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第54話 未来じゃ共依存だった

 目を覚ますと、そこは病院のベッドの上だった。

 カーテンの隙間からは朝日が差し込んでおり、眩しくて顔を背けた。


「あれ……俺、生きてるのか?」


 数年ぶりに感じる重力の感覚に戸惑いつつ、上体を起こす。

 体が動く。頬を抓れば痛みを感じる。それに腹も減った。

 久しぶりに感じる生きているという実感に俺は戸惑っていた。


「あれは夢だったのか?」


 シロや過去の紅百合との日々は今も脳裏へ鮮明に焼き付いている。

 だが、それを証明する術はない。

 全てが幻のように思えたが、紅百合に抱きしめられた感触は夢とは到底思えなかった。


「頑張れよ、シロ……」


 気がつけば勝手にそんな言葉が口を衝いて出ていた。

 俺が何を言うまでもなく、あいつは紅百合を幸せにするために真っ直ぐ頑張るのだろう。

 ……間違えてハメ撮りを見せてしまったのは不安要素ではあるが。

 ふらつく体を抑えながらも窓に近づいて空を見上げる。


「ハッ、鬱陶しいくらいに晴れてやがる」


 俺は眩しい日差しが苦手だった。でも、不思議と今は嫌いじゃない。

 また頑張ろう。そんな風に思えるのも、シロと過去の紅百合のおかげだ。

 借金も半分以上残ったままだし、紅百合は意識不明の重体、最悪もうこの世にはいないかもしれない。


 それでも、俺は今生きている。

 どんなに辛く厳しい現実が待っていようと、俺は前へ進むと決めていた。


「純……?」


 病室のドアが開く音と同時に聞き覚えのある声が耳に入ってきた。その声を聞き間違うはずもない。


「紅百合、なのか?」


 恐る恐る振り返ると、そこには唖然とした表情で花を足元に落とした紅百合が立っていた。


「そんな、嘘、本当に純なの?」

「いや、それはこっちの台詞なんだが……」


 紅百合は睡眠薬の大量摂取で意識不明の重体だったはずだ。それに対して俺のはせいぜい交通事故。体だってもう普通に動くレベルに回復している。


「純!」


 紅百合は距離を一気に詰めると、素早く両手を背中に回してきた。

 そして、そのままギュッと抱きしめられてしまった。

 突然の出来事に頭が真っ白になる。


「ごめん、ごめんね……! あたしがバカなことしたばっかりに、あたしのせいで!」

「落ち着けって! 何が何だかわららねぇよ」


 しばらく子供のように泣きじゃくっていた紅百合だったが、俺がまともに受け答えできる状態であることが確認できて安心したのか、俺が置かれている状況を説明してくれた。


「あたしの自殺未遂のあと、純は車に跳ねられたの。それから二年間ずっと眠っていたのよ」

「二年!?」


 今度は違う意味で頭が真っ白になった。

 二年も眠っていたのなら仕事は当然解雇されているだろうし、治療費もバカにならないだろう。借金だってそのままだろうし、絶望しかない。


「……言っておくけど、ちゃんと保険は下りてるからね」

「良かった……マジで保険料ちゃんと払っておいて良かった」

「心配するのはそこじゃないでしょ!」


 紅百合はまるで過去の紅百合のように頬を膨らませて怒った。こっちの姿でそんな怒り方をするのは初めてみた。それだけ心配させてしまったのだろう。

 それに二年も経てば、あの状態から紅百合が回復していたとしてもおかしくはない。


「二年間も目を覚まさなかったのよ!? こっちがどんな気持ちで――ごめん、あたしが言えたことじゃないよね……」


 特大ブーメラン発言をかました紅百合は泣きそうな顔で俯いてしまった。


「何でもいいよ。俺は紅百合が生きててくれたってだけで嬉しいから」

「えっ」


 俺は呆けた表情の紅百合を勢いよく抱きしめた。


「会いたかった……ずっと、ずっと会いたかった!」


 言葉を紡ぐほど勝手に涙がボロボロと両目から零れ落ちていく。紅百合もまた涙を流しながら強く抱きしめ返してくれた。

 紅百合の体温が、生きている温もりが伝わってくる。それが嬉しくて、俺はさらに力を込めて抱きしめた。


「なあ、紅百合。ずっと言えなかったことがあるんだ」


 それから俺は意を決して口を開いた。


「俺は紅百合のことが好きだ」


 一旦、紅百合から離れ、しっかりと彼女の瞳を見てそう告げた。

 驚いたように目を見開いたあと、紅百合は優しく微笑んだ。


「知ってた」

「え?」

「だって、純の顔に書いてあったもん。俺は英紅百合が好きだってね」


 どうやらこっちの紅百合にも俺の嘘はバレていたらしい。


「だから、自分が許せなかった。今の気楽な関係を気に入ってるあたしに気を遣って踏み込もうとしなかった優しさに甘えて、純の想いを踏み躙っていた自分が大嫌いだった」


 懺悔するように告げると、紅百合は俺の手を握ってきた。


「でも、もう逃げないから」

「紅百合……」


 紅百合の目には強い決意の光が宿っていた。いつもの気怠げなものではない。まるで過去の紅百合のような強さがそこには確かに存在した。


「俺も逃げない」


 過去の自分であるシロがあれだけ頑張ってくれた。自分自身の可能性というものを見せてくれた。


 だから、もう逃げない。


「紅百合、絶対に幸せにするし、俺も幸せになる。だから、俺と結婚してくれないか」


 今はどうしようもない甲斐性なしかもしれないが、未来は変えられる。過去の自分自身が証明してくれた。


「…………」


 俺のプロポーズに対して、紅百合は無言のまま俺をじっと見つめてきた。その顔は何か悪戯を思い付いた子供のようで、口元がニヤついている。


「んっ」


 不意に、触れる唇の感触。それが触れるだけの軽いキスだと気づくのに、コンマ一秒のラグがあった。

 突然のことに呆然としていると、紅百合は満面の笑みを浮かべて叫ぶ。


「不束者ですが、よろしくお願いします!」


 この日から止まってしまった俺たちの時間が再び動き出した。

 これからも目を背けたくなるような現実がたくさん待ち受けていることだろう。


 でも、そんなものに負けてやるつもりは毛頭ない。

 届かないかもしれないが、過去の自分であるシロに伝えたい。


 未来じゃ共依存関係だった俺も紅百合の支えになれるんだ、と。


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