第二章3-1
時刻は23:21。
誰も、その扉から離れることができなかった。
寿はスマホを握りしめ、怯えきった顔でただ画面を扉に向けている。
沈黙が続く。
誰も声を出さないのは、廊下に響くその音のせいだった。
――トン……トン……
間を置いて、また――
――トン……トン……
開けてはいけない扉の向こうから、確かに人が叩くような音が繰り返されていた。
俺は息を呑みながら思考を巡らせる。
手紙を書いた人物。ホテルの外に通じる扉を施錠した人物。
……それは、この扉の中に潜んでいるのかもしれない。
だとしたら、なぜノックをして存在を知らせる?
助けを求めている? いや、閉じ込められている?
そう考えると、数はこうなる。
俺、桜井、寿、柏。
手紙を置いた人物、扉の中の人物。
――合計6人。
考えただけで背筋が寒くなる。
俺は視線を寿に向けた。奴は床に座り込み、扉から目を逸らそうとしない。
「……寿。川島って人、許可を取った時に何て言ってた?詳しく教えてくれ」
寿は反応しない。固まったままスマホを持ち続けている。
「寿?」
俺は声を強めた。
画面を覗き込むと、ミュートは解除されていた。
それを証明するようにコメントが荒れ狂っている。
『おい、なんか喋れよボンボン(笑)』
『ビビり倒してるぞwww』
『これから神回くるな!』
視聴者たちの興奮と嘲笑だけが流れ続けていた。
「最初に許可取りをして、その時に川島さんに何を言われたか……最初から教えて」
桜井が俺の隣に体育座りで腰を下ろし、静かに促した。
その横で、柏も膝を抱えて俯いている。
寿の喉が小さく動いた。
「……最初は……俺のパパだ」
声はか細く震えていた。
「パパと取引先が話してるのを聞いたんだ。『あそこは幽霊ホテルだ』って。多分パパはここを買い取ろうとしてたんだと思う」
寿は言葉を選ぶように一度息をつき、スマホから目を逸らさずに続けた。
「俺はそれを聞いて、配信のネタに最高だと思った。幽霊ホテルなんて格好の題材だろ? だから川島に頼んで配信機材と環境を整えてもらった。Wi-Fiルーターも川島が用意してくれた」
廊下にヒューヒューと風が吹き抜ける。
老朽化した建物の隙間から、外気が冷たく忍び込んでくる音だ。
「川島は『許可を取った』って言った。でも……お前らも知ってるだろ。営業時はフリーWi-Fiがあったけど、榊原の親父の都市開発のせいで景色は潰れ、観光客は減り、老朽化が進んだ。だから川島から言われた条件は――『複数人で来るなら許容します』っていうものだった」
寿はようやく扉から目を逸らし、スマホに落とした視線をまた扉に戻した。
その仕草は、責任を分散させたいようにも見えた。
「だから俺は人数を集めないとって思った。最初は配信仲間を誘おうとした。でも……ここって榊原が死んだ場所だろ? だったら榊原と関係があったお前らを呼んだ方が、配信も盛り上がると思ったんだ」
寿は言い切った後、桜井に視線を向けた。
しかし、桜井の真っ直ぐな瞳に耐えられず、すぐに柏へと目を逸らした。




