第6話:分断された村で、俺ができること
ルデル村は、かつて整えたあの村よりも規模が大きく、人と物の流れがはっきりしていた。
市場では人々がせわしなく行き交い、荷車の音や売り子の声が賑やかに響いている。
だが、そのにぎわいとは裏腹に——村に一歩踏み入れた瞬間、俺は胸の奥に小さな違和感を覚えた。
すれ違う人々の顔はどこかこわばっていて、互いに目を合わせようとしない。
笑い声はある。けれど、それが本当に“笑っている”のかどうか、わからない。
張り詰めた空気に、思わず足を止めた。
「……これは、ちょっと厄介かもしれないな」
そのとき、背後から声をかけられた。
「カンザキさんですね?」
振り返ると、やや恰幅のある中年の男性が立っていた。
丁寧な仕草に反して、その表情には疲労の色が濃く滲んでいる。
「私はこの村の村長、エルドと申します。あなたの噂は聞いています。」
噂がそんなふうに伝わっているのかと少し戸惑いながらも、俺は頷いた。
村長は一呼吸置いてから、やや硬い口調で続けた。
「正直に言いましょう。この村の問題は、倉庫の散らかりだけではありません。
村そのものが、今……二つに割れかけているんです」
その目に映る疲れは、かつて自分が見てきた“責任を背負う人間の顔”によく似ていた。
「なるほど……ただの片付け仕事じゃなさそうだ」
まずは倉庫へ案内され、整理整頓のスキルを使って作業を始めた。
空間自体の片付けはスムーズだった。
けれど、俺の胸は、まったく晴れなかった。
作業中にも耳に入ってくる村人たちの会話が、異様に尖っていた。
広場の片隅で、小さな声が交わされていた。
「年寄りは動きも鈍いのに、口だけは出すんだよな」
「保守派の連中は、今のやり方が気に入らないだけさ」
「この改革だって、結局は年寄りが得するだけになるんじゃないかな」
発言するのは皆、若い世代のようだった。
彼らは改革の必要性を感じている一方で、上の世代が何かと口出ししてくることに苛立ちを募らせている。
その言葉の裏には、過去に報われなかった怒りと、将来への不安がにじんでいるようにも見えた。
表面上は静かでも、村の中には深い“断層”が走っていた。
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整理を終えて報告に戻ると、村長は難しい顔をしたままだった。
「……ありがとうございました。けれど、これだけでは問題の本質には届かないでしょうね」
「対立が、かなり根深いようですね。差し支えなければ、詳しく教えていただけませんか?」
しばらくの沈黙の後、村長は小さく頷いた。
「若い世代には、私の改革を歓迎する声もあります。
でも年長者たちは、長く続いてきたやり方を変えることに反発していて……。
気がつけば、この村は“二つの派閥”に割れてしまっていたのです」
村のかつての長だった人物──前村長は、半年前に病で他界したという。
慎重で誠実な人柄だったらしく、特に年配の村人たちからは今なお慕われているようだった。
村の古い習慣や仕組みの多くも、その人が築いてきたものだった。
だからこそ、「新しいやり方」に反発が生まれてしまうのだろう。
どちらにも加われず、ただ板挟みにされるエルドの息苦しさが、俺の胸の奥をざわつかせた。
その夜、俺はひとり、村人たちの話を聞いて回ることにした。
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若い女性、エマは村長の娘だった。
村の改革を進める父を支えたい気持ちはあるが、その立場ゆえに風当たりも強いらしい。
「父のやり方を、全部否定されるんです……」
「私が何か言えば、『若いくせに』とか『村長の娘だから偉そうに』とか……。
でも、村をよくしたいって気持ちは、本気なんです!」
一方、旧村長派の長老ハルドは、静かに首を振った。
「わしらは、若い者を邪魔したいわけじゃない。
ただ、守るべきものがある。村の伝統や絆は、そう簡単に捨てていいもんじゃない」
どちらにも、ちゃんと理由があった。
どちらにも、譲れない思いがあった。
——これは、正解のない問題だ。
前の世界では、解決ができなかった問題。
でも今は、俺にもできることがある。
だから——逃げずに向き合ってみせる。
スキルじゃなく、“俺自身”が、誰かと向き合い、言葉を聞き、共に考えることで、
この村に必要な“整理”を見つけていきたい。
夜の村道をひとり歩きながら、俺はそう思った。