プロローグ:王都──追放された夜
王都の夜は、氷の刃のように肌を削った。
闇に沈む石畳を、ただ走る。
背後から迫るのは、かつて味方だった者たち。
この国の秩序を守るはずの騎士たちが、
今や俺たちを、害悪のごとく狩ろうとしていた。
斬られた肩は焼けるように痛み、
足はもはや限界に近い。
それでも、止まるわけにはいかなかった。
──俺は、何を間違えたのか。
本当は、知らなければよかったのかもしれない。
王都に巣食う、人身売買の闇。
歴史を塗り替えるために繰り返される、記録の改竄。
誰も語ろうとしなかった、腐敗と欺瞞。
知らなければ、
俺たちは、
平穏な顔をして、今日も生きられたかもしれなかった。
隣を駆けるのは、銀色の髪をなびかせた女性だった。
端正な顔立ちは、今や恐怖に染まり、
それでも、必死に俺の隣を走り続けていた。
あの日、彼女は俺に手を差し伸べた。
正義の為に、俺に協力してくれた。
──正義感に従ったがゆえに、すべてを失った女。
立場も、居場所も、未来も。
そして、俺もまた──
誰も守れず、何も救えず、
ただ無様に、惨めに、逃げるしかなかった。
城壁が見えた。
王都を囲う、最後の壁。
門の前には、衛兵たちの影が立つ。
剣を抜き、俺たちを待ち受ける。
──行くしかない。
怒号が夜を裂く。
駆ける。
石畳を蹴り、冷たい夜風を受けながら。
──整えたかっただけなのに。
──守りたかっただけなのに。
どうして、こんなにも、
世界は、救えない。
胸の奥で、何度も問いが渦巻く。
答えは、どこにもない。
城門をすり抜け、
夜の闇に、俺たちは消えた。
世界は、あまりにも広く、冷たく、
そして、無慈悲だった。
それでも、まだ終わりじゃない。
泥だらけの手で、
何もかも失った手で、
それでも、もう一度──
世界を、整えてみせる。
──そして、すべては。
あの小さな村から、始まった。