第三章1-1
「もうどうでもいい。どうでもいいんだよ、こんな人生。」
桐島は血のついたナイフを指先でひらひらと弄びながら、ふらつく足取りで部屋を彷徨っていた。疲労困憊で、理性を失っているように見えた。
私はただ、息を詰めて見ていることしかできなかった。
「だから……お前が俺を好きじゃなければ、お前を殺す。」
ピタリと動きを止め、桐島の殺気を帯びた視線が私に向けられる。全身が硬直する。
「死にたくない……!」
喉が裂けるほどの声で、私はやっとの思いで言葉を吐き出した。
その言葉に桐島は一瞬、口元を吊り上げた。
「でも、桐島は友達。それ以上は考えられない。」
覚悟を決め、毅然と彼の目を見返す。
その瞬間、桐島の表情が変わった。人間のものとは思えない眼差し。――確信した。私は殺される。
ナイフを握りしめ、桐島が足早に迫ってくる。寿の血がこびりついた刃が振り上げられ、私はどうでもいい考えをよぎらせた。
――寿と同じナイフで殺されるなんて、嫌だ。
「助けて!!!!!」
咄嗟に叫んだ瞬間、扉が勢いよく開いた。
「うおおおおおおお!」
柏が飛び込んできた。手には掃除用のモップ。
そのまま一目散に桐島へと突進する。
不意を突かれた桐島は身をかがめ、モップの一撃を避ける。だが柏は構わず叩きつけた。
モップは軽く、攻撃力は乏しい。それでも必死に振り下ろす柏に、桐島はナイフを振るった。
「っ……!」
刃は柏の左腕に突き刺さった。鮮血が噴き出す。だが柏は気にする素振りも見せず、逆に両膝を桐島の背中に叩きつけた。
「ぐっ……!」
桐島は押し倒され、うつ伏せに倒れる。柏はその背に正座するように跨り、必死に押さえ込んだ。
私はやっと体が動き、窓際に駆けてカーテンを引きちぎり、桐島の腕を縛ろうとした。
だが力が足りない。桐島が必死に抵抗し、私一人ではどうにもならない。
すると柏が桐島の両手を掴み、力強く抑え込んでくれた。
私はその隙にカーテンを巻き付け、両腕を縛り上げる。
「ずっと聞いてたぞ、この人殺し!」
柏は桐島の背に乗りながら、吠えるように叫んだ。
私は床にへたり込み、息を切らしながら言った。
「……ごめん。危ないと思ったから、あらかじめ柏に頼んでおいたの。私が“助けて”って叫んだら飛び込んで取り押さえてって……紙に書いて渡したの。」
柏は血の流れる左腕を気にすることなく、強い声で言い放つ。
「寿を殺した時の状況……聞かせてもらうぞ、桐島。」
縛られた桐島は、口元を歪め、不気味に笑っていた。




