢」
衛兵は門を開け、少女を通す。
「当然だよ。騎士として、ね。君もお勤めご苦労様」
小さく笑いかけながら、その場を後にする。
彼女は現代における「騎士」の体現者。
皆から「騎士王」と呼ばれるに至った者。
ペンドラゴン公爵家の令嬢。
様々な肩書きがあるものの、一言で表すのであれば。
聖剣を受け継ぐ担い手。
それがジュリエット・A・ペンドラゴンである。
そんな彼女が向かったのは図書館。
一般の書物から魔術書等、幅広い分野を扱っており、世界中から写本、原本問わず収められている。
自主学習の為に向かったのは、その中でも魔導書が置かれている場所。
利用者はジュリエット以外におらず、貸切状態。
冷たい空気と落ち着いた雰囲気に包まれながら、彼女は本棚の間を歩く。
「むむむ⋯⋯大奥義書、ナコト写本、アブラメリンの書⋯⋯」
魔術習得の為の教材を選んでいると。
「おや?」
見た事の無い言語で背表紙に名称が書かれた魔導書を見かける。
「知らない言葉だね」
気になってその魔導書に触れると。
「ん!?」
突如視界が光に満ちる。
ジュリエットは光に包み込まれながら、虚空へと引き寄せるような感覚と共に落ちていく。
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「お嬢様!」
「どうしたの⋯⋯!?」
唐突な強い衝撃に襲われた馬車の中には二人の身なりの良い人物がいた。
一人はタキシードのような姿の初老の男性。もう一人は黒のドレスを来た銀髪の少女である。
少女の外見年齢は18前後。フワッとしたミディアムヘアに、金色の瞳。普段は天真爛漫な性格で明るい雰囲気のある彼女だが、緊急事態を察したのか困惑と焦りが見えていた。
「魔獣の襲撃です! 一匹ではありますが、護衛の殆どがやられてしまい⋯⋯」
「そっか⋯⋯」
お嬢様、と呼ばれた少女は外へと出る。
目の前には3mを超える巨大な熊に似た生き物が鎧を着た女騎士の首をその手で跳ねていた瞬間だった。
「この地域は安全な場所だったはずなのですが⋯⋯」
「うん、わかった」
この場に他に生きている者は執事と少女のみ。
とぼとぼと巨大な熊へと向けて歩く少女。
「お嬢様!」
(これでいいんだ。もう⋯⋯私は⋯⋯)
少女の名はクラリス・オーリリア。王国貴族オーリリア家の次女であり、権力闘争の渦中にいた。
(楽になれる⋯⋯のかな⋯⋯?)
彼女はそんな日々から抜け出したいと思っていた。
権力も利権も、そんなものは要らないのに、ただ流され続ける毎日を過ごして来た。
(でも、やっぱり⋯⋯)
目の前の魔獣はクラリスに目を向け、彼女へとその鋭い爪を振り下ろす。
「怖いなぁ⋯⋯」
確実にクラリスの命を奪う一撃。
目を瞑り、恐怖と共に最後の瞬間を待っていた。
が、しかし。その一撃は届かなかった。
「ググガッ!?」
何かに押し潰されるような獣の声と共に、木製の何かが勢い良くぶつかる衝撃音が辺りに木霊する。
クラリスは死を覚悟していたにも関わらず、ソレが届かなかった事に対し困惑しながら目を開ける。
そこに立っていたのは、プラチナブロンドに輝く髪をなびかせた少女。
「危ないところだったね。大丈夫かい、お嬢さん?」
見知らぬ「騎士」の姿だった。
本作品の主人公は現代とは少し違った地球から転移していますが、概ね同じです。