第4話:“いらない”と言われた男が、村を整える
その晩、老人は寝泊まりできる小さな小屋と、温かい食事を与えてくれた。
翌朝、小屋の外に出ると、すでに何人かの村人が集まっていた。
視線に敵意はない。
だが、その目は真剣だった。
昨日の納屋を見た者と、噂を聞いた者。
全員が、“何かを期待しながらも信じきれない”顔をしていた。
「……本当に、ひとりでやったのか?」
「納屋の中、見違えてた。けど……スキルって、そこまでの力があるもんなのか?」
「整頓で、村が変わるなんて、そんなうまい話が……あるわけ……」
言葉の最後は、どこか震えていた。
否定したい。でも、信じたくもある。
それが彼らの本音だった。
村人たちは半信半疑──
いや、“半分以上、すがるような気持ち”だったのかもしれない。
俺自身も、まだ自分のスキルの真価を完全には理解していない。
けれど、それでも伝えたい。
“この力は、ただの片付けじゃない”ということを。
そこへ、昨日の老人が杖をついて歩いてきた。
「昨日の納屋を見て、村人たちが驚いておる」
「次はもう少し影響の大きい場所を整えてみせてくれんか?」
「影響の大きい場所……?」
「村の物資置き場だ。収穫物や道具が散らかり、皆が困っておる。
もしあそこが片付けば、村全体の作業効率が一気に上がるだろう」
なるほど。
効率化が必要な場所なら、俺が最も得意とするところだ。
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村の物資置き場は──混沌としていた。
麻袋に詰められた収穫物、蓋のない木箱、束ねられていない農具。
それらが、“なんとなく”の場所に積み重なっていた。
一応、袋や箱には小さな印がついている。
だが、誰がいつ置いたのか、何が入っているのか──
正確に把握している者は誰もいない。
「収穫物を盗むような奴はいない」。
交代制で管理をしている村人たちはそう口にする。
けれど、現実には少しずつ物が減っていく。
気づいても、口にする者はいない。
それが“誰か”のせいになることを、皆が恐れていた。
疑念を飲み込み、疲れた目でやり過ごしていた。
そうして曖昧に放置された混乱が、
広場全体を、村全体を、じわじわと蝕んでいた。
俺は深く息を吸い、目を閉じ、手をかざす。
《スキル発動:整理整頓(レベル2)》
効果:空間認識発動。視界内の最適配置を立体的に把握します。
瞬間、視界が切り替わる。
“乱雑な物資置き場”の向こうに、理想の配置が浮かび上がった。
道具の用途別分類、収穫物の量と場所の整合性、
動線に沿った配置設計、そして自然な見張り効果を持つ配置ライン──
「……この村は、もっとうまく回るはずなんだ。」
神経が研ぎ澄まされる感覚。
思考と視線が一致し、手が自然と動き出した。
最初は遠巻きに見ていた村人たちも、次第にざわつき始める。
「……あれ? これ、動きやすいな」
一人の声が、空気を変えた。
「麦袋はここにまとめると運びやすいぞ!」
別の声が重なる。
「おお……道ができてる……!」
手伝いの輪が、静かに、しかし確実に広がっていく。
数時間後。
村の物資置き場は、見違えるように生まれ変わっていた。
道具は種類ごとに整然と並び、収穫物も明確に区分されている。
通路が開け、誰が何をどこに置いたかが、一目でわかる。
それだけのことなのに──
村の空気が、驚くほど澄んで感じられた。
「……こんなに広かったのか、ここは」
老人のつぶやきに、周囲の村人たちも思わず頷いた。
物が動くだけで、空気まで変わる。
その変化を、皆が肌で感じていた。
俺自身も、驚いていた。
整えただけで、景色が変わる。
人の動きが変わり、表情まで変わる。
もしかしたら──
整えるってのは、物だけじゃないのかもしれない。
《スキルレベルが上昇しました:整理整頓 Lv3》
新効果:「動線最適化」追加
※人の動きを予測し、最適な配置を提案します。
村人のひとりが、俺にまっすぐ頭を下げた。
「ありがとう」
その一言に、胸の奥がじんわりと熱くなる。
つい昨日まで、“役立たず”の烙印を押されていた俺が──
今、この村では、必要とされている。
その事実が、ただただ、嬉しかった。
俺は、ゆっくりと顔を上げた。
どこにいても、やるべきことは変わらない。
整えることで、人を笑顔にできるなら──
俺の物語は、きっと──ここからだ。