第7話:形のないモノを整えるために
ルデル村に来て二日目。
表面上は平穏に見えるが、村の空気は妙に張りつめている。
井戸端では笑い声が聞こえるのに、心はどこか噛み合っていない。
若い村人たちは、村長エルドの改革に希望を託している。
変わりたい、変えたい、そんな気配が伝わってくる。
一方で、年配の村人たちは、その“変化”に反発していた。
互いの立場の違いが、作業にも会話にも影を落としている。
俺は思った。
この村の問題を、スキルで片付けるつもりはない。
ひとりひとりと話し、想いを受け止める。
そうやって“何か”を整えるしか、今の俺にはできない気がした。
最初に話を聞いたのは、エマだった。
村長エルドの娘であり、改革の最前線に立つ若者の一人。
「この村は……変わらなきゃいけないんです」
エマは強い口調でそう言ったが、その声にはかすかな震えがあった。
「古い仕組みばかりに縛られてたら、先が見えない。
でも、何を言っても“若いくせに”で終わらされるんです」
小さく唇を噛む仕草に、彼女の苦しさがにじんでいた。
「父のやり方を信じてるけど……毎日が怖いんです。
間違ってたらどうしようって。
でも黙ってたら、今度は誰も動かないから……」
その言葉に、胸が少しだけ痛んだ。
かつて俺も、現場の先頭に立とうとして、誰にも耳を貸してもらえなかった。
あの孤独と、絶望に似た疲れ。
次に訪ねたのは、旧村長派の長老・ハルドの家だった。
「あの若造どもは……」
そう言いかけた彼は、ふと言葉を切った。
しばらくの沈黙のあと、ぽつりと続ける。
「わしらが大切にしてきたやり方を、ただ“古い”って言葉で切られるのは……やっぱり、な」
視線を落としたその横顔は、怒りではなく、寂しさで曇っていた。
「時代が変わるのは分かっとる。
でも、全部否定されたら、わしらの生きてきた道が、まるで無駄だったように思えてしまうんじゃ」
その想いは、痛いほどわかった。
他にも数人の村人たちの話を聞いた。
言葉の端々に、刺々しさや不満が混じっていたが——
それぞれが、それぞれなりに村を思っていた。
「若者はワシらを追い出したいだけじゃろ」
「年寄りに相談しても“昔はこうだった”って返されるだけだしな……」
《整理整頓》のスキルが、淡く反応する。
断片的な“感情のにおい”が、空気の中に漂っていた。
怒り、焦り、疑い、悲しみ……
言葉にならなかった想いが、今も村にこびりついている。
だが、だからこそ思う。
“整えるべきもの”は、物だけじゃない。
想いの残り香、過去のつながり、すれ違ったままの関係——
そういったものにも、順序と意味を与えてやらなきゃいけない。
その夜。
俺は焚き火のそばで、荒い羊皮紙を広げ、炭筆で村人たちの関係を書き留めていた。
どこで気持ちがすれ違ったのか。
誰と誰が、なぜ言葉を交わさなくなったのか。
前の世界では、解決できなかった問題。
でも今は、俺に変えられるかもしれない未来がある。
だから——逃げずに、整えてみせる。
誰かを切り捨てることなく、
違いを受け止めて、歩み寄る道を探していく。
それが、俺にできる“整理”の形だと信じて——