ミズキちゃん
これは俺が小さいころ、おじいちゃんに聞いた話だ。
「いいか拓海。裏山の頂上に向かう途中にある久豆神社〈くずじんじゃ〉。そこで絶対に『ミズキちゃん遊ぼう』と言ってはならん。それを言うと、ミズキちゃんに一生呪われてしまう。」険しい顔をしておじいちゃんが言う。
「もう、おじいちゃんったら。子守歌にしては怖すぎますよ。」お母さんが笑いながら言う。
「何を言うか。これは本当の話じゃよ。」
当時の俺はその話を本当に信じていて、おじいちゃんの言うことを守っていた。
それから何年経っただろうか。俺は今井拓海、20歳。今年の4月から大学3年生になった。来年になったら就活やらで友達と遊べなくなる。大学の友達と今年の夏どこか遊びに行こうって話になって、俺は小さいころに聞かされたおじいちゃんの「子守歌」を思い出した。
夏なんだし、肝試しとかいい思い出になるんじゃね?俺はそう思って友達に話した。最初は馬鹿にされると思ったが、意外とみんな興味津々に「子守歌」を聞いてくれて、今年の8月30日に久豆神社に肝試しに行くことになった。
8月30日、俺と理工学部の藤井敦〈ふじい あつし〉と経済学部の小倉由紀奈〈おぐら ゆきな〉の3人で俺のお母さんの実家に来た。
「おじゃまします!2日間宜しくお願い致します!」敦と由紀奈は元気な声であいさつをした。2人はおじいちゃんに泊めることにした。おじいちゃんには、夏休みの思い出作りとだけ言って、何とか許可をもらった。もちろん肝試しすることは言ってない。
肝試しはおじいちゃんが寝てから、夜9時に行く。それまで暇だから3人でおじいちゃんの手伝いをした。おじいちゃんはとても喜んでいるようだった。おばあちゃんがだいぶ前に死んでから、もう随分と経っている。久々の賑やかな我が家に、おじいちゃんは楽しそうにしていた。
夕食後、由紀奈がおじいちゃんに聞く。
「拓海から聞きましたよ。ミズキちゃんって何ですか?」
「とっても怖い妖怪じゃよ。お前たち、久豆神社で決してミズキちゃんと言ってはならんぞ。」
「またその話ですか、おじいちゃん。この子達はもう大学生ですよ。」お母さんが毎度のようにツッコミを入れる。お母さんはおじいちゃんの話を信じていないようだ。当然僕たちも信じていない。
それから俺たちは、カルタをしたり囲碁のトーナメントをしたり、昔ながらの遊びを楽しんだ。
午後9時。「じゃあ、俺はそろそろ寝るぞ。お前たち、ちゃんと歯磨きして寝るんだぞ。」おじいちゃんがそう言って寝室に言った。するとお母さんも、「じゃあ、私もたまには早く寝ようかしら。あとは若い君たちで楽しみなさい。」と言って寝室に向かった。
思った通りだ。3人で顔を見合わせた。3人が寝静まったのを見計らって、俺たちは久豆神社に向かった。
「うう、思ったより暗い…。」久豆神社に着くなり、由紀奈が言う。
「もう弱音を吐いているんですか。幽霊なんて非科学的な存在いるわけないでしょう。」敦がメガネをクイッと上げる。
「そう言っても怖いのは怖いよ~。」由紀奈はすっかり弱腰だ。
「とりあえず本堂の前で言えばいいのかな…?みんな準備はいいか?」俺はみんなに問いかけた。
「いつでもいいですよ。」「大丈夫だよ~。」2人は返事をした。
「じゃあ行くぞ!せーのっ」
「「「ミズキちゃんあーそーぼ!!!」」」3人で声を合わせて言った。
ーシーンー
沈黙がしばらく続く。
「何も起きないね。」
「やっぱ幽霊なんていないんですよ。」
2人が言う。俺も「まっ、こんなもんだろ。帰ろうぜ。」と言った。
こうして何事もなく家にたどり着いた。こっそり家の中に入ってその日はぐっすり寝た。
次の日、「きゃぁぁぁぁぁ!!」由紀奈の悲鳴で目が覚めた。急いで彼女の寝室に行くと、寝室は一面青い何かで埋め尽くされていた。
「お前たち、久豆神社に行ったんじゃないだろうな?」おじいちゃんが恐ろしい面持ちで言う。
「い、行ったよ。」俺は薄情した。
「このっ大馬鹿者どもが!!あれほど行ってはならんと言ったじゃろ!」
こんなに怒るおじいちゃんは生まれて初めて見る。改めて事の重大さを知った。
「お前たちはもう帰った方がいい。」おじいちゃんがそう言うので、俺たちは帰ることにした。帰る時におじいちゃんは、俺たち3人にお守りを持たしてくれた。
「せめてもの賄いじゃ。常に肌身離さず持ってるんじゃぞ。」
こうして俺たちは、それぞれの家に帰った。俺は1人暮らしなので、お母さんにお別れを言って、自分の家に帰った。
その日の夜、そろそろお風呂に入る時間なので、俺はお湯を沸かした。俺は服を脱ぐ途中、お守りを思い出した。おじいちゃんは常に持ってろって言ってたけど、さすがにお風呂の時はいいだろ。俺はそう思って、お守りをリビングに置いて、お風呂に入った。
頭を洗ってる途中、俺はどこからか視線を感じた。(誰も居るはずないしな)俺はシャンプーを洗い流し、おそれおそれ目を開けた。
が、誰もいなかった。(やっぱ気のせいか…。)俺は浴槽に浸かった。俺が浴室から出ようとして、ふと鏡を見ると、俺は見てしまった。顔が馬のように細長く、無精ひげをたくわえ、笑みを浮かべている子どもの姿を。身長は子どものように低いのに、顔は大人っぽいので、そこが余計気味悪かった。
「うわぁぁ!!」俺は急いで後ろを振り返る。しかしそこには誰もいなかった。(おいおい、嘘だろ。おじいちゃんが言うことは本当だったのか?)俺は急いで敦と由紀奈に連絡をした。連絡を送ったのは、午後8時のこと。だが11時になっても2人から連絡が返ってくることは無かった。今日は8月31日。明日から学校が始まる。俺は起きてると、不安でいっぱいだったからもう寝ることにした。
次の日の朝、(昨日のは何だったんだ?)俺はそう思いながら体を起こす。顔を洗いに洗面所に行かないと。だが昨日のことがあって浴槽に近づきたくない。恐る恐る洗面所の鏡を見た。何も映ってない。(やっぱ昨日のは気のせいだったんだ。)俺はほっとして顔を洗った。洗顔フォームを洗い落とし、顔をあげて鏡をみると、そこにはまた昨日の子どもおじさんが映っていた。「うわぁぁ!!」俺はまた悲鳴を上げる。(あれがミズキちゃんだ)俺は急いで支度をして、朝食を食べずに大学に向かった。
俺は文学部に通っている。文学部と言っても、俺は各国の映像文化を専攻で学んでいる。今日の授業は、1960年代のアメリカの映画を見て、映像技術・当時の文化・作者の意図などを考察する授業だった。先生が映画を再生し、部屋を暗くする。俺はミズキちゃんのことなんか忘れて映画に見入った。映画が終わり、テレビが暗くなると、そこにはミズキちゃんが映っていた。「うわぁぁ!!」俺はまた悲鳴をあげる。
「先生、みんなは見えないのか?」俺はテレビを指さす。みんなは首を傾げる。どうやら見えてるのは俺だけのようだ。俺はみんなに「すいません」と謝り、授業に集中した。先生の授業を聞いていると、俺は後ろから視線を感じた。俺の後ろには誰もいない。恐る恐る振り返ると、そこにはミズキちゃんがいた。「うわぁぁ!!」俺は教室を飛び出した。
初めてミズキちゃんを見てから3日が経った。教室でミズキちゃんを見て以来、俺はミズキちゃんを見ることはなかった。そんなある日、警察から電話がかかって来た。俺は何事かと思い電話に出ると、
「今井拓海さんですか、藤井敦さんの友達の。藤井敦さんが先日亡くなりました。」
俺は急いで警察署に行った。死因は自殺らしい。遺書も残されていたから確実だそうだ。俺はその遺書を見せてもらった。
「僕はもう逃げられない。ミズキちゃんの遊びからは逃げられない。もう限界だ。あの世ならミズキちゃんから解放されるかな。」
それだけだった。恐らくこの遺書に意味が分かるのは俺だけだ。そういえば、由紀奈は?俺は恐ろしくなって警察に尋ねた。
「あの、敦にはもう1人、小倉由紀奈って人がいるんですけど。」
「ああ、その子ならさっき連絡したよ。もうすぐ来てくれるそうだ。」
しばらくすると、由紀奈が来た。俺は由紀奈の変わりように驚いた。目の下は「くま」だらけで、ひどくやせ細っていた。とても生きた人間とは思わない。由紀奈は俺を顔を見ると、悲鳴を上げて逃げていった。警察が数名追いかける。俺も追いかけた。由紀奈が歩道橋に登ったので、警察4人、由紀奈を逃がさないように二手に分かれて、両方から挟み撃ちした。俺は下からその様子を見ていた。
すると、「来ないで!ミズキちゃん!」と叫んで歩道橋から飛び降りた。
俺はわけが分かんなくなって、その場を逃げ出した。一体俺たちが何をしたんだ。俺は焦っていたので転んでしまった。
「大丈夫かい?」誰かやさしい人が手を貸してくれた。
「ありがとうございます。」俺はそう言って、その人を見ると、輪郭は細長く、無精ひげを蓄えて笑っていた。ミズキちゃんだ。
俺はすぐに逃げ出した。だが、気づいたら町の人の顔がみんなミズキちゃんだった。
「拓海、何してるの?」後ろからお母さんの声がした。
(お母さんだ。ようやく知ってる人がいた…。)俺はそう思って、
「お母さん聞いてくれよ。今大変なことに…。」そう言いながら振り返ると、そこに居るのは、お母さんの服を着たミズキちゃんだった。
俺は絶望で逃げることさえできなかった。すると、ふとおじいちゃんの言葉を思い出した。「肌身離さず持っているんじゃぞ。」
(そういえばあのお守りは?リビングに置きっぱなしだ!)俺は急いで自分の家に走った。すれ違う人全員がミズキちゃんで、中には俺の腕を掴んだり、俺の顔に触れたりしてきた。俺はそれらを振りほどき、全力で走った。
自分の家に着き、玄関を開ける。玄関ではミズキちゃんが待っていた。
「遊ぼう。遊ぼう。遊ぼう。遊ぼう。遊ぼう。」
俺はミズキちゃんを無視してリビングに駆け込む。お守りどこいった?
「遊ぼう。遊ぼう。遊ぼう。遊ぼう。遊ぼう。」
ミズキちゃんがリビングに入ってくる。
俺はお守りを見つけた。急いで手に取ると、ミズキちゃんの姿は消えた。外に出てみると、ミズキちゃんの顔をした人達はもういなかった。俺はホッとして腰から崩れ落ちた。
数日後。俺は敦と由紀奈の葬式にでた。彼らの遺品を確認すると、お守りはどこにもなかった。恐らく彼らは俺と同じく、お守りを身に着けてなかったのだろう。
あれはいったいなんだったんだろう。俺はあれからたとえお風呂に入るときでもお守りを身に着けている。
でも時々聞こえてくる。「遊ぼう。遊ぼう。遊ぼう。」
俺はこの呪いから一生解放されないのだろうか。一生この声を聞かないといけないのか。
この話を読んでいるあなたも、次鏡を見るときは気を付けた方がいい。そこにあの顔が映っているかもしれないのだから。