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第3話 セフ……レ!?

 昔から僕には幽霊が取り憑いている。

 そいつは僕が小学四年生のとき、急に現れた。


『俺は未来のお前だ』


 髪を金髪に染め、耳にはバチバチにピアスをしている男。

 服も当時小学生の僕から見れば俳優のようにオシャレな格好だったため、僕はそいつに希望を見出した。

 だって、未来の自分だって言うんだもの。

 未来の自分と出会うなんて、誰もが一度は妄想するようなシチュエーションだ。

 わくわくしないわけがなかったのだ。

 勉強も運動も苦手で、友達も少ない僕に突然現れた救いの手。

 そう思っていた存在は自分が理想の未来に進んだ姿などではなかった。


「ねぇねぇ、未来じゃ僕は何してるの! やっぱり、漫画家になってるの? お嫁さんはもしかして波津子ちゃん!?」

『あー……落ち着いて聞けよ?』


 夢を叶えているか、好きな女の子と結婚しているか。

 そんなありきたりな願望は全て否定された。

 未来の僕は美容師をやっていて、給料は低いのに休みは少ない。

 酒とタバコに溺れ、借金もある。

 結婚なんて当然しているわけもなく、恋人でもない女の子と体だけの関係を続けている。

 そして、享年三十歳という若さで亡くなったのだ。


 要するに、未来の僕は絵に描いたようなクズ野郎だった。


 最初に抱いていた憧れなど吹き飛び、僕は未来の自分を反面教師にして生きてきた。

 清く正しく、誠実に生きていこうと心に誓ったのだ。

 そのおかげで勉強へのモチベーションも上がり、中学受験に成功して今に至る。

 春から始まる高校生活。

 期待に胸を膨らませて目覚めてみれば、そこは洗面所の鏡の前。

 真っ先に目に入ったのは、耳に着けられたピアス、アッシュベージュに染められ、しっかりとセットされた髪型だった。


「おい、クロ! また僕の髪勝手にいじったろ!」

『あぁ? 別に俺の体をどうしようが俺の勝手だろ』

「僕の体だよ!」


 クロは僕が寝ている間、勝手に肉体を乗っ取り好き勝手してくることがある。

 僕が起きているときは乗っ取られることはないのだが、僕の意識がないときは憑依に抵抗することができない。

 そのせいで何度もお小遣いを勝手に使われて漫画やゲーム、ヘアスタイリング用品や服を買われた。……結果的にオシャレで自分好みのものになるからそこはいいんだけども。


「うわぁ……ピアスまで空けてどうするんだよ、これ」

『校則緩いとこだし大丈夫だろ』

「だからっていきなりピアスはないだろ!」

『ファーストピアスくらいで文句言うなっての』

「ファーストピアスが一番文句言うだろ!」


 自分の体に穴を開けるなんて抵抗がある。それをクロはサクッとやってしまったのだ。

 文句ない方がおかしいだろう。


『ほれ、鏡の中の自分を見てみろ』


 そこには見慣れた冴えない顔ではなく、それなりに整った自分の姿があった。


『どうだ、悪くないだろ?』

「プロの仕事で満足させるのやめろ」


 これだから未来の自分は嫌いなのだ。

 好き勝手やっておきながら何だかんだでこちらの納得がいくように丸め込まれる。

 自分自身のため、趣味趣向思考も全て把握されているというのはディスアドバンテージにも程がある。


『ま、人生一度しかない高校生活なんだ。楽しむために準備はしとかないとな』

「……クロの高校生活はどうだったんだよ」


 僕に取り憑いてからずっと一緒にいるクロだが、学生時代の話はあまり知らない。

 こいつがいつも語るのは未来での下世話な話や、日本の未来が明るくないという類のものばかり。

 それを聞くたびに、今の内にしっかりしなければと思わされてきた。


『俺の男子校だけはやめとけってアドバイス。素直に聞いてくれて嬉しいよ』

「なんかごめん」


 気にはなったものの、悲壮感漂う姿を見ていたら何も言えなくなってしまった。

 別にクロの無念を晴らすつもりはないが、少なくとも僕は同じ轍は踏まないようにしよう。

 そうして放り込まれた新しい環境で僕は天使に出会った。


「英紅百合です。よろしくね」


 そこには清楚という概念を具現化したような美少女がいた。

 長い睫毛にパッチリとした瞳、ライトブラウンに染めた長髪は三つ編みハーフアップにしてある。

 鼻筋はすっと通っていて、小さな唇がちょこんとくっついており、目元の泣きボクロからは色っぽさも感じる。スタイルも良く、特に胸の発育には目を見張るものがある。

 男の理想を具現化したような女子。それが英さんに抱いた第一印象だった。


「ねぇねぇ、どこ中出身?」

「彼氏とかいる?」

「写メ撮ってもいい?」


 入学式直後の教室は喧騒に包まれていた。

 僕も例に漏れず、英さんの周りに群がるクラスメイト達の隙間から彼女の姿を眺める。 

 無遠慮に話しかけてくる男子や仲良くしようと詰め寄ってくる女子。

 その全てに対し、英さんは丁寧な対応をしていた。

 そして、その全てを捌き終えると再び隣の席の俺に話しかけてきた。


「ねぇ、ツクモ君……でいいんだよね?」

「あっ、うん。珍しい読み方でしょ」

「あはは、それを言ったら私の英も珍しい苗字だからおあいこだね」


 中学のときも女子と会話したことはあったが、ここまで距離の近い人は初めてだ。

 おかげでさっきからドキドキしっぱなしだ。

 それに、彼女は他の人とは明らかに雰囲気が違う。

 見た目が清純なだけでなく、話し方や態度もどこか上品さを感じるのだ。

 自然とこちらも背伸びをして接してしまう。

 それから入学ガイダンスが終わるまでの一日。僕の脳内は英さんのことでいっぱいになっていた。


 ちなみに、僕自身は見た目に気合が入り過ぎていて教室の中で若干浮いていた。

 クロのことは絶対に許さない。


『何、ボーッとしてんだよ。そんなに紅百合と話せたのが嬉しかったのか?』

「まあね……え?」


 家に帰って部屋でボーッとしていると、クロが聞き捨てならないことを宣った。

 こいつ、英さんをさらっと呼び捨てにしやがったぞ。


「ちょっと待って、クロ。もしかして英さんのこと知ってるの?」

『おう、未来じゃしょっちゅう会ってたぞ』


 未来の自分が英さんと一緒にいた。その事実につい期待をしてしまう。


「もしかして僕って未来じゃ英さんと恋――」

『まあ、セフレだったしな』

「セフ……レ!?」


 僕の淡い期待は一瞬で打ち砕かれた。


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