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ハンバーガーチェーンR池袋店に行ってみた

シャワーを浴びて、顔に化粧水を塗りながらテレビを見ていた数日前の夜。

名前だけ聞いたことのある女性スポーツ選手が「試合が終わった後にカップ焼きそばを食べる瞬間が人生で一番幸せ」と語っていた。

年齢の近い同性のその選手に急に親近感が湧いた。

これも一種の依存症なのかも、と思う。

私にもご褒美のジャンクフードがある。カップ焼きそばではなく、Rのハンバーガー。(実際のハンバーガーチェーンの名前ではなく、Rと呼んでしまうのはこの後に読むことになるnoteの記事の影響だ。私は他人に影響されやすい性格らしい。)基本的に平日は毎日仕事に行っているが、ひと仕事と呼べるような仕事は3か月に一度しかない。明日は「ひと仕事」の予定が入っている。

ひと仕事には集中力が大切。わずかなミスが致命的な失敗になる。仕事がクライマックスに差し掛かると「落ち着いて、もう一度確認して、これが終わればご褒美のジャンクフードが待っている」と自分に言い聞かせている。

「ひと仕事」の後はオフィスのある赤羽に向かい、契約書を預け、その後にR赤羽店に行くのが私のルーティーン。

明日の場所は池袋だ。池袋のRの場所は良く知っているけれど、中に入ったことはない。本来の私のルーティーンなら、ひと仕事をした土地のRに行くことはない。赤羽まで我慢する。

それなのに、数日前のテレビのせいで「ひと仕事終えたらRのハンバーガー」と「久々の池袋」という二つのワードが頭の中で結びついてしまった。ベッドに入り、部屋の電気を暗くする前に、スマホに手を伸ばして、ついつい「R 池袋」で検索をした。上位には当然公式サイトやグルメサイトが表示されたけれど、その中に紛れてnoteのブログの記事があがっていた。

タイトルは「ハンバーガーチェーンR池袋店がすごい!」

「いいね」が1000もついている。

Rってどこだろう? と私は記事を読んだ。おそらく私の好きなハンバーガーチェーンだ。Rと伏字にする理由は理解したが、内容自体はたいして面白くもない。それでもR好きの私としては、記事の内容を自分の足で検証したいと思ってしまった。


午後3時に「ひと仕事」を完了した私は、埼京線で赤羽のオフィスに行く前に、R池袋店に足を踏み入れた。

今日も猛暑日だった。Rで食事をしている間に、ゲリラ豪雨がひと暴れしてくれて一気に気温を下げてくれたら最高なのに。そんな思いでウェザーニュースを開いたが雨雲は関東の遥か北にかかっていた。

R池袋店のカウンターには従業員の姿がない。お客の私に「いらっしゃいませ」の声もない。ここでは私だけではなく、誰もが等しく歓迎されていない。そう思うと、奇妙な場所に足を踏み入れた気がしてくる。

店内はそこそこ混んでいたが、空席はある。入口近くの席は、三人か四人連れの三組の外国人の男女が占めて、身振りを混ぜながら何語かわからない言葉で喋っている。その奥は日本人ばかり。カウンター席のおひとりさまはすべて男性。テーブル席には女子の二人連れが二組とおひとりさまの男性が一人いる。誰も言葉を発していない。

ここがnoteに書かれていたR池袋店だと私は確信した。

席を取ろうと、店の奥に向かう途中で吹き出しそうになる。返却スペースには茶色のトレーが山積み。一番上は私が手を伸ばしても届きそうにない。

いつもこうなの? 何がしたいの? 

記事で読んだ光景を目の当たりにして、私は答えを求めていない疑問を頭の中に並べて、控えめながら外国人のように両手を上げた。

空いたテーブルにバッグを置いて入り口近くまで戻り、カウンター横の機械でセットを注文する。記録が残るのが嫌なので、現金を投入した。88番と印字されたレシートが出てくる。末広がりの8のぞろ目。今日の「ひと仕事」も上手くいったのだと自信を持った。

カウンターから厨房を覗くと外国人の男女がせわしなく動いている。

「ポテトもう少し待って」

「わかりました」

彼らの話す日本語には微妙なアクセントがある。

席に戻ってスマホを取り出した時、冷房の効きがあまり良くないことに気がついた。エアコンの調子が悪いのか、外が異常な暑さなのか…。さらに奥の席では、外国人の客が、ビックカメラの丸い団扇を扇ぎながら、会話に興じている。三十代になり冷房が前よりも少し苦手になったと感じていた私は、効きすぎるよりはいいかも、と思った。そのうち慣れるだろう。とにかく冷たいコーラが待ち遠しい。

番号が呼ばれるまでの間、私は放心した。仕事中気を張っていたことを実感する。スイッチを全部切って頭のなかを空っぽにしたかった。

「88番の方お待たせいたしました」微妙なアクセントのある日本語が耳に届き、私は立ち上がった。

ほぼ同じタイミングで、ひとつ入り口側のテーブル席に一人で座っていた営業マン風の男性もトレーを片手に立ち上がり、返却スペースに向かった。どこからともなく色の黒い外国人の女性スタッフがサッと現れる。舌足らずな日本語で「ありがとうございました」と言ってトレーを受け取り、ゴミを仕分けして捨てると、軽々とトレーを宙に放る。手から離れたトレーは、無駄な動きを一切見せないままトレーの山の最上段に収まった。これも記事の通り。どうやっても私にはできない芸当。でも、なぜか軽い不快感が残る。

カウンターの上には私の注文したセットが置かれている。その向こうに先ほどとは別の外国人の女性スタッフが立っている。番号が記されたレシートを見せると、彼女は「ごゆっくりどうぞ」とやはり少し片言の日本語で言葉をかけた。

席に戻りコーラを口にした。冷たい。おいしい。生き返る。

ハンバーガーの包装紙からは温かいチーズの匂いが漏れる。私はハンバーガーに食らいつく。旨い! 最高に幸せ! 普通にRのハンバーガーを食べてもこうは行かない。ひと仕事終えた後だからこそこの幸せにたどり着ける。最高においしいビールを飲むために辛いマラソンを走ると公言している同僚がいるけれど、似たようなものだろう。ハンバーガーの味が残っている口の中にフライドポテトを放り込みコーラで流し込む。これぞ至福の時間。生きててよかった。

しばしの恍惚感を享受した後に、私は我に返る。ここに来た理由はnoteの記事を読んだからだ。内容を思い出すと、「そんなに面白いか?」みたいな気持ちが湧いてくる。私は「外国にいる感」を全く感じていない。これだったら沖縄の離島に行った方がよほど「日本語が公用語として使われている感」を感じられる。蒙古系というより南方系の見た目を持った人も多いし…。そもそもあんな記事に「いいね」をつける人が1000人もいるなんて私には謎だ。まあいいか、私は「ひと仕事」の締めにRのハンバーガーを食べたかった。そしてRの味は私を裏切らない。

試しにポテトを1本床に落として、記事に書かれていた通り外国人スタッフがモップでさらいに来るかを見てやろうかと思ったけれど、なぜか気がのらない。「そんなことして楽しいのか?」という思いが再び湧いてくる。

ふと入口の方を見ると、娘の手を引いた父親らしき親子連れが立っていた。二人ともサングラスをかけている。たぶん日本人だろう。父親はやや瘦せ型でTシャツに短パン。娘は小さい。頭よりも上の高さで父親の手を握っている。髪の毛をお団子を結っていたが、どういうわけかこの暑い中、長袖の白いつなぎのようなものを着ていた。娘は父親から手を離すと入り口近くに陣取っていた外国人の方へ歩き出し、「キャー」とかわいい声を出して手にした水鉄砲を彼らの一人めがけて発射した。撃たれた方は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに「ワオ!」とふざけた声を上げて笑い出した。小さな女の子は一人ずつ水鉄砲を発射し、そのたびに彼らからふざけた歓声が上がる。外は灼熱だ。水鉄砲の水を浴びるくらいがちょうどいいのかもしれない。

団体の外国人客に放水を浴びせると、女の子はこちらへ歩いてきた。外国人客が並ぶテーブルと私が座っていた場所の間には空席があり、私が外国人客の一番近くにいた日本人だった。

「次は私?」そう思って軽く身構えたが、小さな女の子は私の顔を見ると「ばいばい」と手を振って、踵を返して父親に方へかけていった。

私は拍子抜けすると同時に、「感じ悪いなあ」とも思った。楽しませたのは外国人だけ、しかも私の前で終わった。これって逆人種差別じゃないの? そんな思いが頭をよぎる。周囲は私を見ているだろう。私は周囲を見ないまま、トレーをテーブルの一番奥に移動させると、バッグの中から今日の契約書を取り出してテーブルの上に広げて深呼吸をした。もう誰も私を見ていないだろうと、入口の方向に目をやると女の子の姿はすでにない。おそらく父親がモバイルでオーダーし、一緒にピックアップしに来ただけなのだろう。

なぜか急にしらけてしまった。

不備がないかの確認のため、もう一度契約書を読み始めたが、満腹感のせいかふわふわして何も頭に入ってこない。

まあ、いいか。この書類を赤羽に届ければ私の「ひと仕事」は完了だ。

私は立ち上がり、バッグを肩に提げ、トレーを両手に持つと、誰もいない返却スペースに進んだ。使用済みのトレーが高く積まれている。歩きながら自分のトレーに目を移し、丸めた包装紙が床に落ちないことを確認した。正面に視線を戻すと、外国人の女性スタッフが私を待っている。

彼女にトレーを渡すことになぜか抵抗を感じた。

確かにRの味は私を裏切らない。でも、ここは居心地が良くない。私の好きなRが奪われたように感じる。


次回、最終話「エコーチェンバー」投稿します。

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