最高の結果
「……落ち着いたか?」
「うん、一応は」
あれから数分、受付嬢の呼吸は整っていた。ただ表情からは計り知れない困惑を感じられる。ともあれ、会話が出来る状態まで回復してくれてよかった。
そうして俺は、ことの顛末を事細かに説明した。
「なるほど……その子は魔族で、ボコボコにされたから今一緒に住んでいる、と」
「……言葉に起こされると、かなり精神に来るな」
「うーん……現実味ないけど、生き返ってたのとか首締められてるのとか見ちゃったし、信じるしかないかぁ」
彼女は困惑しながら苦笑いをした。そして、安心しているようにも見えた。この街どころか人類の命運を握られているかのようなもので、到底安心出来る話ではなかったと思うのだが、何故だろう。まあ、本当に、られたのがこいつでよかった。正直もっと説明に時間がかかると思っていたが、案外すんなり理解してくれて、とても助かった。
「てかこの人誰?」
大人しくしていたフィルが不貞腐れたように呟いた。壁にぶつかった鼻は、血は止まっているがまだ赤いままだった。
「丁度いいや、多分アンタも知らないだろうし、まずは自己紹介するよ。私はオース・シャーロット。クレセとは冒険者と受付嬢の関係。今日は前に置いてったヘスティア金貨を返しに来た」
これは正直ありがたかった。今更名前を聞くのは少々辛いところだったのでこうして知ることができたのはラッキーだ。
それにしても、金貨の返却か。正直、渡すつもりで置いていったのだが、流石に額が大きすぎたな。そう考えるとなおさら、わざわざ持ってきたことに対して疑問が深まるが……。
「流石にこんな大金をいつまでも保管しとけないし、かといって、戻ってきたはずなのに全然ギルドに来ないしで、直接届けに来たってこと。顔色超悪いし、この一週間何してたの?」
全然俺のせいだった。そういえば、電報を送ったっきりギルドに寄っていなかったことを思い出す。封印魔法を調べるのに躍起になって少し視野が狭くなっていた。
「ちょっと図書館の方にな」
「まあ、無事ならいいんだけどさ」
その後、彼女は懐から小箱を取り出した。何重にもかかった施錠魔法。さながら、封印されているように見えた。
彼女は小箱の鍵穴に手を当てて、呪文を唱える。
「解錠」
ここまで複雑だとかなり時間がかかりそうなものだが、一つ、また一つと次々に魔法が解除されていく。先程の蹴りといい、彼女は冒険者上がりか何かだろうか。そうであるなら若すぎる気がするが……あまり詮索するのはよそう。彼女にはそこまで話す義理も、俺には教えて貰う権利もないのだから。
そんなこんなで解錠が終わり、中からヘスティア金貨が出てきた。
「わざわざ済まないな」
「こっちこそ。受け取ればいいのに、わざわざ返しちゃってごめん。返したらメンツが立たないって言ったのに、ギルマスがうるさくてさ」
「だったらお前にやろうか?」
「いやー、今後アンタに逆らえなくなりそうだからやめとく。あ、私の精神的にね?」
そうか、と頷き、俺は金貨を受け取った。財布は今フィルに奪われているし、人まずはポケットでいいか。
金貨をおもむろにポケットに突っ込むと、オースの表情が面白いくらいに変化していた。
仕事が終わった、ということでオースが帰ろうとしたとき、引き止めるように誰かの腹の音が響いた。そういえば、まだ朝食をとってなかったな。俺は完全食を取り出してフィルの方を向くと、とてつもなく嫌な顔を返された。
「あ、今から朝ごはん? だったらなおさら早く帰るよ」
「ちょっと待って……料理できる?」
帰ろうとするオースを今度はしっかりとした言葉で引き留める。恐らく、悩んだ末に出した答えだろう。顔から悔しさが滲み出ている。別にそういう趣味ではないが、その顔を見るといい気分になった。
オースは突然の問に戸惑いながら答える。
「えっと、出来るけど」
「お願い、作って」
「えあっ……。い、いいよ?」
食い気味な反応をして、一気に距離を詰めるフィル。そんなに完全食が嫌なのだろうか。俺としては嫌なまま食べてほしい限りだが。
「ねえクレセ。台所使っていい?」
「好きに使ってくれ」
「おっけ。ありがと」
そう言ってオースは颯爽と台所に向かった。
軽快な音が台所から聞こえてくる。その間に俺は血溜まりを掃除する。いい匂いがしても、血の匂いが漂っていたら美味しいものも不味くなる。それを理解したのか今回はフィルも掃除に加わった。
モップで血を拭き取り、洗剤で擦る。その後、風の魔法で室内の空気を全て入れ替えた。
こちらが終わると同時に、いい匂いが台所から漂ってきた。血の匂いが残っていたら、悲惨なことになっていたに違いない。
「できたよ〜」
それからまもなくして、オースが料理を運んでくれた。テーブルの上に置かれたのは、具沢山のシチューに、ベーコンとじゃがいものガレット。あんな短時間では到底出来ない料理だと思うが、それは素人の考えなのだろう。
「さ、食べて」
「ありがとう。いただきます」
俺はおじぎをしたあと、まずはシチューに手を付けた。うん、美味い。久しぶりに食べる手料理は、これがよかった。そうして俺は、アレを手料理とカウントしないことにした。次にガレットを食べる。サクサクとした食感に、ベーコンの旨味。その味は、到底人の手で作り出せるものではなかった。
「美味い。すごく美味い」
「ぇあ、ありがと……」
俺が正直な感想を伝えると、オースは照れたように顔をかじった。
それにしても本当に美味い。今まで、食事は生きる意味でもなんでもなく完全食で十分と思っていたが、体はそうじゃなかったらしい。これこそが求めていたものだと言わんばかりにスプーンを持つ手が止まらない。
ふとフィルの方を向くと、何故か動きがピタリと止まっていた。
「あ……もしかして、口に合わなかった?」
オースが心配そうにそう尋ねると、フィルは泣きながら首を振った。そして、吹っ切れたかのように料理をかきこんだ。
そして、カラになった皿をテーブルに置いて、こう言う。
「先生……いや、師匠。私に料理を教えて下さい!」
「ええっ……なんで泣いてんの?」
涙を流しながらのお願いに、オースは思わずたじろいだ。これまたいい表情で、気分が良くなった。
「これが、料理なんだって……これに比べたら、私のはタダの材料の無駄遣いだったって、そう気づいたら泣けてきて……」
お前そんなキャラだっけ、とツッコミたくなったが、流石に命の危険を感じるのでここは弁えておく。
わんわん泣くフィルに手に負えなくなったオースは、助けを求めるように俺を見た。悪いが俺には魔族をあやす技術なんてない。
「わかったから泣き止んでよ〜。料理くらいなら全然教えるからさ、ね?」
「グスっ……ありがと〜」
フィルは鼻を更に赤くしながらオースに抱きついた。さっきまで顔を蹴られて不機嫌だったのに、ここまで関係が良くなるとは。まとも、というか、オースが良い人間である証拠だろう。
その後二人は、数時間に渡って台所で料理をしていた。ギルドの仕事が心配になったが、ノリノリで教えているオースに言うのは流石に野暮だろう。食事とフィルのおもりの礼を兼ねて、今度なにかお礼の品でも持っていこう。
美味しい食事にありつけ、フィルの悔しそうな顔を見れた。今日はなんて良い日なんだろう。
だが良い気分に浸っていたせいで、俺は携帯型通信機に届いたメールに気づくことができなかった。