第三章1-2
皆はロビーに居た。桐島は腕を背中に回され、きつく縛られたまま椅子に腰掛けている。顔は青白く、頬はこけ、憔悴しきっていた。虚ろな瞳はどこを見ているのか分からないのに、時折ふっと笑みを浮かべる。その笑みが正気のものなのか、狂気のものなのか判別できず、私は目を逸らした。
「……あの時、寿は川島から聞いてたWi-Fiルーターを確認すると言って部屋を出ていった。配信の電波が悪くて、その時点で配信も切れてたからな。苛立ちを隠そうともせず、ドアを乱暴に閉めて出ていったんだ。」
桐島の声は低く掠れていた。けれど妙に落ち着いていて、芝居がかった抑揚が耳に不快に響く。
「二、三十分後、寿は戻ってきた。……ただの不機嫌じゃなかった。焦ってた。いや、怯えていた。顔色は真っ青で、今にも泣きそうな顔だった。俺が『何があった?』と聞いても、しばらく答えなかった。ずっと唇を震わせて黙っていたよ。」
そこで桐島は、片口の端をゆっくりと吊り上げた。ロビーの薄暗い照明に照らされたその笑みは、冗談めかしたものではなく、どこか愉快そうで歪んでいる。
「ようやく寿が口を開いたと思ったら、こう言ったんだ。『お前、おれの配信荒らしたよな?誰にも言わないから、おれの言う通りにしろ』ってな。」
「……寿の配信、荒らしたの?」思わず問いかけた。
桐島は虚ろな瞳のまま、真っすぐ私を見返した。その目の奥に何も宿っていないことが恐ろしくて、思わず息を呑む。
「うん。悪いか?」
「悪いかって……」柏が戸惑いを隠せず、小声で呟く。
桐島は小さく笑い、視線を落とした。
「俺はあいつが嫌いだった。生まれた瞬間から全部持ってるやつが。だから荒らしまくった。連投も、中傷も。寿は開示請求をかけてきたらしいけど……俺にとってはそんなの珍しくない。芸能人、配信者、色んな奴を荒らしてきた。通知なんて毎日のように来てたんだ。」
吐き出される言葉は、憎悪と嘲笑に満ちている。どうしてこんな男を友達だと思っていたのか。胸の奥に自己嫌悪と嫌悪感が混ざり、私は唇を噛んだ。
「で、寿はその時こう言った。『殺される』ってな。『全員を殺さないと、俺が殺される』って。……あいつの顔は本気だった。震えて、泣きながらそう言ったんだ。」
桐島はわざと間を置いた。沈黙がロビーを満たす。柏も私も言葉を飲み込んだまま、桐島の口の動きを凝視するしかなかった。
「その直後だ。寿がナイフを持ち出して『死んでくれ』と俺に飛びかかってきた。でもあいつは細身だ。揉み合って転んで、俺が上に乗った。その瞬間……ニュルッと嫌な感触がして、見たら寿の腹から血が溢れてた。寿は泣きながら『助けて』と繰り返してたよ。」
その語り口は淡々としているのに、どこか楽しげだ。目の前で人が死んだ瞬間を思い出しながら、まるで愉快な逸話を語るかのように。背筋が寒くなった。
桐島はふいに顔を上げ、私を見据えた。虚無の奥に、異様な熱だけが宿っている。
「ちなみに俺は榊原も嫌いだった。でも桜井……お前は違った。金持ちでも貧乏でも、誰でも平等に接する。そんなお前を見て、俺のことも好きになってくれると思った。だから榊原に近づいたんだ。」
ニヤリと歪む口元。その告白は歪んだ恋にも似ていて、吐き気を催すほどおぞましかった。
私は反射的に睨み返し、吐き捨てるように言った。
「……気持ち悪い。」




