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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

本日はお日柄も良く、お城は炎上日和。

作者: 夜明青

ファンタジーヨーロッパの設定





炎が空を赤く染める、夕焼けよりも眩しく、きっと今日は夜が訪れないだろう。


何だか大事なことを忘れていることがある気がする。

でも、忘れているくらいなのだから最初からそれはきっと大事では無かったのだ。

身体重くておこせない、顔に刺さる小石や土の感触が全く痛くないのに不快だ。

火はまだまだ遠く、なのに熱い風が私の肌をなめているのをかんじる。

それに痛みはない、不思議と心は凪いている。



魔王はネックレスの中から囁く。

お前はなにも間違ったことはしてないと。

これは正しい行いだと。

そんな嘘に笑ってしまう、私を馬鹿にしてるのか甘言のつもりなのか。

私の地獄はきっと此処にあり、いましがた私が作り上げたのは他者への地獄。

魔王にささげた私の身体や魂がどうなるかは解らないが、もう全て消えてしまえばいいな、何も感じなくなればいいなと思う。





マリがいる世界が私の当たり前だった。

本当に病死なら、何も知らなかったら、私は悲しさをいつか少しずつ忘れていきそのうち彼女のことは思い出にして生きていけたと思う。

でも、違ってたなら私は何も誰も許さない。




私の幼なじみは優しかった。

お互い王都で産まれ、マリは貴族の血が流れていると噂さえあるかなり裕福な商人の子、それには劣るが私は庶民としてはそこそこ上の家の子。

友達としての家柄の釣り合いはギリギリ、変わり者でひねくれ者に声をかけ、仲良くしようとしてきたのは、あちらからだった。


あの子は家庭内で問題を抱えていて、それは私も同じだった。

よくあるちょっとしたこと。

住む場所もあり、食事も出され、服もそれなりに与えられ、勉強も学ばせてもらえる幸福に比べたら何のことでもない。

裏通りにいる人たちは、寝具の心地よさも知らず、良い服の滑らかさを味わうことなく、誰にも知られることなくこの世を去っていくのだから。

そうやって恵まれてると思わないと私達は誰よりもみじめな存在になってしまう。


家族に強く以上に叱責される、無視される、お前さえいなければと言われる、ああそれはどっちの事の話だったけ。私?マリ?

真冬に寝間着のまま、裸足のまま、外に出されてシモヤケになった足がそのあと痒くて辛くて寝るのも難儀した、は私がした話だ。

マリは成人を迎える前に、数年内にそれなりの嫁ぎ先見繕ってやるから弟のために早く出て行けと伝えられたと言って私の前で泣いた。

遊び呆けて穀潰しの弟なんぞに、勉強は負けない、それなのに男というだけで、自分が女というだけで、こうも親から差別される。

それが悲しいと、辛いと、言う。


そこそこの幸福の上に私がいるから、そこそこの不幸も享受するのは当たり前だと思ってたけどそれは間違っている、違うと強くマリは反発した。

彼女は未来に希望を抱いてた。

そして頑張れば、努力すれば、絶対とは言えないけど、今よりも良い未来が待ってると私に笑って言っていた。


マリは他者へ優しい人だった。

寂しい笑顔で自分がされて嫌なことはしなければいいと言ってたが、その表情はそれが完璧にできてないことを物語っていた。

人間らしい汚い欲があるのに、それを我慢しながら他者へ優しくする貴女を私は好ましいと思う事を伝えたら何故か二の腕が抓られてアザになった。そう考えると私にはたまに優しくなかった。



ある日、マリが勇者になった。

後に彼女からきいた話によると、彼女の家は本当に貴族の流れを組む家であり、世界が危機に瀕した時つまりは魔王が発生したとき、血族のなかから勇者が現れるという話が血の薄いであろう彼女の家にも言い伝わってたらしい。

その勇者の紋章がある朝おきたらマリの額にハッキリと浮かびあがったという。


そこからは怒涛の勢いだった。

彼女は王城につれて行かれて勇者として正式に任命され、お役目を告げられた。

そして、そのまま城へマリが住むことになったのは解るのだが、勇者はワガママを言って私を侍女として連れてきた。


私の正直な意見は勘弁してくれしかなかった。せめて下女ならわかる。もしくは下働き。


侍女は貴族がなるもんだ。

たとえば貴族の婚外子がなる場合はあるが、その場合でもその人は青い血が流れてるから、家の駒として使う為でもあり、一応身分もその家のものだから、侍女という身分に釣り合う。


マリ本人に散々言ったが、すべて却下されてしまった。

たぶん同時期に、私の家と勇者の家一角が不審火で綺麗サッパリ燃えて何も無くなったことも関係しているんだろうなと思う。


手を下したのは王様かまたはどこぞのお偉いさんがしたのか、私にはわからない。

まあ、あの家族が生きてても何の足しにもならないどころかマイナスにしかならないだろうから良かったとすら思うのだが、彼女は家族の死を心から悲しんでいた。

あのままなら、家族が勇者という肩書きにぶら下がって甘い蜜を吸う糞虫になっただろうに。そんなの私より頭の良いマリがわからないはずがないだろうに。

悲しむマリに、おまえが家族を憎まないうちに死んで良かったね、とは流石に言えずに私は自身の醜さだけをよりいっそう感じた。



お上の考えることは、頭の出来が悪く学も無く市井の出の私には推測しかねるが、いま勇者と繋がりがある生き残った私を城使えにし、少しでも勇者の手綱を握りたいのかもしれない。

それに本来なら城におけないような私をいさせてやってることで、私を守りたい側にいてほしいという勇者のワガママもきいてやれる。

すべてお上にとっては都合が良いこと。



そうしてる間にも世界は悪い方へ転がり落ちていっていく。

まず、虫の大量発生により、作物が取れにくくなっていった。

畑の土壌はなぜか腐った臭いがし、黒く萎れた野菜しか育たない。

それと同時に伝染病が流行った。

すぐに死にはいたらないが身体が少しずつ腐って端から崩れていく病、身体がいたる場所がボコボコと膨れあがりそれが弾けると凄まじい腐臭と激痛を与える病、その他にも色んな病気が王都から離れた場所では凄まじい勢いでどんどん流行った。

教会が一生懸命色々してるらしいが、庇護をうけてる地域がマシになっただけで、強い庇護をうけている王都をのぞく他のところはもう壊滅的だった。



王は、勇者に魔王の討伐を命じた。

魔王というのは存在するだけで悪である。

その存在は災厄を撒き散らし、人に害をなす。

そして勇者にはそれを滅する力があり、魔王の災厄も何もかも、勇者には通じない。


伴うのは城に残っている最上位クラスの騎士の半分、それと金につられた下級騎士や冒険者達。

あとは教会の高位の人、騎士団長、と私には全て凄い人の括りの解らない人ばかり。

すべてが私と違う世界の話。



王都を発つ前、マリは一緒に寝ようと私のベッドにもぐりこんできた。

子供のころから距離感が近くて一緒に寝るのが好きなのは知ってたが多分これは違う。

不安なのだ。

私達はまだ15歳、それに当たり前の顔して良いとしたオッサン共が国の運命を背負わせるのだ。周りがおかしい。

その日私が寝る前に言った提案は、笑いながら優しく拒否された。


私は翌日の見送りはしなかった。

また会えるのだから、する必要を感じなかった。




それから丸い月が何度か空にのぼったあと、やっと勇者が帰ってきた。

身体のどこも損なうことなく、仲間もそのまま、全てを解決して帰ってきた。


そのあと暫くは王都全体がお祭り騒ぎだった。

お城でもパーティーが開催され、皆笑いながら勇者を讃えていた。

勇者は褒美として、姓と財と地位を与えられ、名前もマリではなく、その名残を残しつつ長い貴族の女子のような新しい名になった。

また、王子との婚姻も結ばれた。




王子との結婚まで彼女は私と一緒に寝ていた。

マリが寝物語として語るのは討伐のことだ。

魔物という人智を超えた生き物がいたこと、それにやられて内臓をぶちまけた〈さっきまで生きてて人だったモノ〉を見たとき、強く感じる血と何かのえぐい臭いではじめて死を身近に感じたこと。

勇者はその力で自分は魔物から攻撃を受けなかったこと、それなのに周りの使い捨てにされても良い人は死んでいくこと。


ベッドで聞くにはなかなか最悪な寝物語である。

ただ、彼女がもう壊れそうだったのが解ったから私は素直に聞いていた、あれは心が綻びかけてたのだと思う。

ときに彼女のまろい頬に涙がつたい、そのまま流れて質のいいシーツに染み込むのを何ともいえない気持ちで見ていた。

そんな夜を何度も結婚式前には終わりをつげ、マリが王子妃の部屋にうつる前夜に私はお礼とともに話の対価を渡された。



そして、彼女は王子サマと結婚し、この話はおしまい。ハッピーエンドになるはずだった。



でも、現実は残酷だった。

危機から逃れた偉い人達は、それを忘れてしまっていく。いや、考えないようにしてしまったのかもしれない。

2年もたてば下賤な血が入ってる女が国母になるのはおかしいと言う輩がでてきた。

貴族の教養を完璧に身に付けておらず、ご令嬢達のように華奢な身体をしてないのは下品だと。

くわえて、まだ子供が出来てないと。



勝手に勇者に祭り上げ全ての責任を背負わせたくせに。教養というのは貴族が幼い頃からならうことだろう、それを彼女はここ2年で遅れを全て学んでいる。令嬢たちの身体は街で暮らしてた私からしたら<金をかけて作られた贅沢な弱い身体>だ。

医者にもすぐかかれるから、しなやかな体のままでいるよう、肉をつけないように子供の時から食事制限をさせて育てている。

貴族の令嬢らはその家々が一生懸命磨きをかけた政略結婚の為の生きた駒なのだ。

私たちは体が出来上がるくらいに城へよばれた。

彼女は街では小さなほうだったが、それでも貴族の娘の華奢さとは全然違っていた。



一つ一つに理由があって、でもそれはあの貴族たちには取るに足らない理由で。

いま私がこんな気分になってるのも、あいつらが会合に呼び出しわざと聞かせているからだ。

こんなクソ共の集まりに私をわざわざ呼び出して、他の侍女達と同じように控えさせるなんて今までなかったことだ。


私の無力さを笑っているのだろう。私がなにも出来ないと解っているのだろう。

ここにいる人違は正しく私の価値を解っている。その上で私の気持ちを踏みにじる為だけに私をこの場にいさせているのだ。

私の顔を見ながらニヤニヤして飲むワインは美味いだろう、とても貴族らしい良い趣味をしている。



でも、こいつらは知らないことがある。

彼女はすでに身籠っているのだ。もう少し先、お腹が目立つくらいになったら発表する予定らしいが、それがバレないように私は困ったり悲しい顔や悔しい顔をして、爺どもを欺けばいい。この場にいるのはあまり賢くなさそうな貴族たち、怒りに震えて泣きながらでも聞いていればきっと誤魔化せるだろう。

こんな腐った連中になんか彼女の幸福は壊されたりしない。

表情を取り繕いながら、噛みしめすぎて頬の内側の肉を噛み、口のなかいっぱいに平がったあの血の味を私は忘れない。




今日も今日とて、私は侍女の仕事をせず彼女の話相手をしている。

私の仕事で一番優先されるのは彼女のこと。

腹に子を宿してから、彼女はよく不安をこぼすようになった。

王子様から夜の渡りが少なくなった、態度が前とかわった気がする、と。

それをどう慰めていいか私には解らない、ありきたりなその場しのぎの慰めはできる。

でも、それは友人として正しいとは思えなかった。

泣く彼女の横に座り、抱き締めながら、ただただ彼女の勘違いでありますようにと、心が少しでも癒されますようにと祈るしか出来なかった。




それなら程なくして彼女が死んだ。

風邪をこじらせて子供共々呆気なく逝った。

何故か彼女に子がいたことは公表されなかった。

葬儀は盛大に行われ、綺麗な花をしきつめられた棺のなかへ入れられて、偉い人のみが眠るという場所に埋められてしまった。



マリが死んだあと薄情にも私は自分のこれからしか考えられなかった。

もうすぐこの城を追い出されるか、殺されるかの二択だろう。

自ら職を辞したいと伝えたのに却下されたことを考えたら可能性としては後者の方が高い。


後ろ楯がいなくなった私の部屋はしょっちゅう酷く荒らされており生ゴミや虫や小動物の死骸までおかれているし、歩いていれば上からや横から汚水をかけられたり、足を引っかけられるのが当たり前になった。

死んでもいいかなと思う、マリがいないのなら私はどこにもいないのと同じだから。




ある日、人目につかないように逃げていたら王族のみが入れる薔薇の庭園に入りこんでしまっていた。

きっと見つかれば叱責やむち打ちだけではすまないから早く出なくてはと焦っていたら、人の気配がして慌てて高い生け垣の中に隠れると会話が聞こえてきた。


「あの女は最初は物珍しく良かったが、やはり生まれや育ちが違うと卑しさが滲み出る。」

「勇者だから毒が効かないかと思ったが効いてくれて良かった。」

「子が生まれる前に始末出来て上々だ。」



王子と誰かの会話。

多分他にも何かを言ってたが、彼女を殺したのは王子や城のやつらだと解った瞬間、それ以外は何も聞こえなくなった。

そして、私は何をしてでも全てを壊そうと思った。


生け垣から出た私は当然血だらけだったが、そんなの気にすることなく、彼女から貰った物に血をかけながら私の全てをかけて願いをかけた。



魔王を殺せなかった彼女は誰にも内緒でネックレスに封じた。

その話を聞いて渡された時、それは優しさ等ではなく、優柔不断もしくはただの自分が1人でも殺す人数を少なくするための罪悪感を減らすための甘えだと思っていたのだけど、もしかしたらマリは私に渡すことで保険をかけていたのかもしれない。

貴族や王族なんかが簡単に手のひらを返すことを私よりも頭の良い彼女はどこかで解っていたのだろうか。

でも、どこか人を信じたかった気持ちもあったのだろうか。

すべては私の憶測、推測、希望。

死人に今さら何も聞けないのだ。




ネックレスの中の魔王が私の血で封印からとけ、城を、人をどんどん壊していく。

城は至るところから虫と鼠が大量に出てきて火があがり、人は生きながら腐り燃え、瞬きする度に全てが壊れていった。

人の焼ける音、澱んだ臭い、何かが焼けて重い空気、ベタつく風、腐った肉に集る生き物、豪華絢爛な城が今や地獄絵図と化している。


それは城を中心に王都へと広がり、きっとそのあとも広がり続けるのだろう。

いま皆に死が平等に訪れるというのはなんという幸福なんだろうか。


当たり前を享受していた人、幸福に生きていた人、明日がくるのが普通だと思ってた人。生きたい人。

路地の裏で傷んだ食べ物をあさってた人、病気で余命幾ばくもない人、誰かに肉体的に精神的に傷つけれ死を望む人。生きたくない人。

そんな人々に平等に訪れる死はなんて良いことなんだろう。


マリ、良かったね寂しくないよ。

皆にきっとそちらで会えるよ。


どんどん苦しくなる、目ももう殆んど霞んで何も見えない。しゃっくりみたいな変な咳のような息の仕方しかできない。

ネックレスのなかから魔王がなにか言ってるが聞き取れない。

こうして終わるのか、やっと終わるのか。

もう何も感じない、聞こえない、見えない、これでこれで私は終わり。









唐突に目がさめた。

怪我は癒え、どこも痛い所も悪い所もない。

確認すると髪がのび、見たことが無いようなデザインのシンプルで上等の黒いワンピースを着ている。

どうなってるのか、私は死んだはずではなかったのか。魔王への対価はどうなったのか。


城の火はすでに消え人気もない。

それどころか、いくら燃えたとて、この有り様はまるで何十年もたってるような朽ち具合だ。


ぼうっと観察していると、目も鼻も口も無い黒いヒトの形の何かが唐突に出てきた。

それが何なのかは何故か知っていて、私が質問するよりも先に相手は言った。


君の祈りは叶えた。

あと、解放してくれたお礼に君はもう死なない。

怪我はすぐ治るし、病気もかからず、毒もきかない。

人が感じること、痛みや空腹、眠気とかそういったものを感じるけどそれで死ぬことはない。


祈りの対価としてもらうのは人としての時間、つまり老い。

これから君は歳をとることもなく死ぬこともない。

昔いろんな人が望んだけど叶えた事がなかった願いの一つ、王様ですら得られなかったもの。


子供のようにケラケラと笑いながら無邪気にそう告げるとふわりと煙のように消えてしまった。







知ってる?おとぎ話なんだけどね。

魔王はその人の大事なものを奪っていくの。



今さらマリの言葉を思い出した。

ねえ、私はどうやったら楽になれるの。

今はもう彼女どころか誰もいない。





私はこれからどうすればいいのだろう。

どこへ行けばいいのだろう。



これが私の本当の地獄。










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