荒谷幸之介の自己記録
「人でも殺してしまったのであろうか。」
サスペンス特有のありきたりな導入で始まるコレを読んでいる者には申し訳無いが、いやしかし「話を聞いて欲しい」、「こちらの気持ちもわかって欲しい」と言うのが誠に勝手なのだがこちらの言い分なのである。
12:04 都立南ヶ丘雲雀高校の学生である私が貴重な昼休みの時間を誰にも邪魔をされず優雅に過ごす為、昨今セキュリティや安全面を考慮した為に解放されていない屋上に上がるためだけに存在する薄暗い階段で拾ったモノ。
そのモノを見てしまったが為に私の口から零れ出てしまった台詞なのだ。
ソレは見る人が見れば明らかにタダのゴミであり、わざわざ拾うとするならば用務員か教員か。
まぁまず私のような一般生徒は見ても無視をするようなゴミキレだったのである。
しかし私は拾わざる負えなかった。
不可抗力であった。
昼食に自宅から持参したサンドイッチの具が一着十万円は下らないであろうブレザーに落ちることさえなければ、私はこのような台詞を唱える事すら無かったのだから。
油断してしまったのだろうか。
あぁそうだ油断してしまったのだ。
偶然家にお気に入りのハンカチを忘れてしまったばかりにこのような事故が起きてしまったのだからね。
なにせ血で汚れたタオルを拾うなんて事は無かったのだから。
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自己紹介をさせて欲しい。
私は荒谷 幸之介。
読みは「あらや こうのすけ」。
ローマ字で書くと「Araya Konotsuke」である。
都立南ヶ丘雲雀高校 2年。
成績はまぁ中の下か下の上を行ったり来たりの所謂凡才だと自負している。
教員からの評価もその成績を現したかのように「パッとしない」、「卒業したらすぐに忘れそう」、「というか在籍時点で記憶から抜け落ちることもある」。
直接言われた事は流石に無いが、やはり人間は目でものを言う生き物なのであろう。透けて見えてしまうのだよ。
部活には入っておらず、交友関係も十進数形式で片手の指で数えられる程度のものしか無い。
先程までこれを読んでいる皆の衆も薄々感づいてるであろうが、この気難しい(というよりメンドクサイ)性格も相まって学校では浮いた存在として周知されている。
趣味も特にない。
本当にこれといった突出したものが無い凡夫である。
そんな私が血に濡れたタオルを拾った事を周囲に知られてしまえばなにを噂されるか分からない。
「ついにやったか」
「普段からなにを考えているか分からない人だった」
「気付いてあげられればこんなことにはならなかったかもしれない」
わかったような一言コメントが脳裏を巡る。
あぁ想像しただけでも恐ろしい。
やはり私のような人間の人生にはこの取得物は随分と刺激的過ぎるのだ。
とっととこんな激物は捨ててしまおう。
見なかったとこにしてしまおう。
しかしだ。
このままこのタオルを捨ててしまうのは少し無責任なのではなかろうか。
このような奇妙な事象などこれからの長い人生を生きる中でそうそう起こることではない。
ここで捨てて放ってしまうのはそう...勿体ないというものなのではないか。
幼少期に捨ててきたはずの好奇心がここに来て私の心を支配した。
この一枚の血に汚れたタオルに私は心の底から惹かれてしまったようだ。
仕方がない。
止められないものはどうしたって仕方がない。
「さて、向き合おうか」
私はそう口からポロりとセリフを零し貴重な昼休みの時間を一枚のタオルに費やした。
はじめまして。