最悪最低
昨日町中に仕掛けた転移魔法は合計56箇所。使い切りだが、触れたら200m先に転移する仕組みになっている。
効果が出るのは大体5分。つまり、一つにつき5秒ほど稼げばいいわけだ。いくら強くても他の魔族と体の構造は変わらないだろうし、目安の時間からかけ離れることはそうない。問題があるとすれば、動きが早すぎて5秒なんて到底稼げないってことくらいだ。
「みーつけたっ!」
ほら来た。まだ3秒しかたってない。しかもここから次の魔法陣まで30mある。向こうは秒速67mでまだ余力がありそうだが、こっちは全力で走って10mだ。強化魔法をかけても逃げ切れる保証はない。目くらましにしても、向こうは魔力を探知して追ってくるだろう。なら逆転の発想だ。
時間が経つ前に閃いた方法の精査をせず、すぐに実行に移す。強すぎる五感を逆手に取る方法。それが出来るのは俺の知る中では、分身魔法に他ならない。
「分身魔法」
本物の位置がばれないように、本物含め九人の座標をすべて合わせる。その後、ばらけるように各々で行動をとる。
「わっ、増え……ちょっと待っ……」
攻撃動作をとった分身が一瞬で破壊された。魔力反応をできるだけ同じになるよう相応の魔力をこめたので、強度は間違いなくあった。だが、こいつは規格外すぎる。今まで戦ってきた魔族全てを統合してもこいつに勝てないんじゃないかと思うほどに。余裕はあるが、油断しているわけではない。地力が弱く、だまし討ち上等な俺からしたらもっとも苦手なタイプだ。
分身に意識が向いた隙をついて、俺は魔法陣にたどり着く。恐らく俺はまだ補足されているので、転移した場所でも同じように分身を作り情報量を増やした。
俺の魔力反応を町中に増やして、混乱を誘う。俺をそのまま追ってこれたとしても、分身が邪魔をする。八体使えば二秒は稼げるはずだ。これをあと54回繰り返せば、俺が勝つ。たかだか五分で終わる作戦なのに、気が遠くなるような時間に感じる。
まさしく死が近づいてくる感覚に精神を削がれたとしても、死ぬわけじゃない。俺の敗北は、魔力が底をついた時だ。
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「はあ……はあ……。だんだん、苦しくなってきた……」
息切れなんて遠い昔に味わったきり、もう覚えることはないと思っていた。それだけじゃない。呼吸が苦しいし、胸が痛い、頭が痛い。視界も、最初に比べて少し薄暗くなっている。新しい体験に働く好奇心も、体の苦痛に負けてしまっている状態だ。多分ギルスがロウの言っていた封印魔法に長けた知人、なのだろう。
私は回りくどいやり方につい本音が出る。
「封印したいなら、すればいいのに」
私は別に封印されたくなくて今追いかけっこをしているわけじゃない。遊びに誘ってくれたから乗っただけ。その実、ロウに封印魔法を試される時も進んで被検体を申し出たし、実験中も抵抗しなかった。
私は最終的に、私の愛を受け止めてくれる人に誰よりも深く愛してほしいだけ。過程に対しての思い入れはない。だから、私が封印されればロウが私のことを愛してくれるのならば、喜んで受ける所存だ。それなのに、ギルスは話も聞かずに逃げてばっかり。仕舞いにはこんな苦しいことを味合わせてくる始末。
ロウの知り合いなので殺す……まではいかなくとも数発殴ってしかるべきだと思う。
「ああ……ほんとにやばくなってきた」
多分、死ねば治る。けど、自分で自分を殺すなんて愛がない行為はしたくない。それは、ほんとのほんとの最終手段。まだ、したくない。
それでも、症状はどんどんひどくなる。 めまいがして、動悸が激しくなる。きもちわるい感覚に全身が包まれる。頭痛がひどい。だんだん過呼吸になり、手足の力もなくなってきた。
ついにはたっている力もなくなり、私はその場に倒れこんだ。
「5分48秒。やっぱ個体差が大きく出ることはなかったな。気分はどうだ?」
「……最悪最低、かな」
「それは何よりだ」
するとギルスは携帯を取り出して写真を取り出した。
「はいチーズ」
「なんで……写真なんかとってんの?」
「ロウに送るためだよ。あいつ、魔族が苦しんでるとこみると喜ぶからさ。幸せのおすそ分けってやつだよ」
「……どうでもいいから、早く封印してくれない? くるしくてしにそうなんだ」
「それはすまない。だが、まだ時間はかかる。だって、これから準備するからな」
ギルスは何喰わぬ顔で地面に魔法陣を書き始めた。彼は魔力量がそう多くないし、大規模な封印魔法を使うなら魔法陣を書く必要があるのはわかる。事前に準備しても、一部でも欠けたら効果を発揮しないなんてざらにあるし、準備しなかった理由もわかる。でも、一回はぶん殴りたい。いや、絶対殴る。決めた、結構本気で殴ろう。
そんなことを考えている数十秒の内に、もう魔法陣の4分の一が完成している。思ったより時間がかからなさそうで安心した。苦痛は和らぐどころか増すばかりだけど。
だがそんな安心も、空から飛来した何かによって無残にも削り取られることになる。
衝撃波で、ギルスは壁に衝突する。ざまーみろ。と内心思いながら、飛んできた何かに目を向ける。
「なあ人間。俺の大事な家族を殺したやつを知ってるな?」
魔力反応でわかっていたが、魔族。それに、相当な数だ。私は死ねば応戦できるし、この程度の奴らに負ける気はないが、魔族の私より先に向人間のギルスが殺されるだろうし助けるのは無理。
大事な家族、といっているが、この魔族からは愛が微塵も感じられない。一体こいつは、何でここまで怒っているのだろう。