熟睡
朝。今日は部屋にフィルが来なかったので、久しぶりに熟睡することができた。現在時刻は午前9時。起きるには少し遅い時間だ。俺は昨日のことを思い出しながら階段を下りる。
昨日の夜、知人からの連絡に気づきすぐ電話したのはいいものの、わけのわからないこと言われてすぐに切られてしまった。まあ、帰ってきたフィルを見て、大体何があったのかはわかった。あいつの性格だ。魔族だわからなければ間違いなく声をかける。酒の席に誘って、そこでの会話から魔族という確信を得たのだろう。
国魔連のメンバーは、例外なく魔族に深い恨みを持っている。たとえ酔っていても、目の前に魔族がいるとわかれば、殺す方法ばかりが浮かんでくるような、そんな連中だ。俺が抜けてから5年経ったが、その程度の月日では根本から変わることはないだろう。
一階に降りると、フィルが上機嫌で椅子に座っていた。テーブルの上に何かあるわけでもなく、ただご機嫌そうにしているだけ。何をしているのか、見当もつかなかった。
「あ」
こちらに気づいたフィルと目が合う。そういやこいつ、昨日キレて家を出てったような……
そう考えるとますます意味が分からなくなってくる。たった一日で機嫌を直すのはたとえ人間だったとしても稀有。それに、魔族なんて根に持つタイプの筆頭のはずだ。……一体何を企んでいる?
俺何が起きても対応できるように警戒を高める。だが、フィルはそんな俺の思いもつゆ知らず。こちらをチラチラ見ながら鼻歌交じりに、独り言を言いだした。
「あ~あ。今日も他の男の人に誘われちゃった。今日は一日家にいないかもな~」
こちらの様子を伺うように、視線を向けてくる。……ああ、これはあれか。こちらの嫉妬を煽ろうとしているのか。だとすれば大失敗だ。こちらの視点だと、とても残念なことにしかなっていない。
まず、俺はその相手を知っている。その上、誘った理由が、こいつが今想像しているような理由ではないということもわかっている。というか、俺がこいつに抱いているのは殺意と敵意だけなのに、なぜ嫉妬すると思ったのだろう。やはりこいつの考えは理解できない。
俺は思考を放棄して言葉を返す。
「ああ、行ってこい」
「……え」
嘘……というような顔をされても、俺の答えは変わらない。なんならこっちがしたいくらいだ。
「行ってほしくないとか、思わないの?」
「思うわけがない。たとえお前が人間だったとしても、それは会って一週間かそこらの人間に抱く感情じゃない」
「えー、そうなの~?」
「少なくとも俺はな」
「なーんだ残念」
不機嫌になるかと思いきや、特に気にした様子がない。今回はあっさり引き下がってくれたようだ。
その後、フィルは座ったまま特に準備する様子もない。もしかして、本当に俺を嫉妬させるためだけに話題に出したのか? もしそうなら少し困る。あいつは封印の目処が立ったと言っていたが、こいつが行かなければ封印のしようがない。あいつから封印魔法を教えてもらう予定だが、あいつがフィルを封印できればその必要もなくなるので、できるなら早いに越したことがないのだ。
「行かないのか?」
「夜誘われたから、それまでは家にいるよ。あ、もしかして行ってほしくなくなった?」
「全然」
喜々として聞いてくるフィルに、バッサリと本音で返す。それが面白くなかったのか、不貞腐れたように上半身だけテーブルの上に寝っ転がる。何はともあれ、行く気があるようで安心した。
そのあと、万が一のことを考えて知人に住所を送る。住所は話のついた時点で送っておくべきだったと、少し反省しながらギルドへと向かうのだった