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【一般】現代恋愛短編集

美少女転校生から幼い頃の約束だから結婚しようって言われたけれどそれ人違いですよ

作者: マノイ

『たっくん……』

美奈子(みなこ)、綺麗だよ』


 ウェディングドレスを纏う美奈子は微笑みながら瞳にうっすらと涙を湛えている。大好きな幼馴染と結婚する幸せと、ここに至るまでの苦労が報われようとしていることで感極まっているのだ。


 それもそのはず、幼馴染である二人は順風満帆な恋愛をしてきたという訳では無かったから。


 幼い頃に結婚の約束をした二人だが、それをはっきりと覚えていたのは美奈子だけだった。成長しても変わらず大好きな幼馴染は約束を忘れて思春期特有の気恥ずかしさからか美奈子と距離を取るようになり、他に好きな人が出来てしまう。

 それでも好きな人が幸せならばそれで良いと自分の気持ちを押し殺して幼馴染の恋を応援していた美奈子だったが、高校で同じクラスになったことをきっかけにまた話をするようになった。

 しかしそれからが大変だった。


 幼馴染との大喧嘩、恋のライバル、自分に告白して来たイケメン男子。


 様々なトラブルを乗り越えて、昔の約束を思い出した幼馴染と無事に結ばれたのだった。


「くぅ~! やっぱり幼馴染しか勝たん!」


 まさかこんな至極の漫画に出会えるとは。

 結婚式まで描いてくれるなんて絶頂モノだぞ。


 俺は幼馴染モノが大好きで幼馴染が登場する作品を読み漁っているが、負けヒロイン扱いされることが多くて悲しすぎる。

 もう漫画もラノベも読まん!って何度涙を流しながら悔しがったことか。

 だがこの『永遠(とわ)の愛を』みたいな純愛作品に出会えるから止められないんだよなぁ。


 はぁ……幼馴染最高、もっと幸せにしてもろて。


 あまりにも良すぎたから『永遠ロス』になりそう。

 とりあえず百回は読み直してからお布施がてら追加購入して来よ。


「そうだ、たまちゃんに共有しないと」


 たまちゃんとはネトゲのフレのこと。

 オンラインで一緒に村を作って自由に暮らすっていうまったりゲーなんだけれど、そこで仲良くなった自称同世代の女の子。自称ってつけているのは本当かどうか分からないからだけれど、どうやら本当っぽいってことが最近判明した。


 何故なら近いうちに俺が通っている高校に転校して来るらしいから。


 嘘をついていたらこんなバレそうなことは言えないだろう。いつもログインしているしメッセージを送っても光速で帰って来るから最初の頃は時間がたっぷりあるニートな大人だと思ってたっけか。


 そんなたまちゃん(ゲーム内では†たま†)に『永遠ロス』についての感想を共有する。

 絶賛幼馴染モノの布教中なのだ。


『やばい、てぇてぇ、むり』

『例の病気かな』

『病気じゃねーよ。世の中の真理だ』

『はいはい、今度は何?』

永遠(とわ)の愛を』

『名前だけ聞いたことあるかも』

『絶対読め、今すぐ読め、千冊買え』

『最後だけハードル高すぎない?』

『俺だって三冊買うんだからさ』

『自分は三冊で私は千冊!?』

『感想教えてくれたら十冊でええぞ』

『それでも自分より多くて草』


 たまちゃんとは会話の相性が良いのか、こんな感じでふざけながら楽しく話が出来る。だからこそゲーム以外でも交流が深まり、住んでいる場所とか転校とかのリアル寄りな話も自然に出来たのだと思う。


『もう読み終わった?』

『まだ会話中だし、まだ買ってもいないし』

『遅すぎんだろ……』

『ガチトーンでがっかりするの止めてくれない?』

『本気はともかく、マジで名作だから読め』

『冗談じゃないんだ、命令形なんだ』

『そして感想をプリーズ!』

『それは良いけど……』


 あれ、いつもと反応が違うぞ。

 いつもなら『はいはい、読んでおくよ』みたいな感じで軽く返してくれるのに。


『感想はリアルで言うね』

『は?』

『転校するって言ったでしょ』


 それって何か。

 つまりリアルでも幼馴染談義をしてくれるっていうことか。


 転校して来てもどうせ話をする機会なんて無いだろうなって思っていたが、こうなると断然楽しみになって来た。


『じゃあそれまでに幼馴染モノ洗脳アイテムを用意せねば』

『洗脳されちゃうの?』

『OTR』

『それだと幼馴染が寝取られるみたいだよ』

『オエー!』

『幼馴染と寝取られって似合うもんね』

『貴様は絶対に言ってはならないことを言った。処す』

『きゃ~こわ~い。OTRされちゃ~う』

『処す!』


 まったく、リアルでそれ言ったら女子と言えどもガチで殴るかもしれないから発言には気をつけろよな。


――――――――


 そしてたまちゃんが転校して来る日のこと。


「今日からこのクラスに転校生が来ることになった」


 なんと転校先は俺のクラスだった。

 これなら休み時間の度に他のクラスに押しかけて幼馴染談義をする手間が省けるぞ。


「それじゃあ櫻間(さくらま)さん、入って」


 え、さくらま?

 聞き覚えのある名字だな。


 先生の合図で扉を開けて入って来たのは確かに女の子だった。

 それもかなり可愛い。


 少し肌が白すぎて不健康そうではあるけれど見るからにツルツルすべすべしていそうで、ショートヘアの髪はサラサラで、冬服でも体のラインが分かる程にはっきりと凹凸があり、手足は男視点で程よく肉付きがあり、そして何よりもやや緊張している顔がとにかく可愛い。


 こりゃあ男子からの人気が高くなりそうで困るな。だって気軽に話しかけられなくなるぞ。

 まさか幼馴染談義をするのにこんな障害があるだなんて。

 もっと普通の容姿でいてもろて。


櫻間(さくらま)たまて、です。よろしくお願いしま~す」


 うわぁ今の笑顔で何人かの男子から恋に落ちる音がしたぞ。

 やりすぎだ馬鹿野郎。


 しかし名前が『たまて』ってことは、やっぱりこの子がたまちゃんで間違いないのかな。

 名前の前後に†をつけちゃう系女子には見えないけれど、人は見かけによらないって言うしな。


 いや待てよ。


 櫻間たまて。


 まさかそんな。

 あの子なのか!?


 小さい頃に近所に住んでいて小二の頃に引っ越していった女の子。

 その子が櫻間たまてって名前だったはず。


「実は小さい頃この辺りに住んでいて戻って来たんです。だからお久しぶりの人もいるかもしれませんね。な~んて、覚えてないか」


 うおお、やっぱりあの櫻間たまてだ。


 再会型幼馴染きたああああああああ!


 しかも櫻間たまてにはあの『約束』がある。

 伝説(レジェンド)級の『幼い頃の約束』が!


 やばい、最高過ぎて鼻血でそう。


「それじゃあ櫻間さんはあそこの席に座って」

「はい」


 俺の隣の席じゃないか。

 これで幼馴染談義が更に捗る。


 くぅ~、人気者の素質が無ければ最高だったのに!


「よろしく~」


 たまちゃんが挨拶をしてくれた。

 まだ彼女は俺がネトゲのフレだとは気付いていないだろう。


 さりげなく教えてあげよう。


「よろしく。俺は名黒(なぐろ) 譲治(じょうじ)。これで俺達幼馴染だね」


 後半はあのネトゲでたまちゃんが近くに引っ越してきた時に俺が投げかけた言葉だ。意味不明な挨拶なのだが、彼女は笑って受け入れてくれて嬉しかったのを今でも覚えている。


 それをリアルで言ってしまったらただの痛い人だがそれも問題無い。

 俺はクラスで幼馴染モノを布教しまくり幼馴染中毒のヤバイ奴って思われているから、『あいつやっちまったか』くらいにしか思われてないもん。


「ナジー!?」


 フィーッシュ!


 ナジーとは俺のゲームでのキャラ名だ。

 やっぱり彼女がたまちゃんで間違いなかったようだな。


「うわぁ、こんなことってある?」

「どうやらあるらしいぞ」


 このまま話に花を咲かせたいところだが、先生がこちらを睨んでいる。


「よし、抜け出して幼馴染談義をしよう」

「あはは、授業はちゃんと受けないとダメだよ」

「世の中には授業よりも大切なことが……あいたっ!」

「留年させるぞコラ」

「先生酷い! 今の時代に暴力はいたいっ!」

「いいから静かにしろ」

「はい……」

「くすくす」


 ちぇっ、気軽に頭を(はた)きやがって。

 これ以上馬鹿になったらどうするんだよ。

 この状況で授業を受けたって集中出来るかよ。


 そんな俺の心の叫びもむなしく、たまちゃんとしっかり話が出来たのは昼休みになってからだった。

 だって普通の休み時間はクラスメイトが押しかけてくる上に短すぎるから。昼休みもたまちゃんはクラスメイトに囲まれていたけれど、俺との時間を取ってくれたんだ。


 優しくて惚れそう。

 いやいや、俺はたまちゃんと恋愛がしたいんじゃない。

 幼馴染談義をしたいんだ。


「遅くなってごめんねナジー、ううん、名黒(なぐろ)君」


 名黒(なぐろ) 譲治(じょうじ)

 略してナジーだ。

 もちろん幼馴染のナジーでもある。


「あ、ナジーの方が良かった?」

「好きに呼んでくれて構わないぞ」

「じゃあナジーで」

「りょ」


 リアルでもネットでも皆にナジーって呼ばせているから違和感は無い。


「それにしてもまさかナジーが名黒君だったなんてびっくりだよ」

「ん? どういう意味だ?」


 印象と見た目が違うってことか?


「覚えてないの?」

「何を?」

「私達、小さい頃会ったことがあるんだよ」

「なん……だと……?」

「あははは、ナジーったらあんなに幼馴染のことが好きなのに、自分の幼馴染のことを覚えて無いなんて変なの~」


 いや違う。

 俺が驚いているのはそっちじゃないんだ。


 たまちゃんが俺のことを覚えていることにびっくりしたんだ。

 だって俺達って話をしたこと無いはずだぞ。


 俺が覚えているのはあの『約束』のせいであって、たまちゃんが覚えているとは思わなかったんだ。


「それじゃああの『約束』も覚えてないのかな?」

「やく……そく……?」


 覚えているさ。

 櫻間たまてちゃんの『約束』ならばっちりと覚えている。


 でもどうしてそれをここで言うんだ。




「大きくなったら結婚しようって約束したよね。それを果たしに戻って来たんだよ」




 ふぉおおおおおおおお!


 幼い頃の『結婚の約束』を果たしに戻って来ただと!?


 SSSSSSSS(無限大個数)級幼馴染ムーブじゃないか!


 教科書に載るレベルの歴史的偉業だぞ!


「あはは、ガチ泣きするくらい嬉しいんだ」

「当然……だろ……ううっ……」


 夢にまでみた最高の幼馴染シチュが目の前にあるんだ。

 これで涙しない幼馴染好きなんてこの世には存在してはならない。


「俺の人生は幸せだったよ」

「臨終間際のお爺ちゃんかな?」

「後は頼んだぞ……」

「いやいや、これから幸せになろうよ」


 だってもう十分幸せだし。

 これからの人生、これ以上幸せな事なんてきっと無い。


 だから俺の人生はここで終わるべきなんだ。


「いくら幼馴染が好きだからって、そこまで喜ばれると照れちゃうな」


 いや待て。

 まだ終わっちゃダメだろ。


 たまちゃんは肝心なことを勘違いしている。

 このままではこの幼馴染物語はバッドエンドを迎えてしまう。


 これを正してハッピーエンドに辿り着いた時こそ、俺が昇天するときなのだ。


「なぁたまちゃん」

「なぁに?」


 ぬか喜びさせて本当に申し訳ない。

 だが真実の愛を手に入れるために一時の悲しみを受け入れてくれ。




「その約束の相手、俺じゃないよ」

「え?」




 そう、櫻間たまては幼い頃に確かに結婚の約束をしていた。

 そのシーンを俺はしっかりと見ていた(・・・・)んだ。

 櫻間たまてと、ある人物が約束する姿を。


「お~い、野原(のはら)くん」


 クラスメイトの野原君。

 スポーツ万能成績優秀のイケメン王子様。


 彼も俺の幼馴染で小中高と同じ学校で何度も同じクラスになった間柄。友達と呼べるほどに仲が良い訳では無いけれど、お互いに幼馴染だってことは理解している。


「僕に用かい?」

「そう。例のお相手が君に会いに来たんだってさ」

「ええ、あれって本当のことだったの?」

「だからそうだって何度も言っているじゃないか」


 野原君とは約束について話をしたことがあるのだけれど、覚えてないって言うんだ。

 それもまたあるあるだけれど、流石に本人を前にしたら思い出すだろう。


「ほら見覚えあるでしょ。櫻間さんだよ」

「そう言われても……」


 あれ、これだけじゃダメなのか。

 もっとインパクトのある思い出しイベントが必要か。


「たまちゃんはどう? 俺じゃなくて彼が約束の男の子だって思い出した?」

「ええと……あれぇ?」


 驚いている驚いている。

 でも約束の相手を間違えるのも定番だからその気持ちは良く分かるよ。


 『スレ違い症候群(シンドローム)』では最後の最後までヒロインが間違いを認めないでハラハラしたもんな。まさか幼馴染の想いを受け入れなかった理由が、幼い頃の気持ちをはっきりと思い出せないのが申し訳ないからだったなんて。全てを思い出して涙したあの神シーンを俺は一生忘れることは無いだろう。


 たまちゃんも『スレシン』のように昔のことを思い出してくれると信じよう。


「あの……ナジー……冗談だよね?」

「マジだぞ。大マジだ。当時俺は二人の約束のシーンを見てたからな」

「……うわぁ、マジな顔してる」


 だってマジだもん。

 間違いなく二人は近くの神社の大樹の下で結婚の約束をした。俺はそれをこの目ではっきりと目撃した。そしてこの記憶が色褪せないようにほぼ毎日約束の大樹に通って当時の二人の様子を脳に焼き付け直しているんだ。間違えているはずがない。


「ごめんなさい!」

「え?」


 それは何に対する謝罪なんだ?


「さっきのは嘘だったの。ナジーが幼馴染大好きだからこういうこと言ったら喜んでもらえるかなって思って。小さい頃の話とか本当は何も覚えてないの」


 嘘?

 本当は何も覚えていない?


 でも野原君とたまちゃんが約束をしたのは事実だぞ。


「あ、そうか!」


 危ない危ない。

 盛大に勘違いするところだった。


「『ウソカツ』ネタに絡めるなんて、さすがたまちゃんだね。布教したかいがあったよ」

「え?」


 『嘘から始まる幼馴染生活』

 好きな男の子に勇気を出して告白しようと決意した女の子が『小さい頃の結婚の約束覚えてる?』って嘘を言って興味を惹かせ見事に付き合いだしたけれど、その嘘が原因で様々なトラブルに巻き込まれる幼馴染ラブコメだ。実は本当に約束があって男の子の方だけしっかりと覚えてたってオチは鳥肌物だったぜ。


「でも俺が紹介した作品になぞらえないで、素直に野原君と約束を果たしてくれて良いんだぜ」


 一風変わった展開も面白いけれど、ストレートに恋愛するだけの幼馴染モノも大好きだ。


「ち、違う違う。本当に違うって。野原君には悪いけれど、本当に覚えて無いんだって」

「僕も覚えてないから気にしなくて良いよ」

「あ、ありがとう。野原君は普通なんだね」

「名黒君が風変わりなだけだよ」

「風変わりで悪かったな」


 だがこの二人が結ばれるのであれば俺はどんな道化だって演じてみせよう。

 演じずとも道化とか言うな。


「あのね、ナジー。私は本当に覚えてないの。さっきのは本当に嘘で、ナジーの気を惹きたかったの。分かる? 私はナジーのことが」

「それ以上はいけない!」


 いくらネタとはいえ、そこから先はハードモードだぞ。

 恋愛にすれ違いは定番だが、やりすぎるとドロドロした昼ドラになってしまうから注意が必要なんだ。それは幼馴染モノでも同様で、むしろ幼馴染だからこそ酷い描写にしてくる作品が山ほどある。


「『恥ずネト』の悲劇を繰り返してはならないんだ。何度も説明したじゃないか!」


 『恥ずかしくて大好きな幼馴染と距離を置いたらネトラレそうになっちゃった』

 幼馴染界隈に衝撃を与えた大問題作。

 照れ隠しで他の男子が好きだと言ってしまったヒロインがその男子から告白されて付き合わざるを得なくなり、それを見た幼馴染の男子が別の女の子と付き合い出すという地獄の設定。『ネトラレそうになっちゃった』のタイトルから察して最終的には幼馴染同士がくっつくのだろうと思っていたら、ガチでネトラレて幼馴染好きを嘔吐させた最低最悪の作品だ。


 なっちゃった、じゃねーよクソが!

 しかも最終的にはもっとアプローチしなかった幼馴染が悪いとか言い出しやがって反吐が出るわ!


「ネトラレは処す。ネトラレは処す。ネトラレは処す。ネトラレは処す」

「だ~か~ら! 暗黒面に落ちてないで聞いてよ! 私はナジーのおかげで助かったんだよ!」

「何の作品の話だ?」

「作品じゃなくてリアル!」


 リアルで俺がたまちゃんを助けた?

 そんな覚えは全く無いぞ。


「私ってゲームでそっけなかったでしょ」

「え? そうだっけ?」


 俺の幼馴染ムーブに毎回ちゃんと付き合ってくれた記憶しか無いんだが。


「そうだよ。かなりの塩対応だったのに『塩大臣ムーブか!? あの作品知ってるんだ!』 なんて訳が分からないこと言って強引に絡んできたじゃん」


 あ~そういえばそんなこと言った気がする。

 『塩対応ヒロインを目指していたら大好きな幼馴染が尋常じゃないくらい喜んだ件』に登場するヒロインの塩対応っぷりと凄い似てたから演技してるのかと思ったんだよな。


「でも最初の挨拶の時から笑顔で対応してくれた想い出しか無いんだが」

「あれは嘲笑してたの! それでも気にせず絡んでくるから塩対応にして、それでも絡んで来るから気持ち悪くてあのゲーム止めようと思ったんだから!」

「そ、そうだったのか……」


 てっきりノリノリで俺の会話に付き合ってくれてるのかと思ってたわ。


「じゃあ何でゲームを止めなかったんだ?」


 その話が本当ならたまちゃんはゲームを止めて俺との交流を絶っていたはずだ。


「『友達』と幼馴染談義がしたかったからマジ嬉しいってナジーが言ってくれたから」

「え?」

「それってやっぱりたまちゃんが幼馴染を」

「好きだからってわけじゃないよ!」

「ちぇっ」


 そういう流れだったじゃんかよー


「私、当時いじめられていて不登校だったの。私にはクラスに味方が居なくて、友達だった子も巻き込まれるのが嫌で逃げちゃった。両親は守ってくれたけれど、同世代の友達が居ないのが辛くて悲しくて寂しかった。でもナジーが居てくれた。ナジーが私を友達だって言ってくれて、いつも心から楽しそうに私に話しかけてくれた。私の存在を嫌がることなく、むしろ喜んで関わってくれた。それがどれだけ救いになったか分かる?」


 なんか突然すげぇ重い話になってついていけてないんだが。


「だ・か・ら! 私はナジーに感謝してるの! 大好きなの! ナジーに会いに戻ってきたの!」

「……そうだったのか」

「分かってくれた!?」


 たまちゃんは顔を真っ赤にして叫んでいる。

 それもそのはず、これは告白しているようなものだから。

 ここが教室の中でクラスメイト達が興味津々に聞いていることに気付いてない程に熱弁している。


 ああ、どうして俺は気付かなかったのだろうか。


「分かった。良く分かったよ」


 たまちゃんの言いたいことはしっかりと伝わった。

 俺の胸にちゃんと届いている。




「『ゆれしら』のシチュをやりたかったんだな!」

「……え?」




 『揺れる恋心、幼馴染知らず』

 幼い頃に結婚の約束をした幼馴染と、苦しい時に助けてくれた恩人との間で揺れ動く恋心を描いた幼馴染モノの大傑作。どっちに転ぶか最後まで分からずハラハラしながら読んだっけ。ラストシーンは涙なしには語れないどころか思い出し涙が溢れすぎて語れなくなっちゃう。


 この名作をたまちゃんに何度も布教してその良さを知ってもらったから、それをやってみたかったのか。


「自分が幼馴染モノの主人公要素があるって分かったらそりゃあ一度は演じてみたいもんな。でもわざわざそんなことしなくて素直に約束を果たすのも良いもんだぜ?」


 そうじゃないと野原君が可哀想だしな。


「だから違うって言ってるでしょ!!」

「ヒロインの台詞!」


 あくまでも演技をしたいっていうのか。

 幼馴染モノにそこまでハマってくれるだなんて、幼馴染マニア冥利に尽きるな。


「クケーーーー!」

「おいおい、そんな奇声はどこにもないぞ。やるなら徹底してやろうぜ」


 それともアドリブかな。

 やるならもう少しロマンティックな展開にしようぜ。


「名黒君。流石に櫻間さんが可哀想だよ」

「『はじなじ』の主人公の台詞! 野原君も幼馴染モノが好きだったのか!」

「ああ、君はそういう人だったね……」


 いいぞいいぞ。

 もっと布教して幼馴染モノブームを作らなければ!


「もうどうしたら良いのよ……」

「約束を守れば良いと思うよ」

「だから覚えてないし、ナジーが好きって言ってるのに!」

「それは……どの作品の台詞だっけ。色々混じっているようで特定が難しい」

「だから」

「いや待って。やっぱり言わないで。自力で当てて見せる。俺がたまちゃんに紹介した作品は……」

「うわああああん! ナジーの馬鹿ああああ!」


 逃げちゃった。

 『恋と涙と幼馴染』のヒロインの真似かな。


 あまり作品の真似してないで野原君との約束を守ってイチャイチャしろよ!

 そして少しだけで良いからその様子を見せて下さい!

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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公が重症すぎる。 ヒロイン報われ続編が読みたい。 (どうやったらこのを主人公を攻略出来るのか逆に興味が湧いてきた)
[一言] 重症だ…主人公が望んだ光景はクラスメイトが見れそうですね。 面白かったです。ヒロインは大変だと思いますが応援してます。
[一言] 逆の意味で現実と虚構の区別ができなくなってやがる...
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