第二章2-2
「てことは、その川島ってスタッフが許可を取って、下見のときにホテルにWi-Fiを仕込んだってこと?」
桜井は机に目を落とす寿を覗き込むように言った。
寿は小さくコクリと頷いた。
手紙を発見してから、すでに二時間。時刻は21:36。
俺たちは誰ひとりロビーから一歩も踏み出せずにいた。
どうやら寿のスタッフ、川島という男が配信許可を取り、この「おぼろがおかホテル」にWi-Fiルーターを仕込んで、配信用スマホにだけ登録していたらしい。
「じゃあ、このホテル内にルーターがあるってことだよね? 見つければ俺たちも外部と繋がれるんじゃないかな!」
柏が珍しく希望の光を帯びた目で言った。
「いや、その必要はないわ。配信用スマホはWi-Fiに繋がってる。なら一度配信を切って、川島って人に電話すれば済む話でしょう」
桜井が冷静に返す。
「いや、それは嫌だ」
沈んでいた寿が急に顔を上げ、桜井を見た。怯えたような目だったが、それは閉じ込められた恐怖ではない。別の恐怖。
配信画面に目を落とすとコメント欄が荒れていた。
『は?やめんなよ』
『だっっっっさw』
『金持ちボンボンは草』
『切ったらどうなるか分かってんだろ?』
――寿は視聴者に飼われている。俺は心の中で少し笑った。
「嫌ってなによ!? 一大事なのよ? これは犯罪よ! 私はまだ寿、あなたのやりすぎた演出だと思ってるからね!」
桜井が語気を強める。
コメント欄は盛り上がっていた。
『いけいけ!』
『女の子覚醒中!』
『普通に桐島って人イケメン』
俺は画面から目を離せなかった。
「落ち着こうよ、みんな! まだ外に出られる方法はあるはずだから!」
柏が慌てて間に入る。
『なんだよこのデブ』
『陰キャがしゃしゃんな』
『これから面白くなるのに』
「桐島! あなたも何か言ってよ! いつも肝心な時に黙ってるじゃん!」
矛先は俺に向けられた。面倒だ。
少し考えてから言った。
「配信は一度切っても、また再開できるだろ。その間に川島と通話すればいい。通話内容は後で視聴者に伝えればいいんだ」
コメント欄はすぐ反応する。
『どうせ再開しねえだろw』
『川島との通話も聞かせろよ』
「私はそれでいいと思う」
桜井も頷く。配信を止めたい彼女にとっては好都合だった。
「無理なんだよ」
寿が机を見つめたまま呟いた。
「無理なんだ。この配信用スマホはSIMが入ってない。だから電話はできない」
その一言に、俺たちは黙り込むしかなかった。
本当に閉じ込められたのか――? 他に出口は?
沈黙の中、五分ほどが過ぎた。
「なら……」
口を開いたのは柏だった。
「視聴者に通報してもらえばいい。僕らが本当に閉じ込められてるなら、誰か一人くらいは通報してくれるかもしれない」
「無理だよ。こいつらは人が怖がるのを見たいだけなんだ。見ろ、この同接。俺も初めて見る数字だ」
寿はスマホを掲げ、俺たちに見せつける。
「でも、今できることはそれくらい。誰かが通報してくれるのを信じるしかない。……もし誰も来なかったら、その時はこのホテルを探索するしかないかも」
桜井は眉を八の字にし、心底疲れたように吐き捨てた。




