第二章4-3
榊原悠真の父は自殺した。
私達は河川敷にいた。最近は寄り道なんてしなかったのに、ここを見つけてからは学校終わりに来るのが日課になっていた。
特に何を話すわけでもない。ただ夕焼けを並んで眺め、どちらかが「行こうか」と言えば帰路につく――それだけの時間だった。
だが、その日は違った。
「今の母親、そんな好きじゃないんだ。」
夕暮れの光に照らされた悠真の横顔は、にこやかに笑っているのに、どこか影を帯びていた。
私は返事に迷った。普段なら冗談で流す。けれど、家庭のことを悠真が口にするのは珍しい。しかもこんな言葉。
視線を夕空に逃がし、「そっか」とだけ答えた。
それ以上は言えなかった。下手な言葉をかければ、悠真の傷を抉ってしまいそうで。
沈黙が続き、風の音だけが耳に残る。
「俺の秘密の部屋、見にいかない?」
不意に悠真が言った。目には決意の光が宿っていた。断ることはできない、と直感した。
「……うん。」
私は頷き、悠真の背を追った。
森の奥へと進む。足元は暗く、迷えば二度と見つからない気がして、必死に歩みを合わせた。ふと目に入った悠真の右腕のミサンガ――「こんなの付ける人だっけ」と疑問に思ったが、すぐに意識から消えた。
一時間ほど歩いただろうか。目の前に縦長の洋館が姿を現した。
「父さんが生きてた頃に所有してたホテルだよ。」
悠真は振り返り、笑った。
「さぁ、行こう。」
足がすくんだ。夜のせいもあり、洋館は不気味にしか見えなかった。けれど、悠真に促されるまま中へ入る。
建物内は冷たい風が吹き抜け、外のヒューヒューという音が響いていた。ロビーを抜け、悠真は階段を上がる。
「ここだ」
振り返った悠真は、ここ最近見たことがないほど幸せそうな笑顔を浮かべていた。指差したのは、客室と客室の間にある細い扉。ポケットから鍵を取り出し、カチリと開ける。
中は明るく照らされ、下へ続く階段があった。降りると、そこは書斎のような空間だった。書物、ビデオデッキ、ゲーム機……決して広くはないが、全てが揃った「秘密の部屋」。
悠真は両手を広げた。いつの間にか右腕のミサンガは外れていたが、私は気に留めなかった。
「ここが俺の秘密の部屋だ。父さんが趣味部屋として作ったんだ。ここには“特別な人”しか入れないんだ。」
「特別な人?」と聞き返すと、悠真は真顔になり、私をまっすぐ見つめた。
壁に飾られた写真が目に入った。幼い悠真と父、そして離婚前の母。
私が視線を向けると、悠真も同じ写真を見ながら低く呟いた。
「これが俺の思い出。でも……父さんは、あいつもここに入れたらしい。」
憎しみのこもった声。“あいつ”とは、再婚相手の母のことだろう。
悠真はくるりと振り返り、私に向き直った。
私は直感した――来る。焦りと動揺を悟られないように、必死に表情を保つ。
「愛してる、桜井。」
ついにその言葉が出た。肌でいつか来ると感じていた瞬間。
けれど私にとって悠真は幼馴染、大切な友達であって、それ以上ではなかった。
視線を落とし、どう答えればいいか迷っていると、悠真の唇が迫ってきた。咄嗟に――私はビンタしていた。
永遠にも思える沈黙。
やがて悠真はフッと笑い、「ごめんごめん、うそうそ」と呟いた。
その夜――おぼろがおかホテルの屋上から、悠真は飛び降りて死んだ。




