第137話 願わずにはいられない
紅百合を実家に送り届けて以来、やたらと家に呼ばれる頻度が増えた。
すっかり外堀を埋められ、かと言って今更セフレだということもできずに時が流れていく。マジでこれどうすんだ。
「まったく、誰があんたの彼女よ」
「文句は勘違いした恵莉花さんに言えっての」
紅百合との関係性はさらに泥沼化していく。泥沼どころか底なし沼レベルである。
「というか、嫌なら否定しろよ」
「あんなに嬉しそうな両親の顔を見て否定できるとでも?」
出たよ、こいつの人の期待を裏切れない悪癖。
この前だってそれで勤めてたコンカフェをやめたんだから、もっとわがままになればいいのに。
「あっ、明日は午前中家にいるわよね?」
「いるけど、それがどうしたんだ」
「ライドナーの等身大ぬいぐるみ届くから受け取りよろしく」
「よろしくじゃねぇんだわ」
こいつは人の部屋を何だと思っているんだ。趣味部屋じゃねぇんだぞ。
「お前、本当に俺の前だとクソわがまま女だよな」
「あら、クソわがまま女はお嫌い?」
「ああ、大嫌いだね」
「……ふふっ、そっか」
大嫌いだと言ってやったのに、紅百合は何故か楽し気に笑うだけ。
本心じゃなかったとはいえ、嫌いと言われてどうしてそこまで笑っていらられるのか。
「そうだ。この間、モンテ最新作モデルの有機ELスウィッチ当たったから今度持ってくるわね」
「何でそっちは実家で受け取ってんだよ」
いや、ライドナーの等身大ぬいぐるみをここまで持ってくるのが怠かったからなんだろうけども。
俺はため息をつきながらタバコに火を着ける。
「んー」
すると、紅百合がタバコを咥えてこちらに突き出してくる。
火種はあるのに、シガレットキスが好きな奴である。
「ったく……」
仕方なく自分のタバコの火を紅百合のタバコへとくっつけて着火する。
そして、お互いに肺にニコチンを入れて紫煙を燻らせる。
無言のままただただタバコを吸うだけの時間。
この時間が何よりも……俺は大好きだった。
「あたし、さ。この時間、好きかも」
「奇遇だな、俺もだ」
何を言うわけでもなく、ただぼんやりと煙を燻らせる。
紅百合と過ごす日々は楽しかったし、このままでいたいという気持ちもある。
だが、この関係もいずれは終わりがくる。
どんなに居心地が良くたって、臭い物に蓋をして大切なことから目を逸らすような関係が長く続くはずもないのだ。
所詮、俺達はただの共依存関係。
そう遠くない未来に、終わりは必ずやってくる。そんな予感があった。
らしくない感情を誤魔化すように、紅百合の瞳を見つめる。
すると、自然に紅百合も俺に視線を固定してじっと俺を見つめ返してきた。
しばらく紅百合の瞳を見つめていると、スイッチが入ったようで目がトロンとしてくる。
「んっ……」
そうするのが当然だというように、唇の距離がゼロになる。
そして、そのまま俺達は身体の距離もゼロになった。
ああ、どうせならこのまま心の距離までゼロになってしまえばいいのに。
そんなことにはならないとわかっていながらも、俺はそう願わずにはいられなかった。




