第9話 ストレス溜まったらまた発散しに来るから
あまり英さんを待たせるのも悪い。
クロのバカ話を聞き流し、飲み物とお菓子を持って部屋に戻る。
「お待たせ」
「んー、ありがと」
部屋に戻ると、英さんは僕のベッドに寝転がりながら漫画を読んでいた。
足をパタパタさせ、完全にくつろぎモードである……水色かぁ。
「これあたしが好きなやつじゃん。白君わかってるねぇ」
僕の持ってきたお菓子を見ると、英さんは嬉しそうにチョコを口に放る。
こうして見ると、英さんは別に猫なんて被らなくても十分可愛い女の子で通ると思う。
でも、きっと本人がそれを認められないのだろう。
誰かにマウントをとりたくて仕方がない。英さんの域までいくともはや病的な執着ともいえる。
それから麦茶を飲むと、英さんはいつもの作った笑顔とは違う笑みを浮かべた。
「人の家の麦茶ってなんかいいわね」
「何で?」
「自分の家とは違う濃さで、友達の家に遊びに来てる感があるじゃない」
「わかる気がする」
小学生のとき、ゲームのコントローラーを自転車の籠に突っ込んで友人の家に遊びにいったときの思い出が蘇る。
遊びにいった友達の家で出される麦茶は、いつも自分で作った麦茶とは違った味がして凄くわくわくしたのを覚えている。
英さんにもそんな普通の経験があったようだ。
それから僕達は特に何かをするわけでもなく、ただ自分達の好きなように時間を過ごした。
僕はやりたかったゲームをやり、英さんはひたすら漫画を読み続けた。
ときどき会話らしいものはあったが、お互いそこまで積極的に話をするわけでもない。
不思議とそんな時間が心地良かった。
「うわっ、もうこんな時間じゃん」
気がつけば時刻はもう六時前になっていた。英さんの家の門限は知らないが、そろそろ帰した方がいいだろう。
「さすがに暗くなる前に帰った方がいいよ」
「一応、友達と遊ぶって連絡はしたけど……そうね。両親心配させるのもアレだし」
さっきまで楽しそうにしていた英さんの表情に影が差す。もしかして家族仲が悪いのだろうか。
まあ、僕には関係のないことだ。人様の家の事情に首を突っ込むのも野暮だし。
「駅まで送っていこうか?」
「いいわ。この時間に一緒にいるとこ見られたら言い訳面倒だから」
「そっか、じゃあ気をつけて」
玄関まで英さんを見送ると、英さんはスッキリとした表情を浮かべていた。
「今日はありがと。ストレス溜まったらまた発散しに来るから」
「また来るんだ……」
さすがに英さんもクラスメイトとの交流があるから、毎日押しかけてくるようなことにはならないだろうが、さすがに高頻度で来られるのももてなす側のこちらが疲れてしまう。
「何、嫌なの?」
「嫌ってわけじゃないけどさ……」
「白君がストレス溜め込むくらいなら素を出せって言ったんだからね。自分の発言には責任を持ちなさい」
「そういう意味で言ったんじゃ……いや、もういいよそれで」
英さんに何を言ったところで強引に押しかけてくるのは目に見えている。
それならいっそ受け入れたうえでどうするかを考えた方が建設的だ。
「それじゃ、また明日。学校で」
「うん、また明日」
こうして僕と学年一の美少女との不思議な関係が始まった。
ちなみに、この日僕はベッドに残った英さんの良い匂いのせいで禄に眠れなかった。