第8話:つながる過去と今
ルデル村に来て三日目。
人々の生活は一見穏やかに見えるが、その下には、誰もが知っている“わだかまり”が流れていた。
若者たちは、新しい村長エルドのもとで改革を進めようとしている。
一方、年長者たちは、その急激な変化に戸惑い、反発していた。
若いエマの焦りも、年配のハルドたちの苛立ちも、誰かを傷つけたくて生まれたものじゃない。
ただ、大切なものを守ろうとした結果、ぶつかってしまっているだけだ。
けれど、それがすれ違いを生み、村の空気に重たい影を落としている。
どうすれば——この絡まりを、少しでもほぐせるだろうか。
倉庫の隅に腰を下ろし、積まれた麻袋を背に、俺は天井を見つめていた。
……この感覚、前にもあった。
別の世界、別の職場。
俺は人と人の間に立ち、意見を聞き、形にしようと必死だった。
それぞれの立場に言い分があり、誰もが正しく、誰にも届かず——
言葉がすれ違い、責任だけがのしかかってきて。
誰かが怒鳴り、誰かが黙り、誰かが泣いた。
そのたびに俺は、帳尻を合わせようと調整に走り、
気がつけば、自分の声すら見失っていた。
「俺は、あのとき——整理できなかったんだ」
整理とは、物を並べることじゃない。
見えない不満を分解し、言葉にして、伝えるべき順序に並べてやることだ。
俺は、そばに置いていた羊皮紙と炭筆を取り、
もう一度、村人たちの関係を整理し直した。
名前だけでなく、“想いの方向”を記す。
エマ(村長の娘):未来志向/成果重視/率直
村の未来を見据えている。孤独と不安を抱えている。
ハルド(年長者):伝統尊重/安定重視/誠実
伝統を守りたいが、若者を拒んではいない。
レドナ(中年職人):職人気質/孤独を好む
指導意欲はあるが誤解されやすい。
カイル(若手農夫):内向的/実行力はある/発言しづらい
動きたいが、声を出す勇気がない。
線を引き、感情の交錯を思い浮かべる。
その瞬間、視界の端に《スキルウィンドウ》が淡く揺れた。
《スキル反応:整理整頓 Lv4》
▼「人間関係整理」補助効果:価値観と構造の可視化
うっすらと、視界の端に色の流れが見えた。
誰と誰が、どんな方向に感情を動かしているか。
その流れが、“言葉になる前の気持ち”のように浮かんでくる。
言葉にできなかった感情が、少しずつ“形”になって見え始めた。
俺は静かに呟いた。
「……対話するしかないんだ」
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次の日、村の集会場に小さな円卓を囲む場を設けた。
議論の場ではなく、「語る場」にしたかった。
まずは、俺が話す。
「……皆さん。今日は少し、俺自身の話をさせてください」
集まった村人たちは静かだった。
どこか緊張もしているが、耳は傾けてくれている。
「俺は、ここではない遠い別のところから来ました。
そこでは“人と人の間に立つ仕事”をしていました。
けれど、俺はそこで失敗して——壊れました」
言葉を選びながら、けれど真っ直ぐに続ける。
「本当は、話を聞いて、伝えて、つなげるべきだった。
でも、“どうせ分かり合えない”と思って、勝手に諦めたんです」
「だから今度は、逃げたくないんです
ちゃんと話を聞いて、ちゃんと“整える”努力をしたい。
それが、俺のやり方だから」
言い終えたあと、沈黙が場を包んだ。
最初に口を開いたのは、ハルドだった。
「……分かっとるよ。わしらだって、若いもんに全部反対したいわけじゃない。
でも、何も言えんまま変えられるのは、寂しいんじゃ」
続いて、エマが頷いた。
「急ぎすぎたのは……たぶん私たちです。
焦ってて、でも変わらなきゃって、そればっかりで……
伝える前に、押しつけてたかもしれません」
小さな、だけど確かな言葉の交差だった。
誰かの正しさを否定するんじゃなく、
「何を大切にしているのか」を伝えあえたことが、何よりの一歩だと思えた。
《スキル:整理整頓》は、ただ物を片付けるだけの力じゃない。
人と人の関係を、見えるように整えることもできるんだ。
この世界で俺が持ってきた力。
その意味が、ようやく“かたち”になり始めている気がした。